作品タイトル不明
275:災厄の足音
新たな家族、不死鳥のルヴィを迎えてから二カ月――。
世界の平穏を維持するために旅をし続けていたアヴォロスは、ある奇妙なことに気づき、人間界の南端から海を眺めていた。
(……やはり勘違いではないな)
ジッと目を凝らしながら、自身の考えが的を射ていることを知る。
(――水位が下がっておる)
目の前には砂浜が広がっているのだが、以前ここに来た時よりも何倍も広大化していた。
(過去、水位が上昇したことはあって、これほどまでに水位が下がったことはなかったはずだ。一体何故……?)
つい最近だが、〝黄金郷〟――【オリンピース】が浮上したが、あれは水位が下がって出現したのではなく、島自体が自らの力が浮き出てきたのだ。
だから海面水位に意識は向かなかったが……。
(もしかしたらこの水位の変化も多少は影響していたのかもしれぬな)
しかし……と。ならば一体何があってこうなったのか……。
不意にアヴォロスは空を見上げる。
「そうか……月の存在か」
月の潮汐力。『神族』との戦いによって、【ヤレアッハの塔】が存在する月は、以前とは比べものにならないほど、この【イデア】から離れてしまった。
月が離れたことによって、海面が下がっているというのは理由になることだ。
(各国も海には近づかず、調査すらしていないのが仇となったか。これほどの変化に気づかなかったとは)
実際海には凶悪な魔物たちが棲息しており、巨大な渦潮や高波などの厳しい環境によって、人は海に近づかないのは常識である。
だから別段海に意識を向けることなく人々は生活し続けていたが、この異常現象とも思えるほどの変化は、さすがにこのまま見過ごすわけにはいかないのではとアヴォロスは思った。
(少し調査してみるか)
そう思い、背中から翼を生やして南海へと飛ぶ。
二十分ほど進んだ場所で、アヴォロスは思わず立ち止まってしまう。
「……これは」
海を通して、その底には巨大な黒い物体が視界に飛び込んできた。アヴォロスは確認のために、そのまま海へと入る。
するとすぐにギョッとして目を見開いてしまった。
そこにあったのは、レンガ造りの人が住むような家。その面影を残す残骸だ。しかも一軒だけでなく、半壊して苔塗れになっていたり、藻に絡まれたりしている建物が数多くあった。
(……! そうか、ここは……っ)
そう思った刹那――背後から何かの気配を感じた。当然すぐに確認してみると、そこにはかなり大きめの井戸があり、気配はその先から感じる。
アヴォロスは一旦周囲を見回してから、その井戸へと泳いでいく。
もちろん海へ沈んでいるので、井戸の中も海水でいっぱい――のはずだったが、
「――くっ!?」
井戸へ入った瞬間に浮力を失って体勢が崩れる。咄嗟に翼を出して空中に浮かび、頭上を見上げた。
井戸の入口付近で水が止まっている。しかも井戸にはところどころに明かりが設置されてあり、周囲を明るく照らしていた。
「どういうことだ?」
まさに謎。何故ここだけ空気があるのか。
アヴォロスはこの先にその答えがあるような気がして、そのまま先に見える地面へと目指す。井戸には梯子も設置されてあり、本来はそれを使って出入りするのだろう。
下へ降りると、通路が目の前に広がっていた。
(む、この気配は……!)
