軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第176話 ジェイクの苦悩

『薄汚い東洋人がなんの用だ?』

重斗たちの行く手を邪魔するように立って、そんな言葉を投げつけてきたのは30代前半くらいの男性と20代後半くらいの女性のふたりだ。

案内してくれた男性の態度からフォレッド家の関係者のようであるが、重斗たちに向けるふたりの視線は侮蔑が込められている。

それは総領であるジェイクが招待した賓客に対する態度とはとても思えないもので、案内の男性も表情を険しくする。

『デビッド様、レベッカ様、この方々はジェイク様が招待されたゲストです。無礼な言動は控えてください』

『使用人風情が私に指図するな!』

『そうよ。客って言っても所詮ニホン人じゃない。私たちが気を使わなきゃならない理由は無いわ』

『何か勘違いされているようですが、この屋敷の主はジェイク様です。たとえフォレッド家の血族であってもここで勝手な真似は許されませんし、私どもも命令に従う理由はありません。今すぐスメラギ様方に謝罪し、部屋にお戻りください』

毅然とした態度で窘められ、ふたりは苛立たしげに口調を荒くするが男性は動じることなくピシャリと切り捨てる。

『貴様っ!』

『クビよ! 今すぐここから出て行きなさい!』

途端に激高してヒステリックに叫び出すふたりに、重斗がこれ見よがしに大きな溜め息を吐いた。

『なるほどな。ヤツが頭を悩ますはずだ。自分の孫世代がこうまでどうしようもない愚か者では嘆きたくもなるだろう』

心底呆れたといった声音で独り言のように言うが、当然相手にもわかるように言葉は英語だ。

『貴様、誰に向かって!』

『ふむ。誰に、か? では聞くが、貴様ごときが儂に何をできるというのだ? フォレッドの姓を名乗っていても全ての資産を自由に使えるわけでもないのに、身の程を弁えたらどうだ』

『なっ!?』

たっぷりと侮蔑を込めた重斗の言葉に一瞬で顔を赤くして反発しようとしたふたりだったが、重斗の冷徹な視線を受けて言葉に詰まる。

『恵まれた環境に甘えるだけで自ら何も成し遂げていない者の言葉など聞く価値もない。世の中にはどれほど辛い思いをしても誠実さを失わず、他人からの信頼を積み重ねている者が居る。年齢も立場も関係なく、だ。儂から見たら貴様等など意味もなく鳴くばかりの鳩にも劣る』

言うまでもなく例として挙げたのは陽斗のことだ。

そして、英語圏で鳩はあまり良い意味では使われず、"のろま“や”まぬけ”というニュアンスがある言葉だ。

未だに英語が拙い陽斗はともかく、ネイティブなフォレッド家のふたりがそれをわからないはずがない。

が、顔を屈辱に歪めながらも正面から睨み返すことも舌打ちすることすらできず、重斗からの圧力に顔を伏せてしまっている。

「……役者が違いますわね」

一歩下がったところで穂乃香がポツリと呟く。

重斗と陽斗はジェイクが自ら招待した人間だ。そして、いくら異国とはいえ皇の名をこの国屈指の資産家の人間が知らないとは思えない。

その上で初対面からあのような無礼な態度を取って見せたのは、もちろんアジアの島国である日本人を侮っているのは確かなのだろうが、それ以上にフォレッド家の資産と権力を背景に初手で牽制する思惑があったのだろう。

加えて、未だ後継者を公言していないジェイクが重斗とどんな話をするつもりなのか、気になっているはずだ。

もっとも、無礼な態度の理由は元からの人間性の問題という可能性も高いのだが。

ともかく、彼らの思惑はどうであれ、ただ資産家の家に生まれて特権を享受して歳を重ねただけの人間と、自らの才覚で巨万の富を築き上げた重斗とでは比べるまでもなく格が違う。

