軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

256:帰還後の英雄は

丘村日色が【ヤレアッハの塔】から【イデア】に帰って来て三日が過ぎた。

しかし……。

「……おい、このバカ騒ぎはいつまで続くんだ?」

日色は隣に立っている【太陽の色】の創設者であるリリィンに呆れた声で問う。

「フン、喜べ。ここはワタシと貴様の夢の結晶だぞ!」

「いや、そんなことを聞いてるんじゃないし、それはもうこの三日で何十回と聞いた。オレが聞きたいのは、オレが帰って来てから今までひっきりなしに続いてるこの祭りはいつまで続くんだということだ」

「そ、それは仕方ないですよ、ヒイロさん」

「ミュア……」

リリィンが立っている反対側に位置しているミュアが苦笑を浮かべながら言う。

「だって、みんなヒイロさんが帰って来てくれて嬉しいんですから。祝っても祝っても祝い足りませんよ。わたしだってそうですし」

「そうはいってもな。もう三日だぞ? そろそろ落ち着けよ」

眼下に広がる人、人、人、人。皆が祝祭に湧き、笑顔ではしゃいでいる。日色は【太陽の色】に造られている、見晴らしの良い《アウルム大博物館》の館長室にあるテラスで、人の群れを見ていた。

こうやって喜んでくれるのは嬉しいが、

「あ、あのあの、握手してくださいっ!」

「あ~っ! ズルイわよ! 英雄様、私にもお願いします!」

「ちょっと押さないでよ! ヒイロ様~っ!」

こんな感じで知らない者たちが集まってきて、握手やサインなどを求められる。

(オレはどこぞの芸能人か)

ハッキリ言ってもううんざりである。これが三日間、変わらぬ光景だ。無論握手なんかは面倒なので一切しないが。

「ヒイロ、貴様は世界を救った英雄なのだ。あの像だって見たろ? 凡人どもには特に貴様は神のように崇められている」

「……それも聞きたかったんだがな、あの像は壊せ」

「な、何故だっ!? アレを真っ先に立てようと思ったから出来上がった博物館だぞ!」

「何故も何も、本人が見たらどう思うか考えなかったのか?」

「はあ? …………嬉しいだろ?」

ダメだコイツ。まったく分かっていない。

「はぁ。本人がここにいるのに像とかおかしいだろ」

「世界を救った英雄の像だぞ? 当然だ。それにあの像を見るためにここへやってくる者たちも多い。良い潤いになっているぞ! クハハハハハハ!」

慈善事業ではないようなので入館料をとっているということだろう。

「オレの像は客寄せパンダか……」

正直に言うとあんな像など恥ずかしさ極まりない。アヴォロスに像の隣にあったはずの《絶刀・ザンゲキ》を取りに行かせたのも、間近で見ると壊したくなる衝動にかられるからといった意味もあった。

さすがに一方的にせっかくリリィンたちが造ったものを壊すのはどうかと思ったからだ。無論本音を言えば、今すぐにでも壊したいが……。

「……まあいい。ところでもう一つ不満を言ってもいいか?」

「む? 何だ?」

「…………お前ら、さっきからオレとの距離が近くないか?」

そうなのだ。隣に立っているリリィンとミュアの身体がピッタリと日色の身体にひっついている。

「べ、別に深い意味は……ない」

ないならひっつくなよと思う日色。

「わ、わたしはその……深い意味はありますよ。リリィンさんと違って」

そう言いながら日色の左腕に自身の腕を絡ませるミュア。柔らかい感触が伝わってくる。

「なっ!? ミュ、ミュア! ヒイロはワタシのものだぞ!」

同様にリリィンも右腕を引っ張る。

「おいお前ら、暑苦しい」

「我慢しろ!」

「そうです、この二年間、ずっと寂しかったんですから!」

「……それはまあ、事情は説明したと思うが?」

月を止めた反動で一年半ほど眠っていて、魔法を使えるまでにさらに半年かかってたということを教えた。

「そ、それは分かってますけど、もう遠慮はしないって決めたんです!」

「こらミュア! ひっつき過ぎだ! 離れろっ!」

「リリィンさんこそ、ヒイロさんをギュってし過ぎです!」

いや、ミュアも人のことを言えないと思う。リリィンはともかく、ミュアはこの二年間で少し成長したのか、身長も髪も伸びており、ほとんど膨らみもなかった胸部だが、そこもある程度の成長を遂げている。

(一体この状況は何だ……?)

