軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第221話 卒業式

朝晩はまだ寒いが昼間は暖かいと感じる日の多くなってきた3月初旬。

黎星学園の門を多くの生徒と、普段なら校内でまず見ることのないフォーマルな服に身を包んだ大人たちが通り抜けていく。

色々と浮き世離れしていることの多い黎星学園だが、この時期の風景ばかりは他の学校と大きな違いは無さそうだ。

送迎用駐車場に入ってきたリムジンから降りた陽斗だったが、彼もまたひとりではなく、重斗と桜子が続いて降りてきていた。

「ふむ。考えてみれば、陽斗とこうして一緒に学園に入るのは初めてだな」

「うん。入学の時は式とか無かったし、黎星祭も別々だったから」

「そう言えばこの学校って、高等部は入学式の保護者参列ないのよね」

黎星学園は中等部の入学式と卒業式、高等部の卒業式以外に来賓を招く行事が無い。

だから高等部から入学した陽斗の晴れ姿を重斗が見るのは初めてのことだ。

「皇さん、おはようございます」

「桜子さんも、ご無沙汰しております」

「彰彦君と遙香さん、おはようございます。天気に恵まれて良かったですな」

「遙香さん、お久しぶりね」

陽斗たちからわずかに遅れて駐車場に入ってきた車から穂乃香とその両親が降りてきて早速挨拶を交わす。

「あ、あの、穂乃香さん、おはようございます」

「おはようございます、陽斗さん。あの、どうかなさったのですか? 顔が赤いですけれど。まさか熱が?」

通り一遍のやり取りをする大人たちの横で、陽斗も穂乃香にペコリと頭を下げたのだが、その顔は耳まで真っ赤になっている。

……車から降りた時は普通だったので、原因は明らかだが。

「だ、大丈夫です!」

「そう、ですの? でも何かあったらすぐに言ってくださいね」

「うん、本当に大丈夫だから」

「あら? うふふ」

「むぅ」

陽斗と穂乃香のやり取りに気付いた遙香がクスクスと笑い、彰彦は渋い顔を見せる。

重斗と桜子はそれを不思議そうに顔を見合わせた。

「おはようございます」

「御機嫌よう」

陽斗たちが教室に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのはホワイトボードに大きく書かれた『卒業おめでとうございます』の文字。

そして、クラスメイトたちからの別れを惜しむ声だ。

「あ~ん、陽斗くんと会えなくなるの淋しい! 私も黎星大学にすれば良かったぁ!」

「学部は違うけど、キャンパスは同じだから大学内で会えたら絶対声掛けてね!」

「わたくしは地元に帰らねばなりません。陽斗さんと離ればなれになるのは悲しいですわ」

「あ、えっと、むぎゅ!」

あっという間にクラスの女子生徒たちに囲まれて、抱きしめられたり頭や頬を撫でられたりと揉みくちゃにされてしまう。

「貴女たち、陽斗さんが困っていますわよ」

「はっ、ほ、穂乃香様、ごめんなさい」

当然、穏やかな微笑みをたたえつつも低い声で苦言を呈する穂乃香の声にあっさりと解放される。

「まったくもう。ですが、明日からはなかなか会えなくなることを淋しく思うのも当然のことですし、節度を守ってくだされば良いですわ」

「さ、さすが、これが正妻の余裕」

「あぅぅ」

思わず零れた呟きに陽斗がまた顔を真っ赤にして俯いた。

「西蓮寺、元気でな!」

「俺は学部も同じだから大学でもよろしく」

「大学生活に落ち着いたらクラス会でもやろうぜ。陽斗が来てくれるなら皆参加するだろ?」

女子たちから解放されると次は男子に囲まれる。

こちらは明るく軽いノリで別れの言葉を口にするが、それを聞いた陽斗は顔を曇らせた。

「あ、そっか、もうこのクラスで過ごすのは今日で最後なんだ」

ここ数日は別のことで頭がいっぱいになっていて、そんな当たり前のことがすっかり抜け落ちていたのだが、ようやく実感として陽斗の心に押し寄せてくる。

「……楽しかったけど、そう、だよね。もう僕たち卒業するんだよね」

「で、でも、このクラスの半分以上は付属の大学だから、これからだっていつでも会えるぜ」

「そ、そうそう! それに地元に戻った奴らだって東京とかに来る用事はいくらでもあるからな。その時に時間を作れるって」

「ちょっと、貴方たち! 陽斗くんを泣かせたの!?」

「違うって!」

悲しそうに瞳を潤ませた陽斗に同級生たちが慌てる。

2年生に進級した際にクラス替えはあったものの、短くて2年弱、入学の頃から同じクラスだったクラスメイトもいる。

陽斗にとって全員が親しみのある大切な友人たちだ。

そんな人たちも卒業すればそれぞれの道に別れていく。

「まったく。今生の別れでもあるまいし、いつでも会いに行けるだろうが。普通の大学生ならそうもいかないだろうが、西蓮寺なら国内どころか世界中どこに行こうが会うのに苦労しないぞ。心配なら全員の連絡先を聞いておけ」

