軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

対ヨハン戦にむけて

「リッド様。いささか踏み込みが足りませんな」

「よく言うよ。懐に入り込む隙すらみせないくせに」

無手で腕を組むカーティスを前に、片手に木刀を持つ僕は肩で息をしながら頬を膨らませた。

僕はいま、新屋敷内の訓練場で第二騎士団の指揮官であるカーティスと近接特化の訓練中だ。

普段と違うのは、ヨハン戦対策として『身体強化系』だけを使用している。

しかし、レナルーテの由緒ある武家こと『ランマーク家』の前当主にして、アスナの祖父。

過去にはレナルーテの軍を率いたこともあるというカーティスの実力は凄まじく、僕が子供扱いだ。

いや、今も子供なんだけどさ。

「リッド様、頑張ってください」

可愛らしい声に反応して横目でみれば、少し離れたところにはファラやアスナをはじめ、サンドラ、ジェシカ、カペラ。第二騎士団副隊長格の子達も応援してくれている。

でも、皆は応援するために集まっているわけじゃない。

アスナをはじめとする武闘派の面々は対戦相手の多様性を確保するために集まってもらっているし、ファラとサンドラは魔力回復薬を常備した回復役をになってくれている。

母上とファラにズベーラの獣王戦にバルディア家が招待され、その場で本戦前に行われる前哨戦に僕とバルディア騎士団の団員が参加がすること。

そして、僕が対戦する相手こと『ヨハン・ベスティア』に負けた場合、将来的にバルディア家と時の獣王を輩出した部族との縁談が決定してしまうことを告げてから数日が経過した。

縁談の件は、バルディア家でも一部の人にしか知らされていない。

でも、僕が獣王戦に前哨戦とはいえ参戦することに加え、帝国とバルディアの威信を賭けて『絶対に負けられない戦い』だと皆に周知されている。

狐人族領から帰ってくると、普段であればバルディア領内で溜まった事務や報告書の作製に追われるんだけど、今回は僕が強くなる『修行』の方が重要視された。

僕がするはずだった事務仕事のほとんどは執事のガルンが請け負い、確認作業もファラがしてくれることになっている。

おかげでこの数日間、僕は一日の時間をほとんど訓練に充てることができていた。

そうした状況下、皆に格好悪いところはみせられない。

額から流れる汗を服の袖で拭って立ち上がると、僕は木刀を正眼に構えて彼を見据える。

その様子を見てか、カーティスは不敵に笑った。

「相変わらず、良い目をしております。しかし、リッド様。本来、隙というものは相手の油断や慢心からくるもの。もしくは偶発的なもので得られるものです。従いまして、このような一対一の状況下で隙はそうそう望めませんぞ」

「言ってることはわかるよ。でも、どうしろっていうのさ」

僕だって通常の相手であれば、攪乱して隙を見つけていくことはできる。

だけど、父上やカーティスみたいな近接戦の強者には、どんな手を使っても簡単に隙を作ることはできない。

「では、一つ手本を見せましょう」

「手本……」

僕が眉をぴくりとさせると、カーティスはにこりと頷いた。

「隙を作り出したいなら派手でも何でも、相手が想像できないような意表を突くことです。ほれ、このように……」

彼はそう言うと、ゆっくりと右足をあげていく。

僕が息を呑んで身構えたその時、カーティスは「畳み返し」と呟いて右足を地面に下ろした。

次の瞬間、僕が立っていた地面周辺にまで亀裂が入って大地が立ち上がる。

その様は、まさに『畳み返し』そのものだ。

「うそ⁉」

予想外の出来事に僕は素っ頓狂な声を出してしまうが、それは応援してくれていた皆も同様らしく、歓声というか驚きの声が聞こえてくる。

レナルーテは日本っぽい文化だし、畳もあったから『畳み返し』という技があってもおかしくはない。

でも、地面を畳に模して強制的に返すと言うのはやり過ぎでしょ。

立っていた地面が立ち上がっていくことで、平坦だったはずの大地に凄まじい傾斜ができていく。

とても立ってはいられない。

「このままじゃ危険だな」

この場から跳躍して態勢を整えるべく、カーティスの位置を把握しようとするが、その姿がどこにも見当たらない。

「あ、あれ……?」

周囲を見渡しても見つけられなくて困惑したその時、背後に気配を感じて戦慄が走った。

「リッド様、どこをみておられます。私はここです、ここにおりますぞ」

「く……」

咄嗟に振り向いて木刀を振るうが、カーティスは黒い魔力を纏った布でいとも簡単に防いでしまう。

魔力付与をすることでただの布を鞭、棒、槍の如く自在に操る彼お得意の魔布術だ。

「意表を突き、隙を作るとはこういうこと。ご理解いただけましたかな」

「うん、参考にさせてもらうよ。こんな感じかな」

僕はにこりと頷くと、木刀を彼の影に突き刺した。

その瞬間、カーティスの表情が曇る。

「これは、リバートン家の技……⁉」

「そう、カペラ直伝闇属性魔法の『影縫い』さ」

闇属性魔法の『影縫い』とは、レナルーテ暗部が得意とする闇魔法の一つらしい。

闇属性の魔力を武器に込めて影に刺すことで、相手の身動きを短時間止めることができるというものだ。

ただし、相手の魔力量や身体能力によってはあまり効果は期待できない。

「普段のカーティスなら、この拘束はすぐに解けるでしょ。でも、意表を突いた今なら、即座には解けない。違うかな」

僕が右手を手刀にすると、赤い炎のような魔力が発せられて揺らめきはじめる。

「なるほど。これは一本取られましたな」

「カーティス。この勝負、僕の勝ちだ。道破・灼熱魔装拳【しゃくねつまそうけん】」

彼の鳩尾に手刀を抉り込むべく突き出すが、黒い魔力に覆われたカーティスの手に止められてしまう。

「残念ですが、一歩足りませんでしたな」

「……それは少し大人気ないんじゃないかな」

見やれば、カーティスの全身が黒い魔力で覆われている。

彼は咄嗟に闇属性の『身体強化・月華』を発動したのだろう。

「いえいえ、これもまた経験。格上相手に知られている魔法を使っては、このようにすぐに対処されてしまいます。他の者であれば有効だったでしょうが、相手が悪かったですな」

カーティスは目を細めると、さっと僕を両腕で抱きかかえた。

「わ……⁉」

「ちょいと失礼しますぞ」

彼は僕を抱きかかたまま、崩れはじめた足場から跳躍する。

そして、ファラ達がいる場所に降り立った。

カーティスが僕を丁寧に地面に立たせると、心配顔のファラがやってくる。

「リッド様、ご無事ですか」

「う、うん。大丈夫だよ」

「よかったです。では、早速こちらをお飲みください」

彼女は胸を撫で下ろすと、すかさず真っ黒な小さな丸薬を数粒と水の入ったコップを差し出した。

丸薬は魔力回復薬なんだけど、いつもより草の匂いが強力なのは気のせいだろうか。

傍に控えていたサンドラに目をやれば、彼女はにやりと笑った。