確かに一族全体の資産では皇よりもフォレッドのほうが倍以上多いだろうが、当主個人の影響力で言えば大差ない。

それに、両家は仕事上も少なからず関わりがあるため、利益と損失を考えればそうそう争うことはできないのだ。

なので重斗がことさらフォレッドの家族に対して気を使ったり謙る必要はどこにもない。

ふたりの目論見はわからないまでも、最初から相手にならないのである。

『何をしているのですか?』

ふたりと重斗以外の者がどこか冷めた目で見ている中、不意に声が掛けられた。

『デビッドさんとレベッカさんですか。旦那様のお客様になにか用でも?』

言いながら近づいてきたのは、空港でジェイクの乗る車椅子を押していた女性だった。

年の頃は40歳くらいだろうか、亜麻色の髪にブラウンの瞳で上品な雰囲気を纏っている。

『っ、なんでもない』

『あ、アナタには関係ないわよ』

『そうですか。ですが、おふたりが何故ここにいらっしゃるのでしょう? 親族で今回呼ばれているのはジャネットさんとアンジェリーナさんだけのはずですが』

淡々とした口調だが、ジェイクの孫であるふたりに対していささかも気兼ねする様子はない。

『チッ! もう良い。行くぞ』

『兄さん!?』

結局彼女に対しても反論の言葉が出なかったのか、デビッドが妹、レベッカの腕を引っ張ってこの場を離れていった。

階段を下りていくところを見ると、どうやら屋敷からも出て行くようだ。

『フォレッドの家の者が失礼しました。自己紹介が遅れましたが、私はアマンダ・リシュエルと申します』

デビッドたちが立ち去るのを見届けてから、女性が重斗と陽斗に向かって頭を下げる。

『アマンダ、そうか貴女がジェイクの……。なに、謝罪には及ばない。いきなりだったので驚いたが、話には聞いていたのでね』

アマンダが名乗ると重斗はわずかに驚いたように眉を上げるが、すぐに首を振って気にしていないことを伝える。

「ハルトさまも、申し訳ありませんでした」

「はぇ!? え、えっと、ぼ、僕はあまり英語が聞き取れなかったので、だ、大丈夫です。それにアマンダさんが謝ることじゃないですし」

いきなり日本語で話を向けられた陽斗がしどろもどろになりながらもなんとかそう返す。それを見て彼女はクスリと優しげな笑みをこぼした。

『旦那様が皆様と夕食をご一緒したいと言っております。その際に娘のアンジェリーナと孫のジャネットも挨拶で同席させていただきたいのです』

アマンダの申し出に、重斗と桜子がすぐに了承する。というか、そもそも断る意味もない。

ただ、一応陽斗の友人たちがどうしたいのかは確認したが、彼らも緊張気味ながら同席することにしたようだ。

返事を聞いたアマンダが一礼して立ち去り、改めて男性の案内で部屋に通される。

宛がわれたのは二階の奥にある数部屋。

一番奥側に警備班が数名。その手前は重斗と桜子、陽斗と穂乃香が、後は友人の男子で一部屋、女子で一部屋、メイドたちで一部屋、一番手前の部屋に残りの警備班という部屋割りになった。

一部屋と言っても、中に入ると広いリビングと寝室が4つ、シャワールームやトイレも完備されていて、高級ホテルのスイートルームかマンションのような造りになっている。

元々がこういった賓客が滞在するための部屋として用意されていたのだろう。

「噂には聞いていたけど、フォレッド家もなかなか大変みたいね」

リビングのソファーに座って用意されていたミネラルウォーターを飲みながら桜子が苦笑しつつ言うと、重斗も似たような表情で頷いた。

「親族が多いからな。後継者を定めるのも簡単ではないのだろう」

「日本でもよく聞く話ですけれど、法制度が異なるこの国の場合はなおさら複雑でしょうね」

穂乃香も甲斐甲斐しく陽斗の世話を焼きながら、不器用な手つきでお茶の準備をしつつ同意する。

いつの時代、どこの国でも多くの資産や権力を持った家は後継者の問題に頭を悩ます。

人間の欲には限りがなく、親族は少しでも多くの利益を得ようと時には流血も辞さず争うことが少なくない。

フォレッド家も現在の総領であるジェイクには4人の子供がおり、孫は10人以上で全員が成人している。

それぞれがジェイクの後継者の座を巡って水面下で競争を繰り広げているらしいが、評価できるほどの功績を挙げている者は少なく、同時に人間性に疑問符が付いているらしい。

孫の中で最もジェイクに可愛がられているのがジャネットだそうだが、さすがに彼女はまだ若すぎる。

「ジェイクさんがこの人って指名するのは駄目なの?」

「ヤツの子供や孫といった条件は同じだから、指名したところで残りが文句を言うだろう。誰しもが認める明確な実績でもなければ親族間で争いの種になる。かといって均等に分割しては権力も分散してせっかく築いた利権を失うことになりかねないからな」

どれほど巨額の富と強大な権力を持っていたとしても、それを受け継ぐ人数が多くなれば分散してしまう。

どちらも一ヶ所に集中しているからこそ十全に効果を発揮できるのであって、分散すれば下手をすればただ遺産を食い潰すだけになる。

日本語には「たわけ」という言葉がある。

愚かとか馬鹿馬鹿しいといった意味をもつ東海地方の美濃や尾張の方言だが、一説によると農家が田を長子だけでなく兄妹親族に分けると結果的に家を潰すことになるというのが由来だという。

