作品タイトル不明
会議資料
「静まりたまえ。それに抜け駆けとは人聞きが悪いな」
セクメトスが悠然と発した威圧的な声で部屋の空気がどんと重くなり、部族長達が顔を顰めた。
「諸君も知っていると思うが、アモン・グランドークとティス・バルディアの婚約が既に公表されている。狐人族は今や、帝国バルディア家の縁者だ。そうなれば、釣り合うのは現獣王の嫡男であるヨハンしかおるまい」
ヴェネ、アステカ、ジェティは不満顔を浮かべつつも、彼女が言わんとしていることは察したらしい。
ため息や舌打ちをしながら、三人は席にどさりと腰掛けた。
釣り合うというよりは、『僕達が断れない相手』と言った方が正しいだろう。
他の部族長達からの申し込みであれば、丁重に断れば済む話だ。
しかし、獣王からの申し出となれば簡単に断ることはできない。
『獣王国の問題であり、帝国に属するバルディア家の発言は内政干渉と見なす』
会談時に現獣王から面と向かって言われては、動きようがなかった。
シトリーの意思もあるけど、やっぱり獣王であるセクメトスから正式に縁談を申し込まれたことが断れなかった一番大きな要因だろう。
「まぁ、良いのではありませんか」
優しく諭すような声を発したのは、笑顔を浮かべているホルストだった。
「何にせよ、帝国で発展著しいバルディア家との縁が結べたのです。獣王や狐人族経由にしても、その恩恵は我等も受けられる基盤はできた。後は各部族で、どのような友好を築くかでしょう。そうですよね、アモン殿、リッド殿」
彼は目を細めたまま、こちらに視線を向けた。
ただの助け船か、それとも何か裏があるのか、実に不気味な眼差しだ。
でも、耳目が僕達に注がれている現状は主導権を握る絶好の機会でもある。
ホルストの思惑は気になるが、ここはあえて乗ってみるか。
「……そうですね」
僕は相槌を打つと、部族長達を見回した。
そして、アモンに目配せをして咳払いをする。
「私の妹であるティスとアモンが縁を結びました当家としても、ヨハン・ベスティア殿とシトリー・グランドーク殿の婚約は良縁だと考えております。そして、当家はこの機に各部族領との貿易を増やしたいと思っています」
そう告げると、部族長達の目の色が変わった。
事前の調査では、ズベーラの経済状況は全体的によろしくない。
生産性のないトーガとの小競り合いで、否応なしに国内の物資が消費されるため国内全土で様々な物資が不足しているのだ。
そのせいで、ズベーラ国内は年々様々な物価が上昇している。
つまり、インフレが進んでいるわけだ。
エルバやガレス主導の大規模な奴隷売買に各部族から人が集まるのも、そうした国内事情の背景も大きく関係していたらしい。
「セクメトス殿、私の提案内容を事前にまとめた資料があるのですが、こちらを皆様に配布してもよろしいでしょうか」
背後に控えていたカペラから資料の束を受け取り、この場にいる全員に見えるよう掲げた。
「面白い。是非、お願いしよう」
「ありがとうございます」
僕は会釈すると、カペラとティンクに資料を配るようにお願いする。
二人が淡々と資料を配っていく中、「あいたっ⁉」とアステカの声が響いた。
何事かと見やれば、ティンクが彼の手をつねりながら青筋を浮かべている。
「アステカ様は、少々手癖が悪いようですね」
「へへ。帝国人かつ美人ってのはズベーラじゃ珍しいから、ついな」
アステカが口元を緩めると、僕はわざとらしく咳払いをした。
「ちなみに、そちらの女性も当家と縁続きです。失礼な言動はお控えください」
ティスの実母と伝えれば、いらぬ詮索を受けそうだったから『縁続き』という言葉を使ったんだけど、アステカはむしろ目を光らせた。
「ほう、それなら余計に都合がいい。俺の女にならねぇか。尻の青い女には興味がなくてね。色っぽいあんたなら大歓迎だぜ」
