軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

フローベルの想い

「マルス、マーベル。お仕事の邪魔をしてはなりませんよ」

「えぇ……⁉」

「つまんなぁい」

ドレス姿のフローベルは、部屋に入ってきた子供達を優しく諭した。

頬を膨らませたマルスという男の子は、ぱっと見で六歳前後だろうか。

マルバスと同じ黄色の髪と緑の瞳をしている。

口を尖らせてそっぽを向いてしまったマーベルという女の子は、黄色い髪に黒い瞳をしている。

この子も六歳前後のようだ。

「いいではないか、フローベル。丁度、少し休憩をしようと思っていたところだ」

「ほんとう⁉」

「やったぁ!」

マルスとマーベルは、ぱぁっと顔を綻ばせてマルバスに駆け寄って抱きついた。

「はは、お前達は本当に元気だな。将来が楽しみだ」

「もう、マルバス様は少々子供達に甘いですよ」

屈託のない笑顔を浮かべる子供達の笑い声が部屋に広がっていき、マルバスは目尻を下げ、フローベルは慈愛に満ちた眼差しを三人に向けている。

執務室というよりも、心温まる家族団欒の場だ。

それにしても、マルバスってあんな優しい顔もできるのか。

個人的には性格に難があると思うけど、彼は端正な顔立ちをしている。

まるで、映画の一場面を切り取ったような光景だ。

そう、不自然なほどに。

言葉を失って呆然と見つめていたけど、僕はハッとして我に返った。

そうだ、ここはフローベルの心の中だ。

つまり、今、僕が目にしている光景は彼女が望む世界をフェイが生み出しているに過ぎない。

幻覚魔法で僕も闇に沈みそうになったけど、支えてくれている皆のおかげで戻ってこられた。

ただ、もし闇に呑まれていたら僕の意識はどうなっていたのか。

そして、フェイはどうやって形代にする人の意識を乗っ取るのか。

その答えが今目の前に広がっている光景なんだろう。

幻覚で心を壊した後、再び幻覚で当人の望む世界を与える。

絶望した人に偽りの希望を見せ、闇の中から自力で這い上がれないように縛り付けているんだ。

誰もが持つ心の傷を抉って、どこまでも心の弱みにつけ込んでくる。

本当に酷くて、残酷なやり方だ。

僕は深呼吸すると魔力を高め、意思を強く持って叫んだ。

「フローベル、目を覚ますんだ。君が見ているのは幻影、ここはフェイが作りだした偽の世界なんだ」

「え……?」

こちらの声が聞こえたらしく、フローベルはきょとんとこちらを見やった。

「あれぇ。だれ、このこ?」

「ちちうえ、しっているこですか?」

「いや、私も知らん。フローベル、君の知っている子か」

子供達とマルバスが顔を見合わせるなか、フローベルは真っ青になってわなわなと震えてたじろいだ。

「いえ、知りません。私はこんな子供……」

「フローベル、手短に話すよ。信じられないだろうけど、ここは牢宮の化身であるフェイが幻覚魔法で作りだした君が望む偽物の世界なんだよ。表の世界でマルバスも待っている、目を覚ますんだ」

そう言って手を伸ばすと、マルバスと子供達が彼女と僕の間に割って入ってきた。

「ははうえ、こわがってる」

「うそつき、へんなこといわないで」

「何者か知らんが、妻を苦しめる者は子供であっても容赦はせん」

「マルス、マーベル、マルバス様……」

フローベルがほっと安堵した表情を浮かべると、僕は手を下ろしながら「……君の気持ちは分かるよ」と切り出した。

「誰だってずっと夢の中で過ごして、成りたい自分になっていたいものさ。でも、夢は目を覚ませば儚く消えてしまう。だから人は夢を叶えるべく、自分の目で見て、足で歩いていくんだ」

「無理、私には無理なのよ……⁉」

彼女は頭を振りながら大声で叫んだ。

その声は震えていて、悲しみとやるせなさが伝わってくる。

「私はずっとマルバス様の背中を追ってきたの。一族の中で孤立して、冷遇されていた私を初めて評価してくれたのはマルバス様だったから。だから、あの人の夢を叶えたい、力になりたい、支えてあげたいって。ずっとずっとやってきたの。でも、あの戦い、狭間砦の戦いで敗れてしまって、マルバス様は、私達は全てを失ったのよ」

