軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2.「組合」

「あら、なかなかよろしいではないですか」

エレーナは、街に出るための侍女の服をあつらえた。パーティーまでのことだしそこまでする必要はないと思っていたのだが、アンが毎回気まずそうにしているので自分用に用意したのだ。

確かに似合っている。しかし後ろに控える侍女のアンは、侍女の服を「お似合いです」と言うべきか迷っていた。

「何を着ても似合いますね、エレーナ。ですがほどほどにね」

アンの心を知ってか知らずか、部屋に入ってきたレナンドが言う。

「レナンド、わかっています。必要な場合だけにいたしますわ。街に行くだけでご心配くださるの?」

「僕はいつだって君のことを気にかけているさ。巡察中だって寂しい思いをしていないか、ずっと心配していたんだよ」

「レナンド……」

アンは、お邪魔であることを察し、無言で一礼し部屋を出た。

アンにとっての新しいご領主様と奥様が来られて一週間ちょっと。目まぐるしく様々なことがあった。お引越し、パーティーの準備、旦那様の巡察行脚、そして、まさか侍女に扮した奥様とのお出かけ。

それだけに、平穏にお二人が仲睦まじくしている様子を見ていると、心が温まった。難しい立場にいるお二人には、お二人だけの時間を大切にしていただきたかった。

しばらくして、エレーナは階段を下りた。

侍女の姿のままである。つまり、街に出かけるということだ。

「アン、それでは参りましょう」

「はい、奥様」

今日もエレーナはアンを連れて街へ出た。

手始めにいつもの串焼きの屋台。エレーナはここの味が気に入っていた。

「こんにちは。二本くださいな」

「よお、美人のねえちゃん。またきたな」

どうやら顔を覚えられたようだ。

「ここの串焼きは良いものですわ。この屋台持ち運びできますの? 今度の領主様主催のパーティーで焼いてくださりませんか」

アンが「私たちパーティーの用意の買い付けをしているのです」と付け加える。

「領主様の。ああー、それはちょっと難しいね。組合に睨まれたらここで商売できなくなっちまうからな」

「組合?」

「商売していないと知らないかもな。鉱労だよ。鉱山労働者組合」

露店との関係がピンとこず、エレーナはいぶかしげな顔をしてしまう。

「組合に場所代払って商売させてもらってんの。組合はどうも新しい領主様のことを良く思ってないらしいからな。だから領主様のパーティーには出せない」

理不尽ながら、エレーナは理屈は理解した。

この領地では銀山を中心とした経済圏が発達している。それだけ鉱山労働者たちが力を持っているという事だ。それほどの力があれば、役割は鉱山労働者の取りまとめに限らないという事だろう。

「お金を払わないで商売をするとどうなるのです?」

「そりゃ、お取りつぶしよ。半日もしないでやってくるさ。ああ、噂をすれば」

通りの少し離れた向かい側、屋台の隙間でゴザに商品を並べて売っていた少年のもとに、大柄な二人の男が近づく。

何を話しているのかはわからないが、男が少年を殴りつける。商品を蹴散らし、粉々にする。地に伏した少年を、何度も蹴る。

やがて、男たちは去って行った。

少年は生きているようだが、動かない。

これが、「組合」か。

無法な世界。伯爵家は何もしなかったのか。それとも、できなかったのか。

許しがたい。エレーナは目の前の蛮行への怒りが隠し切れない。

「アン、あの子を」

アンを介抱に向かわせる。

「関わらない方がいいぜ。目を付けられたくないから、誰も助けない」

「領主のつ……家で働く者の務めですわ」

あやうく妻と言いかけ、言い直した。

「まあ好きにしな。鉱山で働くやつらは荒くれ者の集まりだし、そもそも組合員には鉱山に関係のないゴロツキも多くいる。やつらはやつらのルールで生きてやがる。その代わり揉め事の解決や捕り物では活躍してくれるんだがな」