「残念ですが、私は既婚者ですから謹んでお断りいたします」
ティンクが毅然としてきっぱり告げると、アステカは「気っ風もいいな。ますます好みだぜ」と笑い始めた。
ああいうおじさん、前世の営業先にもよくいたなぁ。
ため息を吐いてやれやれと呆れたその時、隣から凄まじい殺気を感じて背筋に悪寒が走る。
ハッとして恐る恐る横目でそっと見やれば、アモンがとても冷たい目付きをしていた。
「アステカ、ティンク殿はバルディア家縁の者。つまり、グランドーク家の来賓です。無礼な真似はお控えください」
「冗談だ、冗談。そう怖い顔をするなよ」
「冗談ですか。しかし、それでは済まないこともあります故、今後はお控えください」
指摘にアステカが肩を竦めておどけるが、アモンはにこりと笑顔で威圧する。
アモン、君はそんな顔も出来たのか。
僕が驚いていると間に、ティンクは会釈して配布を再開。
程なく、資料がこの場にいる部族長達の手元に行き届いた。
「……随分と質の良い『紙』ですね。これもバルディアで生産したものなのでしょうか」
ルヴァが渡した資料の手触りを確認すると、興味深そうに視線をこちらに向けた。
「お目が高いですね、仰る通りです。当家では紙の生産技術にも力を入れておりまして、近い将来には大量生産できる目処も立っていますよ」
僕が答えると、部族長達のうなり声があちこちから聞こえてきた。
調べた限り、この世界では『紙』を大量生産する技術を確立した国は今のところないからだろう。
レナルーテでは竹から作られる和紙のような紙が生産されているが高価だし、各国に行き渡るほどの大量生産には至っていない。
そもそも、生産の殆どが人力で行われているから簡単に大量生産の仕組みを作る自体が難しい状況もある。
水車による機械化ぐらいは見たことあるけど、それでも小規模だ。
エルフが治める森林豊かなアストリア王国を中心に木材を原料とする紙は作られているが、これも大量生産には至っていない。
各国で様々な紙が作られているみたいだが、一般庶民に全て行き届くほど紙は安価とではないし、量もないのが現状である。
勿論、買おうと思えば誰でも購入できるぐらいに流通はしているが、一般庶民で紙を買うのは絵師や文字を勉強しようとする者ぐらい。後は冒険者達ぐらいだろうか。
多少高価でも国家、領地、商会運営では優先的に使用されている関係上、僕の周辺で紙を見かける機会は多いけど。
バルディア領の発展には、第二騎士団や騎士養成助を始めとする領民達の識字率強化は必須と考えていたことから、僕は製炭技術確立で得た資金を製紙技術確立にも早い内から投資していた。
昨今では開発された蓄電魔石、火力発電、電動機に魔法も組み合わせることで、試行錯誤しながら機械化の目処が立ちつつある。
これは前世の知識を共有した父上、エレン、アレックス、クリス達の協力も大きい。
今回、部族長達に配布した資料に用いた『紙』は、まさにその工程で作ったものだ。
会議の主導権を握る手段は、舌戦だけじゃない。
圧倒的な技術力を見せることで僕達、バルディアとグランドーク家と友好関係を結べばどれだけの利点を得られるか。
資料という物的証拠で明示したことで、彼等は僕達の話を聞こうと先程より身を乗り出している。
『興味付け』はある程度成功、滑り出しとしては上々かな。
「今後、皆様との関係次第ですが、当家は様々な生産拠点を狐人族領に建設する考えがあります」
僕が『生産拠点』という言葉を発すると、部族長達がそれぞれに眉や耳など表情をぴくりと動かした。
「ほう、実に興味深い話だ。是非とも聞かせてもらおう」
「えぇ、勿論です。では、皆様のお手元にある資料に沿って説明いたします」
セクメトスが不敵に笑う中、僕は口火を切った。