軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

問いと答え

「君の手を掴んだ時、赤い髪の女の子が鳥人族の子供達と遊んでいる姿が見えたんだ。多分、イビの幼い頃だと思う」

目を真っ直ぐに見据えて告げると、彼女は目を瞬いてから「ふふ……」と噴き出した。

「そうか。リッド、お前は正直な奴だな」

「正直って、僕のことがわかったの?」

「明確にはわからなかったけどな。誰かがあたしの中に入ってきたことぐらいは、何となくわかったぜ」

彼女は鼻を鳴らし、こちらにやってきて僕の顔を覗き込むように見つめてきた。

「えっと、どうしたの?」

「……優しい瞳をしているな。あいつらがリッドに懐いたわけ、何となくわかった気がするぜ」

イビは目をスッと細めた。

あいつら、というのはアリア達のことだろう。

間近で見るイビの瞳には、出会ったばかりのアリア達とよく似ている。

さっき脳裏を過った既視感の正体は、やっぱりこれだったんだ。

だけど、あの光景がイビの過去だというなら、どうしても気になることがある。

僕は息をごくりと呑んで切り出した。

「一つ、聞いてもいいかな」

「なんだ?」

「あの、イビが一緒に遊んでいた子達なんだけどさ。君が率いていた守護十翼【ブルートリッター】の面々じゃないよね。今はどうしているのかな。鳥人族領で元気にしているの?」

「それは……」

イビは眉を顰めつつ、困った表情を浮かべてしまう。

ホルストの言っていた『次の段階』が気になって尋ねたけど、やっぱり聞くべきじゃなかったか。

僕は慌てて頭を振った。

「ごめん、答えたくなかったらいいんだ」

「……いや、いいぜ」

「え、いいの……?」

彼女はどこか寂しそうに肩を竦めた。

「良いも何も、お前が聞いたんじゃねぇか。それに、あたしとホルスト様のやり取りを見ていたんだろ?」

「……うん」

僕が頷くと、彼女は少しの間を置いてから八重歯を見せてニコッと笑った。

「皆、死んじまったよ」

「え……⁉」

イビの表情と言葉の重さが違い過ぎて、僕は唖然としてしまう。

でも、すぐにハッとして「ちょっと待ってよ」と切り出した。

「あの場には何十人もの子供達がいたんだよ。それが君を残して全員亡くなったっていうの⁉」

「あぁ、そうさ」

彼女は淡々と頷き、懐かしむように続けた。

「あの場にいたのは、パドグリー家の血を引く強化血統の子供達でよ。部族内の選別を突破したばかりで、はしゃいでいたのさ。だけどよ、あたし達に待っていたのはもっと厳しい選別を兼ねた訓練だった。毎日、血反吐を吐いてよ。小ぎたねぇベッドで寝ると、朝には誰かしらが冷たくなってんだ」

「な……⁉」

あんなに幼くて、可愛くて、才能に溢れた子達が、毎日誰かしら冷たくなっていた。

言葉を失って唖然とするが、すぐに胸の内から怒りの感情が猛烈な勢いで湧き上がってくる。

「そ、そんな、そんな訓練になんの意味があるんだよ⁉」

僕は知らぬうちに大声を張り上げていた。

イビの記憶を垣間見た時の子供達は、背丈からして今の僕と変わらない年齢だったはずだ。

そんな幼い子達が死を強いる訓練なんて、常軌を逸している。

狂っている。

「言っただろ、選別なんだよ。ホルスト様曰く、あたし達は『海上を行く渡り鳥』だそうだ」

「海上を行く渡り鳥……?」

僕が首を捻ると、彼女はこくりと頷いた。

「海上を行く渡り鳥ってのはよ、飛べなくなったら海に落ちるんだ。そのまま溺れるか、魚に食われるか、どちらにしても死んじまう。飛ぶ才能がある者だけが生き延びて、それ以外は淘汰されるんだ。だから、あたし達は『渡り鳥』ってわけさ」

イビはそう言うと「……笑えるよなぁ」と僕に背を見せて上を向いた。

「あたしが飛ぶの一番上手だってはしゃいでさ、皆に教えたのに。いざとなったら飛ぶのに必死でよ。気付いたら、あたしの後ろを飛んでいたのは、ほんの数人だけだったんだぜ」

衝撃的な話に聞き入っていたその時、彼女の頬に小さな雫がほろりと伝っていく。

僕は我に返ると、「でも……⁉」と切り出した。

「それは、それは君のせいじゃないよ。イビが自分を責める必要なんかない。悪いのはそんな訓練と選別を敷いたホルストじゃないか。渡り鳥は自然の摂理かもしれないけど、イビや他の子達は違う。君達は『人』じゃないか」

