軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セクメトスの指導

「ヨハン。これはどういうことだ」

会場に現れたセクメトスは唖然とする僕達を一瞥すると、鬼の形相のまま武舞台に足を進めていく。

一方、ヨハンはびくりとして「や、やばい……」と目を泳がせている。

「あらあら。可愛いわねぇ」

ラファは忍び笑うと、肩を竦めて獣化を解いた。

さっきまでの威勢はどこへやら、というやつだ。

それにしても、ヨハンとセクメトスのやり取りに既視感だけでなく、親近感が湧いてくるのはなぜだろう。

「なにが『やばい』のだ。ヨハン」

「いや、あの、それは……」

セクメトスに詰め寄られ、ヨハンの真っ青な顔からさらに血の気が引いていく。

「ほ、ほら。会議でリッドと私が獣王戦における前哨戦で手合わせすることになったじゃありませんか。私は彼の実力を噂で多少なりとも聞き及んでおりますが、リッドは私の実力を知りません。獣王の王子たるもの公平な勝負をすべきと判断し、私の実力を知ってもらおうとラファ殿相手に試合を申し込んだまでのことですよ、母上。あは、あははは」

「ほう。公平な勝負、か」

苦しそうに捲し立てたヨハンは、わざとらしく笑いはじめた。

しかし、明らかに表情が引きつっている。

眉間に皺を寄せて相槌を打ったセクメトスは、「リッド殿」とこちらに振り向いた。

「ヨハンの言うことは本当かね」

「え、えぇ。そう、ですね」

全てを見透かしたような鋭い眼差しに思わずたじろぐが、脳裏に何故か父上の鬼の形相とセクメトスの表情が重なっていく。

あ、なるほど。

既視感と親近感の正体はこれか。

僕と父上のやり取りも、周囲にはこんな感じに見えているのかもしれない。

『人の振り見て我が振り直せ』という言葉もあるし、僕も言動にはもうちょっと気を使ったほうがいいかもしれないなぁ。

湧いてくる感覚に合点がいって苦笑していると、セクメトスの背後からヨハンが顔をこそっと覗かせた。

彼は懇願するような表情でこちらを見つめてくると必死に頭を振ったり、身振り手振りで何かを伝えようとしてくる。

『お願いだ、リッド。ここは口裏を合わせてくれ。この恩は必ず返すから、頼む。怒った母上は本当に怖いんだ』

必死なヨハンが身振り手振りで言わんとしていることを要約すれば、大体こんな感じだろう。

「何やら歯切れの悪い返事だが、ヨハンの言うことに間違いはないのだね」

セクメトスの表情こそ笑顔だが、目が笑っていない。

僕は頬を掻きながら苦笑した。

「えっと、なんとお伝えすればよいのか……」

ヨハンの弁解に嘘はない。

嘘はないけど、彼女の言うところの『馬鹿騒ぎ』が起きた原因は彼の言動によるところが大きい。

ティスの指摘にヨハンが突拍子もない提案を繰り出し、ラファが『面白そうだから』と乗った結果が現状だ。

『提案』がなければこの騒ぎは起きていないし、城内の武舞台を使用すると言い出したのも彼である。

ここにいたるまで、『絶対に大騒ぎになるから止めよう』と僕達は何度も伝えた。

それでも、ヨハンは『問題ない』の一点張りで聞き入れない。

武舞台に向かう途中にヴェネを始めとする部族長達とも鉢合わせして、騒ぎはますます大きくなったというのが事の顛末だ。

さて、どうしようかな。

考えを巡らせていると、再びヨハンの顔がセクメトスの背後に見えた。

猫が扉の隙間から覗いている姿と彼の表情が脳裏で重なり、遠近法も相まってあまりに滑稽な姿で「ふ、ふふ」と噴き出してしまう。

僕が笑みを溢すと、セクメトスは訝しむように振り向いてヨハンを見つめる。

彼はすかさず姿勢を正して、直立不動となった。

「……気のせいか」

セクメトスは首を捻ると、こちらに視線を戻した。

彼女の背後では、ヨハンが懇願するような表情で再び身振り手振りをはじめる。

『セクメトス、後ろ』と言ってしまいそうになるが、ここはヨハンに貸しを作っておくとしよう。

二人のやり取りを見ていると、何だか他人事には思えないんだよね。

今度、父上に『いつもありがとう』って伝えよう。

「リッド殿。何やら笑っているようだが、大丈夫かね」

「あ、申し訳ありませんでした」

僕はちらりと横目でヨハンを一瞥すると、咳払いをしてセクメトスを見据えた。

「はい、ヨハンの言っていることは間違いありません。もし、セクメトス殿が『大騒ぎ』になってしまったことにお怒りであれば、彼の提案に乗ったこの場にいる者、全員が責を受けるべきかと存じます」

一礼すると、セクメトスは「なるほど」と口元を緩めて相槌を打った。

彼女の笑みは気になるけど、とりあえず納得はしてくれたみたい。

それとなくヨハンに目をやれば、彼は心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべて何度も頷いている。

