作品タイトル不明
4 これが物語の始まりですの?
ギ、ギ、ギ、ギ。
ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……っ!
何かの鳴き声かと思った。けれど、こんな小さな小屋に、そんな大きな声で鳴く動物がいるわけもない。
扉の前にあった手持ちランプのおかげで、灯りには困らないけれど。
中に入って見てみたところで、正面は壁、左は壁。右にだけは扉のない入口の向こうに小さなキッチンが見える。
天井は見たことがないほど低い。アセリアの頭のてっぺんからまたアセリア一人分くらいだろうか。まあ、頭を打つことはないようだけれど。
では、階段はあちらのキッチンの方ですの?
キッチンに入るなどはしたないとは思いながらも中を覗いたけれど、どこも壁でしかない。そこには裏口の扉すら存在しなかった。
後ろを向くと、この小屋唯一の扉をハルムが閉めるところだった。扉をしっかり閉める時に、ギ、ギ、と音がする。
あら、あの音は扉の音ですのね?
実際に扉、といっても、馬一頭くぐれなさそうな小さな扉だ。
ハルムはここが屋敷だと言い張るけれど、やはり馬の餌小屋ではないのか。
だってあの扉では、馬は通れなさそうですもの。
ハルムが壁に付いているランプに灯りを灯したおかげで、部屋の中には恐怖を呼び起こすほどの影はない。
部屋にあるのは、赤子用かと思われるほど小さなベッド。かろうじてアセリアが寝転がれるほどだけれど、それ以上のスペースはない。
それに、木製の小さなテーブル。食事一食分は載らないだろうから、お茶を飲む時しか使わないものかもしれない。
椅子が二脚。
この部屋で一番大きいのは暖炉だろう。
ハルムを見るとやはり何も持っていないようだ。
「今日は……ここで寝泊まりしますの?」
「はい。今日は、というより、今日より先はここで寝泊まりすることになるでしょうね」
「食事、はありますの?」
「見てきます」
ハルムが台所へ向かう。
台所のランプが点き、家の中が問題なく明るくなった。
まだ夜は少し寒いくらいだけれど、小屋の中は思ったよりも暖かい。
「食べられそうなものはなさそうですね」
「そう」
食べないのは慣れている。普段から、夜会の日は何も食べられずに就寝することもしばしばだ。
「お風呂もないのね?」
「そうですね。お湯は沸かせそうなんですけど」
「湯船がないのは問題ですわね」
では、この深夜に出来ること、といったら。
「それでは寝ますわ」
「はい」
「では、脱がしてちょうだい」
アセリアが着ているドレスは、誰かに背中で結ばれた紐を解いてもらわないと脱げないように出来ている。それを三重に着ているのだから、一人で脱げるわけはなかった。
「は!?」
「え?」
振り返ると、ハルムが珍しくいつもの無表情を崩していた。
驚きや困惑、そして動揺が見える。
どうしたっていいますの。
「出来るわけ……」
そう言いかけたハルムはおもむろに立ち上がった。
「わかりました。何処かで女性を探してきます」
「まあ!何をおっしゃいますの!?」
そこで悲鳴を上げたのはアセリアだ。
「女性……って、一般の方でしょう?そんな方に、わたくしの肌を晒せとおっしゃいますの!?」
「私だってダメでしょう」
「あなたはわたくしの執事じゃありませんの」
ハルムは、呆れた声であからさまにため息を吐いた。
「もう、どうなっても知りませんからね」
「どうなるっておっしゃいますの」
ハルムが背中に手を伸ばす。
そこで、アセリアは見てしまった。
真っ赤にした顔で、焦りながら手を伸ばすハルムの顔を。
あ……ら…………?
その瞬間だ。
アセリアの頬が熱くなったのは。
なんで、ハルムがこんな顔をしますの?今まで一度だって、こんな顔見せたことないじゃありませんの……。
急に駆け上がってくる恥ずかしさに、アセリアはドレスをギュッと握りしめ、身体に抑え付ける。
「お嬢様?」
異変に気付いたハルムが、アセリアの顔を覗き込んだ。
お互い、困惑した火照った顔を見合わせる。
これが、今までずっと一緒にいたはずの二人が初めてまともに顔を見合わせた瞬間だった。