軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第113話 兄妹

右肩に担ぎ上げられた陽斗。

身長2m近い巌の肩に乗っているものだから陽斗の視点は普段の倍以上にもなる。

最初は戸惑っていたものの高校生としては規格外に大柄な巌の肩は意外に安定していて、どうせ放してくれないのならと陽斗はおとなしく運ばれている。

当然そんな状態で移動していれば目立つ。とても。

予備倉庫はグラウンドの一番奥側、校舎と離れた位置にあるので普通科棟の保健室まではそれなりの距離がある。

穂乃香と巌(肩に陽斗)がグラウンドの外周を回って部室棟を通り抜け、校舎に入るまで何人もの生徒達とすれ違う。

「西蓮寺君、どうしたの?」

「肩車、とは言わないか。見晴らしが良さそうだな」

疑問を口にしたり、揶揄ったり。

見知った同級生や先輩達が面白そうに陽斗に声をかけてくるが、理由を説明すると心配させてしまうので曖昧に笑みを浮かべるしかできない。

ちょっと困ったような陽斗と熊のような巌の姿はなかなかに見物だったようだ。

そんな風に注目を浴びつつたどり着いた保健室だったのだが、鍵は開いているものの養護教諭の先生は不在のようで部屋には誰も居なかった。

「先生は外出中のようですね。どこかで怪我人でも出たのでしょうか」

穂乃香がそう言って眉をひそめる。

「とりあえず湿布でも貰って貼るしかないです」

巌が器用に陽斗の身体を抱え直して簡易ベッドの端に下ろす。ずいぶんと手慣れた感じだ。

「もしかしていつも妹さんにしてあげてるの?」

「あ、はい。明梨がよくせがむんで」

少し照れくさそうに頭を掻きながら頷く。

ずいぶんと良いお兄ちゃんをしているようで、陽斗は自分の怪我のことを忘れてホッコリとした気分である。

「湿布が見当たりませんので職員室に行ってきますわ。ついでに陽斗さんの荷物も持ってきますね」

「そんなに気を使ってくれなくても大丈夫なのに」

陽斗は申し訳なさそうにしているが、穂乃香はなんでもないと笑みを浮かべ、巌に陽斗を見ていてくれるように頼んでから保健室を出て行った。

残された二人に沈黙が降りる。

湿布が無ければ手当もできないので途端に手持ち無沙汰になってしまう。

元々巌はあまり話をしないし、陽斗も口数が多い方では無い。

ベッドに腰掛ける陽斗の脇に置いてあった丸椅子にとりあえず巌も座るがどことなく気まずい雰囲気はそのままだ。

「あの、先輩、昨日はすみませんでした」

「ふぇ?」

いきなり謝られ、話題を探していた陽斗は何のことかわからずキョトンとして巌を見返した。

「いや、昨日の祖父さんの態度とか、帰りがけの伯父さんとか。妹も強引だったみたいだし」

そこまで言われてようやく思い至り、首をブンブンと横に振る。

「別に酷いことされたわけじゃないから気にしないで。妹さんのことだって、僕は誘ってくれて嬉しかったから」

陽斗の言葉は本心からのものだ。

「僕の方こそ、ごめんね。あの後、大隈君は大丈夫だった? なにか、いろいろ難しそうな感じだったけど」

「まぁ、いつものことなんで」

苦笑いしつつ肩をすくめた巌に、陽斗は何かを言いかけ、しかし口を開くことはなかった。

家族間の事に知り合ったばかりの自分が安易に踏み込むべきじゃないと思ったのだろう。

そんな陽斗の様子に、巌が頭をガシガシと掻いて小さくため息を吐く。

「そんな大した事情じゃないです。2年前に親父が事故で死んで、母さんが頑張って働いてたんですけど、元々あまり身体が丈夫じゃなかったから過労で倒れたんです」

それが1年ほど前の事らしい。

身体こそ大きいが巌はその時まだ中学生だ。

父親の保険金があったとはいえ、倒れて以降病気がちになってしまった母親と、小学校低学年の妹が居るという状況は巌の背中に背負いきれないほどの負担がある。

それでも母親と妹の面倒を見ながら雇ってくれるアルバイトを探したがそうそう見つかるはずもない。

