軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

馬人族領の部族長

「いえ、何でもありません。それよりも、皆様ご苦労様でした。見た感じ、怪我はされてないようで安心しました。もしよければこのまま少し休憩されますか。美味しいお菓子や飲み物をご用意いたしますよ」

僕がそう言って微笑み掛けるも、イビはふっと口元を緩めて首を横に振った。

「残念ながら、今は任務中ですので遠慮させていただきます。それと、魔物の集団は排除しましたが、いつまた現れるかわかりません。すぐに出発いたしましょう」

「……わかりました」

頷くと、僕はカペラ達と騎士達に目配せした。

彼等はすぐに意図を察してくれ、周囲が慌ただしく動き出す。

「では、我らは再び空の監視に戻ります。いけ、お前達」

イビが指示を出すと、守護十翼【ブルートリッター】の面々はこくりと頷き、翼を一斉に羽ばたかせた。

風が吹き荒れ、砂埃が舞い上がると同時に彼等は大空へと飛び上がる。

そして、瞬く間に雲の中に消えていった。

「さて……」

地上に一人残ったイビは僕の前にやってくると、にこりと微笑んだ。

「リッド様、少しだけお耳をよろしいでしょうか」

「……えぇ、構いませんよ」

ティンクとカペラが警戒するも、僕は二人を制して頷いた。

彼女は口元を緩めると、耳元にゆっくりと顔を寄せてくる。

「覗き見は楽しかったですか?」

「……さて、なんのことかな?」

僕が素知らぬ顔で肩を竦めると、彼女はにやりと不敵に笑った。

「あれが私達の本気と思わぬことです。個人的な諫言になりますが、バルディア領と命が惜しくば、これ以上獣人国に深入りはしないことをお勧めします」

「それは……」

ホルストが関わっているのか? そう尋ねようとしたところ、彼女は僕の口の前に人差し指を示して首を横に振った。

「口は災いの元。せいぜい、群れからはぐれた小鳥を大切になさってください。人に盗られたり、飛び出して逃げられぬよう篭に入れて、ね」

イビは横目でちらりとアリアを見やると、顔を上げて一礼した。

「では、これで私も失礼します。準備が整い次第、出発してください。合図は不要です」

「ちょっと待って。まだ、聞きたいことが……⁉」

ハッとして制止するも、彼女は翼を羽ばたかせて空へと舞い上がってしまう。

大空に消えてくイビを見上げていると、アリアがこちらにやってきた。

「……お兄ちゃん、イビお姉ちゃんを追った方がいいかな?」

「いや、大丈夫だよ。ありがとう、アリア」

僕は彼女の頭を優しく撫でながら、イビが発した言葉の意味に考えを巡らせていた。

馬人族領に向けて出発後、魔物の集団が再び現れることはなく、僕達一行は無事に馬人族領と鳥人族領の関所に辿り着く。

でも、イビを含めた守護十翼の面々は地上に降りてくることはなかった。

イビの『バルディア領と命が惜しくば、これ以上獣人国に深入りしないことをお勧めします』という言葉。

あれの真意を尋ねたかったから、もう一度彼女と話をしたかったんだけどね。

ここの関所は鳥人族と馬人族が共有で管理しているそうで、敷地内に白くて大きな国境線が引いてある。

いま僕達が立っているのは鳥人族領側で鳥人族の兵士達が並び立ち、線の向こう側は馬人族領で馬人族の兵士達が整列している状況だ。

面白いことに、引かれている大きな国境線を前に馬人族の兵士、鳥人族の兵士、それぞれ一人ずつ立って互いに挑発する仕草をしている。

互いにしかめっ面をして睨み合ったり、『かかってこいよ』と大袈裟な身振り手振りで牽制し、最終的には揃って鼻を鳴らすような仕草で踵を返す……というのが一連の流れだ。

滑稽な踊りのようで見ていて飽きないし、楽しい。

周囲の兵士達や国境を越える人達も彼等の仕草を見て笑っている。

国境線を互いに超えることはできないから、兵士達の暇つぶしや遊びから発展した文化なのかもしれない。