『ありがとう、リッド。この恩は忘れないぞ』

要約すれば、こんな感じだろうか。

「話はわかった。城内で勝手に『馬鹿騒ぎ』を起こした今回の一件、リッド殿を含めこの場にいる者達は不問としよう」

セクメトスの発した言葉に、僕はほっと胸を撫でおろした。

周囲を見やれば部族長であるヴェネ、アステカ、ジェティ達もどこか安堵しているように見える。

城内にある武舞台を使って勝手に大騒ぎをした、となれば部族長という立場があってもセクメトスからの叱責は避けられないのではなかろうか。

賠償金とか何かしらの制裁が下る可能性もあっただろうけど、セクメトスが『不問』とした以上はこの一件は問題にならないはずだ。

僕の発言で制裁を逃れられた、となれば彼等にも『貸し』をつくれたことになる。

結果的にだけど、各部族と行う個別会談に向けてよい流れになったかもしれない。

「しかし、だ」

セクメトスが唐突に口火を切った。

威圧的な声に誰もが身震いし、周囲は一瞬で緊張感に包まれる。

何を言うつもりだろか。

身構えていると、彼女はヨハンに振り返って鬼の形相を浮かべた。

「お前は別だぞ。ヨハン」

「えぇ⁉ ど、どうしてですか」

天国から一気に地獄に落とされたように、ほっとしていたヨハンの表情から一気に血の気が引いていく。

「まずもって城内の武舞台を独断で勝手に使用したこと、公私混同もはなはだしい。挙げ句、猫人族の獣化を大勢の前で語るなど言語道断だ。王子の言動としてあるまじき行為の数々。王として、親として、看過できるものではない」

「で、でも、母上もリッド達とは仲良くしておきなさいと仰っていたじゃありませんか。だから、僕なりに考えたんですよ」

「確かに交流を持てとは話したが、武舞台で馬鹿騒ぎをしろとはいっておらん」

「う……」

セクメトスに睨まれ、弁解を一蹴されたヨハン。

彼の顔色はすでに真っ白である。

やっぱり、各部族の獣化は秘匿すべき事柄だったらしい。

国の軍事力にかかわるだろうから、当然と言えば当然だろうけど。

「さぁ、ヨハン。歯を食いしばれ」

「は、母上。ちょっとまっ……」

彼が後退ったその時、僕達の目の前からセクメトスが消えた。

「え……⁉」

唖然とするが、彼女はヨハンの背後に忽然と現れる。

上半身をこれでもかと捻った状態で。

「悪い子にはお仕置きだ」

セクメトスの怒号に次いで、巨大風船が割れたような耳をつんざく破裂音が轟き、涙目のヨハンが勢いよく大空へと飛び上がった。

「んにゃあぁあああああ⁉」

「あれは、お尻ペンペンですね」

ヨハンの悲痛な声が響くなか、ティンクがぼそっと呟き周囲がざわついた。

獣王セクメトスが渾身で振るうお尻への平手打ち。

その威力は如何ほどものだろうか。

想像するだけで、お尻がむずがゆくなるような気がした。

「あれ。でも、このままだと……」

僕はヨハンの飛び上がった方角、勢いからどこに落下してくるのか察した。

セクメトスを見やれば、彼女は『あとはよろしく』と言わんばかりに白い八重歯を見せる。

やれやれと肩を竦めてため息を吐くと、僕は両手をゆっくりと広げた。

すると間もなく、彼が僕の腕の中にお尻からすっぽりと入り込んだ。

いわゆる、お姫様抱っこ状態である。

「んにゃぁ。痛いよぉ」

ヨハンは目を回しており、僕の腕の中にいる認識がないようだ。

いつもの天真爛漫な様子もない。

「ヨハン、大丈夫かい」

呼びかけところ「ふにゃ?」という気の抜けた声が返ってくるが、彼の目はすぐに焦点が定まりはじめた。

「あ……」

意識が鮮明になったらしく、ヨハンと目が合った。

「よかった。気付いたみたいだね」

目を細めると、腕の中にいるヨハンの頬がなぜか赤く染まった。

「ありがとう、助かったよ。それにしても、すごいな」

「……? なにがだい」

首を傾げると、彼は照れくさそうに頬を掻いた。

「間近で見るリッドの笑顔は破壊力抜群だ。香りも相まって惚れてしまいそうだぞ」

「どうやら、まだ寝ぼけているみたいだね」

笑顔でそう告げると、僕は両腕から力を抜いた。

「いたぁ⁉ リッド、酷いじゃないか。急に何するんだ」

「君が寝ぼけてたから、少し刺激的な方法で目を覚まさせてあげただけさ」

お尻から落下したヨハンは、涙目になって地面をのたうちまわっている。

セクメトスにあれだけ強打されたんだ。

彼の今のお尻には、軽い衝撃でも相当な痛みになるはず。

目を覚ますには丁度良いだろう。

僕が肩を竦めていると、シトリーがこちらにやってきた。

「あ、シトリー。心配してくれたのか」

ヨハンは嬉しそうに微笑んだ。

でも、四つん這いになってお尻をさする彼の様子を間近で見た彼女の瞳からは光が消えていき、冷たい眼差しだけがのこった。

「ヨハン様。とっても格好悪いです」

「な……⁉」

シトリーの一言で精神的な衝撃が許容量を超えたのか、ヨハンは口を開けたまま真っ白な砂になって崩れ去った。