軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第218話 陽斗、インタビューを受ける

都内のホテル。

まるで大国の首脳と面会するかのような、いや、それ以上に厳重すぎるボディーチェックを受けて通された部屋で、経済誌記者の 板東吉司(ばんどうきちじ) と見習い記者兼カメラマンの 美作祥子(みまさかしょうこ) はソファーに座りながら落ち着きなく部屋の中をキョロキョロと見回している。

ホテルの一室でインタビューすることは度々あるが、さすがに他国の要人が宿泊するホテルで、これほどの厳戒態勢でというと記者歴の長い板東にしても初めての経験だ。

まして、今回会うことになっているのは個人としては国内随一の資産家で、政財界に強い影響力を持つ皇重斗が溺愛している孫だ。

これまでに政財界の大物と呼ばれる人へインタビューを幾度となくおこなってきた板東だが、今回会うのは巨大な後ろ盾をもっているとはいえビジネス上の地位を持たない学生なので、彼自身どういう対応を取れば良いのか測りかねている。

しかも、その後ろ盾は、気分ひとつで政治家や官僚はおろか、大企業ですらあっという間に破滅させられるほどの情報網と人脈、資金を有する財界のフィクサーと呼ばれる大物中の大物だ。

数多くの政治家や芸能人、大物財界人のゴシップを公表して、幾度となく訴訟を起こされてもまったく懲りる様子のない有名写真週刊誌ですら触れようとしないような相手。

資金やパイプの太さで大手出版社に勝てないので、財界に絞った小ネタやゴシップ記事と、とっつきやすい経済系書籍の出版でなんとか生き残っている弱小編集部の記者でしかない板東ていど、眉を顰めるだけで社会から弾き飛ばすことができるだろう。

「なぁ、今からインタビューをキャンセルすることってできないか?」

「できると思います? というか、アポイントは先輩の名前でしてるので、ドタキャンの責任は全部先輩が取ることになりますよ」

「だよなぁ。ダメ元というか、絶対に無理だと思ったから美作に任せたのに、まさかなぁ。ってか、おい、なに帰ろうとしてるんだよ」

「よく考えたら私が巻き込まれる必要ってないですよね? ここに来ただけで10年は寿命が縮まったし、これ以上だとあっという間にお婆ちゃんになっちゃいます。私は花の20代をもっと楽しみたいです」

「ずいぶんと昭和な言い回しを。だが逃がすわけがないだろう」

三脚にカメラをセットして撮影準備だけ終わらせて帰ろうとしていた美作の首根っこを板東が掴んで逃げないようにしていると、部屋のドアが開く音がして、ふたりは大慌てでソファーのところに戻ったのだった。

「えっと、失礼します。『月刊エコノミック・スラント』の記者さんで間違いないですか?」

入り口からひょっこり顔を覗かせて、そう声を掛けてきた人物を見て板東と美作が固まる。

なにしろ入ってきたのが中学生にしか見えない男の子だ。

少し前までなら小学生と間違われていたので、ずいぶんとレベルアップしたのは間違いないが、それでもベールに包まれていた件の青年が、まさかこんなに若い、いや、年齢は知っていたはずなので、若く見えるとは思っていなかったのだろう。

そして陽斗に続いて部屋に入ってきた人物の顔を見てさらに顔が引き攣る。

「ふむ。記者と顔を合わせたことは何度かあったが、君たちとは初対面だな。知っているとは思うが皇重斗という。こちらは孫の西蓮寺陽斗だ」

「ひぅっ、と、あ、あの、げ、月刊エコノミック・スラントの板東と申します」

「はひっ、き、記者見習い兼撮影担当の美作、です! よ、よろしくおねがいいたしまひゅ」

穏やかそうな表情ながらもの凄い威圧感に一瞬で呑まれた記者ふたり。

奇妙な声を出しながらもなんとか挨拶の言葉を絞り出した。可哀想に美作の方は今にも泣きそうになっている。

「お祖父ちゃん! 記者さんが恐がってるよ」

「ん、すまん。陽斗がインタビューを受けるということで儂も少々緊張していたようだ」

陽斗が頬を膨らませながら責めると、重斗は途端に表情を崩して言い訳をする。

どうやら孫を溺愛しているという話は本当らしい。

(ヤバい。別に貶める記事を書くつもりなんて最初から無かったが、下手な質問したら生きて帰れない気がしてきたぞ)

