軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

175話 喜ばれました!

「仲間たちの新たな門出に、乾杯!」

宿の食堂で、虎人たちの宴会が始まった。

テーブルにはごちそうや酒が所狭しと並んでいる。

ベイロンが皆に言う。

「秘蔵していた酒も、今日は全部開けるぞ! 皆、飲め!」

虎人たちは杯を掲げてそれに応えた。

俺たちもそんな宴会に参加させてもらっている。

「ほら、飲め」

「あ、ありがとう」

俺は杯を持って、そこに不愛想なネイアから飲物を注いでもらう。

それを見たベイロンが呟く。

「おい、ネイア。そんなんじゃ、ヨシュアは靡かねえぞ」

「……私は強い男が好みなのです! こんな男は!」

恥ずかしそうに答えるネイアに、イリアが白い目を向ける。

「ネイアさん。ヨシュア様は強い男ですよ?」

ネイアはびくっと体を震わせる。

「イリア……嬉しいけど宴会だからね」

俺はイリアをなだめつつ、ネイアに訊ねる。

「そういえば、ネイア。皆に振る舞いたい物があってな」

「うん? お前たちは客人なんだ。そんな気遣いはもう」

「いや、ぜひ食べてもらいたい」

「そこまで言うなら……あ、分かったぞ! それを私たちに売りつけようというわけだな!」

「本当に疑り深いな……ともかく、皿を借りるぞ」

席から立ち上がり、俺は後ろにある皿の積まれたワゴンへ向かう。

そして魔法工房で作っていたものを、まず一つ皿に出した。

焼きたての丸いパンだ。焼けた途端にふんわりとした香りが周囲に広がる。

ネイアはその香りに目を瞑る。

「懐かしい香りだ……なんだ、この香りは」

次第に、他の虎人たちも香りが気になり始めたようだ。

俺は皿に分けたパンを、イリアたちに虎人へ配ってもらう。

俺もパンを作り終えると、それをベイロンのもとへ持っていった。

皆、毒を警戒しているのか、それともパンの匂いに驚いているかは分からない。だが、皆手を付けなかった。

ベイロンは俺を見て言う。

「お前……まさか、これは」

「ああ。お前たちからもらったグランク麦で作った」

そう答えると、ベイロンがはははと笑う。

「おいおい。こんなに早く実るわけないだろう?」

「嘘だと思うなら食べてみればいい。毒なんて入っていない」

皆がパンに手を付けない中、メルクがぱくぱくとパンを食べていく。

「美味しい。リーセも食べる」

「本当? じゃあ、私も!」

リーセはパンをもぐもぐと食べ始めた。

「美味しい! もちもちで……甘い! 蜂蜜使っているの?」

俺は首を横に振る。

「いや、麦だけだよ」

「蜂蜜使わなくても甘い……不思議」

リーセはぱくっとまたパンにかぶりつく。ただの美味しいパンだと思っているようだ。

次第に、他の虎人たちもパンに手を付け始める。

殆どの者が気に入ったのか、あっという間に平らげてしまった。

ネイアもパンを味わうようにしてゆっくり食べていた。

「これは……この味は……」

気が付けば、ネイアの目には涙が浮かんでいた。

他にも、ちらほらネイアのように涙を流したり、懐かしむような顔をする。

グランク麦を食べたことのある者たちなのだろう。

グランク傭兵団には、ほぼ老人がいない。ベイロンも四十代ぐらいで少数だ。

他の亜人もそうだったが、故郷では環境のせいで長生きできなかったのだろう。

「……お前たちからもらった麦だからな。ぜひ食べてほしかったんだ」

俺はそう言って、袋をベイロンの前に置いた。かつてベイロンが渡してくれたのと同じ量のグランク麦が入っている。

それを見て、ベイロンはふっと笑う。

「お前……なかなか策士だな。これじゃあ、皆フェンデル同盟に行きたがっちまう」

「そんなつもりは」

「ありがたくもらっておく……なるべく、急がなきゃいけねえな」

袋を受取ると、ベイロンは自分に言い聞かせるように言った。

「おい、リーセ。もう一つ食べたいか?」

「お父さんは食べないの?」

「俺はもう腹いっぱいなんだ」

「せっかく美味しいのに。ヨシュア、また今度これ食べたいな!」

リーセはベイロンの膝に座ると、パンを持って言った。

「もちろんだ。もっとたくさん用意しておくよ」

「やった! 楽しみ!」

そう答えるリーセに、ベイロンは寂しそうな顔をしながらも言う。

「リーセ……ヨシュアたちに付いていってもいいんだぞ?」

「ううん。行くのはお父さんと一緒。お父さんとお姉ちゃんには私が必要だもん。また喧嘩しちゃうからね」

それを聞いたメルクがぼそりと言う。

「リーセが二人のママになる」

「うん! 悪いことをしたら、私が二人を叱る!」

それを聞いたベイロンは頭を掻く。

「こりゃ、悪さはできねえな」

「うん! ずっと近くにいるからね」

リーセはそう言って、ベイロンの胸元に顔を埋めた。

「リーセ……ああ」