被牽引車を降りて手続きを進めていると、鳥人族の兵士がこちらにやってきた。

「リッド殿。ホルスト様より書簡を預かっております。この度は本当に申し訳なかったとのことです」

「いえいえ、会談は都合がつけばいつでもできます。私達のことは気にせずに領内のことを優先してくださいと、ホルスト殿にくれぐれもよろしくお伝えください」

「畏まりました。必ず申し伝えます」

書簡を受け取って微笑み掛けると、兵士は敬礼をして下がっていった。

鳥人族の兵士達を見ている限り、僕達に敵意を抱いているわけじゃないのは確かだ。

守護十翼の実力も計り知れなくて危険だけど、鳥人族の部族長ホルスト・パドグリー。

やっぱり、領民や兵士達の知らない思惑や裏の顔がありそうだなぁ。

受け取った手紙を懐に入れたその時、「よぉ、リッドにアモン」と粗暴で妙になれなれしい口調の声が聞こえてきた。

この声、こんな口調で僕達の名を呼んでくるのって……⁉

ハッとして声が聞こえた場所に振り向くと、そこには無造作に伸ばした赤茶の長髪と細く鋭い目付きに水色の瞳をぎらつかせ、顎には無精髭を蓄えた浅黒い肌の人物が立っている。

あからさまに柄が悪そうな顔立ちをしているが、彼は軍服のような服装で身なりはきちんとしていて首元に赤いスカーフ、腰には赤い帯を巻いていた。

彼は僕と目が合うなりにやりと口元を緩め、堂々と国境線を踏み越えてこちらにやってくる。

「狐人族領の隣にあるってのに最後に訪問ってのは、やっぱりどうかと思うんだよなぁ。こちとら、首をなが~くしすぎて待ちくたびれたぜぇ」

「申し訳ありません。ご無沙汰しております、アステカ・ゼブラート殿」

そう、この柄が悪そうな顔立ちかつ粗暴で妙になれなれしい口調の人物こそ、馬人族部族長アステカ・ゼブラートその人だ。

彼の言う待ちくたびれたというのは、狐人族領の南側に位置するのが狸人族領、反対の北側に位置するのが馬人族領で、今回の外遊日程では南側からぐるりとズベーラを回ってきたことを差している。

一応、事前に最後に訪問する連絡はしていたんだけど、アステカの直筆らしいすっごい達筆な文字で嫌みと文句が大量に綴られた長文の手紙が返ってきた。

最後には『しょうがないから、納得してやる。これは貸しだぞ』と書かれていたけど。

「はは。そう畏まるな、リッド、アモン。俺のことはアステカって呼んでくれ。言葉も崩してくれていいぞ。ヴェネのところでもそうだったんだろ?」

僕とアモンが会釈すると彼は笑顔でずかずかと僕の側にやってきて、ばんばんと背中を叩いてくる。

「よ、よくご存じですね」

アモンが困惑しながら聞き返すと、彼は目の奥を光らせた。

「馬人族の情報力を舐めちゃいけねぇよ。ズベーラ国内、蜘蛛の巣のように荷物を運んでんだからな。お前達の活躍、いろいろと小耳に挟んでるぜ」

アステカはそう告げると、僕達一行をじろりと見てきた。

馬人族は獣人族の中で最も脚力の持続力が優れた部族らしく、その特徴を生かしてズベーラ国内全土の輸送業務を一手に引き受けているそうだ。

各国の出入りが多ければ、自然と様々な情報に触れる機会が多くなる。

当然、輸送業務と合わせて情報収集も行う意識を持てば、得られる情報は膨大になるはずだ。

もしかすると、今まで各部族領での行いは彼の耳に全て届いているかもしれない。

「あ、あはは。かし、いえ、わかりました。では、そうさせてもらいます」

「おぉ、話がわかるじゃねぇか」

僕が苦笑しながら相槌を打って口調を崩すと、アステカはご機嫌な様子で笑い出した。

この手の人は、懐に飛び込むつもりでいったほうが案外仲良くできたりする……と、前世の営業経験が語りかけてくる。

「アステカ様。お立場はわかりますが、そう易々と国境線を踏み越えないでください。両部族間での決めごとでございます」

鳥人族の兵士の一人が慌てた様子で告げると、「あぁ、はいはい」とアステカは面倒臭そうに肩を竦めた。