軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話 加奈子side

私の名前は、 進藤加奈子(しんどうかなこ) 。

二児の母である。

最近という訳ではないが…うちの子達はおかしい…。

そう感じたのは、いつだっただろうか…。

産まれてすぐに時折違和感は感じていた。

亡き親友の忘れ形見である息子の隼人…。

彼の母親は…出産当日に事故に遭い亡くなってしまった。

あの時、私と一緒にタクシーに乗せていればそう思わない日はなかった。

私は、別に然程苦労して育った訳ではない。

看護学校に進んだのもなんとなく人の役に立つ仕事につきたいという気持ちからだった。

まぁそこで引っかかった男が悪かった。

勤めていた病院の医師だった男…アヤネの父親でもある男なのだが…。

こいつがクズだった。

医者だから収入も良いし優しいしなんだかんだ一緒にいて楽しい、だからこの人と結婚するんだって漠然と思っていた。

子供が出来たと打ち明けた時にまさか捨てられるとは思わなかった。

どうやら私と平行して院長の娘とも婚約してたらしい。

私も舞い上がっていたのだろう、結婚前に子供を作れば結婚してくれると簡単に考えていた。

しかし、二股してた事実は許せなかったので今後一切関わらないという条件で慰謝料を相場の3倍ほどぶんどってやった。

お腹の子供をおろす事も考えたのだが、私の判断の結果なのでそんな気はすぐに失せた。

さすがに同じ病院にいる気もなく、なんなら同じ地域に住みたくもなかったので実家のある愛知へと戻った。

親にはバカ娘と言って怒られてしまったが、なんだかんだ文句は言いつつも産むことも出産後の事も許してくれた。

本当に頭が上がらない。

地元に戻ってきて新しい病院で勤務を始め少ししてから学校を卒業してから疎遠になっていた親友と再会した。

他の同級生と比べれば連絡を取っていた方だが、就職してからは数回しか連絡を取っていなかった。

佳代がいたのは産婦人科…もしかしてと思い仕事終わりに会うことになった。

佳代も妊娠していた。

しかも私と予定日が1ヶ月違いというのだから本当に面白い偶然である。

昔から付き合っていた彼とゴールインしていたのは何よりであった。

しかし、まさか彼が亡くなっていたとは思わなかった。

そしてそんな彼の子を妊娠していることに本当に驚いた。

私の事も同情されたが、正直私の方は自業自得なので佳代と比べるようなものではなかった。

それから仲良くなり休みの日などには一緒に産婦人科に通いお互いに順調であった。

しかし、妊娠後期に入り佳代に切迫早産の兆候があり気をつけていた。

何かあってはいけないと私が産休に入ってからは実家に一緒に暮らしていた。

予定日も近づきついに陣痛が始まった。

しかも2人同時であった。

こういうものは同調することが一緒に暮らしていると稀にある。

私はタクシーを呼び、念のため佳代の為に救急車を呼んだ。

佳代もタクシーで良いと言っていたが何事も念のためである。

佳代の救急車を見送り少ししてからタクシーが到着し私も病院へと運ばれた。

もし父がいれば車を出してもらっていたかもしれないが…あいにくと仕事中だったので仕方ない。

それに、もしいたとしてもこういうものはプロにまかせておいた方が安心だと恐らく頼みはしなかっただろう。

正常な精神状態ではないのであれば運転するべきではない。

病院に到着して私の出産は数時間で終了した。

初めての出産だったが二度としたくないと思えるほどに、痛かったし辛かった。

しかしいざ産まれてきた子供をみたら、あれだけ憎たらしい相手の子供だったとしても、愛おしく思えてしまったのだから不思議なもんである。

出産後に母に尋ねた。

「佳代は?あっちは帝王切開だしもう産まれてる?」

そう聞いた瞬間に母は顔を逸らした。

「来る途中で救急車が事故に遭って…」

母がそう私に告げた。

通常救急車が事故る事はほとんどない。

もちろん絶対にないとは言わないがそう起こるものではない。

それがまさか自分の知り合いに降りかかるとは思ってもいなかった。

佳代は出血多量で亡くなり、子供も現在治療中だそうだ。

私は子供の無事を祈るしかなかった。

幸い、絡まっていたへその緒を自力で解いたらしく間一髪で命が助かったそうだ。

私と両親は、彼女の子供を引き取る事に決めた。