先程感じた気配が濃くなっている。これは明らかに生物の気配だった。
誰かがここに住んでいるということだろうか……。
周囲を十分に警戒しながらアヴォロスは進んでいく。
通路は十分な広さがあり、トンネルのような造りになっていて、周りは大理石のような輝きを放つ鉱石で覆われている。
いろいろ分かれ道らしきものは見つかるが、気配を感じる前方にある扉に向かって歩を進めていく。
だが不意に強烈な敵意を前方から感じて足を止める。
(……何かおるな)
黙って前を見据えていると、赤い扉がゆっくりとギギギギィ……ッという乾いた音を立てて開き、そこから急にナニカが飛び出してきた。
それはアヴォロスに向かって明らかな敵意を持っており、当然このままだと手傷を受けると判断したアヴォロスは、右手に魔力で形作った剣を出現させて応戦。
バチィィッとそのナニカの攻撃を防ぐが……。
「――っ!? き、貴様は……っ」
そこにいたのは明らかに人の姿をした存在。ただ目と口が糸で縫われており、風貌も血のように真っ赤な衣を着用して異様な様子だった。
その者が手に持っていたのは、見たこともない赤い塊が棒状になったもの。
「何者だ? 答えよ」
しかし相手は反応を見せない。ただかなりの力だというのは分かる。少しでも力を抜くと、後方へ吹き飛ばされそうだ。
するとさらに周囲から気配が増大していく。見過ごして通過した通路から、目の前にいる人物のような者たちがゾロゾロと姿を見せたのだ。
(……! こやつらは一体……!?)
人としての生命力を感じるということは、生物であることは間違いないだろう。しかし彼らの額の同じ部分からは、鋭く赤黒い角が天へと突き出している。
(む? 待てよ、この角の生え方は……!)
それはアヴォロスの記憶の中にある、ある種族と合致した。
――――――ほほう、よもやここに侵入してくる者がいたとは驚きですよ。
――そこへ、男のものであろう低い声が耳朶を打った。
同時に目の前で競っていた人物が後ろへと跳び退く。そしてそのまま扉に向かって跪いた。見れば他の者たちも同様の態度を示している。
アヴォロスも扉へと意識を向けた。
さらに扉がゆっくりと開くと、そこからは―――女性に見紛うほどに美しい容貌を持つ人物が出てきた。
雪のように真っ白な腰まで伸びている長い髪に、血の気を感じさせないほどの白い肌。それが赤い衣を纏っているせいで、酷く際立っている。
さらに額には糸で縫っている痕があり、開いている切れ長あの瞳は真っ赤に染まっており、その眼力はまるで冷徹なハンターを思わせた。
「…………貴様は何者だ? ここで何をしておる?」
どう見ても友好的な雰囲気ではない。周りの者たちの風貌もそうだが、何より目の前にいる人物からは痛烈な血のニオイしか漂ってこないからだ。
「おやおや、そんなに警戒しないでくださいな。今、僕はすこぶる機嫌が良いんですから」
「機嫌が良い?」
「はい。ククク、何故なら――――新たな研究体が手に入りそうなので」
刹那――全身を強烈な殺気が襲う。
「……なるほど。どうやら貴様は放置できぬ存在らしい。ここで始末しよう」
「ククク、やれますか、落ちぶれた元魔王様に」
「っ!?」
今の言葉を聞き、自分の正体を掴まれていることを知る。それでもなお殺気をぶつけてくるということは、どうしようもない愚か者かあるいは……。
背後から、今まで動きを見せなかった赤い衣を着る者たちが襲い掛かって来た。手にはやはり赤い塊の棒状のようなものを持っている。
「殺してはダメですよ。生け捕りなさい」
男がそう言う。
「フッ、余も舐められたものだな」
アヴォロスは次から次へと襲い掛かってくる者たちの攻撃を回避していく。そして隙を見て投げ飛ばしたり、当身や剣で斬り裂いていく。
「ほほう、さすがは初代魔王アダムスさんに比肩すると言われる元魔王アヴォロスさんですねぇ」
しかし男は少しも焦りを見せずに不敵な笑みを浮かべたままジッと佇んでいる。
「高みの見物とは、それを油断というのだ!」
右手を彼へとかざし、そこから魔力の塊を放つ。すると次の瞬間、驚くことに男は、傍にいる者を前へと押し出して盾にした。
当然無防備に攻撃を受けたので、その者は全身をボロボロにしながら地に倒れる。
(こやつ、仲間を平気で……!)
