軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6.組合長

百名からなる行列を、礼装に身を包む騎馬隊が先導する。

その中心の屋根のない馬車に、アイーダは座っていた。

皆で行く。エレーナは確かにそう言った。

しかし、まさか百名のパレードで行くとは想像していなかった。

前の席ではエレーナが驚く民衆に笑顔で手を振っている。

エレーナの隣にはレナンド。

アイーダの横にはエメリ叔母様。

先頭の騎馬隊の後ろで楽隊が音楽を奏でている。

そこに続いて街の衛兵隊、その後ろにこの馬車。

馬車の後ろには叔母様が連れてきた衛士や従者の列が続いている。

「エレーナ、今度は何を企んでいるの」

ラッドフォード公爵家の力の誇示。それはわかる。

だが、それだけとは思えなかった。

「あら、パーティの最後をこのパレードで締めくくる事は決まっていたのですわ。ただ、街の中心まで行くならついでに寄らせていただこうかと思いまして」

パレードで鉱山労働者組合に乗り付ける。常識では考え難い行動だが、少なくともこれだけの兵士がいれば下手なことはできない。安全ではあるだろう。

「これほどの兵で囲って、まともな交渉に臨めると思っているの?」

「あら、まともな交渉ができる相手だと思っていらして? ほら」

組合の本部が見えてきた。その前には大量の厳つい男たちがたむろしていた。

パレードは、組合の本部前で停止する。

一触即発という状況ではないが、両者の間にいくばくかの緊張が走る。

「……エレーナ達がこんなパレードを仕組んだからでしょう。普段こんな者たちいないから」

その状況を見て、アイーダがエレーナにぼやく。

「エメリ様もいらっしゃるのです。安全に越したことはありませんから。では参りましょう」

エレーナは、そういうと一人馬車を降り、男たちの合間を縫って堂々と正面から中に入っていく。

「あ、ちょっと……まったく、度胸があるのか何なのか。どこからその自信が出てくるのでしょう」

アイーダ、レナンド、エメリも続く。ジェームズをはじめとする騎士三名が護衛に続く。

「エレーナさん、私まで呼んだという事は、その必要があるという事ですね?」

エメリが問う。

「はい、話の展開によりはしますが、おそらくは、ほぼ確実に」

「では、ご一緒しましょう。このような場所、気乗りはしませんが」

中には待合といくつかの役割別のカウンター。裏稼業に繋がるような見た目はしておらず、一般的な事務受付の場であった。それもそのはず、普段はただの鉱山で働く労働者の組合事務所なのだから、当然の事であった。

ただ、外の者たちのせいか、カウンターに受付担当はいるものの客はひとりもいなかった。

「上よ」

アイーダは受付には話もせず、脇の階段へ向かう。受付も一礼するのみで止めはしない。アイーダがここの幹部であるということが改めて示される。

「組合長、入るわよ」

三階の奥の部屋。アイーダがノックする。

「おう」

部屋の中から、男の声がする。

部屋に入る。七人入っても余裕のある部屋。

手前が応接間になっており、続けて奥に執務用の広い席。

そこに男が座っていた。

「よう、裏切り者。死にもしないでよく帰ってこれたな」

アイーダを見るなり、男は朗らかな声色で罵倒した。

「死ぬも生きるも、もう私の意志じゃ選べないのよ。……紹介するわ。鉱山労働者組合、組合長のテッド・ウィリアム」

話の中身は物騒だが、アイーダも普段の会話の調子だ。

「初めまして、領主のレナンド・ラッドフォードです。本日はご多忙と聞いていましたが、会えて嬉しく思う。こちらは妻のエレーナ。そして奥が母、エメリです」

「は、ラッドフォード公爵家の一門が、揃ってこんなところによくお越しくださったねえ。それで? 外の奴らも穏やかじゃねえんだ。あんまり変な事は抜かすなよ」

アイーダが一歩前に出る。

「話は簡単よ。組合はもうおしまい。公爵家が本気になったらもう続けられないわ。店じまいしましょう」

「へっ、お前顔と頭は良いと思ってたんだがな。うちを甘く見てもらっちゃ困る。登録だの保険だの言ってるのは知ってるが、そんなもんでうちの組合員が動くと思ったら大間違いだ」

「組合員に多額の借金を背負わせているから、ですわね?」

エレーナが会話に加わる。

テッドはしばしエレーナの顔を見る。

このような組織は、末端を生かさず殺さず、生活費、道具、住まいなどさまざまな面で支援する。もちろん有償で、良心的な初期導入と高額な利子を併せ持つ制度であることが多い。末端はいずれ抜けられなくなり、組織は利息で丸々と太る。

