軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

姉妹の邂逅

「では、リッド殿。我らが先導いたします故、付いてきてください」

「わかりました。イビ殿、守護十翼の皆さん、道中よろしくお願いします」

イビの言葉に頷いて見渡すと、彼等は畏まって頭を軽く下げてから一斉に空へと舞い上がった。

強い風が吹き荒れ、地上に残ったのはイビだけだ。

「私はリッド殿達が目に見える範囲で飛びますが、残りの者は高い位置から魔物の警戒にあたります」

「了解です。私たちも木炭車で出発しますね」

彼女の言葉に頷きながら目くばせすると、カペラとティンク。

クリス達は即座に反応し、一行が慌ただしく出発準備に取り組んでいく。

「待って、イビお姉ちゃん」

空から可愛らしい声が聞こえて振り向けば、そこにはアリアの姿があって僕は目を丸くした。

「アリア……⁉ 君には、他の子達と一緒にクリスティ商会の護衛をお願いしていたはずだよ」

「リッドおに、じゃなかった。リッド様、ごめんなさい。どうしても、イビお姉ちゃんと話がしたくて……」

彼女は今回、あえて後方のクリスティ商会の護衛にさせていた。

空を飛ばずに地上を歩くように、とも指示している。

理由は、ホルストや彼の息が掛かった連中からアリアを遠ざけるためだ。

アリアはパドグリー家における強化血統の血筋を持つ女の子。

どのような経緯でバルストに売られたのかは定かではないけど、僕が出会った時の彼女とその妹達はかなり衰弱していた。

『バルディアに流れ着かなかったら、アリアと妹達は衰弱死を迎えていた』と、彼女達の状態を看たサンドラや医者のビジーカ達は口を揃えて言っていたほどだ。

推測の域は出ないけど、多分、アリア達は『死ぬことを前提』としてバルストに売られたんだろう。

それがバルディアで生きていたとなれば、パドグリー家における強化血統の血筋が外部に漏れたことになるはずだ。

実際、ズベーラ王都でホルストが『アリア達を返してくれませんか?』と言ってきたこともある。

即答で断ったけど、バルストに彼女達が売られた経緯が彼とアリア達で話が異なっていた。

おまけにホルストは怪しげな魔法か何かで、僕に暗示も掛けてきている。

『鳥人族に関わるな』と言わんばかりに、だ。

こうしたことから、ホルストとアリアを引き合わせる考えはなかったし、獣化訓練も鳥人族は見合わせるつもりだったのに。

「……アリアか。久しいな」

イビが冷たい視線を向けるも、アリアは一歩も引かずに彼女の目を見据えて切り出した。

「前も言ったけど、皆でバルディアに来てほしいの。リッド様は優しいし、ご飯も美味しいくて私達を『失敗作』とか酷いことを言う人もいないの。だから、お願い」

アリアの言葉が関所内に響くと、鳥人族の兵士達がざわついた。

意図はどうあれ、ホルスト直属かつ強化血統で固められた守護十翼【ブルートリッター】を率いるイビを勧誘したんだ。

驚愕した、というところだろう。

まぁ、僕も驚いてはいるけどね。

実のところ、アリアから何度もイビやイリア達の受け入れについての相談を受けていて、その際に僕はこう答えている。

『難しい問題だけど、もし本当にイビやイリア達が望んでバルディアに来たいというなら、僕が何とかするよ』、とね。

それとなく周りを見やれば、ティンクとカペラは難しい顔をしている。

二人は僕よりも外交問題を考えることが多いから、この状況は内心穏やかじゃないのかもしれない。

「アリア……」

イビはふっと表情を緩めて歩み寄ると、アリアの頬に優しく手を添えた。

「……お前はパドグリー家の恥さらしだ」

「え……?」

アリアがきょとんと首を傾げたその時、関所内に平手打ちの音が轟き、アリアは尻もちを付いてしまった。

「お、お姉ちゃん……?」

目を瞬いてアリアが見つめると、イビは鬼の形相で凄んだ。

「心無い豪族の手でバルストに奴隷として売られたことは同情しよう。だが、分家とはいえお前にもパドグリー家の血が流れているはずだ。その矜持を忘れて異国に絆されるだけに飽き足らず、あまつさえ私やイリア達に来い、だと? 恥知らずにも程がある」

イビが発した耳をつんざく怒号は魔波となって吹き荒れ、砂煙を巻き起こし、全身にびりびりとした振動が伝わってくる。

「で、でも、私はイビお姉ちゃんの歌声をまた聞きたいんだもん」

「まだいうか。ならば、二度と口を開けぬよう、その喉元を切り裂くまでだ」

アリアが怯まずに立ち上がって怒号を返すと、イビは腰の帯剣を抜刀して一気に詰め寄っていく。

咄嗟に「駄目です」と叫んで、アリアの前に仁王立ちで割って入った。

僕の目と鼻の先に剣の切っ先が突き出され、関所内からどよめいて殺伐とした雰囲気が流れる中でイビから凄まれる。

「……リッド殿。恐れながら、どういうおつもりでしょうか。これはパドグリー家の問題です」

「お、お兄ちゃん」

アリアが背中で心配そうに呟くけど、僕は『大丈夫』と目を細めた。

ティンクとカペラも出てこようとしたのが視界に入ったけど、二人にも『出てこなくていいよ』と目くばせして制止する。

二人には後で怒られそうだなぁ。

そう思いつつ、僕はイビに向き直った。

「確かにアリアはパドグリー家の血筋かもしれません。しかし、今はバルディアの……いえ、僕の大切な守るべき家族の一人です」

「家族……?」

イビが眉を顰めるも、「はい、家族です」と僕は微笑んだ。

「国、貴族、華族、豪族……その数だけ考え方は様々でしょう。私個人は、バルディアへ献身的に仕えてくれる者は家族と考えております。従いまして、アリアは私の妹だとお考えください」