二人ともこんなに積極的だったか……? そんなふうに思う。ミュアはともかく、リリィンは間違いなく自分から抱きついてくるようなことはなかった。

三日前、この場に帰って来た時に、リリィンが泣きながら抱きしめてきたことを思い出す。もちろん彼女だけでなく、ミュアたちもそうだった。

そしてミュアがイヴェアムたちに連絡した直後、仕事を放って駆けつけたイヴェアムにもこれでもかと言わんばかりに抱きしめられた。

他にも代わる代わる女の子たちに抱きつかれるという、日本にいた頃は考えられない経験をしたのだ。

(まあ、もうコイツらの気持ちは分かっているんだがな)

リリィンに関しては、直接言われたわけではないからハッキリとは分からないが、ミュアやミミル、そしてイヴェアムの想いは伝わっている。

(そういや、イヴェアムにはいつか答えを出すって言ったな……)

しかしまだそういうことを考えられない。とりあえずは、まだ少し時間を置こうと思う。

「師匠ぉぉぉ~っ!」

ドスンと背後から抱きついてきたのは、愛しいバカ弟子であるニッキだ。彼女もまたここ二年で見違えるほど成長している。

「師匠! ボクは今、師匠と遊びたいですぞ!」

「ずる~い! ごしゅじんとあそぶのはミカヅキなの~!」

そこへシャモエと一緒にミカヅキまで現れた。

「ダメですぞ! 師匠はボクと遊ぶのですぞ! あっ、特訓でもよいですぞ!」

無邪気な笑顔で見上げてくるニッキ。

(……コイツが母さんの生まれ変わりなんだよなぁ)

