軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リッドとアステカ

「じゃあ、リッド。俺は線を越えた向こう側で待ってるぜ。屋敷まで『それ』に乗せてくれよ」

彼が指し示したのは『被牽引車』だ。

「ヴェネを乗せておきながら、俺は乗せられねぇってことはさすがにねぇだろ?」

「もちろんです。では、手続きが終わってそちらの領地に入り次第、車内にご案内しますね」

「おぉ、楽しみにしてるぜ」

アステカは口元を緩めると踵を返し、僕達に背中を向けて手を振りながら馬人族領内に足を進めていった。

「……リッド。アステカ殿をどうみる?」

アモンが顔を寄せて耳元で囁いた。

「さてね。ホルストみたいな敵意や怪しさは感じないけど、何を考えているかわからないかな」

僕が肩を竦めると、側に控えていたティンクが「お二人とも、お気を付けください」と小声で発した。

「あの手の人物は、隙を見せれば容赦なく足元をすくってきます」

「ティンク殿の仰るとおりです。何度かお会いしましたが、いま確信しました。アステカ殿は口調や雰囲気は違えど、本質的にはザック様に通じる部分を感じます」

カペラの言葉に僕はぎょっと目を丸くした。

「ザックって、あの『ザック・リバートン』のことでしょ。それはさすがにいいすぎじゃない?」

『ザック・リバートン』とは、レナルーテ王国の暗部こと『忍衆』をまとめあげているリバートン家の現当主だ。

ちなみに、ファラの母であるエルティア義母様【かあさま】はリバートン家出身でもある。

「いえ、あの目に宿る眼光はザック様に通じるものがあります。お二人とも、どうかお気を付けください」

「わ、わかったよ」

「私も心得た」

カペラに真剣な眼差しを向けられ、僕とアモンはごくりと喉を鳴らして頷いた。

もしかして、馬人族領を最後に訪れたのは失敗だったのかも……ズベーラ外遊の最後に、思わぬ伏兵……いや、この場合は『穴馬』か『ダークホース』の出現と言ったほうが正しいか。