法を無視した間違った治安維持。悪辣な力に意味を持たせてしまっている。

街の表と裏。この領地の社会構造の掌握は一筋縄ではいかなそうだ。

「まあ、ねえちゃん美人だからな、あいつらには近寄んない方が良いぜ」

「ありがとう、忠告痛み入ります」

少年の無事を確認し、エレーナたちは屋台から離れる。

「……アンは、組合をご存じでしたか?」

「はい……あ、いえ、鉱山労働者の組合があることは知っていましたが、そんな事までしているとは」

地元でただ暮らしている者には接点がなく、金の流れがあるところには出てくる。これまでの話にかなり近しい存在だろう。

バーゼル商会や侍従長、これまでの伯爵家との接点はあるのだろうか。いや、無いと考える方がおかしい。どのような形であるのか、だ。

何が中心で、何が末端か。それを突き止める必要がある。

そして、その者たちがラッドフォード公爵家に求めるものは何か。自治なのか、金なのか。それとも他の何かなのか。

対抗策を講じる必要がある。いまこちらが直接相手を上回る事は難しい。

「レナンド、鉱山労働者組合はご存じかしら」

「ええ、知っています。鉱山で働く労働者の元締め。この辺りでは色々と幅を利かせている組織だということくらいは」

屋敷に戻ったエレーナは、レナンドに今日の出来事を相談した。

「組合、商会、伯爵家や執事長からのお金の流れ。思った以上に根が深いようですわ。正面から太刀打ちできると思われますか?」

「難しそうだね。いま、僕らの衛兵は館の警備が十、門の警備が十。巡回や待機が五。本領から応援を借りる事はできるけれど、そもそも力での対抗は解決が難しい。それに、恐らくどこの組織にも入り込んでいるだろうから一時的に抑え込んでも解決にならない」

レナンドの見解が自分の見立てと一致しており、笑顔になるエレーナ。

「そうですわね。さすが私の旦那様」

「笑いごとではないよ。そうだね、ひとつずつ、こちらの得意なところから相手を分断していこうか」

「それがよろしいかと。まずは公的な露店登録制度とその警備組織の立ち上げですわ」

二人とも、話が心なしか楽しくなってくる。

「警備人員の募集をかけようか。組合員を引き抜こう」

「では組合員をこちらにつけるため、新しい鉱山労働者への保険を立てましょう。これをバーゼル商会に引き受けさせましょう」

「なるほど、鉱物商なら断る事は難しい。そうしてそこを少なくとも表向きはこちら側とすると。さすがはエレーナ」

正面からでは切り崩す事が難しい事案においても、施策が次々と生まれてくる。

お互いに、この手の話を相手と話すことが楽しい。

そんな策略に向いた二人であった。

「その発表と同時に、関係各所へパーティーへの参加を打診しましょう」

「そうだね、その回答でそれぞれの考えがつかめる」

夜、ハワードも加え、出た案を整理する。

まずは、公的な露店の登録制度。

主要な道での露店の出店を公爵家が管理する。

そして、その露店の邪魔をさせないための警備隊の組織化。

組合よりも良い給金を出すことで組合の用心棒を引き抜く。下っ端の鉱山労働者に忠誠心などはないだろうと踏んでのことだ。

つぎに、鉱山労働者向けの保険制度。公的な登録と資本の供出は公爵家が行い、その発行と債権管理をバーゼル商会に持ちかける。鉱物商ならば鉱山労働者との紐づきは強いはずだ。公爵家の信用が保険の価値を担保できる。

目先の策としては、街へ衛兵を多く出す事にした。武装した衛兵が五名も立てば、そう簡単に荒事は起こせない。そのことを誇示するのだ。他が多少手薄になる事には目をつぶる。

「パーティーが楽しみですわ」

どこまでも負けは考えない、エレーナであった。

公的な制度の制定が発表されたのは、それから二日の後であった。

各所での反響は様々であったが、武装した衛兵が主要な街角に立ち始めた事で、本当なのだという実感が民に生まれた。

そのため、露店の店主たちは半信半疑ながらも登録を進めている。

少なくともここ数日、組合による妨害は入っていない。

まだ、警備隊の応募はほとんどない。組合員たちは一枚岩ではないが、誰が一歩目を行くのか、お互いに牽制しあっているというのが実情のようだ。しかしエレーナはこれも時間が解決するだろうと踏んでいる。

