軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラファの見立て

「久しぶりに良い運動になったわ」

ラファは来賓室に備え付けられたグラスを手に取ると、棚に並んでいる酒瓶の物色を始めた。

僕達が外出している間に消耗品は補充してくれたらしく、ラファが一人で飲み干した酒の空瓶も片付けられている。

彼女は一番良さげな酒を、グラスに注いで水でも飲むように一気に呷った。

ラファの口元からお酒の水滴が少しこぼれ、喉元を伝って彼女の胸元へと消えていく。

「ふぅ。汗を掻いた後のお酒は格別ねぇ」

「すごい飲みっぷりだね」

グラスと酒瓶を持って目を細めるラファの姿に、僕は思わず苦笑する。

武舞台で行われたヨハンと彼女の試合は、突如現れた獣王セクメトスによる鶴の一言で唐突にお開きとなった。

セクメトスは他の部族長達と会談していたらしいが、竜戦士からヨハンとラファが武舞台で試合をしている、という報告を受けて会談を中断してやってきたそうだ。

ラファとヨハンの試合に夢中で気付かなかったけど、思い返してみればヨハンの傍に控えていた竜戦士の一人がいなくなっていたような気がする。

やっぱり、というべきか、武舞台は御前試合を執り行うような時に使われる場所だったみたい。

あの場にいた皆を『不問にする』と言いつつも、ヨハンの勝手な振る舞いにセクメトスは怒り心頭だった。

彼女に叩かれたお尻を痛そうにさすりながら四つん這いとなったヨハンは、シトリーに面と向かって『格好悪い』と告げられて真っ白な砂となってさらさらと崩れてしまう。

でも、そんな彼を正気に戻したのもセクメトスだった。

『ヨハン。そんなに暴れ足りないというなら、私が本気でみっちり相手をしてやろう』

『え……⁉ 母上が本気、ですか。それはいくら命があっても足りませんよ。あ、だったら、リッドも一緒に相手をするのはどうでしょうか』

彼は涙目でこちらに助けを求めるように視線を送ってきたけど、さすがに無理だ。

『有り難いお誘いですが、このあとも用事が立て込んでおります。恐れながら謹んでお断り申し上げます』

『そ、そんなぁ……⁉』

僕が畏まって頭を下げると、ヨハンは顔色を真っ青にしてがっくりと項垂れてしまった。

『では、息子が騒がせて悪かったな。これにて失礼する』

セクメトスをそう告げると、力なく項垂れているヨハンの衿を掴んで引きずりながら会場から去ってしまった。

『へへ。いい暇つぶしにはなったな』

『そうねぇ。ヨハンちゃんとラファちゃんの強さも見られたし、楽しかったわ』

『はは、ちげぇねぇ。ヨハンは将来楽しみだな』

会場にいたアステカ、ジェティ、ヴェネは二人を見送りながら満足そうに笑うと、僕のところにやってきた。

そもそも彼等は、個別会談の日程を決めるために僕がいる来賓室を目指していたらしい。

その途中、ヨハンに先導される僕達と鉢合わせして武舞台までやってきたのだ。

三人とはその場で個別会談日程を決めた。

武舞台に向かう途中で最初に出会った兎人族部族長のヴェネが一番目、二番目が猿人族部族長のジェティ、三番目に馬人族部族長のアステカの予定だ。

そして今、僕達は武舞台から来賓室に戻ってきたというわけである。

「あの、ラファお姉様」

口火を切ったのはティスだ。

「あら、なにかしら」

ラファがグラス片手に目を細めると、ティスは前に出て頭を下げた。

「ヨハン様との試合、ありがとうございました」

「ふふ、言ったでしょ。そんなこと気にしなくていいわ。私も楽しめたもの」

そう言ってお酒を呷ると、ラファはティスの頬を優しく撫でた。

「それより、少しは貴女のお姉さんらしく振る舞えたかしらね」

「は、はい。話は聞いておりましたが、ラファお姉様の実力を間近で見られたこと。とても感動しました」

ティスがとても嬉しそうに微笑んだ。

バルディアの養女になる前、彼女は騎士を目指していた。

武勇に優れた女性は、ティスにとって憧れの対象でもあるのだろう。

