軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リッドとキールの訓練

「リ、リッド、本当にするんですか。私、こんな経験初めてなんですが」

キールは困惑した様子で顔を強ばらせている。

「うん、そうだろうね。誰しも最初は怖いだろうけど、慣れてしまえば意外と平気なものさ」

「いや、しかし、流石にこれは……」

「大丈夫。僕がちゃんと傍に居てあげるから、ね」

優しく囁くと、キールの背後にそっと回り込んで背中に手を這わせていく。

彼は喉をごくりと鳴らすと、深呼吸をしてから頷いた。

「わ、わかりました。では、お願いします」

「流石はキール、覚悟を決めてくれて嬉しいよ」

笑いかけると、僕は背中に這わせていた手を彼の脇に潜り込ませた。

「今です。父上」

「うむ。リッド、キールを羽交い締めにしたまま、その場を一歩も動くなよ」

「畏まりました」

僕の返事を聞いた父上は腰の帯剣を抜き、ゆっくりと正眼に構えて正面のキールを見据えた。

周囲の空気がしんとなり、父上の殺気がキールと僕を射貫く。

「……リッド。私にこの訓練は、やはりまだ早いようです。今からでも、止めてもらえないでしょうか」

殺気に戦慄を覚えたらしく、キールの顔から血の気が消えていく。

「だーめ。言ったでしょ。最初は怖いけど、慣れてしまえば意外と平気だってさ。大丈夫、僕も通った道さ。キールもバルディア家の一員となるんだから、しっかり『胆力』を鍛えないとね」