個人ではなく家を主眼にした場合、財産を分けることは衰退の道に繋がるということだ。

特にアメリカは日本のような相続財産の遺留分というものはなく、故人の遺志で全ての財産分配が決まるため、ジェイクがもつ資産をひとりの人間が全て受け継ぐことが可能だ。

それだけに誰が彼の莫大な資産を受け継ぐのかは親族全員が最も気にしていることだろう。

「まぁ、余所の家の者が口を出せる問題ではないからな。ヤツが答えを出すしかないだろう」

「さっきみたいな馬鹿が後継者にならない事を願うだけね」

桜子の言葉に陽斗と穂乃香も微妙な顔で頷いた。

やはり陽斗の目から見ても彼らの態度は歓迎できるものではなかったらしい。だからといって重斗に返り討ちにされたのをザマァとは思わないが。

その後はしばらくの間ゆっくりとし、光輝たちが他の部屋を覗きに回ったり、華音が陽斗に割り当てられた寝室のベッドに潜り込んで穂乃香に叱られたりと少々賑やかに過ごしていると、部屋に案内してくれた男性が食事の準備ができたことを告げに来たので部屋を出る。

辿り着いた食堂は一階の奥側にあり、大きめの円卓に人数分の席が用意されていた。

そこにはすでにジェイクとジャネット、それからもうひとりの女性が座っている。

「お待たせしたね。改めて紹介しよう。娘のアンジェリーナと孫のジャネットだ」

「ようこそテキサスへ。アンジェリーナ・フォレッドよ。ジャパンの名士、スメラギの方々とご友人がたを歓迎するわ」

「私は自己紹介の必要はないわね。従兄弟がいきなり迷惑を掛けたらしいけど、ごめんなさい」

そんな挨拶から始まった晩餐は終始和やかな雰囲気で進んでいった。

食事の後、陽斗と重斗、桜子、穂乃香の4人はジェイクに呼ばれて面談することになった。

案内されたのは彼の自室のようで、華美ではなく落ち着いた調度品がいくつか置かれているだけの意外にシンプルな部屋だ。

フォレッド家のほうは食事でも一緒だったジャネット母娘とアマンダと名乗った女性。

二組の家は飲み物を載せたテーブルを挟んで向かい合わせで座る。

「疲れも抜けていないだろうに、申し訳なかったね」

「ふん。そんな前置きより、いい加減我等を招いた理由を説明してもらいたいものだ」

「相変わらずせっかちなことだ。日本人は忙しなくて困るな。せっかく遠方から友人を招いたのだ旧交を温めたいのだが?」

「はて? 散々やり合った仲ではあるが、年甲斐もなく日本のアニメにでも影響されたか?」

ジェイクも重斗も、鹿爪らしく表情を変えていないが、口調はどこか軽口の応酬をしているようで言葉ほど緊張感はない。

「私も多少の日本語はできると思うが、さすがに細かなところまでは難しいのでジャネットを通す部分もあるが気を悪くしないでもらいたい。そちらのお嬢さんはともかく、陽斗くんはまだ英語で会話は難しいだろうからね」

「あ、ありがとうございます」

海外生活が長かった桜子はもとより、重斗も穂乃香も英語が堪能なのでジェイクが今も日本語で話しているのはひとえに陽斗のためだ。

陽斗はそれを申し訳なく思いつつ、心遣いに感謝して笑顔を見せる。

「とはいえ、話自体はそれほど難しいものではない。私も80歳を過ぎ、今や冥府への旅路を考えねばならない歳なのでね」

「ようやく後継者を決める気になったと? 随分とのんびりしたものだ」

「私も早く決めたかったのだがね。残念ながらシゲマスと違って簡単ではなかったのだよ」

部屋で重斗が語ったように、彼には4人の子供が居る。

男がひとりに女が3人だが、上のふたりは最初の妻の子、下のふたりは2番目の妻の子供らしい。

そしてその子供たちにはそれぞれ子供、つまりジェイクの孫が生まれている。

ちなみにジャネットはジェイクの末の娘の子供で、孫の中では最年少だということだ。

重斗の子供は陽斗の母ひとりだけ。そしてその子供も陽斗だけだ。

唯一の肉親である桜子が結婚しておらず子供も居ない以上、後継者となる資格を持つのは陽斗しかいないので事実上選択の余地はない。

それとは逆にジェイクの子供や孫は複数居るためその全員に後継者となる資格がある。

もちろん、ジェイクが血縁とはまったく関係ない人間を後継者に指名することはできる。ただ、その場合は相当もめることになるのは間違いないだろう。

「でも、ここで私たちにその話をするということは、Mr.ジェイクの気持ちはすでに決まっているのでしょう?」

ここまで黙っていた桜子がそう返すと、ジェイクはチラリとアマンダと目を合わせて頷いた。

「Ms.サクラコの言うとおり、私はここに居るアンジェリーナを、そして将来的にはジャネットにフォレッド家とその全ての資産を任せたいと思っている」

ジェイクはそう言って、深い、大きな溜め息を吐いたのだった。