軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

87話 ミノタウロスでした!

「あそこに!」

城壁に上ると、エルフの男が森に向かって指さした。

その方向に目を凝らすと、確かに木の葉がゆさゆさと揺れている。

アーマーボアなら木にぶつかったりはしない。恐らく木の枝に頭が届くような背の高い生き物が原因だろう。

鼻を天に向けていたメルクも口を開く。

「モーと同じような匂い」

モーは先ほどフレッタと一緒にいたミノタウロスの赤子のことだ。その匂いと一緒ということは、ミノタウロスで間違いないだろう。

モニカも頷く。

「あの木の揺れは間違いなくミノタウロスです。しかも多い……」

ミノタウロスが大きいとしても、あそこまで広く揺れないだろう。ちょっとした村がまるまる収まるような規模で森が揺れている。

「人よりも大きいとして……百以上はいそうだな」

俺が言うと、城壁の上にやってきたアルベルトたちが声を上げる。

「ミノタウロスなど弓を得た我らの敵ではない! やつらの脳天に我が矢を見舞ってやる!」

そう言ってアルベルトと他のエルフは矢を番えようとする。

「アルベルト、待ちなさい! ここはヨシュア様の指示を!」

「わ、私はエルフの騎士! 人間の命令など! お、おいお前ら……」

不服そうなアルベルトであったが、他のエルフがすぐに弓を下げるのを見て、自分も同じようにした。

俺はそんな皆に向かって言う。

「戦って仇を討ちたい気持ちはわかる。だが、敵の規模と目的が不明な以上、まずは話し合いの場を設けたい。ここはひとまず、俺に任せてくれないか?」

皆、俺の言葉に頷いてくれた。中にはアルベルトのように納得できないような顔の者もいたが、俺たちが提供した食料やこの砦を思ってか反論する者はいなかった。

「皆、ありがとう。とりあえずはここで出方を窺おう。誰か、城門を閉めてきてくれ! アスハ、案内を!」

アスハは俺の声に頷くとエルフ数名を伴い、城門へと向かった。

俺は次にモニカに訊ねる。

「モニカ。ミノタウロスは飛び道具の類は使うか? 弓とか、石を投げたり」

「それはなかったと思います……いや、たいまつを投げたりはしてましたね」

「森を焼かれたんだったな。つまり、火を使うことはできるか……」

この砦は城壁も中も全て石造り。特に火災を心配することはない。

だが、弓だけでは倒せないことも考えておく必要がある。

俺はすぐに木材を使い、バリスタと投石機を作った。

周囲のエルフたちは見慣れない兵器に口をポカンとさせる。

そんなエルフたちに、イリアとメルクが兵器の使い方を教えた。

「これはもしもの時に使うものだ。勝手に撃たないように頼む……おっ」

そうこうしている内に、川岸まで揺れが近づいてきた。

やがて鬱蒼とした森から、巨人が現れた。

筋骨隆々で背丈も肩幅も人間の倍はある。

赤い目は怪しく光り、頭には鋏のような二本の角を生やしていた。

鎧の類は身に着けていない。

ただ巨大な両刃の斧のみが手に見える。

「ミノタウロス……」

神殿の壁画で見たような神話の生き物の姿がそこにはあった。

しかし一つ分かることは、彼らは憤怒しているということ。

眉をぎゅっと上げ、歯ぎしりするような顔をしている。

特に彼らの先頭にいる、一際大きなミノタウロスの表情は険しかった。

他のミノタウロスの倍はあろう巨躯で、城壁を飛び越えてきそうな大きさをしている。ミノタウロスの長かもしれない。

その長は俺たちをじろじろと見て言った。

「ニンゲン……ニンゲンが沢山……ニンゲンだ!!」

彼らは城壁上の俺たちを見つけると、天を仰ぎ雄たけびを上げた。

人間が沢山?