そう思うと何故だか笑えてくる。

「ミカヅキもだきつく~っ!」

そう言いながらまだまだ小さいミカヅキが抱きついてくる。

「……モテモテね、ヒイロ」

ピョコッと日色の懐から顔を出したのは、力を尽くしてしまい『妖精』のように縮んでしまったイヴァライデアである。

「起きたのか、オチビ妖精」

「……妖精じゃない」

「それじゃ、チビ神だな」

「むぅ……ヒイロの意地悪」

不機嫌そうに頬を膨らませるイヴァライデア。彼女もまた月から一緒についてきたのだ。あまり活発的に動けないので、日色の懐に入って眠っていることが多い。

それより今はイヴァライデアよりもこの状況の収拾に努める必要がある。

「とにかくお前らは離れろ。ニッキ、少し特訓してやるからついてこい」

「やったぁっ! 嬉しいですぞぉ!」

「ぶぅ~! ズルイよぉ、ニッキばっかし~!」

「別に見たければお前も来ればいいだろ、ミカヅキ」

「へ? いいの?」

「別に構わん」

「わ~い! ごしゅじんだ~いすきぃ~!」

そういってもう離さないと言わんばかりに抱きついてくる。だが日色の発言に対し、リリィンが抗議をしてきた。

「ちょ、ちょっと待てヒイロ、祝祭の主役である貴様がいなくなってどうする!」

「一応顔は出したんだ。もういいだろ。それに何度も言うがもう三日だぞ。そろそろ終わらせろ」

「し、しかしだな……」

「とにかく、後は任せる。ミュアも、これからオッサンと一緒に仕事だろ? 頑張るんだな」

「はい。できればヒイロさんともっと一緒にいたいですけど、仕事は仕事ですから」

ミュアは聞きわけが良くて助かる。

「なら行くか」

日色は『転移』の文字を使ってある場所まで飛ぶ。そこは――【ラオーブ砂漠】。周りは砂地なので、修業にはもってこいの場所。

「あ~っ、ヒーローだぁ!」

「ほんとだほんとだぁ!」

「わ~い、ヒーロー!」

子供たちが日色の姿を見て駆けつけてくる。

転移してきたのはオアシスの近く。そこのオアシスではある一族が集落を作っている。

それは『アスラ族』と呼ばれる『魔族』の一種。

子供たちの騒ぎ声を聞きつけて、長であるカミュも顔を見せる。

「……あれ? ヒイロ? ……どうしたの?」

「カミュか。別に何も無い。ニッキの訓練に付き合ってやろうと思ってな」

「ですぞ!」

「そっか。うん……分かった。仲間には……そう伝えておく……から」

それから日色は、ニッキと組み手をしたり、《太赤纏》の修練をしたりと、ニッキを鍛えてやった。

「はあはあはあはあはあ…………し、しんどい……ですぞぉ……!」

「それくらいでへばっててどうするんだ? それじゃ、まだ単独でSSSランクモンスターはやれないかもしれないな」

「むむむ! ま、まだまだですぞぉ……っ」

力を振り絞って再び《太赤纏》の修練に入るニッキ。

今の彼女の目標は、冒険者としてSSSランクになり、そして一人でSSSランクのモンスターを倒すことらしい。そうすることで、日色に一歩でも近づこうとしているのだ。

(まあ、《合醒》を使えば倒せなくもないだろうが、アイツは一人で倒したいらしいしな)

彼女が契約した『精霊』であるヒメの力を使えば、力は格段に上がる。しかしそれではヒメに頼ってしまうということで、ニッキはこうして自力を上げることに努めているのだ。

ちなみに今のニッキはつい最近に冒険者登録したばかりなので、まだAランクである。実力的にはSランク以上ではあるが、まだ彼女には実績が足りないので、その上にはいけないようになっていた。

(そういや、ジュドムが冒険者を育成する学校を建てるとか言ってたな)

確かに戦争という危機を乗り越えて、《三国恒久同盟》が結ばれたことにより、もう危険はないと錯覚してしまいがちではあるが、危険なモンスターだってまだまだいるし、よからぬことを企てる者だっていないとは限らないのだ。

腕を磨くことは、この世界では必要不可欠なのかもしれない。特に日色に憧れて冒険者を目指す子供たちが増えている昨今、ジュドムが冒険者を育成する学校の着想に入ったとこの前聞かされた。

そういう試みも面白いと日色も思う。強い奴が増えれば増える程、危険度も増すが、モンスターの脅威に怯えなくても良くなるので世界にとっては都合が良いのかもしれない。

「ねえ……ヒイロ」

カミュが近づいてきたので「何だ?」と問う。

「ヒイロ……これからどうするの?」

「どうする? どういう意味だ?」

「旅……またするの?」

「ああ、そういうことか。そうだな、しばらくはゆっくりするかな。何でも【太陽の色】で今度大きな大会が開かれるらしいし」

「うん……聞いた。俺も……行く」

「その大会を満喫して、少し落ち着いたら、また世界を旅して回るのもいい。今度は海を探検するのも面白いかもな」

海はどこもかしこもSSSランク級に危険度が高いので、船ですら航行できない危険地帯なのだ。しかしそういう場所にも、何か日色の興味をそそるものが隠されている可能性だって十分にある。

(今、あのグルグル眼鏡が海でも平気で渡れる船を造ってるらしいしな)

グルグル眼鏡というのは、【獣王国・パシオン】が誇る頭脳――ユーヒット・ファンナルである。天翔ける船――《スピリット・アーク》を造った天才なので、そのうち海でも太刀打ちできる船を拵えるだろう。

