作品タイトル不明
176 これが幸せというものですわ!
正面に座ると、ハルムの顔が見える。
少しおずおずと、ハルムはこちらを見てくる。
アセリアは、その様子を愛しく思いながら、昨夜のことを反芻する。
言いましたわね、“愛してる”と。
もう、言い逃れできない。
もう離れることはないだろう。
離れる理由はない。
だって、相思相愛なのだから。
目が合うと、少し恥ずかしい。
恥ずかしいけれど、ハルムの顔をずっと見ていたくて、アセリアは目を逸らすハルムの顔をじっと眺めた。
「今日は少し、遅くなってしまいましたわね」
そんな話をすると、ハルムが苦笑する。
「大丈夫だよ。昨日はみんな遅かったから。ゆっくり広場を片付ければいい」
その言葉遣いに、昨夜のことは現実なのだと実感する。
こんな言葉遣いだったんですわね。
じゃああの従姉妹さんとやらも、本当にただの家族ということ。
ハルムは、仕事をやめるとこんな雰囲気なのですわね。
新しい発見だった。
そして、その気の置けない関係の中に自分が入れたことがやはり嬉しかった。
「ハルムは、そんな言葉遣いだったんですわね」
探るように尋ねると、ハルムが困った顔をした。
「元々は。……もし気にするようでしたら、敬語もできますよ。まあ、アセリア相手に使いたくはないけど」
その言葉に、ついドキドキしてしまう。
それはつまり、もう仕事の関係など一切ないということだ。
「話しやすい方で構いませんわ。もう、……主従関係ではないのですし」
「そう、だよな」
ハルムが、また照れて目を逸らした。
こんな日常の表情さえ、もう自分のものなのだ。国中の人に触れ回りたい。これがわたくしのハルムなのですわよ、と。
「それにしても、今日の朝ごはんは豪華ですのね」
実際、いつものスープとパンだけの食卓ではなかった。
今朝は、ハルムだってパンを焼く時間はなかったはずだ。
けれど目の前にはジャムもあれば、蜂蜜まである。
「祭りで少し頂いておいたんだよ。アセリアは疲れてたし、何かいいもの食べさせておかないと、働きすぎで持たないだろうから」
そういうところは、やはり根っからの出来る執事なのだ。どこにいても。
ふいに、アセリアがかじったパンから、蜂蜜がこぼれる。
ハルムが反射的に、白いハンカチをアセリアの口元に持って行く。
こぼれた蜂蜜を受け止め、そこでアセリアと目が合い、またお互いに照れることになった。
「そ、そういうところは今でも執事なのですわね」
ハルムはハンカチに視線を落とす。
「違うよ」
アセリアが、キョトンとする。
ハルムは、まだ照れたままの顔でこう言ったのだ。
「これは、恋人に向けてするやつ」
それは、昨夜そういう関係になったから、そういう意味になったということですの?それとも、元々そういう気持ちで手を伸ばしてきたということですの?
アセリアは、また自分の顔が熱くなるのがわかった。そして今度は、ハルムの視線から逃れるように視線を逸らしたのだった。