あえて微笑み掛けると、彼は観念した様子で正面を向いた。

「お、お手柔らかにお願いします。ライナー殿」

「うむ、動かなければ傷つくことはない。最初に説明した通りに目をしっかり見開き、私が振る剣に集中しなさい」

「は、はい」

キールが頷くと、父上の殺気は更に鋭さを増した。

僕の肌にも冷や汗が流れ始める。父上は、「いくぞ」と呟き殺気のままに剣を振るった。

しかし、剣の切先は恐れ戦くキールの服を掠れない程度の間近の空を切っていく。

「これで、最後だ」

「……⁉」

最後の一振りは、『鋭い突き』であり剣の切先がキールの目と鼻の先で止まっていた。

でも、振るわれた剣から発せられた風で彼と僕の顔に浮かんでいた汗を吹き飛ばす。

「は、はぁ……」

必死に目を開いていたキールは、終わったことを理解すると止めていた呼吸を再開。

息を震わせてその場にへたり込んだ。

「流石だ、キール。リッドはこの初めて訓練をした時、恐れ戦いて尻餅をついたからな」

「む。確かにそれはそうですが、この場でわざわざ言う必要はないでしょう」

頬を膨らませて抗議すると、父上はやれやれと肩を竦めて首を横に振っている。

キールがバルディア領に来てからここ数日。

僕は彼に新屋敷、第二騎士団の宿舎、工房、研究施設、図書館を案内。

どの施設も感動してくれたけど、やっぱり図書館は一際感動していた。

『リッド。この図書館は素晴らしいですよ。それに見たことのない文献も多々あります。時間がある時、私はここを使用してもいいでしょうか』

目を輝かせたキールに詰め寄られた時はちょっと驚いたけど、彼らしいと笑ったものだ。

案の定というべきか、サンドラやエレン達ともキールは意気投合。

特にサンドラとは、帝国における魔法学の遅れについて熱い議論を交わしていた。

もし、キールとサンドラが帝都で出会っていたら、彼女はバルディアに来ることはなかったかもしれない。

そうなると、バルディアはどうなっていたのか。

想像すると、薄ら寒くなった。

ちなみに、キールが感動していた『見たことのない文献』というのは、クリスティ商会に集めてもらった他国の文献とサンドラを含む研究員達がまとめた資料が大半だ。

聞けば帝国書庫にある文献は帝国内のものが多く、他国の文献は少ないらしい。

当然と言えば当然かもしれないけど、物事は様々な視点から考える必要がある。

文献の種類は、国内外を問わずに豊富であることに越したことはないだろう。

でも、文献を集めるにも『お金』が掛かるんだよねぇ。

バルディア家における重要施設の案内が終わると、いよいよキールをメルの婚約者。

もとい辺境バルディア領の一員として相応しい人物とするべく、新屋敷の訓練場にて現在に至っているというわけだ。

なお、既に魔力変換強制自覚も僕の手によって施している。

処置の際、彼は怨めしそうに涙目を浮かべていたけど。

「それにしても、この訓練を毎日ですか。リッドがどんな相手にも物怖じしない理由がわかった気がします」

キールは僕の差し出した手を握りながら立ち上がった。

「まぁ、確かに余程の相手じゃない限り『怖い』とか『萎縮』する感覚は無くなったかな。でも、僕が毎日しているのは『この訓練』じゃないよ」

「え、そうなんですか。じゃあ、どのような訓練を」

彼が小首を傾げると、僕は少し離れた場所で控えていたディアナに向けて手を振った。

「リッド様、お持ちしました」

「ありがとう。ディアナ」

刀を受け取ると、僕は即座に抜刀する。

日の光に刀身が煌めくと、キールが目を丸くして息を呑んだ。

「リッド。それは、まさか『真剣』ですか」

「お、良くわかったね。僕と父上が稽古する時、今は真剣を使っているんだ。勿論、互いに身体強化と魔障壁を使うから怪我をしないように細心の注意を払いながら、ね」

狭間砦の戦い以前から、父上と行う訓練の得物は真剣だ。

身体強化と魔障壁を組み合わせれば、余程のことが無い限りは死ぬことはない。

まぁ、手加減してくれているとはいえ、父上の鋭い斬撃の前ではかすり傷程度はご愛敬だ。

「い、いや、それでも『万が一』ということはあります。いくら何でも過激すぎませんか」

「確かに、戦いを知らぬ者から見れば過激と言えるかもしれん」

青ざめるキールの問い掛けに、父上が毅然と答えた。

「しかし、バルディアは他国と国境を構える辺境だ。常に実戦の事を考えなければならん。『万が一』という緊張感がありつつ、その恐怖に打ち勝つ訓練が必要なのだ」

「ど、どういうことでしょうか」

キールが聞き返すと、父上は「ふむ」と相槌を打った。

「帝都で少しは剣術を習っていたはずだ。だが、いざ私の真剣と殺気を前にした時、恐怖で体が固まってしまっただろう」

「は、はい。情けない話、その通りです」

「情けない、ということはないぞ」

父上は頭を振った。

「どんなに訓練をしていたとしても、初めて人対人で真剣を向けられれば、誰もが死の恐怖に震え、足が竦んでしまう。それ程、死と隣り合わせの実戦は恐ろしいものだ。故に、恐怖に打ち勝つ『胆力』を鍛える訓練が必要になる」

「つ、つまり、実戦を視野に入れ、あえてこのような過激な訓練を行っているということですか」

「その通りだ。端から見れば過激かもしれんが、この訓練を行った新兵は初陣での生存率は非常に高くなるからな」

「しかし、ライナー殿。このような訓練、誰もが付いてこられるわけではないでしょう」

合点がいかないらしいキールに、父上は真剣な表情を浮かべた。

「無論、誰もが最初は恐れ戦く。だが、訓練を続ければ、誰でもいずれ恐怖に打ち勝てるようになるものだ。逆に死への恐怖に打ち勝てなければ、実戦で遅かれ早かれ当人や周りの仲間が大怪我を負うことになるだろう。最悪の場合は死に至ることもあり得る」

彼がごくりと喉を鳴らすと、父上はふっと表情を崩した。

「人には向き不向きがあるからな。キールが心配したように、どうしても恐怖に打ち勝てぬ者も中にはいるぞ。そうした者には、騎士団の現場ではなく内勤業務に異動してもらっている。まぁ、恐怖に打ち勝つというのは感覚的なことだからな。頭で考えても中々に理解はしにくいだろう」

父上が優しく諭すように答えると、僕は難しい表情をしているキールに顔を寄せた。

「いっその事、キールが『恐怖に打ち勝つ』ことを実体験して文献にまとめたら良いんじゃないかな」

「私が、ですか」

彼はきょとんと小首を傾げた。

「うん。文官や研究者の方々が、実戦さながらの訓練を受けるということは稀だからね。キールが体験したことをまとめれば、きっと将来の帝国運営に役立つ日が来ると思うよ」

「なるほど、それは面白そうですね。わかりました、妻のメルディにも『まずはやってみる』と言われたばかりです。気合いを入れてやってみます」

妻のメルディ、彼がそう言った途端、父上の眉毛がピクリと動いた。

「キール。メルと君は、『仮婚約』の立場だ。有らぬ誤解や憶測を呼ばぬよう、『妻』というのは控えるべきではないかな」

「うん、父上の言うとおりだよ。メルを自分の妻って言い方はね。結婚してからしようよ、キール」

父上と僕があえて微笑みかけると、キールは「う……」と怯むがすぐに咳払いをし、目を細めて笑い返してきた。

「お二人の懸念はご尤もだと思いますが、仮とはいえ私の両親。帝国の頂点に立つ両陛下がお決めになったことであり、ライナー殿もお認めになったことです。余程のことが無い限り、『仮』で終えることはまずありません。従いまして、私がメルディのことを『妻』と呼んでも差し支えはないかと存じます」

「へぇ、なかなか言うじゃないか。キール」

僕が笑顔のまま相槌を打つと、彼も笑顔のまま首を横に振った。

「いえいえ。これぐらいのこと、帝都で過ごせば自然と身につきますよ」

互いに譲らず、笑みを崩さないまま睨み合っていると訓練場に僕と父上を呼ぶ声が響いた。

振り向けば、そこに居たのはガルンだ。

「皆様、訓練中に申し訳ありません。ライナー様とリッド様がお呼びなった方々が到着されました。現在、応接室にご案内したところでございます」

「わかった、すぐに行こう。リッドも行けるな」

「はい、勿論です」

返事をすると、僕は持っていた真剣をディアナに渡した。

「じゃあ、キール。今日の訓練はここまでだ。この後のことは、あそこにいる『ネルス』に伝えているから」

訓練場の奥に視線を向けると、控えていた騎士が会釈した。

ネルスは、ルーベンスやディアナの幼馴染みで同期の騎士団員だ。

今回、キールの専属護衛として選りすぐりの第一騎士団員から父上が抜擢。

やる気が見えにくく飄々としているけど、ネルスはルーベンスに勝るとも劣らない実力の持ち主と聞いている。

バルディア領に単身やってきたキールに、気さくな性格で実力もあるというネルスを専属護衛にしたのは父上なりの配慮だろう。

実際、キールとネルスが楽しげに話している姿を良く目にしている。

「わかりました。では、また後で」

「うん。じゃあ、またね」

僕はキールに別れを告げ、父上とガルンの後を追うようにディアナと共に訓練場を後にするのであった。