作品タイトル不明
第220話 甘い女子会
皇邸の敷地内に穂乃香の部屋、家? が完成する少し前。
穂乃香の暮らすマンションのキッチンは甘い香りが充満し、華やかで賑やかな声が響いていた。
「うっわ! 分離しちゃった!」
「むぅ、チョコの中にゴルゴンゾーラはダメか。どっちも美味しいのに」
「固まりませんわ。どうしてかしら」
……楽しそう? なのだろうか。
悪戦苦闘するセラ、華音、穂乃香の姿を見守りながら千夏が盛大に溜め息を吐いた。
普段は穂乃香と千夏だけしか暮らしていないが、このマンションは家族向けの3LDKでキッチンも広い。
とはいえ、若い娘が3人同時に使うにはさすがに無理があるようで、事前に千夏が使わない調理器具や小物などを片付けていたにもかかわらず、さながら台風でも通過したのかと思いたくなるような惨状となっていた。
「皆さん、落ち着きましょう。それから華音さんのチャレンジングスピリットには感心しますがこれ以上得体の知れないものを生産されると食材が足りなくなります」
後片付けを想像して頭と胃に大ダメージを蓄積させながら千夏が賢明に軌道修正を提案する。
主婦や一人暮らしの長い人なら料理を作りつつ片付けなども並行して進めていくものなのだが、部活などで多少はまともなものが作れるようになったとはいえ、普段滅多に料理をしない女子学生たちにそんな芸当が出来るわけもない。
一応、彼女たちの名誉のために言っておくと、セラは元々多少料理は出来るし、部活でも腕を上げてもいる。壊滅的だった穂乃香も陽斗に教わりながら簡単な料理がいくつか作れるようになっていて、少し前には陽斗に手伝ってもらいながらマロンパイを作ったりもしている。
華音は……手先は器用なのに注意力が散漫かつ、思いついたことをそのまま実行しようとしてしまい、自分でも驚くような代物を創造したりしている。
そんな彼女たちがどうして大騒ぎをしながらキッチンを占領しているのかというと、最近でこそ元の意味が変わりつつあるものの、やはり男女の間で重要なイベントである聖バレンタインデーが翌週に迫っているからだ。
親しい友人同士で、しかも女子だけとなれば姦しいことこの上ない。
数々の失敗作を大量生産しつつ、中にはかなり挑戦的というか、実験的なモノもありながら、結局数時間後、オーソドックスな生チョコとトリュフチョコレートが完成した。
「疲れたぁ!」
「不満足。もっとすごい組み合わせがあったはず。来年はリベンジする」
「でも、出来上がったものは悪くないですわ。……ですわよね?」
惨憺たる有様のキッチンをとりあえず放置して3人はリビングのソファーに移動する。
セラは言葉どおり少し疲れた様子で、それでいて楽しそうに。
華音は唇を尖らせながら何かを誓うかのように拳を握りしめ。
そして穂乃香はどこか不安そうに。
それぞれがイベントを楽しんでいたことがわかる。
「昼食はどうなさいますか? 今のキッチンの状況では簡単なものしかできませんが」
千夏が少しばかり怒りを滲ませながら訊ねるが、少女たちは揃って首を振った。
「試食と甘い匂いの摂取過多で胸焼けしてるから食事はいらないです」
「ウチも無理。お腹の中でゴルゴンゾーラとドリアンとベルギーチョコが乱闘してる」
「わたくしも、さすがに今は止めておきます」
朝から初めて数時間。
何度も作っては試食していたのでカロリーが少々恐いと思うのは当然のこと。
苦笑した千夏がコーヒーを淹れてくれたので少女たちはそのまま談笑を続ける。
「セラさんはずいぶん沢山作っていましたけれど、そんなに渡す相手が居ますの?」
「友チョコがほとんどだけどね。あと、毎年賢弥のところにも渡してるから。あそこは弟妹多いから大変なのよ」
「そんなこと言いながら、一番出来の良いのを確保してた。あれは絶対本命」
さらりと華音がバラしてニヤリと笑う。
「ふふっ、天宮さんが喜んでくれると良いですわね。あまり甘いものを食べる印象はありませんが、苦手というわけでも無いようですし」