そんな巌の苦悩を見かねた母親が、ずっと連絡を取っていなかった実家に電話をしたらしく、ある日、祖父の代理人を名乗る男が、巌達の住んでいたアパートを訪ねてきた。

その時に言われたのが「巌が大隈家当主の命令に従うのならば母親の治療と妹の大学卒業までの面倒を見る」ということだった。

母親は条件を聞いて、息子を犠牲にすることに難色を示したが巌が説得して大隈家に世話になることを決めた。

自分が多少嫌な思いをするくらいで自分たちの生活と母親の療養が叶うのなら我慢ができると考えたのだ。

そうして暮らしていたアパートから今の大隈本家へ移り住んだその日に、巌は黎星学園高等部への受験を命じられたというわけだ。

「まぁ、大隈家が有利になるような人脈を作れとか言われるし、家では冷遇っぽいことをされてるけど約束通り母さんはちゃんと治療してくれてるし妹も苦労せずに過ごせてるから」

ちなみに巌の姓が大隈なのは、本家に引き取られたこととは関係がなく、父親の姓も大隈だったからだ。

というのも、父親は大隈家の分家の出自で、母親とは 再従兄弟(はとこ) の関係にあたるらしい。

だが、有力な名家へ嫁がせたかった父親に反対され、駆け落ちのような形で結婚したということだった。

もっとも、使用人達が巌達に態度が悪いのはそのせいだと思われるが。

「玄関で会った男の人、伯父さん? とはどうなの?」

「あ~、あの人は俺達が家に居るのが気に入らないみたいでしょっちゅう出て行けって言われます。けど、明梨が居るときには言わないし、家政婦の人に嫌がらせされたときは叱ったりしてくれたんで悪い人じゃないですよ。もしかしたら俺だけが嫌われてるかもしれないですけど」

巌がそう言って笑う。

彼も伯父に対してはそれほど悪感情を持っていないようだ。

「まぁ、祖父さん曰く、大隈家ってのは歴史ある家柄だってことで、醜聞になるような酷い扱いはされてないから問題ないです。高校さえ卒業できれば後は世話にならなくてもなんとかなると思うし、最低限の恩は返さないと。って、先輩?」

言葉の途中で、巌が戸惑った声を上げる。

いつの間にかベッドから立ち上がっていた陽斗が、手を伸ばして巌の頭を撫で始めたからだ。

「えっと、なんすか?」

「え? あの、僕が嫌なことを思い出したり、辛かったときのことを話したりすると皆がこうしてくれるから。安心しない?」

不思議そうに首をかしげる陽斗。

「いや、恥ずかしいです」

「あぅ、ごめんなさい」

頭を撫でられ慣れてる陽斗と、普通の年頃の男の子は感覚が違うらしいことを知ってシュンとなる。

(あ~、確かに撫でたくなるな。ワンコみたいで)

巌はそんなことを考えるがさすがに口には出さない。

「でも、何か困ったことがあったら相談してね。大隈君だけじゃなくて、妹さんやお母さんのこともなんとかできるかもしれないし」

「それは……もし、その時が来たらお願いするかもしれないです」

とっさに断ろうとして、しかし母や妹のことを考えてそう答える。

今のところ祖父の命令はそこまで無茶なものではないから従っているが、この先はどうなるかわからない。

どうしても従えないような命令をされたとき、もしかしたら家を出なければならなくなるかもしれない。その時は藁をも掴む思いで誰かを頼ることになることも考えられる。

話に聞いている陽斗の家が力になってくれるのならこれほど心強いことはないだろう。

そんな打算的な考えがよぎり、そんな自分に苛立ったのか一瞬巌の眉が不快気に歪んだ。

「あの、先輩……」

罪悪感からさらに言葉を重ねようとしたその時、保健室の扉がノックされ、穂乃香の声が聞こえてきた。

陽斗が返事をすると、穂乃香とセラ、壮史朗と賢弥が入ってくる。

壮史朗が陽斗の鞄を、賢弥は手に湿布と包帯を持っている。

「天宮君と賢弥君まで来てくれたの?」

「職員室に向かっていた四条院に会ったんだ。空手部はちょっとした怪我をする奴が多いから湿布や包帯は常備されてるらしいから武藤に持ってきてもらった。僕と 都(と) 津(つ) 葉(ば) は生徒会室に荷物を取りに行った。会長にも話をしておいたから治療が終わったら帰るといい」

