軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三度目のワルツの後に

「これでやっと君を独り占めしても誰からも文句は出ないな」

「独り占めする必要などありませんでしたよ」

疲れ切り、投げやりに答えれば公爵の声色が変わった。

「いやあるさ。君が黒い羊の件を話すまではね」

三度目のワルツが終わり、舞踏室の南側が騒がしい。二人揃って視線を向ければどうやらどこかのご令嬢が失神したようだ。

すうっと息を吸い、リディアも冷たく豹変した公爵の言葉と同様素っ気なく告げた。

「……でしたらさっさと話しましょう。じゃないと私の命がいくらあっても足りません」

黒い……何やら邪悪な気配を周囲にいる令嬢達から感じ、リディアの腕に鳥肌が立つ。

とうとうワルツを三回踊り切ってしまった。今やリディアは、公爵の嫁の座レースのトップをひた走るダークホースである。大声で「この人とは何でもないんです」と叫んで回りたいのをぐっと堪え、一刻も早く帰りたいリディアは人気のない場所を探して視線を彷徨わせた。

そんな彼女とは対照的に公爵はじっとリディアを見下ろしていた。

「本当に君はわたしに興味がないんだな」

(興味がないんじゃなくて関わり合いになりたくないだけなんですッ)

そもそもこの男は眉目秀麗、容姿端麗、頭脳明晰……ありとあらゆる四字熟語で賞賛される主人公様なのだ。そして彼には決まった相手がちゃんといる。

モブである自分が関わっていい相手ではないのだ。

「興味があるのは私の話をきちんと聞いてくださる方ですので」

ゆっくりと舞踏室の端の方に移動しながら、リディアは小声で告げる。その彼女の腕を取り、壁際までエスコートしながら、公爵はほとんど聞こえないような声で囁いた。

「このまま君は舞踏室を出ろ。馬車が一台来るはずだからそれに乗るように」

素早く告げられたそれに、ようやくリディアは夢から覚めたような気になった。はっと視線を投げれば、酷く冷たい横顔にぶつかりドキリとする。

「今日は楽しかったよ、ミス・リディア」

唐突に足を止めた公爵が彼女の手を持ち上げて、シルクに包まれた彼女の手の甲に口付ける。

品のない悲鳴が聞こえてきたが、リディアは無視した。彼の笑っていない薄明の瞳を見つめ……今度こそ、ほっと安堵した様に笑みを返した。かすかに公爵が息を呑むが……リディアは気付かなかった。ようやく針の筵から解放される。あとはブルーモーメントがオーガストをどうにかしてくれるはずだ。その間、リディアはホテルにいればいいし、場所が特定されそうになったらツィーリアの神殿で匿ってくれるとイリスが言っていた。

これでミッションは終わる。

「ありがとうございました、 公爵閣下(ユアグレイス) 」

心からそう告げて、リディアは軽やかな身のこなしで彼に背を向けた。軽い足取りで舞踏会を後にする。

消えるリディアを睨み付ける視線が多かったが、「生意気なのよ、あんた」的な感じで追いかけられることはなく、あっさりホールを抜け出し外に出た。

公爵が言う通り、五分ほどそこで待っていると車寄せを回って一台の馬車がやって来るのが見えた。

(多分あれね)

入り口に立つ使用人に挨拶し、玄関ポーチの階段を下りれば、御者がちらりとリディアを見た。

「エメラルドの君ですか?」

声を掛けられ、はっとする。

リディアがブルーモーメントに提示した依頼料がエメラルドのセットだ。それを示唆されて確信する。一つ頷くと、馬車から下りた御者が扉を開けてくれた。

「どうぞ」

ごくん、と唾を飲み込む。

(さあ、これからが本番ね)

心臓に絡む手の願いを叶え、この世界で生きていく。第二の人生が掛かっている。

一歩踏み出し、馬車のステップに足を掛けて乗り込む。ふかふかの座席に座った瞬間扉が閉まり、窓に覆いが掛けられていたため真っ暗になった。

明かりはないのかと馬車の壁を探ってみるが何もない。暗闇の中過ごさなくてはならないのかと、溜息を吐くとがたんと一度揺れた馬車が軽快に走り出した。

(さて……どこに行くのかしら)

窓には鎧戸がついているようで、手で持ち上げようとしてみるが、鍵がかかっているのか持ち上がらない。覗き込む隙間もないため、リディアは時間経過を確認する意味で数を数え始めた。

三十秒後に左へ曲がり、次は四十秒後に左に曲がる……という具合だ。

そうやって五分ほど伯爵家の屋敷をぐるぐる回った後、ようやく一方向へと向かうのがわかった。必死で頭の中に道筋を描き、何となく南に向かっていることだけはわかった。

(公爵家の屋敷……に行くわけがないし。とすれば、反対方向よね。西地区は平民が暮らす場所で治安が良くないから……うん、南は妥当だわ)

南に行けば王都から離れることになる。

(まさかどっかの山奥に捨てられるわけじゃないわよね!?)

綺麗な笑顔の裏に、酷薄そうなものが垣間見えた。だがさすがにそこまで非人道的なヒーローだとは思いたくない。鼓動が早くなる中、リディアは必死に数を数えて何分が経過したのかを観測し続けた。

そうやって二十分ほど走った後、ゆっくりと速度が落ち、やがてガタンと大きく揺れて馬車が止まった。

どきり、と心臓が高鳴り、呼吸が浅くなる。緊張に握り締めた両手が冷たくなるのがわかった。

ゆっくりと扉が開き、オレンジ色の明かりが見えた。

降りるのかな、と腰を浮かせかけたリディアは、続いて明かりと共に真っ黒なマントとフードを被った人物が乗り込んできて息を呑んだ。