「べ、別にそういうわけじゃないわよ。ただ、もう少しで学園も卒業だし、天宮君も私も外部受験だから大学は別々になるかもしれないから」
「あら? セラさんも天宮さんも東京の大学志望でしたわよね?」
「そ、それはそうだけど」
「しかも志望校はガッチリまる被り」
「ぐ、偶然よ、偶然」
ここぞとばかりに素直になれない友人を揶揄う穂乃香と華音であった。
「わ、私のことより! 穂乃香さんこそどうなの? 相変わらず仲良くて甘々なのは見ればわかるけど、少しは進展したのかな?」
「それは私も気になる。陽斗に訊いても真っ赤になって逃げちゃうし。さすがにもうヤッてるとは思うけど」
「や、ヤッてるってなんですの!? わ、わたくしはまだ、その、き、キスも……」
動揺して言わなくても良いことを言ってしまう穂乃香。
「「……マジ?」」
そのカミングアウトにセラと華音が顔を見合わせて大きな溜め息を吐く。
奥手だとは思っていたのだが、さすがに正式に交際を始めて1年以上、進展と言えば手を繋いだことくらいとなれば呆れもするというものだ。
「いい加減発破を掛けるこちらの身にもなってほしいですね。それでも大学入学前に陽斗さまと同じ家に住むことになっていますから」
横で聞いていた千夏が爆弾を投下する。
当然、それを少女たちが聞き逃すはずが無く、揃って穂乃香ににじり寄る。
「え~っ! それじゃあ来月末から陽斗くんと同棲するの!?」
「ど、同棲ではありませんわ! セキュリティの関係で、皇邸の敷地内で暮らした方が安心だからと。建物は別ですから、普通の、そう、マンションなどは顔も名前も知らない他人がすぐ隣に住んでいることなどよくあることですから、むしろそれよりも遠いくらいですわ」
「ずるい!」
「ずるいってなんですの!」
穂乃香が慌てて経緯を説明すると、セラと華音は一応納得したようだ。
「まぁ、陽斗くんは皇家の後継者だからねぇ。当然恋人を狙ってくる人も居るだろうから警護は必要かもね。黎星大学は部外者の出入りを制限してるし、住むのが皇のお屋敷の中ならかなり安心だよね」
「でも羨ましい。重斗オジさまの家に住んだらいつでもピアノ弾けるし」
華音は皇邸の迎賓館に置いてある超高級グランドピアノがお気に入りで、行く度に弾かせてもらっているので、それがいつでも弾ける環境が羨ましいらしい。
「でも、もうすぐ陽斗くんのインタビュー記事も出るんでしょ? そうなると今よりもっと注目を浴びるだろうし、穂乃香さんの立場をはっきりさせた方が良いんじゃない?」
「それは、そうですけど。陽斗さんの考えもありますし、大学卒業までにそうなればそれだけで……」
これである。
結局、ふたりの仲が進展しないのは陽斗だけでなく、穂乃香もヘタレ具合も極まってのことなのだろう。
「そんな悠長なことを言っている間にどこぞの女狐にかっ攫われなければ良いですけどね。なにしろ相手は超がいくつもつくような大富豪の唯一の後継者にして性格は素直で優しく頭も良い上に見た目も可愛、いえ、悪くないとなれば誘惑しようとする女性は掃いて捨てるほど居るでしょうから」
「は、陽斗さんはそんな相手に惑わされたりしませんわよ!」
悪戯っぽく脅す千夏に穂乃香が反論するも、不安がよぎったのは明らかだ。
「とにかく、せっかく同棲するんだから、できるだけ早く、うん、ひと月以内には既成事実を作っちゃおう! 来月には陽斗くんも成人するわけだし、妊娠しちゃってもOK!」
「にっ!? それは、その、陽斗さんが求めるのならやぶさかではありませんけれど、そ、そういうことはきちんと順序を」
「おふたりのペースではそのころには高齢出産になりますね。お嬢様が片付かないと私もいつまで経っても恋人のひとりも作れません。なので、さっさとなんとかしてください」
「もういっそのこと入学と同時に結婚式しちゃえば?」
「あ、貴女たち」
「決めた。ウチも陽斗の家に引っ越すことにする」
……楽しそうでなによりである。