俺とイリアはそう見えるだろうが、他の者はエルフだ。

いや、長い耳を除けばエルフは人とそう変わらない見た目をしている。

彼らはエルフを人間とみなしているようだ。

そしてあの表情は、恐らく人間を……

「ニンゲン、許さない!! ニンゲン、殺す!!」

「待て! 俺は確かに人間だ! だが、ここの者たちは違う!」

俺は一歩前に出て、川岸の長へ叫んだ。

「違う? お前はニンゲンなのに? 他は違うのか?」

長は頭を抱えるようにして言った。

やはりエルフたちを人間と誤認していたようだ。

しかも俺の話をすんなりと聞き入れてしまう……これは話ができそうか?

俺は長に答える。

「そうだ、俺は確かに人間だ。しかし、お前たちに恨まれるようなことはしていない」

「いいや、お前たちはオレたちを閉じ込めた! 暗い暗い奥底に! ずっとずっと、長い間!」

「人間に……」

かつて人間がミノタウロスを呪われた種族として地底へと閉じ込めたという神話……もしそれが本当だったとしたら確かに人間を憎むだろう。

「そうだったのか……だが、俺は違う人間だ。そういう人間がいることも確かだが」

長は静かに問い返してくる。

「違う? お前はオレたちを閉じ込めてない?」

「そうだ。俺もここにいる者も、誰もお前たちを閉じ込めてなんかいない。そしてお前たちを閉じ込めた人間は……もうとっくに死んでしまっているだろう」

「そんな……いいや、お前は嘘を吐いている! 魔王の使者は言っていた! お前たちを閉じ込めたのは、ニンゲンだと! だからニンゲンは全て殺さないといけないと!」

「魔王!? 魔王の使者が来たのか?」

「そうだ! 魔王は俺たちを出してくれた! そしてニンゲンを殺せと! だから殺す!」

俺はユミルらドワーフを救ったときのことを思い出した。

あの時、オークの集団が北から逃れてくるのを見た。

魔王軍の者が彼らミノタウロスと接触しても何もおかしくない。

ミノタウロスの封印を解き、たきつけたのは魔王軍か……

「待て! とりあえず、彼女たちは人間ではない! 人間は俺だけだ! 耳をよく見ろ! お前たちの知っている人間は、こんなに耳が長いか? 彼女たちはエルフ。亜人だ。それにお前たちの子供も保護している」

俺はフレッタに視線を向ける。

するとフレッタはミノタウロスたちに見えるように、モーを抱き上げ胸壁から叫んだ。

「あ、あの! モーのお母さんいるでしょ? モーは道に迷ってたの!」

そう話すフレッタに、長は驚愕するような顔を見せる。

「そ、その者は我が娘……このような場所に」

モーはフレッタの胸元から飛び出すと、胸壁から長にもーもーと鳴き始めた。

どうやら俺らが敵ではないと話してくれているようだ。

俺に目を向け、長は静かに口を開く。

「……助けてくれたのか?」

「ああ。だけどモーも俺たちを助けてくれた。友達みたいなものだ」

「……ニンゲンが友達。お前はオレの娘を助けてくれた……」

長は斧を握る手から力を抜いた。

これは考えを改めてくれるか?