「あの、ラファ姉様。私も感動しました」

おずおずと切り出したのはシトリーだ。

すると、ラファが意外そうに「へぇ」と目を細めた。

「シトリーにもそう言ってもらえるとは思わなかったわ。少しは頑張った甲斐があったわね」

「誤解されているかもしれませんが、私はラファ姉様を嫌ってはおりません。むしろ、目標でした」

「目標、私が?」

ラファが首を傾げると、シトリーはこくりと頷いた。

「今は武力が全てと考えておりませんが、以前の私はどうして強くなれないのか。どうして、ラファ姉様のようになれないのかと悩んでいましたから」

「あぁ、そういうことね」

ラファは合点がいった様子で頷いた。

シトリーの言う『以前』とは、旧グランドーク政権下のことだろう。

周囲から能力がないと見られていたシトリーからすれば、エルバに次ぐ実力者と評された実姉のラファには憧れや嫉妬など複雑な感情を抱いたことは想像に難くない。

「そうだ。面白いことを思いついたわ」

ラファはそう言うと、グラスを机に置いてシトリーの前に足を進めた。

「貴女が狐人族領にいる間、私が直々にいろいろ鍛えてあげましょう」

「え、ラファ姉様がですか」

シトリーが小首を傾げると、ラファは「そうよ」と頷いた

「今まで姉らしいことしていなかったでしょ。バルディアでも学ぶことは多いでしょうけど、狐人族の獣化における力の使い方は私の方が詳しいわ。まぁ、でも、貴女が嫌なら無理にとはいわないけど」

「い、いえ。私、もっと強くなって皆の役に立ちたいんです。だから、領地に戻ったらお願いします」

シトリーが頭を下げようとすると、ラファは彼女の頬に手を添えて制止した。

「頭は下げなくていいわ。姉妹だもの」

「は、はい」

ラファはシトリーの返事を聞くと「ティス、貴女も鍛えてあげましょうか」と視線を変えた。

「え、私にも教えてくださるんですか」

「もちろんよ。姉妹になったんですからね」

「あ、じゃあ、是非お願いします」

ティスの嬉しそうに答えを聞くと、ラファは目を細めて不敵に笑った。

「ふふ、私に任せなさい。戦い方から男を骨抜きにする方法まで、何から何まで教えてあげるから」

「……? 男を骨抜きにする方法、ですか」

シトリーとティスは顔を見合わせて首を傾げるが、僕やアモンを始めとする男性陣は一斉に噴き出し、咳き込んでしまった。

まだ幼い女の子に何を教えるつもりだ。

「ラファ様、お待ちください」

声を発したのはティンクだ。

彼女は笑顔だが、何やらとてつもない凄みがある。

しかし、ラファはけろっとして「何かしら」と微笑み返した

「恐れながら『男を骨抜きにする方法』は、お二人に時期尚早かと存じます」

「ふふ、そんなことないわ。それに使わないにしても、知識として知っておくことは重要よ。ティスもアモンを魅了して虜にする方法があるなら、知りたいでしょ」

「な……⁉ 姉上、何を仰っているんですか」

とんでもない飛び火に、アモンが顔を真っ赤にして声を張り上げた。

二人のやり取りで言わんとしていることを察したらしいティスは、顔を赤らめつつも「し、知りたいです」と前に出る。

「あら、ティス。貴女、肝が据わっているじゃないの。いいわよ、教えてあげる。アモンの好みは……」

「あ、姉上⁉」

「アモン様も困っています。ラファ様、お止め下さい。ティス、貴女も下がりなさい」

「え、で、でも……」

楽しそうに話そうとするラファ。

必死に止めようとするアモン。

アモンを援護しながらティスを制止するティンク。

怖いものみたさのように困惑するティス。

きょとんとしているシトリー。

気付けば、彼等のやり取りで来賓室は大騒ぎになっていた。

僕、カペラ、ダイナスは蚊帳の外である。

「はい、そこまでだよ」

僕がため息を吐いて呼びかけると、「あ、忘れてたわ」とラファがハッとして真顔になった。

「リッド。今のままヨハンと戦えば、貴方は確実に負けるわよ」

「え……?」

ラファの唐突な発言に、僕は唖然として言葉を失った。