僕の声が広間に響くと、彼女は背中を向けたまま「はは……」と噴き出しながら服の袖で顔を拭った。

「リッド、お前はやっぱり優しい奴だ。こんな話を他人にしたのは初めてだぜ。だけどよ……」

イビはこちらに振り返るも、その表情はいつもの勝ち気で凜としたものだった。

「これはあたしに限った話じゃねぇ。守護十翼の面々、全員が渡ってきた道だ」

「守護十翼の全員……⁉」

僕は目を丸くしてたじろいだ。

彼女の記憶を垣間見ただけでも、何十人もの子供達がいた。

他の面々も同様に行ったということは、イビを含めた守護十翼はとんでもない業を背負っているはずだ。

ホルスト・パドグリー。

お前はそれを平然とやってのけたにも関わらず、何食わぬ顔で飄々と微笑んでいられるのか。

「……イビ、君や守護十翼の皆はホルストに立ち向かったりしないのかい?」

ふいに出た言葉に、彼女は目を丸くすると大声で笑い始めた。

「はは、おもしれぇ冗談だ。グランドーク家のアモンみたいにってか。マルバスが聞いたら、顔を真っ赤にしそうな言葉だぜ」

彼女は呆然と立ち尽くすマルバスを横目で見ながら床に落ちていた槍を拾うが、僕は本気だった。

「でも、皆で協力すれば現状を変えるぐらいの……⁉」

「リッド、軽率だぜ」

「う……⁉」

「それ以上、あたしの前で言っちゃいけねぇ」

イビはすっと僕の喉元に槍の切っ先を突きつけた。

「ホルスト様には誰も勝てねぇんだよ。守護十翼だろうが、部族長だろうが、帝国の双剣だろうが。あの人には絶対、束になったところで誰も勝てねぇんだ」

牢宮で彼女は一度も獣化をしておらず、まだ本気を見せていない。

実力を察するに、イビは部族長に勝るとも劣らない実力を持っているはずだ。

その彼女がここまで言うなんて、ホルストの実力とは如何ほどのものなんだろうか。

もしかすると、僕達が絶対に勝てないような『武具』を隠し持っている可能性もある。

何にしても、勝てないと断言する特別な理由があるんだろう。

ごくりと喉を鳴らして息を呑むと、彼女は「それに……」と呟いた。

「あたしは絶対に生きなきゃならねぇんだよ」

彼女はそう言うと、左右のお下げ髪に挿してあった羽を大切そうに触った。

あ……⁉

僕は目を見開いた。

髪に挿してある羽、イビが遊んでいた子達と同じ羽色をしているじゃないか。

「もしかして、その羽……」

恐る恐る尋ねるも、彼女はふっと笑って肩を竦めた。

「さて、幻覚のせいで感傷に浸り過ぎたな。この話はこれで終わりだ。いつフェイが戻ってくるかわからねぇ。マルバスをとっとと起こそうぜ」

イビの雰囲気がガラッと変わった。

もう、過去とホルストのことを話す気はない、ということだろう。

「う、うん。わかった。でも、最後にもう一つだけ聞いても良い?」

「なんだよ」

イビが首を捻ると、僕は決まりの悪さを隠すように頬を掻いた。

「聞いておいてなんだけど、どうして話してくれたの?」

「さぁ、なんでだろうな……」

彼女は思案顔を浮かべると、僕の目を見て「ふふ」と口元を緩めた。

「リッドが優しい瞳をしていたこと。それから、あたしの質問に正直に答えてくれたからじゃねぇか。多分、誤魔化されたら話してなかったぜ」

「そっか。教えてくれてありがとう」

「……気にすんな」

イビは相槌を打つと、呆然と立ち尽くしているマルバスの前に立った。

「さて、リッド。ぼんぼん眼鏡もさっさと起こしてやれよ」

「……そうだね」

僕は頷きつつも、少し気が進まなかった。

イビ同様にマルバスの記憶が僕に流れ込んでくるとなれば、当然だけど『エルバ』が出てくるはずだ。

正直、見たい顔では断じてない。

「どうしたんだ、リッド」

「あ、ごめん。ちょっと考え事をね」

「ん……? あぁ、そういうことか」

イビは何やら察した様子で頷くと、僕とマルバスの間に入った。

「よし、ここは任せろ。あたしも催眠や洗脳魔法を解く方法を知ってんだぜ」

「え、そうなの⁉」

僕が興味津々で身を乗り出すと、彼女は「二言はねぇよ」と相槌を打ってから手を拳にした。

もしかして、術者の手に込めた魔力を強制的に相手に自覚させるのかな。

ちょっと荒っぽい雰囲気だけど、これはこれで面白い魔法だ。

僕が目を皿にして見つめていると、イビは体を大きく捻ってから勢いよく拳を繰り出した。

「おら、起きろ。ぼんぼん眼鏡」

彼女の小さく鋭利な拳は、無防備なマルバスの鳩尾に容赦なく突き刺さる。

あ、これは魔法でも何でもない。

ただの強烈な物理攻撃だ。

ぞっとして青ざめていると、体の浮き上がったマルバスの虚ろだった目が血走り、大きく見開かれた。

「……ぐほぉ⁉」

マルバスは地獄の底から漏れ出た空気のような呻き声を発すると、その場に蹲ってしまった。

「まだ目覚めてねぇか。なら、もう一発……」

イビが彼の頭を掴もうとしたその時、「ふざ、ける……な」とマルバスが咳き込みながらその手を掴んだ。

「なんだよ、起きているならそう言えよ」

「鳥頭。貴様、わざとだな?」

イビが肩を竦める横で、マルバスは鬼の形相でお腹を押さえながらゆっくりと立ち上がった。

「まぁ、揃いも揃ってクソ蝶の幻覚に嵌まったんだ。意識が戻っただけ、ありがてぇと思わないといけねぇぜ。ほら、『イビ様、助けてくれて感謝します』ぐらい言ったらどうなんだ」

「生憎、お前は私に物資の借りが溜まっている。従って、言う必要性は全くない」

「はは、小せぇ野郎だな」

「はぁ……。止めなよ二人とも。それどころじゃないでしょ?」

睨み合いを始めたマルバスとイビ。

ため息を吐きながら二人の間に入ったその時、「へぇ、こんなことは初めてだよ」とどこからともなく聞こえてくる。

僕達がすかさず身構えると、正面広間の中央の床に黒い渦が発生して『フェイこと、白銀の騎士』が暗闇の中からぬっと現れた。