軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第175話 フォレッド家の人々

世界でも屈指の大富豪であるフォレッド家。

世界中の様々な資源鉱山や油田を所有し、数多くのグローバル企業の大株主でもある。

一族全体で数千億ドルもの資産を持つとも言われ、一族の総領であるジェイクは言葉ひとつで世界の経済を動かせるとされている。

すでに結構な高齢ということだが、両手を広げて陽斗たちを迎えたその姿勢と眼光は、つい先程まで車椅子に座っていたとは思えないほど力強いものだ。

『よ、よろしくお願いします。西蓮寺陽斗です』

陽斗は少々たどたどしい英語で挨拶を返し、穂乃香たちを紹介していく。

「皆、良い目をしている。素晴らしい人間関係を築けているようで羨ましいよ」

ジェイクは日本語で話しているのだが緊張しすぎている陽斗はそれに気づくことなく英語で返すという奇妙な光景になってしまっているのだが、ジェイクは気を悪くした風もなく微笑みをたたえた目を向けている。

『いつまでもここに居ては落ち着かん。そろそろ移動しないか』

『ああ、失礼した』「陽斗くん、すまんが車椅子を押してもらえるだろうか」

挨拶が一区切りしたタイミングで重斗が促すと、ジェイクが苦笑して車椅子に座り直してから日本語でそう言うと、一瞬戸惑った陽斗だったがすぐに頷く。

「あ、はい」

陽斗がジェイクの背後に回り車椅子を押し始めると、先程まで寄り添っていた女性が先導して歩き始めた。

『ふむ、なるほど』

『えっと、どうかしましたか? 何か駄目なところがあったら教えてください』

「いやいや、なんでもないよ。車椅子を押すのは慣れているのかい?」

「あの、横断歩道を渡っているおばあさんを押してあげたりしたことはあります」

時折ジェイクが眉を寄せたり何度か小さく頷いたりしているのを見て陽斗が気遣わしげに訊ねると、老人は穏やかな笑みを見せて首を振った。

実際に、身近な人が使っていない限り車椅子を押したりする機会はそれほど無いだろう。

陽斗も中学校時代に新聞配達中、横断歩道や踏切で何度か手を貸したくらいでほとんど経験があるとは言えない。

だがジェイクは驚いたようにかすかに目を見開くと、すぐに何かに納得したのか口元を綻ばせて頷いた。

「そうか。じゃあ申し訳ないがこのまま頼むよ。出口前に迎えの車が来ているはずだからね」

すぐ後ろを歩く穂乃香は、陽斗がまるで使用人のように扱われているようで不満そうに眉を顰めているが、孫LOVEな重斗は意外なことに口を挟もうとはしなかった。

ロビーを抜けてエレベーターで一階まで降り、簡単な入国審査を終える。

こちらも手を回していたのか拍子抜けするほどあっさりと、わずか数分で全員の審査が完了して、警備班数人が荷物の受け取りも済ませることができた。

そして審査カウンターの脇を抜けて建物を出ると、ジェイクが言ったとおり数台の車が彼と陽斗たちを待っていた。

停止している車の先頭はフォレッド家の物らしく、その後ろにマイクロバス、リムジンが2台、さらにもう一台のマイクロバスという順に並んでいる。

その手前には先発隊として来ていた警備班が10名とメイド数名が整列して出迎えてくれる。

「ここまでで良いよ。手間を掛けて悪かったね。屋敷に到着したら改めてゆっくりと話をしよう」

「あ、はい。しばらくお世話になります」

『スメラギのガードの方々には事前に場所をお伝えしてありますが、私たちの車の後であれば迷うこともないと思いますので』

ジェイクの付き添いの女性がそう言い添えて車に乗り込んでいった。ジャネットもそちらに乗るらしい。