しかし彼の行動に疑問を持っている者は誰一人いない。まったくもって動揺すらしていないのだ。まるで当然の行動だと言わんばかりに。
「しかしもう盾は使えまい!」
彼の傍にはもう赤い衣の者がいない。同じように魔力の塊をぶつける――が、
「はぁ、仕方ないですねぇ」
スッと固く閉じられている右手を挙げ、バッと開いた。手の平には真横に亀裂のような線が走っており、それがズズズと僅かに揺れたと思ったら、上下に裂かれたのだ。
それは――瞳。
手の平に何故か瞳が備わっていたのだ。瞳がギロリと魔力の塊を睨みつけると、魔力の塊が灰のようになって霧散してしまった。
(っ!? バカな、今のは――っ!?)
それは見覚えのある能力だった。
「さあ、そろそろ観念してもらいましょうか」
男が言うと同時に、頭上に膨大な魔力を感じた。攻撃を避け続けながら確認してみると、そこから空間を裂いて複数の剣が降ってくる。
「何っ!?」
避けなければと思い動こうとするが、右足に違和感を覚える。倒れた赤い衣を来た者が右足を掴んでいたのだ。
(こやつ、このままでは自分も剣の串刺しになることが分からぬのか!?)
いや、それは他の者たちも同様だ。傷つくのを何も思っていないようで、剣の雨の中に身を晒してくる。
(くっ――このままでは――っ)
アヴォロスの頭上から大量の剣が降り注ぐ。
辺りには血飛沫が盛大に舞い、剣は無情にも多くの者の身体を貫いていく。
そしてアヴォロスはというと……。
「…………これはこれは、やはり元魔王。一筋縄ではいきませんでしたか」
男の視界には、アヴォロスの姿はなかった。
「ふむ。まあいいでしょう。こちらも準備はもうすぐ完了ですからね」
剣が突き刺さり死んでいる者に一瞥すらせずに、男はそのまま扉の奥へと消えて行った。
※
――【太陽国・アウルム】。
執務室にて、日色はテーブルの上に積み重なっている書類を、一枚一枚目を通して判を押していた。
「ふむ。これはこの間、街で起こったいざこざの報告書か」
いくら治安が良い街だといっても、やはり多くの人が住めば価値観も違うので、その相違から喧嘩が生まれるのは仕方のないことだろう。
この書類は、街で起こった世間で《禁忌》と呼ばれていたハーフ同士の喧嘩。今、各国の王たちが取り決めた法により、世界法として《禁忌》という言葉を人に向けて使うことは禁止された。もしすれば侮辱罪として罰せられる可能性が高い。
何でも最近、獣人と人間のハーフと、魔人と人間のハーフが、どちらが種族として高位な存在なのかという話題において、それが徐々にエスカレートしてきて殴り合いにまで発展したらしい。まあ、酒の席での話だということで、後日互いに謝罪をして事なきを得たが。
「よくもまあ、しょうもないことで言い合えるもんだな」
どちらが種族的に優れているとか考えるだけムダだ。優秀な奴は種族にかかわらず優秀だし、総合的に見てもどの種族も得意不得意がそれぞれあってそう違いはないと日色は思う。
そんなに自分の優秀さを見せつけたいのであれば、自身でこれでもかというほど努力した結果を見せれば誰も文句は言えなくなる。それはその者が必死で培って得たものだからだ。
「ま、それでも嫌味にはなるかもしれないけどな」
そのまま視線を別の書類へと落とす。
それは王として日色が立ってから絶えず送られる文書だ。内容は異世界からやってきた日色という人物に王を任せるのは問題があるというような日色を否定するもの。
差出人は書かれておらず、定期的に送られてくる。他の王からしてみれば、こういう反対の意見を言う者たちは必ず存在するので、仕方ないのだという。
そういう者たちが認めてくれる王になるしかない。時間をかけて。
「王ってのは難しいものだな」
万民に受け入れられるような者などいないということだろう。それでも自分や周りの者たちを信じてやっていくしかないのだ。