「そのような考え方は聞いたことがありません。リッド殿は、随分と特異な考えをされる方のようですね」

「はは、よく言われます。だから、型破りな風雲児なんて呼ばれるんでしょうかね」

頬を掻きながら苦笑すると、イビは黙って僕の目を真っすぐに見据えてきた。

何だか、見定められているような気分だ。

ややあって、彼女は鼻を鳴らして剣をおろした。

「……興がそがれました。それにリッド殿がアリアを妹と仰るのであれば、どちらにしても私は手を下すことはできません」

「分かっていただけて良かったです」

僕が微笑みかけるも、彼女は眉を潜めたままアリアを凄んだ。

「だが、アリア。お前が恥さらしであることに変わりはないぞ」

「イビお姉ちゃん……」

「お前に会うことがあれば、パドグリー家に戻るよう説得するようにと、ホルスト様に言い渡されていた。しかし、パドグリー家の矜持も忘れ、異国に絆された貴様などこちらから願い下げだ。二度と私のことを姉と呼ぶな、虫唾が走る」

「そ、そんな……⁉」

アリアが困惑した表情を浮かべると、イビは鞘に剣を収めてこちらに背中を向けた。

「群れからはぐれた小鳥は、いずれ大鷲に襲われる。空を飛ぶときは、せいぜい気をつけることだな」

彼女は小声で呟き、「では、先導します」と続けて空へ舞い上がった。

「どうして、どうしてなの。イビお姉ちゃん……」

アリアはその場に両ひざをついて泣き出してしまう。

「大丈夫だよ、アリア。きっと、イビにも事情があるんだ。いずれ、分かり合える時がくるさ。僕も可能なかぎり協力するし、ね?」

「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」

彼女に寄り添って励ましていると、ティンクとカペラが「リッド様、アリア」と駆け寄ってきた。

「リッド様、無茶なことはしないでくださいませ。心臓が止まるかと思いました」

「ティンク殿の仰る通りです」

「あはは、ごめんね。ティンク、カペラ」

頬を掻きながら謝ると、二人は深いため息を吐いてアリアを見やった。

「貴女もですよ、アリア。何のため、リッド様が目立たないよう配慮したと思っているんですか」

「故郷の姉妹を想う気持ちはわかりますが、それで貴女が危険に陥っては本末転倒。リッド様に家族と言われた以上、心配をかけるような真似は厳に慎んでください」

「ご、ごめんなさい」

しゅんとしてアリアが俯くと、ティンクがふっと表情を崩して彼女が優しく抱きしめた。

「でも、とても凛々しくて素敵な姿でした。私は心優しい貴女を誇りに思います。パドグリー家の矜持なんて気にしなくていいですからね」

「あ……。う、うん。ありがとう」

アリアはティンクの腕の中で頬を赤らめ、嬉し恥ずかしそうにこくりと頷いた。

二人の姿を微笑ましく見つめていると、カペラがすっと耳打ちしてきた。

「……リッド様、アリアとイビのやり取りですが、空に舞い上がった守護十翼からも注目を浴びていたようです」

「みたいだね、僕も感じていたよ」

それとなく空を見上げるも、彼等の姿は見えない。

遠くから覗いていたのか。

はたまた、雲の中に隠れているのかもしれない。

「やはり、鳥人族は気を付けたほうがよさそうです」

「うん、そうだね。それから鳥人族領にいる間、アリアには僕の警護をしてもらおう。小鳥を狙う大鷲がいるらしいからね」

「承知しました」

カペラが頷くと、僕はイビが飛び上がった方向を見上げた。

少し高い場所にはイビがいて、こちらの準備を終わるの待っているようだ。

さっきのイビとアリアのやり取り。

言葉だけで受け取れば、イビがアリアに絶縁を言い渡したことになる。

でも、裏の意図があるような部分も見受けられた。

そもそも、あの場でアリアが最初にしたイビに対する『勧誘』的な発言は鳥人族からすれば許せるものではない。

外交問題に繋がりかねない内容だったけど、イビが激しい言動で跳ね除けて絶縁を言い渡したことで、アリアがした発言はうやむやになっている。

ホルスト、イビ、イリア、守護十翼の面々。

彼等にも色々な思惑があるみたい。

バルディアにとって誰が味方で、誰が敵なのか。

この短い間でも、できる限り見極めておく必要がありそうだ。

イビに向かって軽く手を振ると、彼女は上空で待機したまま何も言わずに会釈してくれた。

せめて、君は味方であってほしいな、イビ・パドグリー。

僕は心の中でそう呟くと、アリア達と一緒に木炭車に乗り込んだ。