軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ロレイン・サフロン

「今になって『心配やさかい帰って来い』っちゅうのんは虫が良すぎやろう。クリス本人が戻りたいちゅうならまだしも、頑張りたいと言うのなら私達は応援すべきどす」

ロレインがゆっくりな口調かつ毅然と告げると、部屋には沈黙が流れた。

マイティは不満そうに口を尖らせているが、マルティンは何かを考え込むように腕を組んで目を瞑っている。

「父上……」

クリスが呼びかけると、マルティンは息を吐いて表情を崩した。

「わかった、お前の好きにしなさい」

「……⁉ ありがとうございます、父上」

彼の言葉に僕達とクリスは喜ぶが、マイティは深いため息を吐いた。

「父上まで、そう仰るのですか」

「しょうがあるまい。クリスの言うように、サフロン商会の内部分裂問題を再燃させるわけにはいかん。それに……」

マルティンはそう言うと、僕と父上に視線を向けた。

「クリスは、バルディア家で『家族同然』の扱いを受けている。先程、お二人はそう仰って下さった。もし、再びクリスに身の危険が迫れば命を張って助けて下さる、そういう認識でよろしいかな」

「勿論です。そうならないように普段から気をつけますし、万が一のことがあれば私自らが騎士団を率いて助けに行くつもりです」

僕が力強く即答すると、マルティンとサフロンは嬉しそうに微笑んだ。

マイティは腕を組んで鼻を鳴らしている。

これだけ言えば、彼等もバルディアがクリスを必要としていることを理解してくれるはず。

「そうですか。それは心強い。では、改めて今後とも我が娘のクリス。そして、我等サフロン商会とクリスティ商会のことをよろしくお願いしますぞ」

「はい。よろしくお願いします」

マルティンとがっしりとした握手を僕と父上が順番に交わすと、彼は視線をクリスに向けた。

「だが、何か困ったことがあれば直ぐに私達に連絡を寄越しなさい。いいね」

「はい、父上。畏まりました」

部屋の雰囲気が穏やかになると、サフロンが咳払いをして目を細めた。

「ほな、ライナー様、リッド様。うち達の娘であるクリスが御家にとって『家族同然』てなったら、サフロン商会も家族同然。取引増加に伴う条件についても、色々と優遇してくれはるわなぁ。特に、化粧品類やら」

「え、えぇ。出来る限り善処させていただきます」

僕がそう答えると、マルティンが笑みを浮かべて相槌を打った。

「おぉ、それは助かります。早速、商談に移りましょう。まず、ズベーラでの状況ですが……」

その後、マルティンとサフロンの言葉巧みかつ流暢な口調で商談は進んでいく。

さすがはクリスの両親というべきか。

『家族同然』という言葉を彼等に引き出された感もあるけど、事実だからいっかと僕は気持ちを切り替えて商談に臨んだ。

「では、確認です。ズベーラ国内にあるサフロン商会は現状の販路や取引先をクリスティ商会と共有して協力する。サフロン商会の販路は、場所によってクリスティ商会に支店ごと譲渡。また、譲渡する場合は別途譲渡金をクリスティ商会からサフロン商会に払っていただき、現従業員の雇用は守っていただける……ということでよろしいかな」

「そうですね……」

僕は相槌を打ちながら箇条書きの書類を読み直すと、顔を上げてマルティンを見据えた。

「はい、僕はそれで構いません。父上も大丈夫ですか」

「……うむ。私も異論はない」

「クリスはどう」

「はい。私達も異論はありません」

父上とクリスは僕から受け取った書類を交互に確認すると、二人揃って頷いた。

クリスティ商会のズベーラ進出について、サフロン商会との打ち合わせは意外な方向に進んでいる。

サフロン商会の代表であるマルティンは、ズベーラの商圏をクリスティ商会に一任したいという考えを持っていたらしい。

理由は昨今のズベーラ国内が不安定であることに加え、サフロン商会の本拠地であるアストリアからズベーラに物資を輸送する際、教国トーガを経由する必要があるためだ。

トーガは人族以外の種族であれば奴隷を認めている国。

エルフが中心であるサフロン商会がトーガ国内を安全に素通りするためには、トーガが斡旋している護衛騎士達を雇わなければならない。

これが馬鹿にならない金額になる上、別途に通行税まで取られるそうだ。

マルティンが最初にズベーラを訪れた時は、まだそこまでの費用は掛からなかったらしいけど、昨今はどんどん費用が高額化しているらしい。

おまけに狐人族が現在の新体制になってからは、更に費用が上がったそうだ。

そんな話を聞いた僕は、トーガが裏でエルバとの繋がりでもあったのかと勘ぐってしまいあまり良い気はしない。

サフロン商会はズベーラの商売で利益はほとんど出ていないらしく、僅かな利益を得るために危険な橋を渡る状況にあったそうだ。

でも、開拓した取引先や人脈を捨てるようなことはできないし、サフロン商会を頼っている現地の人も多い。

そうした状況下では撤退するわけにもいかないと、マルティン達は頭を抱えていた。

しかし、つい最近とある転機が訪れる。

バルディア家が後ろ盾となったアモンが旧狐人族の部族長を打ち破り、新体制を築いたのだ。

クリスティ商会が狐人族を経由してズベーラ国内に進出するとなれば、サフロン商会はトーガを経由せずともズベーラに物資を送れる。

マルティン達が抱えていた諸問題がほとんど解決できるというわけだ。

「ありがとうございます。クリスティ商会がズベーラに進出すれば、我が商会の支店や現地の人々も大いに助かることでしょう。改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ、これからよろしくお願いします」

マルティンと再び固い握手を行うけど、マイティをそれとなく見れば相変わらず不満そうだ。

まぁ、彼とは取りあえずはビジネスライクでお付き合いすれば良いかな。

僕達が握手を終えると、ロレインが目を細めて微笑んだ。

「ほな、商談も一段落したことやし、うちからライナー様とリッド様にお話したいことがあるんや。クリスとエマは少し席を外してもらえるやろか」

「え……」

彼女に名前を呼ばれた二人は、きょとんと顔を見合わせる。

「そうややこしい話じゃあらしません。サフロン商会として、お二人に話したいことがあるだけどす。直ぐに終わるさかい」

「わかりました。では、私とエマは一旦、席を外しますね」

「うん、ごめんね。じゃあ、ディアナ。二人を別室に案内して」

「畏まりました」

クリスとエマがディアナの案内で退室。

扉の閉まる音が聞こえると、ロレインが咳払いをした。

「ほな、単刀直入にお伺いいたします。リッド様とライナー様は、クリスがサフロン商会から独立した経緯をどこまでご存じどすか」

「経緯……ですか」

思い返してみるけど、クリスが独立した詳しい経緯は聞いていない。

横目で見れば、父上も小さく首を横に振っている。

「いえ、商会の内部分裂を防ぐためだったとは聞きましたが、それ以上のことは何も聞いておりません」

僕が答えると、彼女はにこりと頷いた。

「そうどすか。ほな、この機に少しご説明させてもらいます」

「は、母上。何も身内の恥をさらすことはないでしょう」

マイティが慌てて制止するが、ロレインは首を横に振った。

「いいえ。クリスのことを家族同然と言うてくれたさかい。今後のことを考えたら、お伝えしておくべきどす。あんたもよろしおすなぁ」

「う、うむ。やむを得まい」

マルティンが決まりの悪い顔で頷くと、ロレインはゆっくりとクリスが独立して商会を設立するまでの出来事を語り始めた。