(次の書類は……東の活火山の調査が終了したか)
前に会ったティッチという研究者からの報告書だった。すでに街に帰ってきているようだ。ただ彼からは再三に渡って、フェニックスであるルヴィの生態調査をしたいという要望がきている。
火山研究者にとって、フェニックスという存在は魅力的過ぎる研究体なのだそうだ。気持ちは分かるが、この件に関してはレッカに一任している。親代わりであるレッカは、申し訳なく思いつつも断っているらしいが。
そして書類に判を押して、次の書類に手を伸ばそうとした時、不意に魔力を感じた。
目を細めながら、魔力の出所であるテーブルの前方を見据え静かに立ち上がると、立てかけてある愛刀――《絶刀・ザンゲキ》を手に取る。
すると視線の先では床に水溜まりが出現し、そこから見知った顔が浮かび上がってきた。
「……ふぅ、何だお前か」
と、ホッとしたのも束の間、彼の右肩に刺さっている剣と、彼の右足を掴んでいる何者かの存在に目を見張ってしまう。
「っ……ぐっ!」
アヴォロスはおもむろに右肩に刺さっている剣を抜くと、右足を掴んでいる者の手をそれで切断した。
アヴォロスの身体はところどころ傷ついているが、命には別条はなさそうだ。
「……一体何があった? そいつは誰だ?」
その者にも剣が刺さっており、すでに絶命しているようだ。
アヴォロスは立ち上がると、やれやれといった感じで語り出す。
「――ヒイロ、少し厄介な存在に出くわした」
「厄介な存在だと? お前にその傷を負わせたのは、そこにいる奴じゃないのか?」
赤い衣を纏って、額から大きな角を生やした人物に視線を落とす。
「違う。こやつは恐らくあの者の手駒だろう」
「あの者……?」
「名前は不明だ。種族もまた、な。しかしどうも信じられぬ力を宿しておった」
「詳しく話せ。いや、その前に」
日色は『完治』の文字を書いて、アヴォロスに放つ。アヴォロスもまたそれを避けることもなく受け止め、発動させた文字から光の粒子がアヴォロスを覆った。
傷がみるみる治癒していく。
「――ふぅ」
アヴォロスは右肩を回しながら、完治したことを確認している。
「これで話しやすくなっただろ」
そうしてアヴォロスから、彼が経験したことを聞いた。
海面水位の下降。海の中の街。そして奇妙な井戸の中での出来事を。
「その白髪の男が何者なのか見当もつかないってことか」
「ああ。しかしこやつらに関しては些か既知の事実がある」
「何?」
アヴォロスが見るのは、事切れている赤い衣の存在。
彼から驚く言葉が紡がれる。
「こやつは――――――『クピドゥス族』だ」
「っ!? 確か『神族』が世界を牛耳るために造り上げた種族……だったな」
「ああ、初代アダムスの手によって壊滅したはずの種族だ」
「それがそいつらだってのか?」
「初代勇者――シンクが召喚され世界が平和になった時、魔神ネツァッファがこの世に顕現した。それはアダムスが駆逐し損ねた『クピドゥス族』の仕業だ」
そういえば確かにそんな話は聞いたことがあった。
「その時に余は『クピドゥス族』の姿を見ておる。そしてその風貌は……」
「そいつとそっくりだってことか」
これはまたキナ臭い話になってきた。『クピドゥス族』が関わる話に良いことなど何一つない。そもそも破壊と混乱を掲げた種族なのだから。
「それじゃその白髪の男も『クピドゥス族』の生き残りじゃないのか?」
「どうだろうな。『クピドゥス族』の特徴は、この大きな一本の黒い角だ。しかしそやつには角は存在していなかった」
「……以前のお前のように『クピドゥス族』の力を利用しようとしているだけってことか?」
「その可能性は否定できぬ。しかしその者が何を考えておるのか。どうして沈んだ大陸に潜んでいたのかも謎だ」
