軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

開幕

「ま、まぁ、そうですね。ただ、この場で話すことではないと存じます故、別途に話し合えればと……」

そう告げた直後、彼女の瞳が煌めいた。

「えぇ、勿論よ。じゃあ、会議が終わったら個別に話す時間を設けましょう」

「あ……」

ジェティが悪戯を成功させた子供のように、ニコっと白い歯を見せた。

なお、歯は尖った八重歯である。

それにしても、やられたな。

彼女は僕もしくはアモンから、この場以外で面談を行う口実を引き出したかったんだろう。

どちらにしろ、各部族長とは個別に話す時間を作るつもりだったけど、まんまと引っかかってしまった。

「おい、抜け駆けはなしだろ」

棘のある声を発したのはヴェネだ。しかし、ジェティは「いいえ」と笑顔で頭を振った。

「私は呼び方を尋ねただけよ。そしたら、リッド殿が『個別案件で』と言ったの。それに応じただけよ。私からお願いしたわけじゃないから、抜け駆けじゃないわ」

「そりゃ、屁理屈だろ」

二人が視線を交え、会議場に殺伐とした空気が流れ始める。

僕は咳払いをして「あの、ヴェネ殿」と呼びかけた。

「あぁ、なんだよ」

ガラの悪い目つきと物言いに、出会った当時のオヴェリアを始めとする兎人族の子達の姿が脳裏に蘇る。

僕は動じずに笑顔を返す。

「部族長の皆様とは、それぞれ個別にお話しできる機会を作れればと考えておりました。この会議が終わりましたら、ヴェネ殿のご都合も是非お聞かせ願います」

「へぇ、そうなのか。じゃあ、俺もついでに聞きてぇんだが、二人のことをリッドとアモンって呼んでもいいか。その代わり、俺の事もヴェネって呼んでくれていいからよ」

「え、えっと。それもまた別途に話しましょう」

勢いある口調にたじろぎながら頷きつつ、この場で司会進行ができる唯一の存在であるセクメトスを横目で見やれば、彼女は口元を手で押さえながら肩を震わせていた。

楽しんでいる、絶対にこの状況を楽しんでいるぞ、あの獣王。

「おい、ジェティ。茶化すのもいい加減にしろ。宴会や酒宴の場ではないんだぞ」

威圧的で呆れた様子の冷たい口調が会議場に響き渡る。

そちらを見やれば、褐色肌に黒髪で冷徹な雰囲気を漂わせる男性が目を閉じたまま腕を組んでいた。

頭に生えている耳から察するに、多分狼人族部族長だろう。

彼の服装は簡易的な軍服のようなもので上は灰色がかった白の長袖、下は黒の長ズボンである。

派手な装飾は見受けられないが、無駄のない格好良さのようなものがあった。

「あら、殺伐した空気より良いじゃないの。だから、ジャッカスは老け顔なのよ。私を見習いなさい」

ジェティが自らの胸に手を当ててドヤ顔を浮かべた。

席が隣同士である二人を見比べると、失礼ながら言葉通りにジェティの方が若く見える。

しかし、ジャッカスはため息を吐くと、目を開いて彼女を一瞥した。

なお、彼の瞳は深い黄色で、目付きは凄みがあって鋭い。

「……お前は俺より年上だろうが」

彼の一言によって空気がぴんと張り詰め、どこからともなく『ぶちん』と何かが切れる音が聞こえた気がした。

しかし、ジェティは笑顔のまま肩を竦めておどける。

「あらぁ、嫌だわ。ジャッカス、初対面の来賓前で女性の年齢を話題にするなんて、気配り足らずのいけずが過ぎるんじゃないの」

ジェティはそう告げると額に青筋を走らせ、澄ました顔で座ったままのジャッカスに満面の笑みで凄んだ。

「死にたいのかしら」

「死ぬつもりはない。そして、お前では俺は殺せん」

彼が冷淡に呟くと、ジェティが口元をぴくぴくさせた。

「あんた、吠える犬は打たれるって言葉を知ってるかしら。少しは尻尾を振りまいて愛嬌ぐらいだしなさいよ」

「狼人族は犬ではないのでな、そのような言葉は該当せん。それに万が一尻尾を振るにしても、相手は選ぶ」

「……⁉ こっちが下手に出てりゃ良い根性してるじゃない」

ジェティが目を細めたまま睨み付けるが、ジャッカスは素知らぬ顔である。

二人のやり取りに『犬猿の仲』という言葉が頭に浮かんできた。

まぁ、彼の言葉を借りるなら『狼』だから該当しないかもしれないけど。

ジャッカスは「もう良いだろう」と咳払いをして立ち上がると、こちらを見やった。

「狼人族部族長ジャッカス・ヴォルフガングだ。よろしく頼む」

彼は淡々と告げると、「それと……」と続けた。

「我が領地は猫人族同様、西側の一部が教国トーガとの国境に面している。故に猫人族と共に国防を担っている立場だ。状況によっては各部族に支援を依頼することもある。その点は予め承知しておいてもらおう」