「旅……いいな」

「お前も行きたいのか?」

「うん。だって……俺はヒイロの部下……だから」

「……まあ、いいんじゃないか。アイツらが納得するならな」

そう言って、ミカヅキと遊んでいる子供たちを見つめる。その近くでは大人たちが仕事をしている姿が映った。元長のシヴァンの姿もある。

「もし……みんながいいって……言ったら…………連れていって……くれる?」

若干不安気に上目遣いで見つめてくる。少し熱っぽい視線を感じるが、本当にコイツは男なのだろうかと思うほどの美少女ぶりだ。

「そうだな。別に構わんぞ」

パアッと普段無表情の彼の顔が笑顔に変わる。

「うん……楽しみ」

それからニッキが疲労で倒れたので、休みがてらカミュたちのオアシスで世話になり、日が沈み始めてから【太陽の色】にあるリリィンの屋敷へと戻った。

――――【エロエラグリマ】。

獣人界から切り離された西端に位置するところに浮かぶ孤島。

今そこに、黒いローブで身を包んだ人物が、丘の頂上にある墓石に花を添えていた。

そこには以前、三つの墓石が存在したが、今では四つだ。

灰倉真紅と、その妻であったラミルの名前が刻まれ、三つ目には“ユウカ・イシミネ”と刻まれ、最後の墓石には“アリシャ・ニア・ピピス・ヴィクトリアス”と刻まれている。

「――それが石峰優花の墓か?」

「……ヒイロか?」

黒ローブの背後から現れたのは日色だった。黒ローブはフードを取る。日光に煌めくほどの美しさを備えた金髪がハラリと流れ落ちた。

左目に眼帯をした元魔王――アヴォロスその人である。

「ここに来たのは二度目だったな」

「何しに来たのだ?」

「何、お前が旅に出るという話を聞いてな」

「……イヴァライデアが口を滑らせたか」

確かに日色はイヴァライデアから、彼が世界を見て回る旅をするという話を聞いていた。当の本人は、日色の懐でぐっすりと眠っているが。

「それで? 激励でもしに来たのか?」

「そんなつもりはない。ただ近々に【太陽の色】で様々な催し物が開かれる。それを見てからでも旅は遅くないんじゃないかと思ってな」

「……お前も旅に出るつもりだったのか?」

「さあな。気分が乗ればそうするつもりだが」

「そうか。……せっかくの勧誘だが、余は今日、ここから発つ」

どうやら彼の意志は固いようだ。

「今度こそ余は、この世界のすべてをこの目で見ようと思うのだ。ここにいる……仲間とともにな」

そう言ってアヴォロスは振り返り、自身の胸に手で触れる。彼の中にはここで眠っている者たちの魂が刻みつけられているのだろう。

「なるほどな。ならもう何も言わん」

「心配するな。もう暴走して世界支配などはせぬ」

「そう願いたいものだな」

「だがな。一つだけ先達者として伝えておこう」

「?」

「この世は美しいものばかりではない。どす黒く醜いものもやはりある。それが何かは、貴様なら分かっておるだろうが」

「…………人、だろ?」

「そうだ。人というのは感情ある生き物だ。時として人は、その感情を制御できずに暴走する。その危うさは、どれだけ世界が平和に満たされても失われることはない」

「だろうな。人には欲望がある。その欲望が人を狂わせる。そんなことは、この世界に来て嫌というほど経験している」

感情があるから欲望が生まれる。そしてその欲望を際限なく求めてしまう者もまた存在するのだ。それが――人――だから。

「理解できておるならそれでよい。まあ、貴様ならどのようなことがあったとしても、揺るぎはせぬだろうがな」

「そうだな。幸か不幸か……もうオレは一人じゃないからな」

「……! そこを不幸と言うとは、やはりまだ貴様は素直ではないな」

「うるさい。それはお前だってそうだろうが」

「フッ、貴様よりはマシだ、ぶっ飛ばすぞ、超鈍感横柄眼鏡野郎」

「やれるものならやってみろよ、根暗被害妄想魔王」

バチバチバチと視線で火花を散らす二人。

「やはり余は、貴様が嫌いだ」

「奇遇だな。オレもだ」

同時に顔を背けると、アヴォロスは手に持っていた花束を墓前へ添える。

「…………また、来る」

そう言って微笑むと、アヴォロスは再度日色に振り向く。だが先に口を開いたのは日色だった。

「……気をつけるんだな」

「!? …………心に留めておこう」

それだけ言うと、アヴォロスはその場から風のように姿を消した。

日色は軽く溜め息を吐くと、天を仰ぐ。

「……さて、帰るか」

そこから去ろうとし、石碑に背中を向けた時、

―――――――――ありがとう。

そんな声が聞こえ、思わず振り返ってしまう。だが誰もいない。

勘違い……いや、そう思ったが、日色は四つの墓を見て微かに頬を緩めて、

「――――気にするな」

と言って『転移』の文字を使い、その場を後にした。

冷たい風が頬を撫でる季節。

乾いた土と木々のニオイが日色の鼻をつく。日色は目の前にある大きな慰霊碑を眺めながらしばらく立ち尽くしていた。

「…………ヒイロ?」

「え、ヒイロ……さま?」

二人の声が背後から聞こえて日色はゆっくりと振り返る。

「お前らか。邪魔してるぞ」

そこに現れたのは、【獣王国・パシオン】の第一王女であるククリア・キングと、その妹のミミルである。

「ちょっと、来てるなら一言言いなさいよね」

「悪かったな。まだ……コイツに挨拶してなかったからな」

そう言いながら慰霊碑に刻まれている“レオウード・キング”という名前を見つめる。月から帰って来たはいいが、まだレオウードの墓参りをしていなかったことを思い出して、こうやって一人でやって来ていた。

