軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

彼とワルツを(二回目)

公爵はこの舞踏会の主催であるかのように、楽団の方を向くとにっこりと微笑んだ。心臓を射抜かれたような顔で指揮者がバイオリンに合図する。終わったばかりのワルツ。人が流れていくホール中央に再びチューニングの音が響き、次の曲もワルツだと知った招待客の視線が手を掴んで離さない公爵とリディアに注がれた。

(う……嘘デショ!?)

曲が始まり、二回目のワルツがスタートする。

(まってまってまってまって!)

この世界の社交界にはルールがあると、リディアは原作でも本体の知識としても知っていた。

身体を密着させ、一曲の間、ずっと相手の目を見て踊るワルツは、次々とダンスをする相手が変わる他の踊りと比べて社交界の重鎮たちから破廉恥なものとして認識されていた。そのため、何度も同じ相手とワルツを踊るのは不道徳とみなされてしまう。

もちろんその二人が夫婦や婚約者ならしぶしぶ認められるが……そうでもない二人が三回も同じ相手と踊れば婚約間近の良い仲だと思われても仕方なかった。むしろそうでもないのに踊るなというところなのだ。

そんなワルツの二回目が間を開けずに始まって、リディアは背中に視線の矢が刺さる。

もし具現化していたら間違いなく即死していただろう。

「こ……公爵閣下ッ」

引き攣った顔で彼を見上げれば、彼は涼しい顔でリディアをリードし続けた。その様子にぎゅっと唇を噛み締めて、彼女は一体彼は何を考えているのかと、冷や汗と共に思考を巡らせる。

(リアージュ・エル・ラムレイ……黒の領地で大怪我を負い、その際に聖女・エトワールに命を助けられたことで二人の仲は急接近……)

本来、彼らが聖女を待つ理由は別にあったのだが……。

「先程の続きなのですが、ミス・リディア」

視線を伏せ足元ばかりを見つめていると、楽しそうに公爵が声を掛けてきた。渋々視線を上げれば、ほんの少し顔を近寄せた彼が薄明色の瞳を翳らせた。

「わたしの笑顔が人を魅了するとはどういうことでしょうか」

にっこり笑うと、シャンデリアもそれを反射する床も踊る人々の洗練された動きもドレスも宝石も何もかも全部色あせる気がする。

「……言葉の通りですわ」

思わず本音が漏れた。そういうとこだぞ、といいたいが相手は王太子の右腕でもある公爵閣下だ。爵位も何もない自分が無礼を働いていいはずがない。奥歯を噛み締め、「早く終われ」と胸の内で呪文のように唱えていると不思議そうな声がした。

「にしてはあなたに通用していないようですが?」

堂々たる台詞に、思わずぽかんとして見上げれば、イケメン公爵は理解できないといった様子で首を傾げている。リディアの口元が引き攣った。なんという……自信に裏打ちされた発言だろうか。

彼がブルーモーメントの一員であるという事実をすっかり忘れ、リディアはこっそり溜息を吐くと礼儀正しい笑顔のまま答えた。

「私は身の程をわきまえておりますので」

たとえどのような笑顔を見せられようと、オルダリア公爵にひれ伏す一員にはならない。そう訴えると、かすかに……本当にかすかに、意外そうな色が彼の瞳を過った。

「ミス・リディアは万一にもわたしの目には留まらないと?」

(失礼な)

言い切る姿にカチンとくる。だが、事実なので仕方ない。

「閣下は三国一の美女でもその腕に抱けるだけの権力も容姿もお持ちですので」

皮肉に皮肉でかえせば、今度こそ彼はぎょっとしたようだった。そりゃそうだ。社交界に顔すら出したことのない、父を亡くしたのと同時に爵位も家も土地も奪われた哀れな小娘の口から「腕に抱く」だなんて台詞が出てくるとは思わなかったのだろう。

だがリディアも自棄になっている。

こんな大注目されるようなことは想定外なのだ。さっさと解放されたい。

「そんな方が下々の者に興味を持たれることなど皆無かと」

毒のある笑顔で告げれば、公爵が目を丸くした。

(ふん。どうよ)