「人聞きが悪いな。俺らはファミリーの面倒を見てやってるんだ。みんな家族さ。必要な分を出してやってるだけだ。ただ、家族でも借りたもんは返さねえとなあ? そうだろう? まあ立ち話もなんだ、座ろうや」

テッドは席を立ち、応接間の方に向かい、当然の様に上座に座った。

客の、しかも公爵家を前に失礼な話だが、自分が上だと見せつける行動が染み付いているのだろう。そうやって生きてきたという証左でもある。

「公爵家ってのは確かにでかい。だが伯爵家の何十倍もでかいわけじゃねえ。千もの人数の借り入れをゼロにはできねえさ。徳政令でもやるってか? 信用無くすぜ?」

知識もあるし、頭も回る。なるほど、一角の人物であることは確かなのだろう。

「公的にご登録いただいた方には、正当に繰上げ返済をしていただきますわ。そのためのご支援をします」

つまりは組合よりも低金利で借り換え用の資金を貸し出すということだ。

エレーナはにこやかな外向けの笑顔を崩さない。相手が誰であろうと、負けるつもりはなかった。

「金を払えばそれは許すしかねえ。ルールはルールだ。だが五十や百の人手じゃ鉱山は回らねえ。たとえ公爵家だろうと、出せてそんなもんのはずだ」

「いいえ、千くらいなら、丸ごと」

ガタン! と大きな音。

テッドが応接間のテーブルを蹴り付けたのだ。

「おい、吹いてんなよ。交渉しに来たのか怒らせに来たのか、どっちだ」

テッドは数字には強いのだろう。しかしラッドフォード公爵家の価値を理解しきれていない。

エレーナは、交渉の勝利を確信した。

テッドに欠けているのは、信用と金融の概念。

伝統あるラッドフォード公爵家の信用はこの国では無限にも近い。テッドはそれを計算できていない。

あとは身内の合意だけ。

「レナンド、我が家が領地の銀山二つの採掘権を担保にしたら、いくら借りられるでしょう」

「すごい事を言い出すね」

「あら、このまま利益にならぬ山を持っていても仕方がないでしょう? それならこの方が何倍も利に繋がりますわ」

「そうだね……すぐにはなんとも言えないけれど、莫大な金額になるだろうね。例えば何年もの戦費を賄えるような」

「お義母さま、ローズウッド商会をはじめとする王都の選りすぐりの商会に引き受けていただきとうございます。いかがでしょうか」

エレーナは、公的な場ではエメリのことをお義母さまと呼ぶ。

エメリは扇を広げ、口元を隠す。

――まったく、私でも取らぬような手を平然と。

エメリはエレーナを横目で見る。

表情は変わっていないが、目は笑っていない。この子にとっても真剣勝負なのだろう。

金額、金利、領地で得られる銀山二つの事業利益。商会との関係性、公爵家の威信、商会の出せる余力。それらを五年や十年の単位で利が出るかのバランスを考える必要がある。

エレーナは、それを知っていてなお即断を要求した。

「細かいところは後でお話ししましょう。今回のお話としてはよろしいでしょう」

エメリは即断は危険と判断したが、目の前の男に引き下がることだけは避けるべきと踏んだ。この男を領内でのさばらせることは、公爵家の威信を傷つけ、レナンド夫婦の先々の治世のためにならない。

「ありがとうございます」

エレーナはテッドに向き直る。

「いかがでしょう、公爵家がその気になれば当座の金のご用意はいくらでも可能です。私どもが万一貴方に上回られたら、銀山は他の者の手に渡ります。そうしたらこの領の組織が手を出せなくなるかもしれませんわね」