「お前らも墓参りか?」

「そうですね。毎日、お父様にどんなことを経験したのかご報告しにきているんです」

「そうか。それはコイツも喜ぶだろうな」

ククリアが日色の隣に立ち、寂しげな顔を浮かべる。

「二年、早いものよ。パパが死んでもう二年なんだから……」

「だが、コイツのお蔭で守れたものはたくさんある。コイツのお蔭で成長した奴らもいる」

「分かってるわよ。アタシだってその一人だもの。パパがいたお蔭で……パパの背中を見ていたから、王族としての立ち振る舞いも学べたもの。それはきっと兄たちもそう」

今、レオウードの跡を継ぎ、獣王としてレッグルスが国民たちを導いている。そしてその弟のレニオンも、軍部の上に立ち日々精進していると聞く。

「お父様も、きっとお喜びのはずです。平和な世界を掴めたのですから」

ミミルもククリアとは反対側に立ち、ちょうど日色を挟むような形で立つ。

「できれば、お父様にも今の世界を見せてあげたかったのですが」

「……見ているだろうさ」

「え?」

「アイツはああ見えて親バカだからな。お前らが頑張ってる姿を、ずっと見守っていると思うぞ」

空を仰ぎながら言うと、彼女たちも同じように視線を上に向けた。しばらく沈黙が続き、不意にククリアが口を開く。

「……ねえ、ヒイロ」

「あ?」

「一つ、聞いてもいい?」

「別に構わんが?」

「……イヴェアムに告白されたってホント?」

何故だろうか。ピシィ……ッと空気が固まったような気がした。

「……それが何か関係あるのか?」

「別に。ただイヴェアムが嬉しそうに言ってたし。二人でデートとかもしたらしいし」

「そうでした! ヒイロさま! ズルイです! ミミルともデートしてくださいっ!」

物凄い勢いて詰め寄ってくるミミルに、一瞬気圧されてしまう。

「ちょ、ちょっと待て! 告白は確かにされたが、デートとはどういうことだ?」

「「…………へ?」」

それはミミル、ククリアの二人同時に首を傾げた発言だった。

「えっと……デートしてないの?」

「だからデートって何のことだ? イヴェアムと?」

「そうよ。というかあなた、分かってなかったの?」

「はあ? 確かに二人で街に出掛けたことはあるが……」

「それがデートよ!」

「そうです! それがデートです!」

「……そんなことを言われてもな。ただアイツが買い物に付き合えと言ったから付き合っただけだぞ」

「で、でもその後に夕日の見える丘で告白されたんでしょ?」

「まあ、そうだが」

「それって完璧デートでしょうが!」

「…………そうなのか?」

眉をひそめながら日色が聞き返すと、二人は同時に深く溜め息を溢す。

「……あなたが今まで誰かと付き合ったことがない理由、何となく分かったわ」

「ヒイロさま……鈍感過ぎます」

そんなことを言われても、そもそもデートというものがどういうものかハッキリと分かっていない日色にとっては仕方がない。

(女と二人で出掛けるだけでデートというなら、オレは児童養護施設の施設長やガキどもと何回もしてるしな)

あれをデートといっていいものかどうか分からないが、イヴェアムと一緒にしたような買い物なら、何度も施設長たちとしているのだ。

「とにかく、あなたはもう少し乙女心を勉強した方が良いわね」

「オレは男だ。そんなものを知るつもりはない」

「ダメですよ、クーお姉さま。ヒイロさまはこういうお方ですから」

「はぁ、みたいだわね」

「その分、ミミルたちが頑張ればいいだけです!」

「何でこんな奴がモテるのやら……あ、ちょっと待ってヒイロ、まさかミミルの気持ちすら気づいてないって言うんじゃないわよね!」

何故か胸倉を掴んでくるククリア。男よりも男らしい女子である。ミミルは顔を真っ赤にしてあわあわとなっているが、日色は冷静に返答した。

「安心しろ。ミミルの気持ちは分かってる。これだけ分かり易いんだ。気づくなって言う方が無理があるだろ」

「……なら何でデートの概念が分からないのよ」

ガックリと肩を落としながら項垂れるククリア。どうして彼女がそこまで執拗に追及してくるのか分からない。

ミミルに助けを求めるように視線を向けるが、彼女は悟りを開いたようににこやかに笑みを浮かべている。いや、微笑ましそうに見ているのではなく助けてほしいのだが……と、日色が思っていたその時、遠くからダダダダダダと足音が聞こえてきた。

