軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5.パーティー

「あなたたち、もう組合は終わるわ」

捕まえていた男たちにアイーダが宣言する。

「アイーダの姐御、何言ってんだ?」

「さあ……捕まってしこたま殴られて頭おかしくなっちまったんじゃねぇか」

にわかには現実感をもって捉えられない男たち。アイーダですらわからなかったのだ。無理もない。この街に浸かっていればいるほどそうだろう。

「信じるも信じないも好きになさい。あなたたちは鉱夫に戻るのも難しいでしょうから、職探しでもすることですわ。組合本部にはあとで私が直接説明します」

「まあ、姐御がそう言うなら……」

門番に暴行した二名を除き、解散させる。

「ああ、諸君。領主のレナンド・ラッドフォードです。働き口に困ったら言ってきなさい。力自慢の諸君にちょうど良い、治水工事の仕事があります。給金ははずむよ」

レナンドは、荒くれ者たちをバルト村の治水工事にスカウトする。鉱夫とは名ばかりの彼らが裏家業に戻らなくとも済む道を用意したのだろう。

これで全員が真っ当な道に戻るとは思えないが、きっかけを示したことにはなるだろう。

「さて、アイーダ。ではお客様を出迎えに参りましょうか」

「……本当に、やるのね」

招待者たちが続々と門を抜け、こちらへやってくる。

「いらっしゃいませ! ……ほら、アイーダ」

「……ようこそお越しくださいました」

エレーナは、アイーダを連れて庭園の入口に立ち、お客様にご挨拶をしていた。

「あらあらあら、アイーダお嬢様じゃないの! お屋敷に戻られてたのね!」

貴族という風ではないが身なりの良いご婦人が、アイーダを見つけて寄ってくる。

「えっ、アイーダ様?」

「本当だ、お綺麗になられて」

つられて、幾人もの民がアイーダを取り囲む。

「あ、あはは。お久しぶりですわね、皆様」

気まずそうに挨拶を返すアイーダ。

アイーダは王都での学園生活のために二年半、その後も一年半ほどは屋敷にいなかったはずである。街で会っていた者もいるだろうが、久々の再会となる者も多いだろう。なにせ、久方ぶりの表舞台だ。

「あのラッドフォード家と、譲れぬもののために単身で争い爵位を失われたと聞きましたが……これは仲直りされたのですかのう?」

街の助役の老人が言う。

前の事情はかなり歪んで伝わっていそうだった。

だが、それも今は好都合。

「ええ、アイーダは学生の頃からの親友でしたもの」

アイーダが信じられないという顔でエレーナを見る。エレーナは助役への笑顔を崩さずアイーダを肘でつつく。

「は、はい、そうなんですのよ、おほほほほ」

取り繕うアイーダ。

「街に戻っていらしたのねえ。またうちのパンケーキ食べに来てちょうだいな」

「うちもまたお嬢様の服を仕立てさせてくださいな」

アイーダは、エレーナが想像していたよりも遥かに民衆に人気があった。これは相当な効果がある。エメリ様のご慧眼には恐れ入る。

アイーダがさすがにたまらなくなったのか、声を上げる。

「皆さん、私は確かにアイーダ・ロックバードですわ。でももう伯爵家の者ではないのです。そんなにお気遣いなく」

アイーダの言葉に顔を見合わせる奥様方。

「あっはっは、アイーダ様、そんなこと言ってもアイーダ様はアイーダ様よ!」

「そうそう。こーんな小さな頃から知ってるんですから」

「そうよ、お姉様が嫁がれて、アイーダ様も学園に行かれてしまって。皆寂しがってたんですから」

「皆さん……」

アイーダは予想していなかった反応に感極まる。

全てを知れば、蔑むものも出るかもしれない。しかし、アイーダはこの街の、ここ二十年の歴史の象徴なのだ。

「アイーダ、あなた、これがどれほどすごい事かわかっていらっしゃる?」

エレーナが耳打ちする。

「え? 昔からこの街ではこのような感じですけれど」

アイーダはあまり客観的に物事を見ない。いつもそう。

「貴女は、レナンドよりも、私よりも、ずっと皆さんの心を掴んでいるの。これからも頼りにしてるわよ」

「え、ええ……」

エレーナに「頼りにされる」と言われると身構えてしまうアイーダであった。

そして、当然この場ではそういった反応ばかりではない。もともと伯爵家に近しかったものを集めようと思って開催したパーティーだ。

「アイーダ様!? ……いや、よくも顔を出せたものですな。恥知らずにもラッドフォードに尻尾を振ったのですか」

大体の事情を知る者もいる。

領主交代で旨みを得られなくなった者であれば特にこういった反応になるだろう。

「無礼な……!」

近くにいたゴードン侍従長が憤る。彼はこの期に及んでもアイーダの忠実な部下の様だった。繋がっていたことは態度からも明白だ。

「ゴードン。下がりなさい」

アイーダが諌め、男に向き直る。

「ええ、そう見えるでしょうね。それで、私がやりたくてこんなことをやっているとでも?」

アイーダの目つきが鋭くなる。

「アイーダ。エメリ様の言葉を忘れたの」

エレーナが声を潜めて言う。

組合の幹部としての振る舞いは、文字通りアイーダの命取りになる。

「……わかってるわよ」

男はアイーダに気圧されながらも会場に入って行く。

そして、ゴードンの様な男も問題であった。アイーダを監視するためにここに置く場合、こういった者が近くにいると「ロックバードの治世の再興」といったくだらない夢想を企み始める可能性がある。