板東が内心で冷や汗をかいているが、あながち的外れでもないのが洒落にならない。

「えっと、僕は取材とか受けるの初めてなので、変なことを言ったり失礼な態度になったりしたらごめんなさい」

「い、いえいえいえ! 今回はこちらの取材を受け入れていただいただけで十分ありがたいので、礼儀とかは一切気にしないでください。お願いします。なんなら罵倒していただいても一向に構いませんので」

「そうですそうです。むしろ先輩は塩対応くらいが喜ぶので遠慮しないでください」

「おまっ、余計な事を言うんじゃねぇ!」

焦りまくって変なことを言い合う記者コンビに、陽斗は一瞬面食らったように目を丸くさせ、すぐにクスクスと笑い出した。

「エコノミック・スラントはいつも楽しませてもらってるんです。他の雑誌と切り口が違ってて面白いから。富裕層が飼うペットランキングとか、業種別平均摂取カロリーとか」

「うむ。先月の会社経営者が好きなマンガという記事もなかなか斬新だった。それで再版が決まったものもあったそうだ」

「いや、はは、ウチは小さな出版社なのでどう頑張っても大手に取材力で勝てないですから、知恵を絞って何とか食いつないでいるんですよ」

意外にも自分が書いた記事を読んでいるという陽斗たちに、板東は苦笑しつつ答えた。

雑誌の名前からわかるように、経済や財界の出来事を斜めから茶化すような記事が板東たちの持ち味だ。

なので、笑えるゴシップネタや取材先に普通は絶対に聞かないような質問をして意外な切り口で分析するなど、弱小なりのやりかたでそれなりに部数をさばいている。

実は重斗も愛読していて、自分の所有する調査会社からの報告で事足りる大手経済誌の記事よりよほど面白いらしい。

今回の取材を受けたのも、少し前から経済誌などに目を通すようになった陽斗が、雑誌社の名前を聞いて乗り気になったのが大きい。

「すまんが、陽斗の顔は掲載しないでもらいたい。首から下くらいなら構わんが、まだ未成年なのでな」

「はい。記事にする時は事前に全ての原稿と使用する写真はチェックしていただきますのでご安心ください」

重斗の要望に一も二もなく板東は頷く。

財界で噂話はあっても実際に皇の後継者と目される陽斗に会ったことのある人物は限られていて、しかも相当な資産家や大企業の経営者ばかりだ。それに総じてそういう人たちは口も固いので詳しく話を聞こうとしても教えてもらえない。

大手出版社ですらその状況なので、どれほど面白みのない浅い内容であっても陽斗から直接話が聞けたというだけで大成功なのだ。

変に欲をかいて重斗たちの気分を損ねる方がよほど損になるのだから、要望に従うのは当然のことだった。

「それではインタビューを始めさせていただきます」

コホンと咳払いをしてから、板東はレコーダーをONにして陽斗に向き直る。

(や、やりづらいな。かしこまって子供にマイクを向けてるみたいだ)

「あの、もし答えたくない時は遠慮無く言ってください。……西蓮寺さんの存在が知られるようになったのはここ1、2年ほど前からなのですが、それまではどのようにすごされていたのでしょうか」

「はい。僕がお祖父ちゃんと一緒に暮らし始めたのは中学3年生の2学期の終わり頃です。その前は僕を誘拐した女性を母親だと思って生活していました」

「……は? え、いや、は?」

初っぱなから特大の爆弾を手渡され、板東は二の句を告げないでいる。

板東自身、過去の報道や当時のゴシップ誌などで情報は集めていて、皇氏の孫が誘拐されたという噂は把握していた。その人物が3年前に見つかったという話もだ。

ただ、まさかそれをあっさりと話すとは思っておらず、取りあげ方によってはスキャンダルと受け取られかねないことを公表する意味がわからず、板東は重斗に顔を向ける。

「事実だ。長年にわたる捜索の末に陽斗を保護することができた。それまでの生活は相当に過酷で、ろくに食事を与えられず、子供にもかかわらず働かせられていた。誘拐犯は逮捕されたが、罪を償うことなく自死したようだがな」

恐ろしく冷たい声音に板東は背中に氷の槍を突き刺されたような気がした。

「その、それは記事にしても大丈夫なのでしょうか」

「取りあげ方には十分配慮してもらいたいがな。とにかく、陽斗が温室で甘やかされたまま莫大な資産を受け継いだという勘違いは事前に潰しておきたい」

重斗の言葉で、板東はその目的を理解する。

世間はとかく二世、三世に厳しい目を向けがちだ。要するに、自分で努力して成功を収めた人は認めざるを得ないが、親や祖父母から受け継いだ財産で恵まれた生活を送るということに嫉妬し、批判する人が多いのだ。

