作品タイトル不明
図星
「ちょ、ちょっと待ってください。リッドが前哨戦に参加するだけでも驚きなのに、バルディアと縁談をまとめたいってどういうことですか。そもそも、リッドとファラは婚姻しています。メルもキールと仮とはいえ婚約しているんですよ。縁談なんてできるわけないではありませんか」
呆気に取られていた母上だったが、ハッとすると困惑した様子で捲し立てた。
「……獣王の申し出は将来的に、とある。具体的にはリッドが大人になった後の話だそうだ」
「な……⁉」
父上が小さく首を横に振ると、母上が意図を察して唖然となった。
「え、えっと。リッド様が大人になった後、というのはつまり、その……」
ファラがこちらを見ておずおずと発すると、僕は決まりの悪さを誤魔化すように頬を掻いた。
「あはは。まぁ、先方が言う意味はそういうことらしいんだ」
「え、えぇ⁉」
僕の答えを聞くと、ファラは目を瞬いた。
ディアナとアスナは開いた口が塞がらないという表情をしている。
まぁ、そうなるよね。
まだ生まれてもいない子供を見据えての政略結婚なんて、早々あることじゃない。
僕も部族長会議でセクメトスからこの条件を告げられた時は、この場にいる皆同様に目を丸くした。
サンドラは冷静を装っているみたいだが、よくよくみれば何かを堪えるように口元がひくついている。
大方、父上と母上の前で猫を被っている彼女は『さすが、型破りなリッド様ですね』とでも思っているのかもしれない。
「……ライナー、リッド」
名前を呼ばれて振り向くと、母上はにこりと目を細めていた。
しかし、その表情から伝わってくるものは慈愛ではなく、絶対零度の如き冷たい凄みと圧である。
あまりの迫力に、顔から血の気が引いてしまう。
横目でチラリと見やれば、父上も真っ青になっていた。
こんな父上の表情を目の当たりにしたのは、初めてだ。
「どうしてこのような滅茶苦茶な要望が、獣王セクメトス殿から親書で届いたのか。当然、これから説明していただけるんですよね」
「も、もちろんだとも。リッド、説明するぞ」
「か、畏まりました」
僕は父上と一緒に母上とファラに、獣人国ズベーラで行われた部族長会議の流れ。
そして、獣王セクメトスが将来的にバルディア家と縁談を希望するに至った経緯を伝えていく。
途中、母上の冷たく刺すような視線と相槌で何度背筋が凍ったかわからない。
まるで地雷原でも超えていくかの如く僕と父上は言葉を選び、ゆっくり慎重かつ懇切丁寧な説明を心がけた。
「……というわけだ。私個人としてはすぐにでも断りたいところだが、現獣王直々の申し出となれば国同士の政。無下にするわけにもいかん。私は近日中にこの親書を持って帝都に出向き、両陛下に謁見を申し込むつもりだ。その後、場合によってはレナルーテにも行かねばならんだろう」
「レナルーテ、ということは父上と母上にもお伝えするということでしょうか」
ファラが尋ねると、父上は頷いた。
「うむ。筋を通しておかねば、両国の関係にも罅が入りかねない問題だからな」
ファラの血筋はレナルーテの王族だ。
万が一セクメトスの要望どおりに事が進んでしまえば、その血が他国に流れてしまうことになる。
加えて言うなら、実はファラを大切に想っているエルティア義母様やエリアス王に事後報告なんてことになれば、僕やバルディアの信用は地に落ちるだろう。
バルディアの発展と魔力枯渇症の治療には、レナルーテの協力が今となっては必要不可欠となっている。
レナルーテとの関係が悪化するような真似は慎まなければならない。
父上が答えて語り終えると、母上は「そうですか」と頷いた。
その表情には、凄みと圧がまだ残っている。
「話は大体わかりました。しかし、この件を聞いた陛下達はどのような判断を下すのでしょうね。ライナー、貴方は既にある程度の予想がついているのでありませんか」
「……推測の域は出んが、獣王の要望を飲む可能性が高いだろう」
険しい表情を浮かべた父上が絞り出すように答えると、ディアナとアスナが「そんな……⁉」と目を丸くする。
母上は動じはしなかったが、息を吐いて肩を落とした。
「やはり、そうですか」
「あの、お義母様。やはり、というのは?」
ファラが尋ねると、母上はにこりと微笑んだ。
