作品タイトル不明
番外編 編み物
「ノーラ、そろそろお茶の時間……何をしているんだい?」
「あらオスカー様、編み物ですわ」
私室のソファで編み物をしていると、オスカー様がお茶のお誘いに来てくれた。王城での仕事がない日は、こうしてお茶の時間はふたりですごすようになっている。最初の頃には考えられなかったくらい穏やかな時間で、私も楽しみにしているの。
隙をついてお菓子をあーんとさせられそうになるので、油断は禁物だけれど。
「もう少しで出来上がりますから、待っていただいても?」
「ああ、もちろん。俺も見ていていいかい?」
「ええ、どうぞ」
オスカー様は嬉しそうに私の隣にストンと座った。相変わらず拳ひとつ分の距離感。最近は腰に手まで回してくるんだもの。最初はドキドキして落ち着かなかったけれど、今はこれが心地よくて安心する。慣れって怖いわ。
ただ、ちょっと編み物はしにくいわね。
「あの、オスカー様? 少し離れていただきたいのですが」
「ノーラ! 俺はまた何かやらかしてしまったのだろうか」
「あぁ、違うのです。編み棒が動かしにくいなあって」
「それはすまない! これくらいで大丈夫だろうか?」
「はい、大丈夫ですよ」
オスカー様は土下座でもしそうな勢いで 跪(ひざまず) き、わけを聞くとホッとしたようにまたソファに座り直した。今度は拳3つ分の距離、これなら編み物もしやすいわ。オスカー様は優しい瞳で私を見つめている。
「上手いものだな。君にそのような特技があっただなんて、ますます惚れ直してしまうよ」
「な、なにを仰ってるんですか!」
思いが通じ合ってからのオスカー様は、臆面もなくこのようなことを言うようになった。使用人達の前でもお構いなしだ。今日もエイダやスコットがニマニマしている。
「本当だよ。こんなに愛らしくて、仕事もできて、優しい人が俺の嫁――」
「もう勘弁してください! ほら、できましたよ」
「ん? これはなんだい? 見たことがないな」
フッフッフッ、それはそうでしょう。この世界には存在しないもの。それはね……
「腹巻きです!」
「はら、まき?」
前世に存在したお腹を冷えから守る最強のアイテム、それが腹巻き! これを着用していればお腹は冷えないわ。
「オスカー様、昨日は少しお腹の調子がよくないと仰っていたでしょう? だからこの腹巻きで、お腹を冷やさないようにしたらいいんじゃないかと思って」
「ノーラ……俺のためにこれを?」
「はい、オスカー様の物です。ぐっふぅ」
突然オスカー様に抱きしめられたせいで、変な声が出てしまった。近頃はちょいちょい遠慮なく全力で抱きしめてくるので、その度に潰されそうになっている。
「オスカー様?」
「ああ、ノーラ。君が俺を心配して手編みの物を作ってくれただなんて。幸せすぎて死んでしまいそ――」
「死なないでください!」
「はい、死にません!」
私は編み上がったばかりの腹巻きを、オスカー様に手渡した。最近のオスカー様のお気に入りの色、私の瞳と同じヘーゼル色の腹巻きを愛おしそうに撫でている。
「あの、お腹に着けるんですよ?」
「わかった! さっそく使ってみよう」
オスカー様はジャケットを脱ぐと、腹巻きをお腹に通した。
――あ、これ色の選択を失敗したわ。完全にアレ、前世では腹巻きキャラで有名なバ○ボンのパパ。ヘーゼル色の腹巻きの破壊力が凄いわ、イケメンのオスカー様がなんてこと!
「オ、オスカー様? 他の色で編み直そうかと思いますので、一度それを返していただければと……」
「なぜだ? 俺の一番好きなヘーゼル色だ。これでいいのだ」
アチャー、それ言っちゃう? まあ、この世界でバ○ボンのパパを知っている人なんていないからいいかな……
「暖かいな……ノーラの愛が詰まっているからかな」
オスカー様は気に入ってくれたようで、お茶の時間も腹巻きを着けたまま満足そうにしていた。
◇◇◇◇
――翌朝。
「オスカー様? 今から王城へ行かれるのですよね?」
「ああ、行ってくるよ」
「じゃなくて! その腹巻きは!?」
「ノーラの愛が詰まった腹巻きだ。殿下達に見せびらかそうかと」
「おやめください! どうかそれだけは!」
イケメンが台無しになるわ! それはオシャレアイテムじゃありませんから!
オスカー様は渋々腹巻きを脱ぐと、王城へ仕事に行かれた。次からは絶対に、ヘーゼル色で編むのはやめようと心に決めた。