軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

部族長会議の報告

王都ベスティアで部族長会議を終えた僕達一行は、狐人族領に急ぎ戻った。

そして、狐人族領首都フォルネウに到着すると、同日の夜には僕、ティス、シトリーはバルディアの帰途につく。

アモンをはじめとする狐人族の面々は、ティスやシトリーとまだ一緒にいたかったみたいだけど、残念ながら今回はゆっくりできる時間がなかった。

いや、なくなってしまったという方が正しいかな。

本来であれば僕達はもう暫く狐人族領に滞在する予定だった。

でも、部族長会議でのあらましを通信魔法で父上に報告したところ、『どうしてそうなった。すぐにセクメトスの親書を持って報告に帰ってこい』と通信手のサルビアから怒号の声真似ですぐに連絡が返ってきたからだ。

狐人族領に残すダイナス達とアモンに僕の業務を急いで引き継ぎ、必要な荷物をまとめて出発。

現在地は狭間砦を通過してバルディア領内には入っているが、周囲は夜の闇に包まれている。

順調にいけば、明日の朝には屋敷に到着するはずだ。

ちなみに、木炭車に連結された被牽引車内にいる僕は何をしているのかというと、過去最高の短期間による長距離移動によって酷い乗り物酔いに襲われていた。

倒した椅子で横になりながらぐったりである。

ベスティアからフォルネウまで距離はそこそこある上、道が悪くて振動も激しい。

狐人族領に到着して気分がようやく落ち着いたというころで、バルディアに向けて出発したものだからすぐにまた酔ってしまったのだ。

道が綺麗であれば、振動も少ないから酔うといってもここまでぐったりすることはないんだけど。

絶対に近い将来、バルディアに続く道路は全て綺麗に舗装してやる。

心の中で悪態を吐いていると、「リッドお兄様」とシトリーの明るい声が聞こえてきた。

「ん……」

呼びかけに反応してゆっくり身体を起こすと、彼女は車窓から夜のバルディアを眺めていた。

「あ、具合が悪いのにごめんなさい」

「いやいや、気にしなくていいよ。それより、どうしたの」

軽く頭を振って微笑み掛けると、シトリーは車窓から外の景色を見つめた。

「ズベーラは王都ベスティアも狐人族領も夜になると真っ暗でしたが、バルディアは夜でもすごく明るいんです。こうして見ると、あらためてすごいなって思ったんです」

「言われてみれば確かにそうだね」

僕は頷きながら、彼女と同じ車窓から外の景色に目をやった。

バルディアの中心地からはまだ離れているけど、あちこちで光が点在しているのがわかる。

僕が記憶を取り戻して、将来の断罪回避に向けた動きの効果が年々出ている証拠だ。

狐人族領で旧政権派の豪族達と対峙した時も、この明かりは経済活動の客観的な指標になるという説明に活用している。

あまり理解を得られた感じはしなかったけど、この景色を彼等に見せれば少し違った反応になったのかもしれない。

それにしても、部族長会議の件を父上にどう報告するかなぁ。

バルディアの明かりを見つめていると、いよいよ父上達が過ごす屋敷が間近に迫っていることを実感する。

会議内容を包み隠さず話すことは大前提だが、何事にも言い方や伝え方というものがある。

今までに起きた問題は、僕と父上で解決できるものがほとんどだった。

でも、今回の件は少し違う。

獣王戦という大舞台で僕がヨハンに負けるようなことがあれば、将来における獣王の子供と僕とファラの子供による政略結婚にまで話が進んでしまうのだ。

バルディア家は帝国に属する一貴族に過ぎず、父上であろうと皇帝の許可無しで政略結婚は行えない。

万が一にでも勝手に行えば、間違いなく逆心を疑われる。

最悪、反逆罪でバルディアは断罪と没落の憂き目にあうことになるだろう。

かといって、僕が負けて皇帝の許可が下りずに政略結婚が行われないとなれば、ズベーラでバルディア家の信用は地に墜ちる。

下手すれば、隣国と一生消えない遺恨になりかねない。

そもそも、僕とファラの間に生まれる子となれば、レナルーテの王族の血も流れる子供になるから帝国だけの問題に収まらない可能性もある。

エリアス王、エルティア母様、レイシス兄さんをはじめ、レナルーテから激しい抗議が殺到することは想像に難くない。

折角、数年掛けて築いたレナルーテとの良好関係に罅が生まれる可能性もある。

それも、修復できないような深さで。

断罪回避に向けて順調に進んできたと思っていたのに、断頭台の前に戻されたような気分だ。

まぁ、今回は僕がヨハンに勝てば良いだけだから、帝国貴族やエルバ達と腹の探り合いをするよりはわかりやすくていいのかもしれないけど。

「リッド兄様、何だか怖い顔をしていますが大丈夫ですか」

「あ、ごめんごめん。ちょっと考えごとをね」

ティスの呼びかけにハッとして頬を掻くと、彼女は心配そうに首を傾げた。

「ひょっとして、部族長会議の件ですか」