「畏まりました」

僕とアモンが目配せして返事をすると、ジャッカスは「よろしく頼む」と事務的に頷いて着席した。

教国トーガは人族以外の奴隷を認めている国のため、獣人族の拉致しようとする輩が後を絶たないらしい。

その上、国教ミスティナの教えで『ズベーラはトーガの属国であるべき』という歴史認識もあるため、二国間では小さな小競り合いが絶えないそうだ。

万が一、国家間の有事となれば支援や兵力派遣は各部族長達も了承していると事前に聞いている。

なお、ズベーラの獣王を輩出した数が一番多い部族は猫人族で、二番目が狼人族だそうだ。

もしかすると、二部族が実戦経験豊富なことが影響しているのかもしれない。

「……後で覚えていなさいよ。ジャッカス」

「さてな。最近、忘れっぽいからな」

ジェティは頬を膨らませ席に着くが、ジャッカスは腕を組んだまま首を捻った。

「あ、あんたって男はどうしてそう一言も二言も多いのよ」

彼女が口元をひくつかせながら睨み付ける中、「次は私ですね」とこの場で一番小柄な女性が立ち上がった。

「鼠人族部族長ルヴァ・ガンダルシカです。改めて、よろしくお願いします」

一礼する彼女は狐人族領での挨拶同様、この場でも今までの中で一番丁寧である。

ちょっと心の平穏を取り戻した気がした。

僕のそうした心を知ってか知らずか、ルヴァは僕とアモンに目を細めて微笑むとその場に座った。

「次は俺か」

そう呟いたのは、大柄で橙色の長髪と優しくも厳しそうな黒い目をした男性である。

頭に生えた丸みを帯びた耳と体格から察するに熊人族と思われるが、それにしても立ち上がった彼の身長はセクメトス以上、エルバ未満で八尺(240 cm)弱はありそうだ。

服装は帝国様式に和を取り入れつつ質素に仕上げた感じで、レナルーテ様式が近いかもしれない。

服の色合いは紺一色だけど、細かい装飾の模様がところどころに見える。

総じて独特な印象を受ける衣服だった。

「熊人族部族長カムイ・マジェンタ、以上だ」

彼はそれだけ告げると、何も言わずそのまま席に腰を下ろした。

今までの面々と比べてみても、かなり淡々としている。

間もなく、カムイの隣に座っていた薄褐色肌かつ、これまた八尺弱はありそうな大柄な男性が立ち上がった。

彼は赤くさらっとした長髪、鋭い目付きに深い青色の瞳をしている。

頭の左右には二本の角が生えていた。

服装はジャッカス同様に軍服のような作りだが、大きな外套を羽織っている

「……牛人族部族長ハピス・ローフィス」

彼は感情のない事務的な声を発すると、こちらを一瞥することもなく席に着いた。

僕達に興味や関心を全く抱いていないことが良くわかる挨拶である。

「じゃあ、いよいよ俺か」

明るく陽気のある飄々とした声を発したのは、ギョウブだ。

彼は気だるそうにゆらりと立ち上がると、こちらを見て少し畏まった。

「狸人族部族長ギョウブ・ヤタヌキだ。知っての通り、狸人族領と狐人族領は隣同士だ。そして、バルディア家とも国境を構えている。まぁ、これから色々とよろしく頼むよ」

「はい、こちらこそ」

僕とアモンが笑みを浮かべて頷くと、彼は口元を緩めて席に着いた。

「では、私が最後だな」

威厳のある声が響くと、自然とその場にいたセクメトスが注目を浴びる。

彼女は悠然とその場に立つと、僕とアモンを見据えて口火を切った。

「猫人族部族長にして現獣王セクメトス・ベスティアだ。アモン・グランドークとリッド・バルディア殿。貴殿達には色々と期待している故、よろしく頼むぞ」

「はい、よろしくお願いします」

何を期待しているのか気になるところだが、今は聞かないでおこう。

僕とアモンは苦笑しながら頷くと、セクメトスはふっと口元を緩めてどさりと玉座に腰掛けた。

「では、部族長会議を始めよう。まず最初の議題だが、我が息子ヨハン・ベスティアとアモンの妹シトリー・グランドークの婚姻が決まった」

「え……」

最初の議題がそれなの。

僕達が呆気に取られていると、一部の部族長が声を荒らげた。

「はぁ⁉」

「そんな話、事前に何も聞いてねぇぞ」

「そうよ、それは抜け駆けも甚だしいわ」

ヴェネ、アステカ、ジェティが勢いよく立ち上がってセクメトスを睨み付ける。

残りの面々は席に着いたままだが、各々で様々な表情を浮かべていた。

帝国貴族は感情を隠しながら舌戦を繰り広げるが、部族長達は感情をほとんど隠さず舌戦を繰り広げるらしい。

これはこれで、帝都で行われた謁見や会議とはまた違う意味で大変そうだ。

激情が飛び交う会議の始まりに、僕はそれとなく深呼吸をして気を引き締めた。