「それでは私たちも車に乗りましょう」

桜子の言葉で、陽斗たちも用意された車に乗り込む。

これらは重斗が事前に準備させていた物でフォレッド家の物ではない。

警備班とメイドたちは前後のマイクロバスに、陽斗と穂乃香、重斗、桜子は前のリムジン、友人たちが後ろのリムジンだ。

全員が乗り終えるのを見計らったようにジェイクたちの乗った車が発進し、陽斗たちの車もそれに続いて走り始めた。

『はぁ~……』

ジャネットは車が発進した直後大きく息を吐き出し身体を伸ばす。

『ご苦労だったな。日本は満喫できたか?』

一気にリラックスした様子の彼女を見て苦笑を浮かべたジェイクがどこか揶揄うように訊ねる。

『色々と大変だったけど楽しんだわよ。特にラーメンが美味しくて美味しくて』

『はっはっは! 食に関してはあの国に勝てるところなど存在しないだろうな。良い出会いもあったようだし日本に行かせた甲斐があったというものだ』

気難しそうな老人も、孫娘であるジャネットのことは可愛がっているようで、楽しげな表情で言葉を交わしている。

『さすがにスメラギの当主と一緒に何時間も過ごすのはもう勘弁してほしいけどね。飛行機の中では全然眠れなかったわ。それに、グランパが出迎えに来るとは思ってなかったわよ』

『安心して任せられる者が居れば良いのだがな』

皮肉気に口元を歪ませる祖父に、ジャネットも微妙な顔を向けるしかない。

『お前の父親が居たら良かったのだが、奴を呼び戻すわけにいかんからな。それに私も友人の宝を早く見てみたかったのだ』

『……グランパの目から見て、プリンスはどう?』

いつになく機嫌の良さそうなジェイクに、どちらの意味かの確認も込めて訊ねる。

『アレは素晴らしいな。あの偏屈なスメラギが可愛がるのも無理はない。心根が良いだけでなく、暗い部分もしっかりと理解しているようだ』

世界の経済を裏から操るとすら言われるほどの人物である。

幾度となく挑戦し、裏切られ、利用し、利用され、切り捨ててもきた。

それだけに人を見抜く力は常人とは比較にならない。

そんなジェイクをして、陽斗はひどく興味深い人間だ。

彼は常日頃から膨大な情報網を駆使して様々な情報を入手している。

だから陽斗が重斗に保護されたこともほどなく知ることができたし、さすがに重斗ほどではないが陽斗がどんな状況の中育ったのかもある程度把握している。

だがそれでも実際に会ってみないことには本当の為人などわかるはずもない。

だからジャネットを通してこうして招待することにしたのだった。

『車椅子を押してもらったが、実に安心して身体を預けることができた。段差があってもそれを感じさせないほど繊細に操作してくれたよ。それに意外に視野も広いし、周囲をよく見ているようだ』

それを確かめたくて車椅子を押させていたのだろう。

社会的弱者の位置に立つと様々なことを見ることができる。

例えばジェイクがしたように車椅子を誰かに押してもらう。それだけで押した人がどんな人物であるかは些細な挙動で見えてくるものだ。

心根が粗雑だったり人を見下すような人物なら、どれほど表面を繕ったところで力の込め方や段差、坂道での挙動などで乗っている人のことを考えずに押していることを察することができる。もちろんその逆もしかりだ。

『あのような少年にならジャネットを任せられると思っていたのだがな』

『それは無理よ。プリンスにはすでに決まった相手が居るみたいだし』

『四条院の令嬢だな。確かに互いに信頼しあっているようだった。まぁ、別に無理を通さねばならないほどのことではないからな。相手を怒らせては元も子もない。それに、このところお前が執心している少年もなかなか悪くない相手のようじゃないか』