ここまで少し離れた場所で斜に構えていた壮史朗が、見かねて言葉を挟む。

それに穂乃香も頷いた。

「陽斗さん、わたくしたちは別れて離れていくわけではありませんよ。人との繋がりはこれから広がっていくのですわ」

人との繋がりに距離は関係ない。

隣に住んでいても無関心なこともあれば、普段は国を隔てていても顔を合わせれば長年一緒に居たかのような気の置けない関係もある。

人と人を繋いでいるのは絆であり、それを引き寄せるのは縁だ。

陽斗と同級生たちは縁あって関わりを持ち、過ごした日々で絆を太くしていった。

どちらかがそれを断ち切ろうとしない限りその繋がりは続いていくことだろう。

そして、ここに居るクラスメイトたちは若いが人と人との繋がり、人脈の大切さを教え込まれているのだ。

「……うん。そう、だよね」

陽斗もそれがわかったのだろう。滲んだ涙を拭い、しっかりと頷いた。

そして、いつの間にか周囲の輪に加わっていたセラが、何かを思いついたように手を叩いた。

「そうだ! ねぇ、外部受験の人たちが落ち着いたら卒業パーティーしようよ。陽斗くんのところで!」

その言葉に歓声があがる。

「わぁ! 良いわね。是非参加させてほしいわ」

「良いね! もちろん俺も参加するぞ」

「僕は一度地元に戻るけど、その日は絶対こっちに来るから」

「私は帰る日を遅らせるわよ」

「ぜってー大学合格してやる」

口々に参加を希望し、外部進学組はさらに気合いを入れていた。

「うん! 頑張って準備するよ」

陽斗もそう言って笑顔を見せた。

名家や資産家の子女が多く通う黎星学園も、卒業式は他の学校とそれほど違いは無い。

講堂に全校生徒が集まり、学園長や来賓が挨拶する。

そして卒業生ひとりひとりに卒業証書が手渡されていく。

『西蓮寺陽斗』

「はい!」

名前を呼ばれ、陽斗が壇上に。

「西蓮寺陽斗。貴方は黎星学園高等部の課程を修了した。よって卒業証書をここに授与する。……3年間、とても頑張りましたね。立派です。これからの活躍を見守っていますよ」

「あ、ありがとうございます!」

温かい笑みを向けながら言う校長先生の言葉に、陽斗は少し言葉に詰まりながら深く頭を下げる。

「西蓮寺ぃ!」

「陽斗くん、格好いいわよ!」

「ふふ、西蓮寺君は大人気だね。あまり黎星学園らしくない行儀の悪さだが、今日くらいは良いでしょう」

今にも泣きそうな顔で踵を返した陽斗に同級生たちから声援が飛び、校長が苦笑しながらも鷹揚に頷いた。

「……あっという間だったな」

「そうね。3年なんてあっという間よね。でも、まだまだ、でしょう?」

「もちろんだとも。来月からの大学生活、その後の社会人生活はもっと長い。せめて陽斗が家庭を持つまでは見守りたいものだが」

壇上の陽斗を見つめながら、重斗が感慨深げに呟く。

子供の成長がもっとも著しい十数年もの期間、それを見る機会を奪われていた重斗にとって、ともに過ごした3年と2ヶ月は珠玉であり、まさしく瞬きほどの時間に感じられるほどだ。

「なに言ってるんだか。陽斗の子供たちが成人するまで見守るんでしょ? 気弱な言葉を口にすると本当にそうなるわよ」

「む、確かにそうだな。儂は玄孫に囲まれて大往生するまで倒れるわけにいかん」

陽斗の傷が癒える日が来るとすれば、それは愛する妻と子供たちに囲まれて過ごす穏やかな日々が長く続いた先のことだろう。

それには辛かった期間の何倍もの年月が必要で、それですら完全に癒えるわけではない。

少なくともそれを見届けるまでは重斗は安心して亡き妻と娘の元に行くことはできない。

もっとも、この様子では本当にまだ数十年は大丈夫そうだが。

「とにかく今は陽斗くんと穂乃香たちの門出を見守りましょう」

「そうだね。しかし、子供の成長は嬉しいですが、やはり親の手を離れるのは淋しくもあるな。はぁ~」

重斗たちのすぐ後ろの席に座っている穂乃香の両親も喜びと淋しさがない交ぜになった表情で式が進んでいくのを見ている。

卒業はひとつの区切りだ。

だが当然ながら人生はこの先の方がずっと長い。

親が導き、支え、共に歩めるのはほんの短い間だけのこと。

陽斗たちは自分の足で歩んでいくための準備を少しずつ積み重ねていく。

ちなみに。

真っ赤に腫れ上がった陽斗の目が元に戻ったのは3日後のことだった。