作品タイトル不明
バルディア・イン・ザ・ムード
「デイビッド殿下、ヴァレリ様。素晴らしいダンスでございました」
「リッド様とファラ様も見事なダンスでした」
「デイビッド殿下とヴァレリ様の優雅な動きも良かったけど、リッド様とファラ様の卓越した動きもすごかったわ」
「そうですね。特に最後のリッド様とファラ様のダンスは、私達じゃ到底できないわ」
「あんなダンス、早々お目にかかれないよ」
「俺……いや、私、感動してしまったよ」
拍手と共に子息令嬢達の声も聞こえてくる。
どうやら皆に楽しんでもらえたみたいだ。
荒れた息を整えつつ、僕はファラを見やった。
ダンスの流れで体を引き寄せたまま、彼女は僕の腕の中にいる。
「ファラ、楽しかったね。足や体は大丈夫?」
「はい、どこも痛めておりません。リッド様がしっかり支えてくださりましたから、楽しく踊ることだけに集中できました」
「そっか。楽しんでもらえてなによりだよ」
僕と彼女が並び立つと、背後から「リッド」と呼びかけられる。
振り向けば、そこにいたのは額から汗を流し、肩で息をしているデイビッドとヴァレリだった。
普段の二人は、冷静沈着かつとても煌びやかで気品がある。
でも、今の二人には情熱の炎を目に宿しているように見えた。
「新しい曲でのダンス、とても面白かったぞ。こんなに熱くなったのは初めてかもしれんな」
「殿下に喜んでもらえて良かったです」
どちらとも言えず手を差し出して僕達が握手をすると、会場の人集りから歓声が上がった。
会場の誰も彼もが高揚した様子で目を輝かせている。
「素晴らしい。素晴らしかったぞ」
アーウィン陛下の声が響くと歓声が止み、会場の視線がそちらに集まった。
「異国の文化を柔軟に取り入れ、帝国に新たな音楽文化をもたらしたこと。しかと見届けさせてもらったぞ。ちなみにリッド、今の踊りも異国の文化を取り入れたものなのか」
「はい、仰る通りでございます。異国での踊りは情熱的で大胆なものが多くございました。感銘を受け、帝国の優雅さと掛け合わせた次第でございます」
「なるほどな、実に見応えがあるものだったぞ」
陛下は相槌を打つと、視線をデイビッドとヴァレリに向けた。
「もちろん、二人もな。帝都で見せるダンスと違うものであったぞ」
「ありがとうございます」
デイビッドが一礼するのに合わせ、ヴァレリも軽く頭を下げた。
二人とも、激しいダンスで息が切れているのに一つ一つの所作に変わらず気品がある。
辺境に位置するバルディアが『武』を極める家柄とするならば、帝都に住まう皇族と公爵家は『高貴』を極める家柄と言ったところだろうか。
高貴と雅な所作というところであれば、僕も二人には敵わないだろう。
王族出身のファラは、二人にも負けてないけどね。
「では、どちらのダンスが素晴らしかったのか。まず、デイビッド達が素晴らしいと思った者は拍手を」
陛下の言葉に続き、一回目以上の拍手がデイビッド達に送られる。
「それではリッド達のダンスが素晴らしいと思った者は拍手を」
この場にいるのは貴族の子息令嬢だし、やっぱりデイビッド達の勝利かな。
それでも、新しい音楽とダンスの可能性を披露できた。
バルディアを印象づける意味では、その役割は十分に果たせている。
心残りがあるとすれば、一緒に踊ってくれたファラを勝者にできなかったことだろうか。
そうした考えが脳裏を過ったその時、会場から盛大な拍手喝采が巻き起こった。
デイビッド達に負けず劣らず、いや、それ以上かもしれない。
「リッド様、ファラ様。素晴らしかったです」
「初めてみるダンスでしたが、とても情熱的で感動しました」
「……ファラ様、なんて可憐な方だ」
「ファラ様の動き。私、憧れます」
「……私もリッド様と踊ってみたいなぁ」
「リッド様、ファラ様。感動しました」
子息令嬢達が熱を帯びて漏らす声には聞き捨てならないというか、不穏な言葉もちょっと聞こえてくる。
でも、今日は懇親会だし、楽しんでもらえたみたいだから聞き流しておこう。
「どうやら皆は、どちらも素晴らしいという評価を下したようだな。しからば、今回は私が勝者を決めることにしよう」
会場が急にしんと静かになった。
誰も彼もが陛下の発する言葉を固唾を飲んで見守っている。
一方、陛下は悠々と間を取っているようだ。
注目を浴びることを心得ているのだろう、さすがは皇族というべきかもしれない。
陛下は会場を見渡し、僕達とデイビッド達を交互に一瞥してから「今宵の勝者は……」と切り出した。