「……ん? ちょっと待て、大陸……だと?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「そうだ。【オリンピース】が見つかった時にも話をしたろう。原初の時代、この世界にはもう一つの大陸が存在したと」
そういえば、そんなことを彼が言っていた気がする。遥か昔のことだから気にも留めていなかったが。
「あそこに沈んでいるのは、その四つ目の大陸だ」
まさか今頃、そんな現象が起きるとは……。
「恐らくこのままだと、海面水位がさらに下降して、失われたはずの大陸が再び顔を見せるやもしれぬ」
「しかし何故いきなり海の水位が……! そうか、月の潮汐力か」
「やはり貴様もそう推察するか」
「それしか理由が考えられないからな。今も徐々にだが【ヤレアッハの塔】は、【イデア】から離れていってるんだ」
「む? そうなのか?」
「ああ、イヴァライデアがそう言っていた」
つまりこれからもっと水位が下降する可能性が高いということだ。
「四つ目の大陸に関して何か情報はあるか?」
「少しは、な。しかしあまりにも昔のこと故、当時を知っている者に聞いた方が効率が良い」
原初の時代を知っているとすれば、やはりここはイヴァライデアになるのかもしれない。いや、シウバやホオズキもそれなりに情報は持っているかもしれないと判断した。
そこで日色は非常招集をかけた。当然今回の件が民たちに伝わるとパニックになりかねないので、日色の信頼できる仲間だけを招集することに。
城の中にある会議部屋にて、日色という国王を支える者たちの中で重鎮たちが集まった。
会議部屋に入ってきた直後、皆がアヴォロスの姿を見て怪訝な表情を浮かべつつも、日色を前方に置き、その左右に別れて座っていく重鎮たち。彼らの顔から察するに、恐らくは只事ではない事態が起きたのだと予想できたのだろう。
「――全員集まってくれたな」
「ん……食事中だった」
「我慢してくだされウイ殿! 会議が終わればたらふく食えますですぞ!」
ウィンカァの不満気な声に対し、ニッキが宥めるように言う。このコンビもなかなかに板がついてきたようだ。
「おほん。貴様ら静かにしろ。……それでヒイロ、何があった?」
リリィンの言葉をきっかけにして、全員が日色の顔を見つめる。従者のように日色の傍に立つアヴォロスにも、視線がちらほらと向いていた。
日色はアヴォロスから聞いた話を皆にも聞かせる。最初は黙って聞いていたリリィンたちだが、徐々に表情を強張らせ始めた。
「――バ、バカな……! 四つ目の大陸に『クピドゥス族』だと!? 一体どうなっている!」
リリィンだけでなく、その場に集まってくれた者たち全員の気持ちも彼女と同じようだ。
「おいアヴォロス、例のやつを」
日色がそう言うと、アヴォロスが日色の目の前に水溜まりを出現させる。そこから事切れている『クピドゥス族』が現れた。
座っていたリリィンだったが、彼女も『クピドゥス族』の姿を知っているようで、バッと勢いよく立ち上がると……。
「こやつ……は……っ」
「やはりリリィンは分かるか。一応知っている者にも確かめておきたかった。コイツの身形……『クピドゥス族』で合っているか?」
「あ、ああ……ヒイロ。確かにワタシが知っている姿と同一だ」
「わたくしも、です」
リリィンの隣に座するシウバも同意を示す。
ここに集まっている者は、ミュア、アノールド、ウィンカァ、リリィン、シウバ、ニッキ、カミュ、テン、ヒメ、クゼル、レッカ。人間、獣人、魔人、精霊と、【アウルム】の理念を体現したような面々である。
ミュアとアノールドは、元々【獣王国・パシオン】に住んでいたが、日色が王になってしばらくしてこちらに移住する準備を整え、晴れて日色の城にてともに暮らすことになった。
無論獣王を冠するレッグルスは、ミュアたちの移住に渋い表情だったが、他ならぬミュアたちの希望ということで、日色も受け入れることができたのである。
