軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リッドとイビの分岐点

「皆、追いかけっこしようぜ」

雲一つない青い空、心地よいそよ風が頬を撫でていく。

風の流れに任せて見渡せば、どこまでも開けた草原が広がっていた。

そして、様々な色合いの羽を背中に生やした子供達が数十人集まって楽しそうに笑っている。

その中で赤い長髪を左右で結んだ女の子が八重歯を見せ、注目を浴びるべく片手を上げて元気な大きな声を発していた。

彼等は僕に全く気付いていないようだ。

心なしか、僕の体は半透明のように見える。

この光景は、イビの記憶だろうか。

フェイの催眠を解くために魔力変換強制自覚を発動したんだけど、何がどうしてイビの精神世界に入り込んだのかな。

もしくは、彼女の記憶を垣間見ているのかもしれない。

赤い髪の女の子には面影もあるし、表情や口調からしてきっと幼い頃のイビなんだろう。

どこかメルと似ている気がした。

「えぇ、追いかけっこするの」

「イビがいっつも独り勝ちしちゃうじゃん」

「そうだよ。かくれんぼとかにしようよ」

集まってきた他の子供達が口を尖らせるも、幼いイビは「それなら」と不敵に笑った。

「皆が鬼で、あたしが独りで逃げるってのはどうだ」

「うー……ん。それならいいかも」

「もう、イビったら。私達の中で一番成績が良いからって調子に乗ってるでしょ」

「そうだよ。ホルスト様の覚えが良いからってさ」

「はは、悔しかったら捕まえてみろよ。あたしが皆に飛び方を教えてやるぜ」

子供達は首を捻ったり、頬を膨らませている。

でも、イビは屈託のない笑顔を浮かべ、どこまでも青い空へと背中の羽を羽ばたかせて舞い上がった。

子供達も後を追うように次々と空へ飛び上がっていく。

青空を泳ぐように。

負けるものかと意気込む子。

言われるがまま、成り行き任せな子。

やれやれと肩を竦める子。

おどおどと自信なさげな子。

やる気なく面倒臭そうな子。

少年少女達はおもいおもいの表情を浮かべているけど、誰一人として暗い顔はしていない。

きっとイビのことが大好きな子達なんだろう。

だけど、彼女が率いていた守護十翼【ブルートリッター】の面影を持つ子はいないみたいだ。

「ほらほら、あたしを捕まえてみな」

「待てったら」

一人の男の子が空で背後から迫ってくると、イビは両手両足と羽を大きく広げて急減速しながら、ふわりと宙返りをしてみせた。

さながらその姿は、戦闘機が繰り出す空戦軌道【マニューバ】の『コブラ』みたいだ。

男の子が伸ばした手は空を掴み、頭上を回転していくイビに目を丸くしている。

「な……⁉」

「あっはは、その程度で捕まるあたしじゃないぜ」

イビは大空を自由自在に飛び回りながら、呆気に取られている子供達を見てニヤリと笑った。

「皆、どんどんこいよ。もっと凄いの見せてやるからさ。それに、ちゃんと後でやり方を教えてやっからさ」

「本当⁉」

「よし、皆で全方向から追いかけようぜ」

「うん。いくらイビちゃんでも、私達をずっと一人では相手にできないもん」

子供達は目配せして頷き合うと、勢いよくイビに向かって飛んでいった。

その様子は鳥たちが空を謳歌し、戯れる姿そのものだ。

イビはずっと楽しそうに笑っている。

あんな表情、出会ってから一度も見たことがない。

「またここにいたね。探したよ、イビ」

不気味なくらいに優しい声が聞こえて、ハッとすると僕の背後に目を細めているホルスト・パドグリーが立っていた。

ハッとして警戒するも、彼の視線は空を飛ぶイビにしか向いていない。

あ、そっか。

これはイビの記憶か何かだったんだ。