そう考えた時だった。

「優しいニンゲンもいる……うっ! うぅうううう!」

突如、ミノタウロスたちは苦しそうな顔をした。

「どうした!? どこか痛むのか!?」

俺がそう訊ねると、長はゆっくり顔を上げる。

その顔は先程と明らかに違った。

目からは黒い瘴気が漂い、先程よりさらに濃い憎悪の色を見せていた。

長は雄叫びを上げると、俺に怒声を浴びせた。

「違う! 違う違う! お前たちは敵! カルヴェリンが言っている! お前たちを殺す!」

その声を皮切りに、他のミノタウロスたちはわっと城壁に向かおうとした。

「っ! 仕方ない、戦闘準備……いや待て」

俺は言葉の途中でミノタウロスたちの異変に気が付く。

だが、彼らは川を恐れ、前に進もうとしない。

「水……水だ! 流される! 駄目だ!」

「入ったら二度と戻ってこられない!!」

ミノタウロスたちは困ったように川の前で右往左往した。

「……水を恐れている? 何故でしょう?」

イリアは首を傾げた。

彼らも生きるために水は必要だっただろう。

閉じ込められていた場所にもなんらかの水場はあったはずだ。

洞窟の奥地に急な流れの川があることも珍しくないと聞くし、流されてしまった仲間がいるのかもしれない。

「いずれにせよ、これならば近づけませんね!」

モニカは嬉しそうに言った。

確かにこれなら城壁に来るどころではない。

他のエルフたちも来れるなら来てみろと声を上げる。

「挑発するんじゃない!」

俺がそう言った時だった。

どんという音が響いたと思うと、足元が揺れた。

「うおおおおおう! ニンゲン! ニンゲン殺す!」

声は空のほうから聞こえていた。

視線をやると、そこには大きな両刃の斧を振り上げた長がいた。

どうやらジャンプしてきたらしい。なんという脚力か。

「う、うわあっ!」

さすがのエルフたちもこの速さに、弓を番えるのが遅れた。

だが、

「ヨシュア様。お下がりください!」

刀を抜いてイリアが俺の前に躍り出た。

「待て、イリア! くっ」

長はすでに斧を振り下ろしている。

俺はとっさにイリアへ、攻撃を防ぐマジックシールドをかけた。

「ニンゲン! 殺す! うぉおおおおおおおお!」

「ヨシュア様はただの人間ではありません! それでも戦うというのなら、私が相手になります!」

イリアは体の左側から、右手にある刀を思いっきり振った。

どんという轟音と突風が、衝突する鬼角の刀と両刃の斧の間から発せられた。

「うぉおおおおおおおおお! ニンゲン殺す! ニンゲン殺す!」

長は力任せにイリアを圧し潰そうとする。

しかし、イリアは一歩も引かない。だが、その足元の石材はぼろぼろと崩れ始めていた。

「負けません! ヨシュア様の前では絶対に!」

イリアは刀の柄を強く握りしめると、声を振り絞る。

「はあぁあああああっ!」

「な、な!?」

次第に、長の斧はイリアの刀に押し上げられていった。

やがてピキッと罅が入り始めると、イリアの刀はそこから食い込むように入り、ついには斧をばらばらに粉砕した。

「くっ!?」

とっさに長は斧の柄を手放し、城壁を蹴って川岸へと退いた。

イリアはそんな長に刀を向ける。

「この刀に斬れないものはありません。斬ろうと思えば、あなたの首は簡単に落とせました。ですから最後の警告です……」

こちらからはイリアの顔は窺えない。

しかし冷酷な声でイリアは言い放った。

「……これ以上、ヨシュア様に歯向かうなら殺す……”お前”たちの事情なんてどうでもいい」

その言葉に、ミノタウロスたちは動きを止めた。

中には額からだくだくと汗を流し、手足を震わせる者も。

あれだけ騒いでいた長も、そのイリアの顔を見て体を動かすことも声を発することもできなかった。

だが、再びミノタウロスたちは苦しみ始める。

そんなとき、メルクがぴんと耳を立てた。

「変な音……アスハ。空から森を調べる。変な音を鳴らしているのがいる。くれぐれも気を付ける」

「はい」

メルクの声に、再びアスハは飛んでいった。

「どういうことだ、メルク?」

「さっきも少し聞こえた。奇妙な音。あれでミノタウロスがさっきから苦しんでいる」

「何? それじゃあもしかするとミノタウロスは操られて……」

洗脳魔法のようなものがミノタウロスにかけられているのかもしれない。

「術者を見つけよう……モニカ! ここの防戦は任せる! 彼らが川を越えようとするのなら、脚を中心に狙ってくれ!」

「分かりました! ヨシュア様たちはどちらへ?」

「敵の親玉を仕留めてくる!」

俺たちは城壁を下りると、ボートのある桟橋のほうへ向かうのだった。