何にせよ、僕達のアステカに対する緊張感は一気に高まった。

「はは、おもしれぇ。意外といい乗り心地じゃねぇか、この車ってのはよ」

被牽引車内において、馬人族部族長のアステカ・ゼブラートがご機嫌に笑っている。

彼の隣に座る僕はというと、内心苛立ちながら平静を装いながら笑顔で告げた。

「アステカ殿。何度もお伝えしていますが、前の座席に足を乗せるのはやめてください」

「なんだよ、かてぇこというもんじゃないぜ。どうせ、前には誰も座ってねぇじゃねぇか」

彼は悪びれずに肩を竦め、やれやれと頭を振る。

僕はこめかみがぴくりとするが、怒りの感情を押し殺して目を細めた。

「そういう問題じゃありません。乗車のマナー、言うなれば礼儀や品性の問題です」

「ほう、リッドは俺に礼儀や品性がないって言いたいのか?」

「そうですね。私の指摘を頑なに聞かず、今の姿勢を維持するのであれば結果そういうことになるのではないでしょうか」

動じずに笑顔で返すと、僕と反対側でアステカの隣に座っていたアモンが咳払いをした。

「アステカ殿、慎んで下さい。獣人族全体の品位が疑われます」

「おぉ、アモンも言うじゃねぇか」

アステカは目付きをにやりとさせ、舐めるように僕達を交互に見やってから「はは」と噴き出して足を座席から下ろした。

「この俺様を前にしても動じず、睨み返してくるとはな。やっぱり、お前達は面白い奴だぜ」

彼はそう言うなり、僕とアモンの肩に手を回して抱き寄せながらげらげら笑い出した。

「お褒めに与り光栄ですけど、アステカ殿はもう少し言動に気を使ったほうがよいのではありませんか。相手が相手なら心象は最悪ですよ」

「リッドの言うとおりです。部族長がこんな言動をしていたら獣人族が偏見の目で見られかねません」

僕はむっとしながら肩の手を軽く払いのけると、反対側のアモンも顔を顰めながら彼の手を払いのける。

アステカは、手持ち無沙汰になった両腕を組みながら背もたれに体を預けた。

「へへ、ご心配痛み入るぜ。だがまぁ、ちゃんと相手をみてやってるから安心しろ。リッドはあれだ。人を見た目や種族、言動で判断する奴じゃねぇだろ?」

「それはそうかもしれませんね。ですが、心象は悪くなりますよ。私の心も人並みのものなので」

「くっくく。どいつもこいつもリッドの並の心を持ってんなら、世の中はもっと平和で安寧になっているだろうぜ。なぁ、アモン」

「……お答えは控えさせていただきます」

「なんだよ、そのつまんねぇ答えは。逆に爆笑ものだな」

アステカはアモンの答えを聞くなり、大声でげらげらと笑い出した。

彼は被牽引車に乗ってからずっとこんな調子だ。

いや、最初はもっと酷かった。

『なんだこの広さは狭くて寝れやしねぇじゃねぇか。しかも、女もいやしねぇ。おい、そこのメイド二人、俺の両隣に座って酌してくれ。酒、あるんだろ?』

乗って最初の言葉がこれだったものだから、僕達は唖然としたのはいうまもでない。

なお、彼が呼びかけた『メイドの二人』というのはティンクとニーナのことだ。

『アステカ殿、ここはバルディア家管理の被牽引車内です。ズベーラ国内であっても、外交上はバルディア領として考えるべきでしょう。軽はずみな発言、判断が鈍る軽率な飲酒は控えてください』

アモンが畏まって指摘してくれたけど、彼はやれやれと頭を振ってため息を吐いた。

『じゃあ、なおさらだろ。俺はバルディア領を訪れた部族長、言うなれば来賓だ。接待するのは当然じゃねぇか。それともなにか、リッドのとこじゃ来賓に接待もしねぇのか』

『なるほど、接待がご希望でしたら名代を預かった私が隣に座りましょう。自分で言うのも何ですが、バルディアで実質二番目と言っても差し支えない立場にあります。お話しをしたいなら、いくらでも聞きましょう。アモン、君は反対側に座ってくれ』

『わかった。そうしよう』

『なんだよそりゃ。じゃあ、せめて可愛らしい小姓っぽく女装でもしてくれ』

『……車から蹴落としますよ』

僕が目を細めながら睨み付けると、アステカもさすがに言い過ぎたと思ったらしく渋々ながら了承してくれた。

こうして僕とアモンがアステカの両隣に座り、現在に至っているというわけだ。

急に押しかけてきたヴェネもかなり強引だったけど、アステカと比較すると彼女はまだまだ可愛らしくて常識人だった気がする。

ため息を吐いて車窓から外を見やれば、馬人族領の景色が目に飛び込んでくる。

馬人族領は見た感じだと木々は少なく、果てしない草原地帯という感じだ。

ただ、自然的な草原というわけではないらしく、時折馬人族と思われる人達が草原を整備しているのが見えた。

事前情報で馬人族領は運送業以外にも『畜産』に力を入れているそうだから『飼料となる牧草』として収穫しているのかもしれない。

車窓から見えた馬人族の人達の服装はゆったりとした大きめの長袖の上着にスリットが入っていて、下は長ズボンという作業しやすい格好だった。

時折、アステカと似た軍服っぽい服装をしていた人達もいたけど、おそらく彼等は身なりからして豪族だと思われる。

「ところでよ、アモン。ラファはどうしたんだ。あいつにも酒の酌をしてもらおうと思って楽しみにしてたんだぜ?」

「残念ですが、姉上は狐人族領で私が不在の間は部族長代理をお願いしております。ご存じありませんでしたか?」

「なんだってぇ⁉ そりゃないぜ」

アモンが淡々と告げると、アステカは大袈裟に驚いた様子を見せてから再びげらげらと笑い出した。

言動から察するに、彼はラファのことを知っていたんだろう。

それにしても……いつまで続くのかな、この状況。

さすがに疲れを感じ始めたその時、アステカが「お……⁉」と座席から身を乗り出して車窓から外を見つめた。

「案外、早かったな。おい、リッド、アモン。俺の屋敷が見えてきたぜ」

「え、本当ですか」

僕とアモンは席から立ち上がって車窓から外を見やると、アステカは「あそこだ」と指を示した。