彼女は、旦那も含め施設出身だった為、身寄りはない。

うちで引き取らなければ彼も施設送りになってしまう。

彼女はそうなった時の為に遺言書まで作成していた。

それは、私達も了承していた。

数年越しに会った親友に、なぜそこまでと言われるかもしれないが…実際彼女と過ごし助かっていたのは事実。

そして彼女が心配する気持ちも分かっていた。

自分がいなくなってしまった後のことを心配していた。

だからこそ遺言状を作成し私に託した。

住所を移していた事も幸いし引取りはスムーズに終了した。

保険金に加えて賠償金も支払われる事になったが、手をつける気にはならず大きくなったらハヤトにすべて渡そうと思い手を付けていない。

1人でも大変な子育てを親にも協力を仰げるとはいえ2人分になった事で大変な事は覚悟をしていたのだが…。

ハヤトは全くと言って良いほど手がかからなかった。

母乳を嫌がる事以外は、ほとんど泣く事もなくおむつが汚れた時も指を指して教えてくれたりする。

夜泣きもなく、なんだったらアヤネが泣いていたらあやしていたりすることもあった。

こんな赤ん坊がいるのかと不思議でしょうがなかった。

ハヤトは1人でいる時は、ずっと身体を動かしていた。

そのせいか他の子供より早く成長していった。

いくら成長に個人差があるとはいえ、8ヶ月で立つのはさすがにおかしい。

どうやらこっそり私の持ってる医学書も読んでいるようで最初は、絵本替わりにしているのかと思っていたがしっかり内容を読み込んでいる姿を目撃していた。

そして3歳を迎えた際に、アヤネの様子もおかしくなった。

それまで見せていた子供らしさが消えた代わりに天然娘ような事をするようになっていた。

これはこれで可愛いと思っていたが、年齢を重ねる毎にに年相応になっていたのでこれは気の所為だったのかもしれない。

おかしいとは思っているが正直何か不都合がある訳では無い。

どちらかといえば非常に助かっている。

両親は健在とは言え、私がいない間ずっと面倒を見てもらっているのだから、やんちゃだったらどうしようかと思っていたのだがハヤトがずっとアヤネの面倒を見てくれて本当に助かっている。

ハヤトの異常さを感じながらも日々成長していく子供の成長を見守っていたが、自分の父親の事に気づけなかったことは、悔やんでも悔やみきれなかった。

まだまだ50代という事で元気だと思っていたのだが、急性白血病が発覚してから数ヶ月で逝ってしまった。

母も私も、そして幼い2人も一緒にショックを受けて悲しみに暮れた。

特にアヤネは、かなりショックだったようで私や母に甘える事が増えた。

なんならこれは今でも続いており仕事が終わって帰って来ると必ずに抱きつきにくる。

幼少期から続くハヤトの異常さは大きくなっても変わらなかった。

アヤネに関しては運動が出来るという一点においてはハヤト以上だったが、それ以外は年相応と言った感じに落ち着いていったのだが…。

ハヤトの異常さは留まることを知らなかった。

勉強は、常にテストは100点しか持ってこない。

これくらいなら小学生であればありえなくもない話なのだが…。

そもそも幼稚園に通ってる間から1人ですべて出来る子供ってなんだ?

幼稚園の用意も、なんだったら妹の用意まで完璧にこなしそれどころか私が夜勤開けで帰って来ると朝食まで用意してるのだ。

ほんとにおかしい…。

そして子供らしいものは一切欲しがらない。

頼まれるのはいつも文房具の消耗品位なもので子供らしいおねだりは一切ない。

試しにお小遣いを与えてみても妹の為に使う始末である。

そんなハヤトが小学6年生に上がる前にスマホと株式投資用の口座開設を頼んできた。

一体どんな子供なんだと思ったが、数少ないハヤトのおねだりに答え1年が経過する頃には口座の中身が20倍に増えていた。

元手はお年玉などを貯金した10万しかなかったというのにだ。

まさかの確定申告と追加で税金を収める必要がありかなり慌てたものだ。

こんな小学生がいるかという疑念は深まったが…これってどこに相談するのだろうか…母はすでに受け入れているようでよく出来た孫達だという始末である。

同僚や、知人に相談してもただの親バカと思われるだけである。

そんな悩みを抱えながらも勉強をしている2人を見ていると…。

(まぁいいか、幸せだし)

と徐々に受け入れていた。