ベイロンはリーセをぎゅっと抱きしめる。

ネイアもそれを嬉しそうに見つめていた。

こうして宴会は盛況のうちに幕を閉じた。

虎人たちにとって、もはやこれは別れではない。

今回フェンデルに来る虎人たちは、グランク傭兵団が住むための場所を作る先遣隊のようなものだ。

ベイロンもやがて、フェンデルに来てくれるだろう。

その日は俺たちも宿で泊まり、明朝にフェンデルに向かう虎人と共に王都を去ることにした。

さすがの高級宿。

部屋も浴場も非常に豪華なつくりだった。

今俺は、上層階の浴場を一人で使わせてもらっている。

「別に俺だけにしなくてもいいのに……」

イリアたち女性陣は、隣の浴場を使っている。

そもそも、俺たちの中で男は俺だけなのだから一人になるのは別におかしくないが。

「正確に言えば、ウィズも一緒だしな……よし、綺麗にするからな」

俺は椅子に座りながら、石鹸をつけた馬毛のブラシでウィズを撫でる。

それから壁面の穴から流れるお湯をバケツで掬い、ウィズを洗い流す。

あとは自分の髪を洗って浴槽に入る──はずだった。

がらっと、入り口から扉が動く音が響く。

ここはベイロンも泊まる階層。

きっとベイロンだろうと、俺は髪を洗いながら口を開く。

「泊まらせてくれありがとうな。しかし、豪華な浴場だな」

「王都でも一、二を争う高級宿だからな」

「なるほ──え?」

聞こえてきたのはベイロンの声ではなかった。

俺は顔を扉に向け、目を開く。

「ね、ネイア!?」

そこにいたのは、長い金髪を伸ばした褐色肌の美女……ネイアだった。一糸纏わぬ姿で、俺に近寄ってくる。

大きな胸に引き締まった体……俺は思わず目を逸らす。

「な、なんでここに?」

「……私が体を洗ってやる。お前には他に礼が思いつかないからな」

冗談じゃない。

そんなことをされたら正気でいられるわけがない。

何より、イリアに見られでもしたら……

「いや大丈夫だ。あ、あとは髪を洗い流すだけだからな──っ!?」

ネイアは俺の言葉を無視し、後ろから抱き着いてきた。柔らかい何かが二つ、俺の背中にのしかかる。

「おい、洗うんじゃ?」

「フェンデルではお前が王……なら、その子が次の王だ」

ネイアは俺の耳に息を吹きかけて言った。

抱き着いたまま、指を俺の胸の近くに這わせてくる。

「勘違いしているかもしれないが、俺は王でもなんでもない! フェンデルは」

「ああ、もう……ごちゃごちゃとうるさいにゃ! お前は嫌でも、私はそういう気分なのにゃ! 男なら、黙ってやることやるにゃ!」

「ね、ネイア? んっ」

ネイアは無理やりに俺の唇を奪ってきた。

「ぶっ……ね、ネイア、落ちつけって!」

俺はネイアから顔を離して言う。

「にゃ……そんなに私は魅力がないにゃ?」

いつも真面目な表情のネイアが、切なそうな顔でそう訊ねてきた。切れ長の目が、今日はとろんとしている。

「そ、そんなことは!」

「にゃら、今日は私と──にゃ!?」

「え? あ」

俺はネイアの視線の先を見て固まる。

浴槽には、いつの間にか”鬼”が浸かっていたのだ。

意識がぼんやりとしていく中、”鬼”が喋る。

「こんばんは、ネイアさん」

「にゃ、にゃんでお前が……しかも、またいつの間にか」

この”鬼”は、本当にいつもいつの間にか俺の近くにやってくる。

イリアも同じように……いや、最近はどこにいても急に……あれ?

「まあまあ、落ち着いてください。何も泥棒猫を取って食おうというわけじゃありませんから。ですがネイアさん、私たちの同盟には色々順序があるのです。今日は特別にネイアさんにお譲りしますが」

意識が途切れそうになる直前、ネイアは”鬼”と共に俺に抱き着いてきた。その後は、天国にいるかのような体験をした……気がする。

俺は気が付けば翌朝、宿の部屋のベッドの上にいた。

「……あれ?」

とても気持ちのいい夢を見た気がする。何も思い出せないが。

「おはようございます、ヨシュア様」

「……ああ。おはよう、イリア……えっと、昨晩ネイアと会った気がするんだが」

「ふふ。遅くまでずっと一緒でしたね」

「え? そうだっけ?」

俺がそう言うと、イリアはきょとんとした顔で言う。

「あら。あんなに皆で楽しくお話していたのに」

「ご、ごめん……時々、記憶が変になってさ」

「そういうときもありますから、お気になさらず。ネイアさん、また必ず私たちに会いにくると仰ってました」

「そうか……それは良かった」

ベイロンもフェンデルにいずれは来ると約束してくれた。

俺たちは一緒に帰る虎人と共に、彼らを迎え入れられるようにしておこう。

イリアは微笑んで言う。

「何はともあれ私たちも村に帰りましょう。皆、待っているでしょうから」

「ああ、そうだな……村に、帰ろう」

こうして俺たちは、フェンデル村への帰路に就くのだった。

王都からは、俺たちが見えなくなるまで見送りの声が響いていた。