『狭間砦の戦いで敗れて』という言葉が、僕の胸にぐさりと深く突き刺さった。

「エルバ様とマルバス様は故郷でのお立場を失い、いまや追われる身。私の夢は、願いはもう叶わないの。だから、だから夢ぐらい見たっていいじゃないの⁉」

「フローベル、君は……」

戦いが起きれば、必ず勝者と敗者が生まれる。

狭間砦の戦いで僕は勝者で、マルバスとフローベル達は敗者だった。

きっと彼女は夢見ていたんだろう。

狭間砦の戦いに勝利して、マルバスを支え続けることを。

そして、いずれ結ばれて『この夢』のような家庭を持つ幸せを。

エルバやマルバス達のしたことを許すつもりはないし、許せることじゃない。

バルディアにだって、大切な人を亡くした人達が大勢いる。

クロスだって、妻子のティンクとティスがいたんだ。

僕はぐっと歯を食いしばると、フローベルを見据えた。

「どんなに辛くても、不幸に見舞われても、悲しみに暮れても、目を背けて夢に逃げちゃいけないんだよ、フローベル」

『叶わない夢を見て辛い道を進むよりも、心地よい夢を見ているほうが良いに決まっているじゃないか』

どこからともなく声が聞こえてきた。

「この声はフェイか……⁉」

ハッとして周囲を見渡すも、彼の姿は見えない。

『全く、酷い奴だよ。君がフローベルの夢を奪った元凶だというのに、どの面下げて偉そうに説教をしているんだ』

「私の夢を奪った元凶……?」

フローベルが首を捻って反応すると、彼女の耳元に蝶の羽を持つフェイが姿を現した。

「そうか、君は直接会ったことがなかったんだねぇ。いま君の目の前にいる子供。彼こそが君とマルバスから全てを、故郷を奪った憎きリッド・バルディア張本人なのさ」

「お前が……⁉」

フローベルの瞳に憎悪の光が灯った。

いけない、このままじゃフェイの思うつぼだ。

「フローベル、聞いて。確かに僕はリッド・バルディアだ。でも、マルバスが君を探して牢宮にやってきて、すぐ側にいるんだ。だから……」

「うるさい、黙れ。貴様の言葉など信じられるものか。出て行け、私の夢から出ていけぇええええええ」

「ぐ……⁉」

フローベルから発せられる凄まじい魔波によって体が少しずつ透過していく。

彼女の中に流れ込んでいた僕の魔力が、強烈に拒絶されている。

「あはは、残念だったね。フローベルは目を覚まさず、ずっと夢を見ていたいんだって」

「フェイ。心の弱みにつけ込んで、踏みにじって楽しいか⁉」

「さて、それは僕にはわからない感情だね」

彼はフローベルの横で肩を竦めている。

駄目だ、フローベルの目を覚ますには僕の言葉じゃ駄目なんだ。

僕は魔力変換強制自覚を一旦止めて現実世界で目を開き、側にいたマルバスに視線を向けた。

「マルバス、彼女を連れ戻すには君の力が要る。一か八かだ、僕の手に掌を合わせて」

「貴様の手に掌を、だと。ふざけるな、貴様と手を繋ぐなど虫唾が走る」

「馬鹿野郎。フローベルがこのままフェイに言いようにされていいのかよ。彼女は、フローベルは……ずっと君のことを想い続けているんだぞ」

「……⁉」

僕は力の限り叫んだ。

ここで彼がつまらないことを気にして協力をしてくれなければ、折角起こしかけたフローベルがまた眠ってしまう。

そうなればフェイが彼女の体を支配し、また大暴れを開始する。

当然、今回の対策もしてくるだろう。

そうなったらいよいよ手詰まりだし、フローベルも救えない。

マルバスはハッと目を見開き、舌打ちすると即座にやってきて僕の手に掌を重ねた。

「木偶、これでいいのか⁉」

「そう、そのまま僕の手に君の魔力を流しながら目を閉じて。心でフローベルに呼びかけるんだ」

「く……⁉」

彼は半ばやけくそ気味に目を閉じ、魔力を流し込んでくる。

手に彼の魔力が当てられることで激痛が走るも、僕は歯を食いしばって『魔力変換強制自覚』の出力を上げていく。

僕の手が赤い魔力で覆われ、手の皮が焼けただれたように剥けはじめた。

もう一度、もう一度だけ入らせて、フローベル。君が求める人を連れて行くから。

目を閉じて心の中で呟いたその時、『マルバス様……?』とフローベルの声が聞こえた。

今だ、と魔力量を最大にする。

程なく、さっき同様にフローベルの中に入り込めた感覚を覚えた。

ゆっくり目を開けると、先程の執務室でフローベルとフェイが立っている。

「リッド、またきたのか。懲りないねぇ」

「どうかな、今度は僕だけじゃないよ」

どうやら、一か八かの賭けには成功したようだ。

肩を竦めるフェイに答えると、僕の隣から一人の狐人族がぬっと現れる。

「迎えに来たぞ、フローベル」

「マルバス様……⁉」

彼女は忽然と現れたマルバスに目を丸くしていた。