「ヒィィィィ~~~~ロォォォォォォ~~~~~~~~ッ!」

白い物体が空に跳び上がり、勢いよく日色目指して滑空してくる。マズイッ、本能でそう感じた日色だったが、一歩遅く白い物体に突撃されて、そのまま地面に転倒してしまう。

「あ……っつぅぅ……っ!」

腰を思いきり打ちつけてしまい顔を歪めてしまう日色。しかしそんなことよりも、まずはこの現況を作り上げた存在を何とかしなければならない。

「うんニャァァァ~ッ! ヒイロのニオイニャァァ~! ウニニニニニィ~!」

日色の胸に頭を押し付けてニオイを嗅いでいるのは、《三獣士》の一人――クロウチ(本名・シロップ)である。

「お、お前なぁ」

「スー……フニャァァ~! ヒイロはお日様のニオイがするのニャ~! 気持ち良いのニャ~!」

グリグリと、まるで自分のニオイを擦りつけるように日色の身体に自分の身体を押し付けてくるクロウチ。

「おい、ニャン娘、さっさと離れろ」

「やニャッ! あと五時間はこうするのニャ!」

五時間。そんな苦痛は勘弁である。

だがそこへ助け舟がやって来た。ガシッとクロウチの首元を掴んだ一人の人物が現れた。

「ニャニャ!? ニャにごとニャ!?」

「…………クロ」

「ニャッ!? プ、プティスッ!?」

そう、その人物とは同じ《三獣士》のプティスである。

「ニャんでここにいるのニャ!」

「……バリドにクロがここに向かったって聞いた」

「ニャにィィッ! あの鳥めぇぇぇ~! 余計なことをよりにもよって姑気質のプティスなんかにィィ…………ヒニャッ!?」

突然プティスから凄まじい殺気が迸る。

「……誰が、姑気質……なの?」

「プ、プププププティス……こ、怖いのニャ……!」

「仕事ほっぽり出して、いいと思ってるの?」

「しょ、しょ、しょれはぁ……」

「クロはもう少し自覚する。あなたは人の上に立ってる」

「け、けどヒイロがぁ……」

「英雄なら、また来てくれる。……でしょ?」

クマの着ぐるみを来ているプティスから尋ねられる。

「まあ、暇ができたらな」

「だって」

「うぅ……でも僕は今ヒイロとウニャウニャしたいニャ」

「クロ……何か卑猥」

「はニャッ!?」

プティスに頭をチョップされてそのまま意識を失ってしまうクロウチ。そしてプティスに引き摺られていく。もう何度見た光景か分からない。傍若無人に見えるクロウチだが、いつもプティスには敵わない。

するとピタリとプティスが足を止め、

「……クロのためにも、また来てね?」

「……そのうちな」

「……ありがと」

そう言うと、彼女は去って行った。何だかんだいっても良いコンビらしい。プティスもクロウチのことを思えばこその厳しさなのだろう。

それから少しバタバタしたものの、ミミルたちに【太陽の色】で行われる大会などのことを話してからリリィンの屋敷へと戻った。

「――――ボルティックセイバーッ!」

天から降る雷。それがまるで巨大な剣のような形を成して、地上にいるモンスターの身体を貫く。

「グギャギャギャギャギャァァァァッ!?」

モンスターは断末魔の叫び声を上げながら息絶えた。

「ふぅ。これでクエストは終了かな?」

額から流れる汗を腕で無造作に拭き取るのは青山大志だ。

「そうね、大志。【ロッカレス】の村の人たちを傷つけていたモンスターは全部討伐できたと思うわ」

大志の声に応えたのは、鈴宮千佳である。彼女もまた額に汗をかいているが、大志とは違い懐からハンカチを出して拭き取った。

「この二年で、ウチらもそれなりに強うなったしな。SSランクモンスターでも、力を合わせれば簡単やったで」

「しのぶさんの言う通りですね。でも油断はできません。この世界は決して簡単ではありません。謙虚さを忘れてしまえば、かつての私たちに逆戻りですから」

赤森しのぶに賛同するのは皆本朱里だが、彼女の言葉に大志たちは苦笑を浮かべる。

彼らは三年以上前に、日本からこの世界――【イデア】に召喚されてきた。勇者としてである。

しかしその頃の大志たちは、自分たちに背負わされた運命の重さを少しも理解しないで、まるでゲーム感覚で対応してきた。

そのせいで間違いを起こし、仲の良かった四人の間にも亀裂が走ったこともあったのだ。大志などは、自分勝手に行動して世界を裏切って死にかけることもあった。

そんな苦い経験をした彼らは、四人でじっくり話し合って、もう二度と軽はずみなことはしないように誓ったのだ。それからは、世界への罪滅ぼしとして、民たちのためになるような行動を心がけていた。