こういった者には散り散りになってもらう必要がある。

――この意味でも、アイーダは頼りになる。

エレーナはそれを声には出さない。

しかし、ふるいにかけるための網として、アイーダ・ロックバードほどのものは他にない。良くも悪くも彼女はこの街の本音を引き出すのだ。

パーティーを開いたエレーナの目論見は、こうして始まる前からすでに半ば達成されたのであった。

様々な者が来訪し、パーティーは活況を呈した。エレーナの慣れ親しんだパーティーとは違い、庶民のお祭りのような雰囲気である。

これはこれで伸び伸びとしていて良いものだと、エレーナは満喫していた。

「皆さん! 新たに領主を拝命しました私、レナンド・ラッドフォードより一言ご挨拶申し上げます」

レナンドが壇上に上がり、声を張る。

用意していたここまでの実績と、これからの施策の発表だ。

エレーナはアイーダを連れて演壇の側に控える。

「私たちは、まずは長年水害に苦しんでいるバルト村の河川を整え、肥沃な土地と村の生活を両立させることにしました」

ここで壇上に村長をあげ、固く握手。

自然と拍手が巻き起こる。

百を超える聴衆にむけ、堂々と立ち回るレナンド。

「さすがレナンド」

レナンドとお付き合いをするようになって一年半、結婚して三ヶ月ほど。何かに取り組む彼の真剣な横顔を見る度に、エレーナは彼への愛おしさが増していくように感じた。

レナンドは露店や治安維持、保険と鉱夫登録制の計画などに話を進める。

「そんなことをされたら、うちはどうなるんだ?」

「それよりこれに乗って組合に睨まれたら終わりだぞ」

今日集まっている者には組合に近しいものも多く、次第に会場の空気が不穏になっていく。

「皆さんのご不安は承知しております。だから本日はここに、アイーダ・ロックバード嬢にもお越しいただいているのです!」

エレーナに背中を押され、壇上に登らされるアイーダ。

「ちょっと、聞いてないわよ」

「相談役のご挨拶よ」

抗議するアイーダに、小声で伝えるエレーナ。

組合のアイーダを知るものは、組合幹部も参画しているのかと認識を改めるし、そうでない者はロックバードの者の後押しもあるのかと納得する。

アイーダがここにいることを快く思わない者も、ことの良し悪し以前の問題としてラッドフォード家に取り込まれたことを思い知るだろう。

……アイーダが妙な事を言わなければ。

アイーダは、檀上でしばし皆を見回す。

ひとつ、大きく息を吐く。

「えー……皆さん。ほとんどの方にはお会いしたことがありますわね。ご無沙汰しております。アイーダ・ロックバードです」

観念したのか、アイーダが語り始める。

「ご存知のように、私は伯爵家に生まれ、ここで生まれ育ちました。だからこの街の、皆さんのさまざまな事情を存じております。少なくとも、こちらの新たなご領主様よりも、ね」

しばしの間。

「……そして、私ほどラッドフォード家を憎んでいる者はいないでしょう。もとは私が引き起こした事とはいえ。きっと生涯恨むでしょう」

ざわつく、会場。

エレーナは、最悪、引きずり下ろすためにアイーダの横に立つ。

しかし、それは杞憂に終わった。

「その私が保証しましょう。認めたくはありませんが、この方たちはロックバード家が成せなかった事を成し遂げることができる」

アイーダの目に涙が浮かぶ。

また、しばしの間。

「だから、私は彼らが領に不利益をもたらすようなことを始めたら、噛みつきましょう。そして、その様なことがあれば、いち早くラッドフォードがいかに悪どい事を始めたかを皆さんにお伝えしましょう」

エレーナとレナンドを交互に睨むアイーダ。

だが、その目にはもうかつての昏い炎は宿っていない。

「だから、ご安心くださいませ。私がいる限り、身勝手はさせませんから。百年以上の長きにわたりここを治めた、ロックバードの名にかけて」

――あの様な事をして爵位を失い、道を踏み外した、ろくでもない女。それは私が一番よくわかっている。でも、それでもなお私を慕ってくれる者がいる。

それであれば、ラッドフォードの意に沿う苦渋を舐めてでも、良き領主の娘であったことを思い出さなければならない。

割り切ることなどできないし、過去を無かったことにもできない。しかし、清濁を併せ持ってうまくやることはできるはず。なぜなら、私はロックバードの血筋なのだから。

いつの間にか静まり返った会場から、ひとつ、またひとつと拍手が生まれる。やがて満場の喝采となる。

「エレーナ、早く悪いことしなさい。そうしたら貴女と差し違えてやれるわ」

壇上から降りるアイーダが憎まれ口を叩く。

「あら、そういう貴女こそ、旦那様にまた色目でも使ってごらんなさい。生きている事を後悔させて差し上げますわ」

憎まれ口でもエレーナには勝てなそうだ。アイーダは肩をすくめる。

「怖い怖い。レナンドお兄様にそんなことするわけないでしょ。あなた風に言えばなんの利もないわ。ま、組合から生きて帰って来られたらよろしく頼むわね」

アイーダは砕けた口調に戻る。

組合幹部のアイーダとして、組合での最後の仕事が残っている。

「あら、お一人で行かれる気ですの?」

「えっ?」

「皆で、参りましょう?」

エレーナはにっこりと微笑んだのであった。