「うん。父上にどう報告しようかなと思ってさ。前も話したけど、部族長会議の内容はファラや母上にもまだ伝えたらダメだからね」

あの場にいた皆には部族長会議の内容を口外しないよう釘を刺している。

どこからどう漏れるかわからないし、ファラや母上にどう説明するかも父上と打ち合わせする必要があるからだ。

部族長達が会議で決まった内容をどう扱うかまではわからないから、いずれ情報は各国に伝わるかもしれない。

ただ現段階では、可能なかぎり外部に漏れるのを防ぐべきという判断からだった。

「はい、承知しております。でも、ファラ姉様がこの話を聞いたら怒りそうですよね」

「私もそう思います」

ティスの言葉に相槌を打ったのはシトリーだ。

ついさっきまで外の景色を見つめていた彼女は、僕達の会話を聞いていたらしく真剣な表情を浮かべていた。

「リッドお兄様。ファラお姉様は怒ると人が変わったように冷たくなりますから、お伝えする際はくれぐれも言葉に気をつけてください」

「あ、あはは。だから、悩んでいる部分もあるんだけどね」

決まりが悪くなって苦笑していると、ファラの冷たい視線が脳裏をよぎって背筋が寒くなった。

いつもは太陽のように暖かい眼差しを向けてくれる穏やかな彼女だが、怒ると一転して絶対零度のような冷たい眼差しとなる。

傍目からは冷静に怒っているように見えるファラだが、そうなった時の彼女は真っ黒な怒りの感情が内心で渦巻いているのだ。

ファラは怒りで我を忘れるところがあるのか、普段ではありえない冷徹な言動や押しの強さを発揮する。

僕の『絶対に怒らせてはいけない人』では、父上や母上と同等の位置にいるぐらいだ。

「リッド様。恐れながら申し上げてもよろしいでしょうか」

一緒の車内にいたティンクが畏まった。

「う、うん。急にどうしたの」

「いえ、ファラ様を怒らせてしまった時の対処法に一つ心当たりがございます」

「え⁉ そんなものがあるの」

「ただ、私の体験談になるんですが……」

思わず身を乗り出すと、ティンクは何やら気恥ずかしそうに頬を掻いた。

体験談ということは、クロスとのやり取りということだろう。

愛妻家で有名だった彼でも、ティンクを怒らせることがあったのか。

でも、彼女の怒りを鎮めることに成功したという実績がある対処法だ。

ファラの怒りを鎮められるかどうかはわからないけど、これはぜひとも知っておきたい。

「うん。ティンクさえよければ、ぜひ教えてほしい」

「畏まりました」

彼女は咳払いをすると、ティスやシトリーを横目にしながら僕の耳元に顔を寄せた。

「ファラ様が満足するまで、ひたすらに言葉を受け容れて謝罪してください。どんな理由があろうと、反論はダメです」

「え、それだけ」

耳打ちされた言葉にきょとんと首を傾げるが、ティンクはにこりと微笑んだ

「それだけ、と申しますがこれはとても重要なことなんですよ。クロスが私を怒らせたとき、彼は謝罪しながら私の話をずっと文句も言わず聞いてくれましたから。気付けば、怒りが収まっていることが多かったんです」

「そ、そうなんだ。じゃあ、いざという時はやってみるよ」

「はい。ぜひ、そうしてください」

謝罪しながら、ティンクの話に文句も言わずにずっと耳を傾けた、か。

愛妻家のクロスらしいなぁ。

皆と談笑をしている内に夜も更けていき、僕達はそれぞれに倒した椅子で横になった。

僕は目を瞑りながらティンクの助言を胸に、父上と母上。

そして、ファラにどう報告するかを思案していたが、知らぬうちに寝入っていたらしい。

「リッド様。お屋敷に到着しましたよ」

ティンクとニーナの声で目を覚ませば、僕達が乗っていた被牽引車は見覚えのある屋敷の前で停車していた。

「ふわぁ。もう着いたんだね」

目を擦りながら車窓から外を見れば、早朝のせいか周囲はまだ薄暗かった。

でも、その中で凄まじい熱気を放つ人物がおり、腕を組んで仁王立ちしている姿が目に飛び込んできて意識が覚醒する。

「ち、父上……⁉」

慌てて車内から飛び出ると、父上は先に降りていたティスやシトリーを軽く抱きしめて「おかえり」とねぎらいの言葉を掛けていた。

僕が降りたことに気付くと、父上はにこりと微笑んだ。

「待っていたぞ。また大活躍だったようだな、リッド」

「いえ、それは……」

底知れぬ恐ろしさを感じてたじろいでいると、父上は僕を軽く抱きしめた。

「えっと、父上。どうされたんですか」

怒られると思っていたから予想外の抱擁に困惑していると、父上は僕の耳元にすっと顔を寄せた。

「……すぐに詳しい話を聞かせてもらうぞ。部族長会議における一言一句の全てを、だ」

「は、はい」

ダメだ、やっぱり父上は相当にお冠である。

がっくり肩を落として項垂れると、父上は笑顔で僕の手を取った。

「なに、すぐに私へ報告したいことがあるだと。わかった。では、すぐに執務室にいこうではないか。ティンクとカペラは、悪いが一緒にきてくれ。さぁ、いくぞ、リッド」

「カシコマリマシタ……」

父上に手を引っ張られるまま、僕は執務室に移動した。