リリィンやシウバも『クピドゥス族』で間違いないというのであれば、やはりそうなのだろう。
ちなみに白髪の男に関する情報も何か分かるかと思って尋ねてみたが、残念ながらその点に関しては空振りだった。
「……ととさんは何か知ってる?」
ウィンカァの父親であるクゼルも、リリィンに負けないくらいの長寿。それならば知っていると思ったのか、ウィンカァが尋ねるが彼は首を左右に振る。
「いいえ。聞いたことはありますが、世情には疎く、『クピドゥス族』と相見えたことはありません」
それならば仕方がないだろう。
「しかしその白髪の男が、こやつらを複数操っておる黒幕か。しかも四つの目の大陸に潜んでいるとは……。シウバ、貴様は四つの目の大陸について何か知らないのか?」
「申し訳ございませんお嬢様。わたくしもそれほど情報を持っているというわけではございません。それは恐らく、『精霊王』のホオズキ殿とて同じかと」
シウバはそう言うが……。
「……黄猿、一応『精霊王』と『妖精女王』にコンタクトを取り、今回の件を話しておいてくれ。何か情報があったら知らせろよ」
「あいさ。んじゃま、行ってくるぜ!」
「一応私も行くわ。あなただけじゃ頼りないもの」
ヒメもともに行くのか、二人の傍の空間に歪みができると、その中へ二人は飛び込んで姿を消した。精霊たちが集う【スピリット・フォレスト】へと行ったのだ。
「ヒイロ、その四つ目の大陸について調査に向かうべきだと思うが?」
「で、でもリリィンさん、そこにはアヴォロスさんを襲った人がいるんですよね。危険なんじゃ……」
「ミュア、危険だからといって放置はできないだろう。そやつが何を企んでいるのか知らんが、いきなりアヴォロスに襲い掛かった以上は好意的な者ではないことは確かだ。それに……」
リリィンの視線が『クピドゥス族』へと向く。
「歴史上、こやつらは災いしか生んでおらん。故に調べる必要はある」
ミュアも反論できないのか口を噤んでいる。そんな彼女を見て苦笑するアノールドだったが、不意に何かを思いついたように日色に顔を向けた。
「あ、そういやヒイロ、確か『クピドゥス族』ってのは『神族』が造り出した存在だろう? だったらペビンに聞きゃ何か分かるんじゃねえか?」
「それなんだがな。アイツがどこにいるのか、まったく掴めていないんだ。オレもすぐにアイツに話を聞こうとしたんだがな」
「むぅ、どこ行っちまったんだ、あの細目野郎は。いなくていい時は必ずいるのによぉ」
「もうおじさん、そんなこと言っちゃダメだよ」
「け、けどよぉ」
「おじさん!」
「う……はい」
時が過ぎても、やはりアノールドはミュアには勝てないようだ。
「ヒイロ、それではシリウスはどうだ? 奴だってペビンと同族だしな」
「アイツは今、【人間国・ランカース】での政務を手伝ってる。それが終わって一段落すれば、こちらに来てくれるそうだ」
リリィンの問いに対して日色が説明した。シリウスは人材不足に悩まされている【ランカース】で、その辣腕を発揮しているとのこと。何でもジュドムが掲げるある計画の遂行者に任命されているらしいが。
「すでに連絡済みだったか。……イヴァライデアからは何か聞けたのか……って、その顔ではいまだに起きないか」
リリィンは日色の顔色を察してくれたようだ。
実はイヴァライデアだが、勇者四人を元の世界に送った時から体調を崩したのか、ずっと眠ったままなのである。
まだ完全に力が戻っていない状態で、世界を繋ぐという大業を成したのだ。いくら神といえど、持っていた力のほとんどを行使した結果、その反動でしばらくは眠りにつくとのこと。
(確かにアイツが起きれば詳しいことが分かるんだろうな)
しかしそれはできない。ということは……。
「やはりペビン、か」