「皇の家にはわたくしから電話しておきました。迎えの車はすでに待機所に来ているそうですわ」

保健室の中が一気に騒がしくなる。

「とりあえず先に手当だ」

賢弥が湿布を袋から取り出すと、巌が立ち上がっていた陽斗の身体を抱えてもう一度ベッドに座らせ、痛めた足から靴と靴下を脱がせる。

「腫れは軽度だな。見たところ骨に損傷はなさそうだ。ただし、痛みが完全になくなるまでは無理をするな。捻挫はしっかり治さないと癖になるからな」

賢弥はそう見立てると、腫れをすっぽりと覆うよう広めに湿布を貼り、薄く包帯を巻いてからテーピングでしっかりと固める。

「手慣れてますね」

思わず呟いた巌の顔をチラリと見て、賢弥は「慣れてるからな」とだけ返した。

処置が終わり、賢弥が立ち上がる。

片や2m近くで幅広の巌と180cm半ばで鍛え上げられた身体の賢弥。二人に挟まれた陽斗の姿は小さな子供にしか見えない。

「陽斗が迷惑をかけたな。後は俺が迎えの車まで連れて行くから戻って良いぞ」

いつも通りのぶっきらぼうな口調で賢弥が言うと、巌の片眉がピクリと跳ねる。

「いえ、どうせなら最後まで運びます。少なくとも数日は安静にした方が良いし、俺の方が身体が大きいみたいなんで」

「……」

パチリと小さな火花が散った、ように見えたのは気のせいだろうが、賢弥と巌が向かい合って牽制しているような空気だ。

「……なら、任せる。落とすなよ」

「はい。軽いんで大丈夫です」

「あの、僕、荷物じゃないんだけど」

大隈家本邸の離れの襖が叩かれると、中から穏やかで細い返事が返る。

男、巌の伯父は先日見せたような荒々しさはなく、むしろできるだけ音を立てないように襖を開けて中に入った。

「紗江、具合はどうだ?」

呼びかけられた巌の母親、紗江は文机に広げた本やノートから顔を上げてそれに答える。

「兄さん、いらっしゃい。おかげさまでこの頃は大分良いわ」

「寝てなくて大丈夫なのか」

「いつまでも寝てばかりじゃいられないわよ。私が早く元気にならないと巌が可哀想だし」

巌の伯父、 大(おお) 隈(くま) 毅(つよし) の紗江を見る目は穏やかで温かい。巌に見せていた態度とはまったく異なるものだ。

「巌か。優しくて強い、良い子だな。それに明梨も思いやりがあって明るい。 武(たける) さんに似てるな」

「そうね。私にはもったいないくらい。だからこそ幸せになってほしい」

紗江はそう言いながら手元の文机にチラリと目をやる。

そこには事務系資格試験の参考書が広げられ、ノートにはびっしりと書き込みがされている。

母親として身体が弱いながらもなんとか安定した職を得て、実家に頼ることなく子供達を育てたいのだろう。

「それで、どうしたの?」

「隣の市にマンションを用意した。巌の学校からも遠くないから自力で通えるはずだ。それと、当面の生活費も。贅沢しなければ二人の大学卒業まではなんとかなるだろう」

毅はその言葉とともに一冊の通帳と印鑑、キャッシュカードを紗江に手渡す。

「……兄さん、本気で大隈家を終わらせるの?」

手に乗った通帳を悲しげに眺めながら紗江がポツリと呟く。

「終わらせるんじゃない、もうとっくに終わってるんだ。工場の方は今でもなんとか黒字を保っているが、今の社会情勢ではそれも長くは続かないだろう。もう親父の言うような名家の体面を維持するのは無理だ。他に残っているのなんてこの古びた屋敷と二束三文にしかならない山林が少しだけ。

それだけじゃない。錦小路の中核企業を切り崩す計画も失敗したらしいからな。内容が内容だけに支援してきた大隈家もただでは済まないだろう。錦小路に報復される前にこの家を離れた方が良い」

「兄さんはどうするの?」

「親父をもっと早い段階で引きずり下ろせなかったのは俺の責任だからな」

「そんな! 兄さんが悪いわけじゃ」

「それでも従業員の身の振り方や後始末をする人間は必要だ。紗江には悪いが、幸い巌は俺や親父を良く思っていないだろうし、明梨はまだ理解できないだろうから新しい環境になればすぐに忘れるだろう」

淡々と覚悟を決めたように笑う兄を、紗江は悲しそうに見返した。