軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リッド、狐人族領の報告4

「ディアナ。その、間違いないのか」

「はい。狐人族領の……ある種、人体に一番詳しいであろう方に診察していただいたので、間違いございません」

彼女はそう答えると、少し表情を曇らせた。

「人体に一番詳しい人物とは誰のことだ」

父上が首を傾げると、僕は身を乗り出して耳打ちした。

「ラファのことですよ。彼女はグランドーク家の暗部を担っていたので、男女問わず人体の仕組みには狐人族領内で一番と言えるほど詳しいそうです」

「そ、そうか。しかし、どうしてディアナがあのような顔をしているのだ」

父上と一緒にチラリと横目で見れば、ディアナは眉間に皺を寄せて顔を顰めていた。

狐人族領での一件を思い出しているんだろう。

「実はですね……」

そう切り出すと、僕は狐人族領での出来事を父上に語った。

ディアナは、バルディア出発前から原因不明の体調不良に見舞われて悩んでいたそうだが、本人としては一時的なものでいずれ治るだろう、と考えていたらしい。

その上、僕や周囲に悟られまいとひた隠しにしていたのである。

彼女の懐妊が発覚したのは、狐人族領で過ごす屋敷で僕が事務処理をしていた時のことだ。

業務を手伝ってくれていた彼女が目眩を催したらしく、突然にふらついたかと思ったら、その場にしゃがみ込んで動けなくなってしまったのだ。

『申し訳ありません。少し目眩がしただけですから、大丈夫でございます』

『絶対、大丈夫じゃないでしょ⁉』

彼女の顔色が真っ青だったから、当時の僕は『これは只事じゃない』と相当に肝を冷やした。

すぐに医療の心得もあるカペラに診察してもらったが、『曖昧な診断はできません故、女医に診てもらうべきかと存じます』というのが回答だった。

僕とディアナは、そんなに重傷なのかと首を捻るが、彼は『間違いなく、命に別状はないと存じます。しかし、私の口からは何とも言えません』と理由を頑なに教えてくれなかった。

『よくわからないけど、ともかくディアナの命が今すぐどうこうなることではない……ということだね』

『はい、それは間違いございません』

『わかった。じゃあ、すぐに探してみるよ』

カペラとのやり取りは少し釈然としなかったが、ディアナの命に別状が無いということに僕は一先ず胸を撫で下ろした。

それから時間を置かずにアモンを訪ね、狐人族領内で腕の良い女医を問い掛けたところ、意外な答えが返ってくる。

『それなら、姉上をすぐに行かせよう』

『え、君の姉上ってラファのことだよね。彼女って女医もしてたのかい』

僕が首を傾げると、彼は苦笑した。

『女医ではないけどね。でも、姉上が旧体制から現在に至る仕事の関係上、狐人族領で一番様々な種族の人体に詳しいのさ。多分、狐人族領にいるどの医者よりも知識と経験はあるんじゃないかな』

『あ、そういうことか』

ラファは狐人族の暗部をまとめている。

レナルーテのザック・リバートンと同じような立場だと想像するに、様々な尋問を彼女も行っているはずだ。

人の体をどうすればどうなるのか、暗部には必須の技能と言えるのかもしれない。

あれ、でも、そういうことなら元暗部であるカペラでも診断できたはずだけどな。

ラファでなければ診断できない理由でもあったのだろうか。

疑問を抱きながら待っていると、ラファがピアニーの他、ローゼン、リーリエという双子の兄妹を連れて屋敷にやってきた。

ピアニーは会ったことがあるが、双子の兄妹に自己紹介されたのはこの場が初めてだった。

ローゼンという青年は、黄色い髪を後ろで三つ編みに結び優しそうな青い瞳。

リーリエは少女は、ローゼンと同じ黄色い髪を頭の左右でお団子にした長髪で、瞳も同じく青いが目つきが鋭い。

曰く、二人は毎日コイントスでどちらが姉か兄を決めているらしく、この日はリーリエが『姉』だった。

自己紹介されたのは初めてだけど、彼等とはバルディア襲撃事件で顔を合わせている。

でも、ラファと狭間砦で行った会談の『密約』の中で彼女がバルディアにした行いは『全て不問』としたことから、あの時のことを問うことはできない。

ディアナがベッドで休む部屋で簡単な自己紹介が終わると、カペラがラファに何かを耳打ちした。

『……で、ほぼ間違いないかと存じます』

『あらぁ、あらあらあらぁ~。それは、それは。なるほどねぇ。だから、女医が必要だったのねぇ。うふふふふ』

みるみるラファの表情が緩んでいき、何やら生暖かい眼差しをディアナに向けた。

『な、なんですか。その顔は……』

ベッド上でディアナが顔を強ばらせるが、ラファは意に介さず笑みを浮かべたまま手を叩いて耳目を集めた。

『自己紹介も終わったことだし、診察に移りましょう。私、リーリエ、ピアニー以外は部屋をすぐに出ていきなさい』

『わ、わかった。でも、手荒な真似は絶対しないでね』

『えぇ、勿論よ。リッド、安心して私に任せなさい』

勢いに押されるまま退室すると、ラファが扉の隙間から少し顔を覗かせた。

『ローゼン。診察が終わるまで、誰も入れないように見張っていなさい』

『はい。畏まりました』

ラファによる診察が始まって暫くすると、僕とカペラだけが部屋に呼ばれた。

入室すると、ベッド上でディアナが顔を赤くして嬉しそうなんだけど、どこか戸惑ったよう様子ではにかんでいた。

普段の凜としている彼女の姿とは全く違う様子で呆気に取られてしまう。

ふと横を見やればラファとリーリエはにやけていて、ピアニーだけがさっきと同じ表情を浮かべている。

重い病気とかではなさそうだが、何やらとても甘酸っぱい雰囲気が部屋の中に満ちていた。

『えっと。これはどういう状況なのかな』

困惑しながらラファに問い掛けると、彼女は笑みを浮かべたままカペラを見やった。

『彼の言っていたことが当たりだったわ』

『やはり、そうでしたか』

カペラは合点がいった様子で頷くが、僕には何のことだかさっぱりだ。

『……? どういうこと』

僕が訝しむように聞き返すと、ディアナが慈愛に満ちた表情を浮かべて自身のお腹を優しくさすり、『その……』と切り出した。

『ルーベンスとの子が宿っているそうなんです』

『え……えぇええええ⁉』

あまりに予想外の答えで、僕は気付けば大声を発していた。

ルーベンスとディアナが結婚式を挙げたのは、僕が狐人族領に向けて出発する前だ。

それ以前は、一年以上前から恋人だった。

結婚した以上、夫婦だし、二人の間に子供ができることも当然と言えるだろう。

でも、ルーベンスとディアナの普段の様子や恋仲の進展具合から、そうしたことがこんなにも早く起こりえるという考えが僕の中から抜け落ちていたのである。