軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

バルディアの新たな一手

応接室に入ると、ソファーに腰掛けていたティンクとティスが立ち上がって会釈した。

「少し遅くなったな」

「待たせてごめんね。二人とも、そんなに畏まらなくて大丈夫だよ」

父上と僕が声を掛けると、ティンクが首を横に振った。

「いえ、私とティスも先程来たばかりでございます。気になさらないでください」

「急に呼び立ててすまなかったな。まぁ、座ってくれ」

父上が答えると、二人は促されるままにソファーに腰掛けた。

ティンクとティスは、『狭間砦の戦い』で殉職した第一騎士団の副団長、クロスの妻子だ。

ちなみにティスは、バルディア家が試験的に運営している騎士養成訓練校に通う第二騎士団の候補生でもある。

彼女の実力と成績は、訓練校では常に上位を維持している成績優秀者だ。

ティスはメルとも仲が良くて、一緒に遊ぶだけでなく魔法や武術の稽古も行っている。

ガルンが僕と父上の前に紅茶を置いて退室。

ディアナが扉近くに控え、室内が僕達と彼女達だけとなると、父上が咳払いをしてこちらに目配せをした。

僕は深呼吸をすると、おもむろに口火を切る。

「今日は来てくれてありがとう。早速だけど、単刀直入に用件を伝えたい」

そう言うと、僕は正面に腰掛けるティスを見つめた。

「バルディア家は、君を養女として迎え入れたい考えがあるんだ」

「え……」

彼女はきょとんと小首を傾げた後、ハッとして勢いよく身を乗り出した。

「わ、私がバルディア家の一員になれるということですか」

「うん、その通りだよ。もし養女となれば、ティスは僕とメルの妹になるね」

「えぇ⁉」

ティスは期待に目を輝かせているが、ティンクの表情は険しい。

「リッド様、ライナー様。大変光栄なお話ではありますが、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「勿論だ。リッドの言った通り、ティスを養女として迎え入れたい考えはあるが、決して強制はしない。これからする話を聞いてから、最終的な判断を下してほしい」

父上は冷静に答えると、ティスを養女とする理由を語り始める。

狭間砦の戦いに勝利したことで、アモン・グランドークは狐人族の新たな部族長となった。

でも、彼を筆頭にした新体制は盤石とは言い難い。

特に問題となっているのが、アモンがいずれ迎えねばならない『正妻』だ。

バルディア家は大きな犠牲を払い、グランドーク家に狭間砦の戦いで勝利。

狐人族を根本から変える機会を得られた。

だけど、アモンの周りを取り巻く豪族達が、必ずしも彼に心酔しているわけではない。

そもそも、ガレスが敷いていた旧体制は義理や信頼による結束ではなく、エルバの圧倒的な強さによる異質な魅力と恐怖政治。

そして、部族長に付き従えば立場と富を得られる利害関係によって成り立っていた。

故にガレスが討たれ、エルバが敗走したことで旧体制に手の平を返し、こちら側に付いた豪族も多い。

中には、この機に自らが狐人族の部族長に成り上がろうと、虎視眈々と狙っている不届き者もいるそうだ。

そうした者達が、簒奪の足がかりにと狙っているのが息の掛かった娘をアモンの正妻に送り込むことである。

アモンとバルディア家には『狭間砦の戦い』の時に結んだ密約があるから、彼が勝手に婚約を結ぶことは勿論、婚姻することはできない。

でも、万が一、アモンが嵌められて『既成事実』を造られ、外聞的に断れない状況に追い込まれる可能性はある。

『アモンは根が真面目で誠実故に、隣人としては申し分ない。しかし、その分、腹の探り合いには一抹の不安が残る』というのが、彼に父上が下した評価だった。

なお、アモンには『シトリー・グランドーク』という妹がいるんだけど、彼女はバルディア家で現在預かっている。

理由はいくつかあるけど、彼女を暗殺や政治利用から守るためというのが大きい。

シトリーを攫って夫を立てれば、アモンに対抗する御旗を生み出すことも可能となる。

新体制における内部分裂の切っ掛けを作るには、彼女はとても有力な手札となり得る危険な存在だ。

預かっているとは言っても、シトリーにはメルと同じ礼儀作法や勉強などの教育を受けてもらっているけどね。

アモンが新体制を盤石なものとし、シトリーを政争に巻き込む輩が居なくなった時、彼女は狐人族の領地に帰れるだろう。

それまで、シトリーはバルディア家の来賓として丁重に預かる予定だ。

「……という状況でな。今後、狐人族とバルディア家、延いては帝国との繋がりを深くするため、皇帝陛下の許可を得た上で当家からアモンの正妻を出すことに決まったのだ」

父上が淡々と話し終えると、黙って聞いていたティンクがゆっくりと口を開いた。

「つまり、バルディア家の養女になった者は、狐人族の新たな部族長である『アモン・グランドーク』の正妻になるということですか」

「うむ。しかし、すぐに狐人族の領地に送り出すわけではない。当家で数年間、貴族令嬢としての礼儀作法などを色々と学んでもらうつもりだ。そして、アモンが作り上げた新体制が盤石となった時、彼の妻として狐人族の領地に嫁入りすることになるだろう」

父上がそう告げると、ティンクは顔を顰めた。

「本気で、それを本気で仰っておられるのですか。恐れながら、我が夫のクロスは前部族長ガレスの息子であるエルバ・グランドークの手によって殺害されたと聞き及んでおります。そして、アモン・グランドークはエルバの弟でございましょう。娘を、娘を仇の弟の下に嫁がせることなど、誰ができましょうか」

「ママ……」

ティンクの声は次第に大きくなり、気付けばその目は涙で潤んでいた。

彼女が肩で息をしながら言い切ると、部屋の空気がしんとなり肌に刺さってくる。

「その言い分、尤もだ。クロスの遺族である貴殿達にこの話をした非礼、まずはお詫びしよう」

父上がそう言うと、ティンクとティスに向かって僕達は深く頭を下げた。

「な……⁉ ライナー様、リッド様。どうか頭をお上げください」

「そ、そうです。私達に、頭を下げる必要なんてありません」

ティンクとティスの慌てふためいた声が室内に響き渡る。

貴族が平民に頭を下げることは、この世界では滅多にないから驚いたのだろう。

「……貴族といえど、皆と同じ赤い血が流れる人であることに変わりは無い。どのような理由があろうとも、私達が人の道に背く話をしている以上、詫びるの当然であろう。それに、私も子の親だ。ティンクの怒りや悲しみは理解している」

父上はゆっくり顔を上げると、僕の頭に優しく手を置いた。

「ライナー様……」

ティンクは胸に手を当てながら深呼吸をすると、再び僕と父上を見据えた。

「僭越ながらお伺いしたく存じます。養女であれば、バルディア家と縁のある貴族令嬢に声を掛けるべきでございましょう。何故、ティスなのでしょうか」

「その質問には、私から答えさせていただきます」

身を乗り出すと、僕は二人に声を掛けた理由を語り始めた。