保険についてはバーゼル商会が「多忙」という理由で回答を保留している。

そんななか、領主の名義での招待状がいくつか発送された。

「招待状、ですって? うちに?」

女は、レナンドが送った中の一通、パーティーの招待状を手にしている。

領主の新制度。明らかな敵対的な行動。まだ制度なんかでどうにかできると思っている。

それは、長年かかってもロックバード家が実現できなかった道。

昨日今日来た若夫婦にできるはずがない。

「上等だわ。せいぜい楽しませてもらおうじゃない……ゴードン!」

「はっ」

「このくだらない催しの前日の夜、倉庫の鍵を閉め忘れるお馬鹿さんがいるのよね? そうでしょ?」

女は、いびるような、嫌らしい言い方で男に未来の出来事を確認する。

「……はっ、私めの失態に違いありません」

ゴードンは、女の顔を見ることができない。床を見たまま答える。

「ふん、これはほんの警告よ、エレーナ……」

パーティー当日の朝。

「旦那様! 奥様! 朝早く失礼いたします! 大変です!」

朝一番に、アンが部屋のドアを叩く。

「どうしました」

ただならぬ様子に、エレーナは寝巻きのままドアを開ける。

「今日のパーティーで使う資材が、何者かのせいで全てダメにされたと連絡が」

やられた。

実力行使の可能性は考えていたが、それは本番の方が可能性が高いと考えていた。

街の警備に兵を回すため、倉庫の警備は危険を承知で普段のままにしてあったのだ。

「エレーナ、着替えてすぐに向かおう。アン、馬車の用意を頼む」

レナンドとエレーナは、急ぎ旧伯爵邸に向かった。

「これはひどい……」

倉庫の中はぐちゃぐちゃで、持ち込んだのかご丁寧に泥までまぶされている。とてもパーティーで使えるような代物は残されていなかった。

「見張りの兵士は?」

「わ、私でございます……外を巡回しておりましたが異常は感じられず……お、お詫びのしようもなく」

エレーナの問いかけに、顔面蒼白の兵士が前に出る。

「無事だったのですね、よかった」

エレーナは安心させるように笑顔を返す。

倉庫は頑丈な石壁でできている。こっそり中に入られたら中で少々暴れられても気が付けないだろう。

見ると、扉に異常もない。窓は格子のはまったまま。

どう見ても鍵を開けて正規の手段で入ったとしか思えない。それならば数秒、巡回の隙をつくことは容易いだろう。

内部の犯行。侍従長か、それとも他か。

しかし犯人捜しは今優先すべき課題ではなかった。

「これでは、パーティーを延期するしかないか。早急に手配しなくてはな」

レナンドが言う。

「あら、レナンド。私は今日開催したいですわ。こんな賊の意に沿うのは癪ではありませんか」

「……それは、策があるということだね?」

「だってまだ半日以上ありますもの」

エレーナは不敵な笑みを浮かべた。

「わかりました。お願いします」

レナンドは、妻を信頼していた。

エレーナは、アンを連れていつものように街に出た。

「おはようございます。また、串焼きを頼めるかしら?」

「いらっしゃい! おや、美人のねえちゃん、今日はずいぶんめかしこんでるね」

今日のエレーナは、普段の貴族としての格好のままである。

領主の妻として来たからだ。

「ごめんなさい、これまで騙すようなことをして。私はエレーナ・ラッドフォードと申します。領主、レナンドの妻でございますわ」

普段の、品のあるカーテシーを見せるエレーナ。

「ええっ!?」

驚いて、焼いている串焼きを落とす店主。

内心楽しんでいるのだろう、お人が悪い。アンは自らの主人の背中を見やる。

エレーナは続ける。

「串焼きを百本、旧伯爵邸のお屋敷までお願いしますわ。代金はもちろん公爵家がお支払いいたします。もう、組合は問題ございませんわ」

角に立つ衛兵に目を向ける。

「わかったぜ、そういう事なら。ただ、運ぶのは誰か手伝ってくれ……くださいな」

店主は慣れぬ敬語で了解する。

エレーナは笑顔を向ける。

「もちろんですわ。ありがとう」

エレーナはこれまでに顔なじみになっていた様々な店へ料理を注文する。

それぞれで驚きの声が上がる。

主だった店は公爵家の新制度に登録済みであり、領主の奥方直々の依頼となれば話は早かった。

「奥様、これでお料理は問題ありませんね!」

アンが喜びの声を上げる。

「はい、アンがこれまで街を案内してくれたおかげですわ。ありがとう」

エレーナは、これまで主人の無理に付き合ってくれたアンに、感謝の気持ちを込め穏やかに微笑んだのだった。