揶揄いの含んだ言葉に、ジャネットがわずかに頬を染めて顔を背ける。

『か、彼はプリンスの親友よ。彼には他にも友人は居るけど、コーキとは特別な絆があるわ。彼と友誼を結ぶことはフォレッドにとって利益になるはず』

自分でも言い訳じみていると思いつつ言う孫娘に祖父は笑いを堪えるように口元を隠してみせると、彼女はいよいよ拗ねてそっぽを向いてしまった。

『くっくっく、まぁそう怒るな。お前も彼もまだ若い。色々な人と交流して将来を見定めると良い。……他の孫たちもお前のように優秀なら良かったのだが』

朗らかに笑っていたジェイクだったが、不意に表情を暗くして溜め息を吐く。

それを見てジャネットも複雑そうに祖父を見返す。

『 あ(・) の(・) 人(・) た(・) ち(・) は相変わらずなのね』

アメリカを離れていたとはいえ、ジャネットがフォレッド家から離れていたのはたった数ヶ月でしかなく、そうそう変化などあるわけがない。

それがわかっていても祖父の心情を思うと悲しくなる。

『ああ。望みは薄いとは思うが、スメラギや 彼(・) と会うことで変わる切っ掛けにでもなれば良いのだがな』

そう口にしながらも、それが叶わぬ望みでしかないと悟っているかのように沈んだ声音で呟くジェイクに、ジャネットは一言『そうね』としか言えず窓の外に視線を移した。

空港を出発して走ること1時間。

とはいえ結構な速度が出ていたので日本とはかなり距離感が違うだろうが、都市部を抜けて建物がまばらになってきた頃、大きなゲートの前で車が一度停止する。

そしてジェイクたちが乗る車の運転手がゲートの警備員らしき男性に何やら話をすると、すぐにゲートが開いた。

「え? ここって」

「まるで軍の基地みたいですわね」

陽斗が戸惑ったように疑問の声を上げると、穂乃香も困惑気味に言葉を返す。

「ここがフォレッド家の邸宅だ」

「相変わらず馬鹿みたいに広いわよね。しかもここだけじゃなくて国内外に他にもいくつも邸宅を所有してるらしいわよ」

重斗はなんてことないように、桜子はどこか呆れたように教えてくれる。

重斗の邸宅も個人の家としては桁違いの広さだが、ここはそれすらも比較にならない規模だ。

なにしろゲートを通過してしばらく経つというのに遠くに豆粒のような大きさでしか建物が見えないのだ。

しかも、ただ敷地がだだっ広いだけでなく、一面に芝が敷き詰められ、ところどころ森のような木々や川、小さな湖のようなものまである。

徐々に大きく見えてくる建物は3階建てのようだが、こちらに向いている窓の数だけでも数十部屋分はありそうだ。

建物の近くにはドーム状の施設もあり、車や航空機でも格納されていそうである。

「……凄いね」

「さすがに想像の域を超えていますわ」

日本の25倍もの面積を持つアメリカの大富豪は、そのスケールもまた比較にならないらしい。

「ふん、不便なだけだろうがな」

「それでもあのクラスになるとセキュリティーの面からもある程度は仕方がないのよ」

一般人でも銃火器を所有できるお国柄だけあって、邸宅の警備は人数も装備もちょっとした軍隊並みだそうだ。

そんな風にある意味でのカルチャーショックを受けていると、ようやく建物の前に車が到着する。

まずジャネットとジェイクたちが降りて建物の中に入り、次に前後のマイクロバスから皇家の警備班が降りる。

そして班長の大山が建物の前に待機していたフォレッド家の警備員らしき男性と何やらやり取りをしてからようやくリムジンのドアが開かれた。

「ふぇ~! なんか、まるで映画のセットみたいだよなぁ」

「う、うん。別の世界にでも来たみたいに感じるよ」

真っ先に飛び降りた光輝が陽斗に駆け寄って興奮した声を上げると、陽斗は混乱が冷めない顔で頷いた。

『どうぞこちらへ。まずは部屋に案内させていただきます』

全員が車から降りたのを見計らって、建物の玄関が開かれ、初老の男性と数人の若い女性が出迎える。

促されるまま陽斗たちが中に入ると、そこは高級ホテルのロビーのような空間だった。

ただ、規模はともかく調度品の質や雰囲気は皇家の迎賓館とそれほど変わらないので、多少キョロキョロした程度で済んでいた。

男性たちに先導され、陽斗たちが階段を上ると、その先の廊下を塞ぐように一組の男女が立っている。

『デビッド様とレベッカ様? なぜここに?』

案内の男性が怪訝そうに訊ねるも、ふたりはそれに答えることなく陽斗たち、正確には重斗の前に進み出て口を開いた。

『薄汚い東洋人がなんの用だ?』