胸を撫で下ろしていると、イビが嬉しそうに空から降りてきた。

「ホルスト様。見てください、あたし、皆から逃げ切っていたんですよ」

「あぁ、見ていたよ。とっても上手に飛んでいたね」

ホルストは慈愛に満ちた表情を浮かべると、彼女の頭に手をぽんと優しく置いた。

「イビ、君は本当に素晴らしい。さすが一族の血を色濃く継いだ子だ」

「本当ですか⁉ へへ、ありがとうございます」

彼女がはにかむと、ホルストは周囲の子供達を見回した。

「……そろそろ、イビと皆には次の段階に進んでもらおうかな」

「次の段階……? あ、訓練のことですか。任せてください、あたしは誰にも負けませんから」

「心強いね。イビの活躍を楽しみにしているよ」

「はい、お任せください」

力強くイビが答えると、周囲の子達が頬を膨らませ、口を尖らせた。

「ホルスト様、僕達だって負けませんよ」

「そうです。私達だって一族の血を引いてます」

「イビちゃんは確かに飛び抜けているけど、私達だって頑張れます」

子供達に囲まれると、ホルストは「そうだね、皆に期待しているよ」と優しく微笑み掛けている。

でも、僕は彼の目にぞっとするほど薄ら寒いものを感じた。

表情こそ慈愛に満ちているけど、目の奥に感情が籠もっていない。

父上や母上が僕に微笑み掛けてくれるとき、いつも目の奥には暖かい灯りがあったのに。

イビや子供達はそのことに全く気付いていないようだ。

嫌な予感に胸がざわめいていく。

次の段階って、ホルストはイビとこの子達に何をやらせたんだろう。

『やめろ。もういい、もうたくさんだ』

急にイビの悲痛な叫びが響き、閃光と共に映像が消えて僕の意識が覚醒する。

ハッとすると胸元に強い衝撃が走って、僕は「ぐ……⁉」と呻き声が漏れてしまう。

何事かと見やれば、イビが「はぁはぁ……」と肩を上下させながら鬼の形相で凄み、僕の胸元を掴んで持ち上げていた。

「リッドてめぇ。あたしに何をしやがった⁉」

「な、何も、してない、よ。フェイの幻覚魔法か何かを解くため、イビの両手を掴んでいた、だけさ」

「幻覚魔法、だと」

イビが鬼の形相のまま首を捻ると、「そうだよ」と頷きながら側にいるマルバスを見るよう目配せした。

「ほら、彼だって呆然と立ち尽くしているだろ。フェイの奴、倒された振りをして僕達を幻覚の罠にはめたんだよ」

「……そういうことか。胸くそわりぃ」

彼女は嫌悪感をあらわにして吐き捨てると、僕を降ろして胸元から手を外した。

「悪かったな、リッド」

「けほけほ……大丈夫。僕も目を覚ました時は混乱したから」

咳き込みながら頭を振ると、イビは「……ところでよ」と神妙な面持ちを浮かべて自身の両手を見つめた。

「あたしの手を掴んだ時、何か見たか」

「え……?」

唐突な質問で、僕は一瞬固まった。

誤魔化すこともできなくはないけど、イビの眼差しからは試されているような、そんな雰囲気があった。

下手な答えをすれば、取り返しがつかなくなるような。

それこそ、二度と彼女とわかり合えなくなってしまう、そんな気がした。

「……黙っててもわからねぇだろ。それとも答えられねぇのか。いや、あたしには答えたくねぇよな」

イビは肩を竦め、いつものように悪態を吐く。

その声には、普段とは違う悲哀のようなものが籠もっているような気がした。

でもその時、ふと脳裏に既視感が走る。

彼女と似た眼差しと声、僕はよく知っている……どうしてだろう。

自問自答すると、『お兄ちゃん、優しい瞳をしているんだね』という女の子の声が脳裏に蘇ってきた。

そうか、そうだったね。

既視感の正体を察した僕は、答えを決めて恐る恐る「えっとね……」と切り出した。