「帝国はいま、アーウィン陛下のお考えで各国との関係強化を重視しています。そうした状況下、将来的に獣人国の獣王と帝国貴族の縁談が決まるという話は渡りに船というべきでしょう。それに帝国と獣人国が将来的に縁談をすることが決定しているとなれば、近隣諸国を牽制することもできるはず。陛下達が、その利点に気付かないわけはありません」
母上はそう告げると、父上に視線を戻した。
「そういうことですね、ライナー」
「うむ、残念だがそのとおりだ」
父上は相槌を打つと、ファラの頭に優しく手を置いた。
「しかし、案ずるな。将来的な縁談の話は、あくまでリッドが前哨戦で敗北した場合のみ。つまり、リッドが勝てばよいのだ」
「あ、そ、そうでしたね」
ファラはハッとすると、こちらに勢いよく振り向いた。
「リッド様。絶対に、絶対に負けないでくださいね」
「うん、もちろんだよ。むしろ、獣人国の申し出を逆手に取るつもりだからさ」
胸を張って自信満々に即答すると、ファラと母上は嬉しそうに微笑んでくれた。
僕が前哨戦とやらで戦う相手は、獣王セクメトス・ベスティアの息子にして『ときレラ』で物理最強と呼び声の高い『ヨハン・ベスティア』だ。
皆には悟られないように振る舞ったが、正直なところでいえば彼と一対一で僕が戦った場合の勝算は現時点では低い。
王都ベスティアでヨハンと手合わせしたラファ曰く、『魔法の技量を含め、総合力で言えば僕に分がある』そうだ。
でも、『一対一という状況では身体能力が高いヨハンに分がある』という。
そして、ラファの下した評定は当たっている。
常時発動する身体強化系の補助魔法と違い、『火槍』やメモリーを呼び出す『魔力支援体』といった攻撃系の魔法を発動するにはどうしても若干の『溜め』が必要だ。
しかし、ヨハンのように身体能力に優れた相手だとごく僅かな時間の溜めでも命取りになりかねず、僕が得意な魔法が使える状況は限られる。
そうなれば、身体能力がものをいう戦いになることは想像に難くない。
もちろん、僕は身体強化系の魔法だって自信はある。
身体強化の上位互換である弐式に加えて烈火、陣風といった属性素質と組み合わせものだって扱えるんだからね。
でも、獣人族であるヨハンは、身体強化に加えて身体能力を大幅に強化できる種族魔法の『獣化』も扱えるから、僕に優位性はないだろう。
だとしても、僕は負けるつもりは微塵もない。
ここ最近の獣人国では、ヨハンとの出会いに始まり、予想だにしないことが立て続けに起こっている。
もしかしなくても、これらの出来事は僕が将来における断罪回避に向けて行動した結果なんだろう。
こうした動きに屈するようなことがあれば、目に見えない修正力というべきのようなもので、僕やバルディアの未来は断罪と断頭台に進んでしまうのかもしれない。
もし、そうした力を持った神様もしくは悪魔がいるならば、僕は断固として立ち向かって抵抗する。
だって、僕は元々『悪役モブ』だったからね。
相手が神や悪魔でも怯むことや、恐れることはないのだ。
「では、最後にもう一つ質問があります」
皆を前に胸の中で決意を新たにしていると、母上が咳払いをして身に着けていたペンダントを手に取って見つめた。
「この真珠のペンダント。そして、最初に出してくれたチョコ菓子の試食ですけど、この話をするための前座。いわば、私達のご機嫌取りだったのかしら」
「え、あ……⁉」
目を細めている母上の表情から、再びとてつもなく冷たい視線と圧が発せられる。
ファラもハッとすると、負けず劣らずの冷たい圧を発し始めた。
「い、いえ。そのようなことは決してございません」
「そ、そうだぞ、ナナリー。偶然だ。たまたま機会が重なっただけなんだ」
僕と父上が慌てて首を横に振ると、母上はふっと表情を崩して「ふふ」と噴き出した。
「ごめんなさいね、二人とも。冗談ですよ」
「あ、あはは。いやだなぁ、母上も人が悪いですよ。ねぇ、父上」
「う、うむ……」
誤魔化すように僕は笑い、父上は腕を組んで相槌を打っている。
ちなみに母上の指摘は図星であり、父上と事前に打ち合わせしたことでもあった。
「あ、でも、これだけは知っておいてください」
母上はそう言うと、にこりと微笑んだ。
「チョコ菓子は美味しかったですし、この装飾品もとても素晴らしいものでした。ですが、こうしたもので私、いえ、私達の機嫌が取れると安くみないでください。そうですよね、ファラ」
「はい。お義母様の仰るとおりです」
「う……⁉」
母上とファラの刺すような眼差しに、僕と父上は顔を引きつらせるのであった。