心持ち得意になりながら、リディアはすいっと彼から視線を逸らした。彼がブルーモーメントの使者なわけがない。こんなに周囲から注目されて秘密の話などできるか。

セインウッド子爵の姿は見えない。彼から何が、必ずや合図があるはずなのだと、窓の方を注視していると公爵が無理やりターンをする。

「っ!?」

ぐるん、と回転し足がもつれる。だがそれすらも計算だったようで、彼はリディアの腰に抱く腕に力を込めると倒れないように支え切った。二人の間に空いていた距離が更に詰まる。

吐息が頬に触れる。

「そういう君はわたしに全く興味を示さない」

何故か不服そうな薄明の瞳を見上げ、リディアは絶句した。心なしか頭痛がする。痛みをこらえるように目を伏せながら、リディアはゆっくりと息を吐いた。

「興味を持ってほしいのですか?」

胡乱気に尋ねれば目の前の男は誰もが絆されそうな爽やかな笑みを浮かべて見せた。

「そうだな」

(嘘でしょ……)

心の中で突っ込みながら、リディアはとにかく早くこの男から距離を取るべく頭をフル回転させた。

彼の言動を鑑みるに、好意を示せば飽きる可能性が高い。それでこ゚のめんどくさい男が納得するのなら安いものだ。

だがどうやって?

「……わかりました、訂正します。公爵閣下が下々の者にも興味を持たれるかもしれないですし、そうなった時に万が一にも私がお目に留まったらそれはそれは名誉なことで一生公爵閣下を忘れられなくなるので謹んで近寄らないでください」

棒読みの早口で告げれば、公爵の肩が震えるのが見えた。ちらりと表情を見れば、男は必死に視線を逸らし、俯いている。頬を噛んで笑いをこらえているようだ。

よかった。とにかく興味を示すことはできた。だからさっさと満足して欲しい。

視線の矢は今やとどまることを知らず、リディアはずたずたに射抜かれている。とっとと終わらせて子爵を探したい。

「……なんだか君との時間をもう少し長く持ちたくなってきたよ」

「はぁ!?」

大きめの拒絶が出た。もうそろそろ曲が終わる。これでピリオドだ、ピリオド。

そうでかでかと顔に書いてあるリディアを見下ろし、オルダリア公爵はにっこりとしか形容できない笑顔を見せ、ゆっくりと消えていくフレーズに合わせるように視線を楽団に向けた。

「ちょっと!?」

流石に駄目だ。これ以上は駄目だ。そんなことをしたら、リディア・セルティアは一晩にして有名人になってしまう。それこそ……望まない方向の。

ゆっくりと片手を掴んだままお辞儀をする公爵から大急ぎで自らの手を取り返し、リディアはくるりと踵を返と、なりふり構わず大股でホールを横切った。振り返らなくてもわかる。一人中央に残された公爵が後ろに手を組んで背筋を伸ばし、にやにや笑っているであろうことが。

(くそ……ッ! さっさと庭に出よう!)

突き刺さるような視線はだいぶ緩和されていた。何故ならこの場にいる公爵を狙う令嬢達は皆、リディアなど眼中にないからだ。

ほっと胸を撫でおろし、どうにかして自分に招待状を送ってきたブルーモーメントの構成員を探す。

だがオレンジ色の髪の子爵はどこにも見当たらない。

(どうなってるのよ……ッ)

もう一人で庭に出ていようか。

(そうよ……こんな大勢の人の前で秘密組織の人間が直接話しかけてくるなんて怪しすぎるもの。ちょっと考えればわかることじゃない)

一人になったところで話しかけるのだ。そうに決まっている。

よし、と気合を入れてガラス戸から外に出ようと視線を転じ、リディアはその場に固まってしまった。目の前にオルダリア公爵が立っている。

(こいつ……)

足音も気配もなかった。さすがは優秀な騎士でもある。原作でも凄腕の剣の達人だと書かれていた。

(まあでもそうか……恋愛小説のヒーローだもん)

乙女が羨む設定満載がヒーローの役目だ。

そんな舞踏室中の注目を引っ提げて、リディアの真後ろにまで接近していた男は、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。その様子に、リディアは絶望した。

(やめてやめてやめてやめて……やめろ馬鹿がああああああ」

「ミス・リディア・セルティア。もう一度ワルツをお願いしても?」

その瞬間、リディアは明日のゴシップ誌の一面に公爵のトンデモナイ奇行がリディアの名と共に書き立てられるのだろうなと、魂が抜けかけながら思うのであった。