重斗やその資産を受け継ぐ陽斗は、一般的な財界人のように表舞台に出る機会は少ないが、それでもある程度露出することは避けられないだろう。

重斗自身も経営に関わっている企業からの報酬だけでなく金融資産の配当で毎年多額の利益を得ているが、その大半を大学や研究機関への支援、伝統工芸や文化の振興と援助、慈善事業への寄付に使っているのだが、それは一般の人からの批判を軽減するという理由もあるのだ。無論、重斗の愛国心からの行動であることも間違いないが。

板東は、陽斗が今後表舞台に出た時に、一般の人よりもずっと過酷な少年時代を過ごしたことが知られていれば無闇に嫉妬する人も少なくなるかもしれないと理解した。

(そうであれば、ただ恵まれた少年という部分ではなく、健気な男の子が苦労の末に幸せを掴み取るって流れの方が良いか。そう言えば小公子だか小公女だかってアニメを見たことがあるな)

記者として嘘や誇張を書くつもりはないが、同じ事象でも切り取る角度で受ける印象はまったく違うものになる。

おそらく重斗もそれを期待しているのだろう。

「それでは突然生活が変わって大変だったでしょう? お祖父さんと最初に会った印象はどうだったんですか?」

「えっと、最初は本当に受け入れてもらえるのかが不安で……」

板東の質問に、陽斗は屋敷に来た頃の戸惑いや失敗、勘違いしていたことなどを話し、時折重斗が慌てたり照れたりして和やかにインタビューを進めていく。

(話した印象は素直で穏やかな少年といった感じだな。だが、複雑な生い立ちでもひねたところがないし、若者らしい変な背伸びもしていない。大人と子供が混ざり合ったような不思議な感じだ)

老成した達観とはまた違う落ち着きと、無垢とすら思える素直で透明な眼差しが奇妙に同居している少年に、どこか現実味のない感覚を味わう。

「陽斗さんはいずれお祖父さんの跡を継ぐことになると思いますが、その立場になったらなにをしたいと考えていますか?」

それなりの時間が経過し、約束した時刻まで残り少なくなった頃、板東がそう訊ねると陽斗は少し考えてから顔を真剣なものに変える。

「僕はこれまで沢山の人に助けてもらいました。きっとこれからも色々な人の力を借りると思います。だから、僕はその恩を返していきたいし、僕がしてもらったのと同じように別の人にもしていきたいです」

真っ直ぐな、世の中の表も裏も見てきた板東が正面から受け止めることを躊躇うほどの純粋な思いが伝わってくる。

子供っぽい正義感だと言うのは簡単だが、実際に彼にはそれをするだけの力がある。

「……立派な心がけですね」

「子供っぽいですよね?」

「そうは思いません。理想論ですし、それができる人は限られるでしょう。裏切られることもあると思います。けれど、できるだけの力があればそれは素晴らしいことですよ」

板東がそう言うと、陽斗は少し照れたように頬を染めて笑みを浮かべた。

「さて、そろそろ時間だが、聞きたいことは聞けたかな?」

「そうですね。本当はもっと色々と話を伺いたいところですがキリがありませんので。許可いただけるのであればまた別の機会に取材に応じていただけると助かります。美作からは何かあるか?」

重斗が時計を見ながら訊ねると、板東は残念そうに小さく息を吐く。そしてダメ元でお願いしてから、今回は空気のようにメモ取りと写真撮影だけをしていた美作に話を向ける。

「わ、私? え、えっと、その、質問とかじゃないんですけどぉ」

「なんでしょうか。僕に答えられることなら」

「そ、その、撫でさせてもらっても良いですか?」

「はぁ!? おま、いきなりなに言って! す、すみません! 馬鹿が失礼なことを」

「失礼なのはわかってますよぉ! でも見てたら可愛くて、特に恥ずかしそうにしてるところとか照れてるとことかが、ギャンッ!」

暴走し始めた美作の脳天に板東の拳がめり込む。

「えっと、別にそのくらいは良いですよ。僕、家で働いてくれている人にもよく撫でられてるので。なにが楽しいのかはわかんないんですけど」

再び始まった寸劇に、陽斗は口元を綻ばせ、重斗も苦笑を浮かべるだけだった。

「うぅ、パワハラ上司がぁ。って、良いんですか!? じゃ、じゃあ!」

「すみません、ほんっと、申し訳ありません」

「まぁ、なんだ、若い女性というのはよくわからんものだな」

必死に頭を下げる板東と、よく知る女性を思い出して溜め息を吐く重斗。

こうして陽斗の初めてのインタビューは、よくわからない形で幕を下ろしたのだった。