「リッド・バルディアとファラ・バルディアとする」
アーウィン陛下の声が会場に響きわたると、次いで歓声と拍手喝采が沸き起こった。
「え……⁉」
僕とファラは顔を見合わせて目を瞬いた。
デイビッド達の勝利だと思っていたからだ。
戸惑っていると、デイビッドとヴァレリが笑顔で手を差し出してきた。
「良い勝負だったよ、リッド」
「おめでとうございます、ファラ」
「ありがとう、デイビッド」
「ありがとうございます、ヴァレリ様」
僕達が握手を交わしたその時、会場の歓声と拍手がさらに湧いた。
「陛下、リッド達の勝因も皆にわかるようご説明願います」
「うむ、そうだな」
マチルダ陛下が尋ねると、陛下はこくりと頷いて僕達を見据えた。
「優雅さ、という点ではデイビッドとヴァレリが勝っていたと言える。しかし、リッド達の情熱的で躍動感溢れる動きは見応えある見事なものだった。ダンスとは音楽との調和でもある。従って、総合的に勝ったのはリッドとファラだ。皆もそう感じたからこそ、盛大な拍手を送ったのであろう」
陛下はそう告げると、サティ先生が指揮する楽団に視線を向けた。
「帝国に新しい音を吹き込む演奏であったぞ。これからも貴殿達の活躍を楽しみにしている」
「……⁉ はい、ありがとうございます」
陛下と目が合ったらしいサティ先生は歓喜で全身が震え、目を潤ませて深く頭を下げた。
サティ先生は今でこそ帝都でも話題の作曲家になっているそうだけど、バルディアに来る前は自分の好きな音楽を追い求めた結果、周囲の評価は芳しくなかったそうだ。
だからこそ、陛下に直接褒められたのが嬉しかったのだろう。
「ところで、だ。リッド」
陛下は話頭を転じてこちらに視線を戻した。
「はい、なんでございましょう」
「貴殿達のダンスを見ていたら体を動かしたくなった。折角の機会だ、良い曲があれば紹介を兼ねて演奏してほしいのだが。どうかな」
「畏まりました。それでしたら、ここにいる皆で踊れるよい曲がございます」
「ほう、それは良いな。曲名は何という?」
「曲名は『バルディア・イン・ザ・ムード』でございます」
そう答えて楽団に目配せすると、指揮者のサティ先生が頷いてすぐに管楽器による演奏がはじまった。
最初から勢いよく奏でられる高揚感をくすぐる音楽で、会場は一気に明るく陽気で楽しい雰囲気に包まれる。
「うむ、ダンスを楽しむには良い曲だな。マチルダ、手を」
「はい、陛下」
二人が手を取り合って会場の中心で優雅に踊り出す。
その様子に子息令嬢達が目を輝かせていると、両陛下は躍りながら周囲を見やった。
「皆、遠慮はいらん。今宵は楽しもうぞ」
「私達も新たな音楽に合わせているのです。無礼講で楽しみましょう」
両陛下が満面の笑みで告げたのを切っ掛けに、会場の彼方此方で子息令嬢達が緊張した面持ちでおずおずと踊り出す。
でも、程なく彼らの顔はどんどん綻んでいった。
良かった、皆、楽しんでくれているみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろしていると、ヴァレリがこちらにやってきた。
「さて、リッド。私とも躍ってくれるかしら」
「え、僕と?」
急な申し出に素できょとんとすると、彼女はため息を吐いた。
「懇親会なのよ。親睦を兼ねて躍ることは当たり前でしょう」
「あ、そっか。それもそうだね」
ハッとして頬を掻くと、ヴァレリは僕とファラを交互に見やった。
「慣れてないなら、この機会に夫婦揃って慣れなさい。いずれ帝都の社交会に顔を出す機会も増えるでしょうから」
彼女がそう告げると、側にいたデイビッドが「ふふ」と噴き出してファラの前に歩み出て畏まった。
「ファラ・バルディア殿。私と一曲、踊っていただけますか」
「あ、えっと……」
彼女は困惑して目をこちらに向けてくるも、僕はこくりと頷いた。
「親睦を兼ねて、だからね。大丈夫だよ。僕もヴァレリと躍るから」
「はい、畏まりました」
ファラが頷くと、デイビッドは「決まりだな」と微笑んだ。
「では、リッド。私の婚約者を頼むぞ」
「わかりました。殿下も私の妻をお願いします」
こうして僕はヴァレリと、ファラはデイビッドと躍ることにした。
僕達が躍り出すと、再び会場が湧き、子息令嬢達から注目を浴びることになったのは言うまでもない。
それぞれに踊り終えると、僕達はメルやデーヴィド達とも合流。
友人同士で踊る相手を変えながら、バルディアの夜を思う存分に楽しんだ。