リリィンの呟き。日色が思っていたことを口にしてくれた。
そうだ。彼ならば必ず何かしら実になる情報を持ち合わせているはずだ。
(ったく。オッサンじゃないが、本当にどこにいやがるんだか。必要な時にいつもいない)
やれやれと肩を竦めてしまうが、今やれることをするしかない。
「とりあえず調査チームを編成する。本来ならオレが行くんだが……」
と言うと、他の者たちから「バカを言うな」的な視線をぶつけられる。
「……やはりダメか」
「当然だろう。仕事だって山積みだ。貴様にしか判断できないものがな。分身を使うという手もあるが、遠距離になるほど力が衰えるのだろう? ならばほとんど役に立たないのではないか?」
リリィンの言う通り、分身を作って向かわせるということもできるが、本体から離れれば離れるほど力が落ちる。四つ目の大陸は、遥か南。しかも海の中である。分身が思う通りに機能してはくれないだろう。
(はぁ、王という立場は意外に窮屈だな)
それは今更始まったことではないが、そもそも国を守る存在の王が、国を簡単に離れていいわけがない。
民に向けて守ると公言した以上は、ここで待機して仕事をこなすことが当然。
「……仕方ない、か。なら現場を知ってるアヴォロスを案内役として……」
彼の顔を見ると、頷きを返したので異論はないようだ。
「大陸は遥か南。自由に空を飛べる方が何かと都合が良い、か。なら……ミュアにレッカ、頼めるか?」
「は、はい!」
「父上、自分もですか?」
「そうだレッカ。お前の魔法なら応用力も高いし、風を創って空も飛べるだろう」
「なるほど、了解です父上!」
「ちょっと待てよ、ヒイロ。ミュアが行くなら俺も!」
当然というか、アノールドが名乗りを上げる。
「いや、あまり多過ぎても小回りが利かなくなる。それにオッサンには、今後の対応についてレッグルスたちにも知らせてほしいんだ」
「む、むぅ……」
「おじさん、わたしなら大丈夫だよ! アヴォロスさんやレッカくんもついてるし!」
「ミュア……分かった。けど無茶だけはするなよ」
「オッサンの言う通り深追いだけはするな。まだ実体が分かっていない。あくまでも初動調査ということだけは頭に入れておけよ」
「はい、ヒイロさん!」
「なら準備ができ次第向かってくれ。あとは頼んだぞ、アヴォロス」
「分かった」
「……ミュアたちを頼む」
「……ふふ、やはりお前にとってこやつらは特別か」
「む? 何か言ったか?」
小声だったのでハッキリと聞き取れなかった。
「いや、何でもない。準備が整い次第向かうとしよう」
日色は他にも、リリィンにはイヴェアムに連絡を、クゼルにはジュドムに連絡をしてもらうように頼んだ。
各国の王たちと密に連絡を取り合った方が良いと判断したのである。
日色はその場は一旦解散して、各々の仕事に従事するように通達。日色もまた日々の業務へと戻る。
不意に窓から覗く空を見つめた。どんよりと曇っており、明確なものではないがどことなく不安を煽られる空模様である。
(事が無事に終わればいいんだがな)
そう願うがただ一つ、アヴォロスから聞いた話について気になっていたことがあった。
彼はこう言ったのだ。
『白髪の男は、アクウィナスと同じ力を持っているやもしれぬ』
アヴォロスが放った魔力の塊を一瞬にして灰化させた。それはアクウィナスが持つ《創剣の魔眼》の能力の一つと同じ力。
それにアヴォロスの身体に突き刺さっていた剣もまた、何も無いところから生み出されたものだということ。
それらを考慮すると、白髪の男とアクウィナスに何らかの関わりがあるのでは、と思ってしまった。
一応リリィンにはその旨を伝えて、アクウィナスにも連絡を取ってもらうようにしたが。
(果たしてどんな答えが返ってくるか……)
今願うのは、ミュアたちが無事に調査を終えて帰ってくることだけだった。