作品タイトル不明
第三十五話 国王陛下からの提案
王宮での鑑定から二日後、国王から使いが来た。
書状ではなく、口頭での伝言だった。
「フィア様に、もう一度お会いしたいと陛下がおっしゃっています。今度は非公式で」
お父様が少し考えてから、わたしを見た。
「フィア、どう思う」
「行きましゅ」
「理由は」
「断る理由がないでしゅ。それに、非公式ということは、前回より柔らかい場だでしゅ。その方が話しやすいでしゅ」
「……分かった」
翌日、王宮の小さな応接室に通された。
前回の鑑定室よりずっと小さい部屋だ。テーブルと椅子が向かい合っているだけで、翁も魔法師もいない。
国王が一人で待っていた。
「来てくれてありがとう、フィア様。昨日は少し固い場だったので、今日は普通に話したかった」
「はい」
「座ってください」
わたしは椅子に座った。足がプラプラした。三歳のわたしには、椅子が少し高い。
国王がそれを見て、少し笑った。
「大丈夫ですか」
「大丈夫でしゅ」
「フィア様、昨日の鑑定について、翁から報告を受けました」
「はい」
「確証は取れなかった、という報告でした。ただし、翁は個人的な見解として、あなたには特別なものがあると言っていました」
「そうでしゅか」
「翁は正直な人間です。彼が個人的に言うことは、信用できます」
「翁とは、昨日少し話しましゅた」
「聞いています。翁が珍しく、自分から子どもに話しかけた、と」
「翁は正直な方でしゅ。だから、こちらも正直に話しましゅた」
「そうですか」
国王がしばらくわたしを見た。
「フィア様、少し踏み込んだ話をしてもよいですか」
「うん」
「あなたには、特別な力があると私は思っています。確証はありません。でも、翁の判断と、昨日あなたと話した感覚から、そう感じています」
「……」
「私は、あなたを王宮に連れてくるつもりはありません。それは昨日の約束通りです」
「はい」
「ただ、一つ提案があります」
わたしは少し背筋を伸ばした。
「聞きましゅ」
「王宮付きの魔法師として、登録だけしてほしいのです。住まいはヴェルター家のままで構いません。王宮に来ることも強制しません。ただ、名前だけ登録する形で」
「名前だけ、でしゅか」
「はい。登録することで、王家はあなたを正式に把握したことになります。それ以上の干渉は、今後しないと約束します」
「その約束は、書面でいただけましゅか」
国王が少し驚いた顔をした。
「……書面で、ですか」
「はい。口頭の約束は、いずれ変わることがあるでしゅ。書面があれば、後から変更するのが難しくなるでしゅ」
「……なるほど」
「それと、もう一つ条件があるでしゅ」
「なんですか」
「登録はするでしゅが、わたしがどう力を使うかは、わたしが決めるでしゅ。王家の指示で使うことはしないでしゅ」
「それは……かなり厳しい条件ですね」
「でも、これが最低条件でしゅ。これが認められないなら、登録には応じないでしゅ」
国王がしばらく沈黙した。
わたしはその沈黙を待った。前世で学んだ通り、交渉の沈黙は埋めない。
「……ヴォルフ侯爵に相談させてください」
「うん」
「今日中に返事できないかもしれませんが」
「急がないでしゅ。でも、わたしたちはいつまでも王都にはいられないでしゅ」
「何日いられますか」
「あと三日でしゅ」
「分かりました。三日以内に返事をします」
「ありがとうでしゅ、陛下」
「フィア様、一つだけ聞いていいですか」
「うん」
「あなたは何歳ですか。本当に三歳ですか」
「体は三歳でしゅ。中身は……事情があるでしゅ」
「それは以前も聞きました。事情というのは、いつか教えてもらえますか」
「たぶん、いつかでしゅ」
「そうですか」
「でも、今日の条件交渉は、三歳のわたしがしているでしゅ。事情があっても、体は三歳でしゅ」
「それはよく分かりました」
国王が少し笑った。
「……良いお子さんですね」
「ありがとうでしゅ」
「お父上によろしく伝えてください。そして、胃は大丈夫かと聞いておいてください」
「……うん、伝えましゅ」
わたしも少し笑った。
昨日のわたしの言葉を、ちゃんと覚えていてくれたでしゅ。
(この人は、悪い人ではないでしゅ)
でも、だからといって油断は禁物でしゅ。
(良い人でも、立場があるでしゅ。立場の人間は、立場に従って動くでしゅ)
それは前世でも学んだことだ。
「陛下、返事を待っているでしゅ」
「はい。必ず三日以内に」
応接室を出た。
お父様が廊下で待っていた。
「どうだった」
「条件を出しましゅた。登録はするでしゅが、使い方はわたしが決めるでしゅ。書面で約束してもらうでしゅ」
「……よく言えたな」
「言わないと意味がないでしゅ」
「そうだな」
「三日以内に返事が来るでしゅ。それまで王都にいましゅ」
「分かった」
お父様が少し間を置いてから言った。
「フィア、お前は本当に……」
「本当に?」
「……いい子だ」
「ありがとうでしゅ」
「俺には言えないことを、ちゃんと言えた」
「お父様も、昨日ちゃんと言いましゅた」
「お前が準備してくれたから言えた」
「お互い様でしゅ」
お父様が少し笑った。
「そうだな、お互い様だ」
廊下を歩きながら、わたしはノートを頭の中で開いた。
国王から提案。登録のみ、住まいはヴェルター家のまま。条件:書面での約束、使い方はわたしが決める。三日以内に返事。
最後に一行足した。
交渉、進んでいましゅ。