実際にいくらでも可能なわけはないが、そう思わせておく必要がある。もとより不確実性の高い話。上回れないと信じさせることが重要だ。

「こっちと戦争したいってのか」

テッドは凄んでくる。

「いいえ。貴方の組合は実態を失いますが、貴方は組合員から返済された巨万の現金を得ます。資産ではなく動かせるお金として」

「そのままじゃ何も産まねえ金だ。お前んとこの要職にバラまいてやろうか?」

「それには及びません。またお金で争うのは貴方もこちらも利が薄いでしょう。ひとつご提案ですが、公爵家ほどの金額が用意できないところでその才覚を発揮されては?」

「……本当にお前、公爵家の貴族なのか?」

他所でもっと弱いやつを食い物にしろ、それなら干渉しない。エレーナの言ったことはこういうことだ。

「領民が他領に引っ越すことを止める権利は領主にはないね」

レナンドが言う。

「君も叩けば埃は出るだろう? ここに残るなら、そういう道もある」

「領主夫妻が揃って脅迫してくるとは、恐れ入るね」

「組合長。この人たち、普通じゃないの。やるって言ったらやるから気をつけなよ」

アイーダが気の毒そうに付け加える。

「例えば、バーンウェル侯爵領は鉱山も豊富ですが、最近は懐事情も苦しいと聞きますわね」

「エレーナ、他の家の話は品格に関わる。そのあたりにしよう」

レナンドが止めに入る。

バーンウェル家はラッドフォード家の商売敵であり、なによりエレーナを裏切った元婚約者の家。エレーナとしてはここがより苦しい状況になった際に資金援助に入り、利息をいただこうという魂胆であった。

「お前、そんな綱渡りの絵空事で人が動くと思ってるのか?」

「あら、私は私のやるべき事を為すのみです。貴方がそれを為すのもよし、他をなさってもよし、ですわ。もっとも、来年になったら利息分の利益は税の対象になりますのでお忘れなく」

引越しをしたからといってラッドフォード家に税を払わなくて良くなるということはないが、 エレーナの言い方はどうせ移ったら払わないだろうという含みを持つ。

そして、その通りテッドは他領に移ってまで前年度の利益にかかる税を払うつもりなどない。組合の組織を廃し徴収母体をくらませるくらいのことは朝飯前だ。

だから金を得たら早く出ていけ。この女はそう言っている。

そこまで読んでいるのかとテッドは妙に関心をする。

「へっ、大したお嬢さんだ。そこまで言うならお手並み拝見しようか。ただし、やるならノウハウも仕組みも全部引き上げさせるからな。せいぜい苦労しな」

「はい、交渉に応じていただいてありがとうございます。平和裏に解決できて嬉しいですわ」

「平和裏? 何言ってんだ、戦争ふっかけてきやがって。アイーダも切れると思っていたが、頭のネジが飛んでやがる。貴族ってのは皆こうなのか? 恐ろしい女だぜ全く」

「そうでしょうそうでしょう。でもこの方々は特別よ」

アイーダは心底同意するというふうに頷いた。

「エレーナさん」

「はい、エメリ様」

パレードを引き連れて旧伯爵邸に戻った四人は、部屋でお茶を頂いていた。

「貴女は利に聡いです。頭も回ります。しかし、いくら時間がなくともあのようなことは事前に相談なさい」

エレーナはカップを戻し、姿勢を正す。

結婚してからここに来るまでの数ヶ月、何度も経験してきた時間。お義母さまの「ご講義」が始まろうとしている。

「はい、申し訳ございません」

「それと、いかに正しくとももう少し人の心に寄り添いなさい。これは情の話ではありません。いつか、逆恨みに遭います」

「はい、気をつけるようにいたします」

もうアイーダに逆恨みされた格好だが、それは言わない。いや、今この状況においては、言えない。言えば立場が不利になる。

「それに、旦那様を待たずにあの様なところに真っ先に入るとは、淑女としていかがなものでしょう」

「はい……」

――これは長くなる。

エレーナは悟った。

「ああ、僕は公務があるので。これで失礼します」

レナンドもまた、悟った一人であった。

私を置いていくの? とエレーナが非難の目を向ける。

アイーダはいい気味だわ、と笑いを堪える。

「だいたい、アイーダちゃん。貴女もです」

「はいぃ!?」

急に矛先を向けられて、お茶をこぼしそうになるアイーダ。

内心の冷や汗を悟られぬように姿勢を正すアイーダを、今度はエレーナが横目で笑う。

「なんですかあの言葉遣いは。お姉様が聞いたら悲しみますわよ」

「はい、叔母様。ですが私はもう平民の身ですので、相応に話さなければならぬこともありますの、おほほ」

――エメリ様に反論!? この場で!?

エレーナは、アイーダに抜き身の刃のような視線を向ける。

アイーダもわずかに遅れその視線の意味に気がつく。しかしすでにそれは後の祭りであった。

「アイーダちゃん。これは貴女のためを思ってのことですが、いかなる事になろうとも貴女の生まれは伝統ある伯爵家。そもそも淑女とは……」

エメリの講義は、それから四時間にも及んだのであった。