こうしてモンスターの脅威などに困っている人たちのクエストを積極的に受けて仕事をこなしている。

「そういや聞いた? 丘村ってば、戻ってきたんだってさ」

千佳の言葉に大志の表情が陰りを帯びる。

「……どうしたの、大志?」

「え? あ、いや……はは、ずいぶん差をつけられたなぁって思ってさ」

「せやなぁ。日本にいた時とはえらい違いやもんな」

「そうね。アイツってばボッチだったし、まさかここで世界を救う英雄になるなんて思いもしなかったわよ」

「そうですね。ですがそれも、丘村くんが頑張った証拠ではないかと」

「ん~あれあれぇ? 朱里っちってば、最近丘村っちの話題出すと、妙に庇ったりするけどぉ…………ま・さ・か?」

「ええっ!? そ、そうなの朱里っ!」

「ち、ちちちち違いますよっ! しのぶさんも何を言っているんですかぁっ!」

「にゃはは、別に嘘は言うてへんで?」

「もう! しのぶさんの意地悪! 嫌いです!」

朱里がプイッと頬を膨らませて顔を背ける。

「あらら、拗ねてもうた」

「ちょっとからかい過ぎたかもね」

「せやな……って、大志っち? さっきから元気ないけど、まだ丘村っちのこと気にしてんの?」

「え? あ、まあね……。俺がまだこうやって千佳たちの傍にいれるのは、多分、アイツのお陰でもあるから……さ」

「確かに暴走した大志を止めてくれたのは丘村だけど。そんなことアイツ、気にしてないと思うわよ?」

「だから辛いんだよ」

「大志……」

「俺は何も考えてなかった。勇者って言われて浮かれてて、みんなを守れる力があるって疑ってなかった。けど、俺はちっぽけで、俺よりも強い奴なんてゴロゴロいた。それでも俺なら何とかできるって勝手に思い込んで暴走して、この世界に住む人たちをたくさん傷つけた」

アヴォロスに千佳を人質に取られていたという言い分があるものの、大志がたくさんの人を殺してしまい、獣人たちが大切にしている《始まりの樹・アラゴルン》を枯れさせ命を奪ったのも事実だ。

「せやから、こうやって少しでも何かを返そうって頑張ってるやんか」

「……そうだな。しのぶの言う通りだ。だけど、もしかしたら俺も、丘村のように生きることができたんじゃないかと思うとさ、ちょっと悔しくて」

「いや、あんな欲望まっしぐらで生きられるのは限られると思うわよ」

「あはは、千佳っちは相変わらず丘村っちに厳しいんやなぁ」

「当然よ。確かにアイツには感謝してるけど、偉そうだし、唯我独尊だし、気に喰わないもの!」

「そうなんか? ウチは結構好きなタイプやで」

「す、すすすす好き!?」

「あ、朱里っち聞いてたんか?」

「そ、そそそそんなことより、しのぶさんも好きなんですか!」

「……も?」

「え……あ……っ!?」

朱里の顔が茹ダコのように真っ赤に染め上がる。

「にゃ、にゃんでもありましぇんっ!」

プスプスと頭から湯気を出し、顔を俯かせる朱里。彼女を見ながら、千佳は「う、嘘でしょ……。何で丘村なの……?」と驚愕していた。

そんな中、比較的冷静だった大志がしのぶに聞く。

「もしかして朱里をからかった?」

「う~ん、どない思う?」

「どうかな。しのぶの嘘は見抜けないし」

「ウチだけやないやん、見抜けへんの。大志っちは真っ直ぐ過ぎやねん。もう少し肩の力抜いた方がええと思うけど」

「……そうかな?」

「せやで。……あ、あとさっきの質問やけど、丘村っちが良いと思うとるんはホンマやで」

「……正気?」

「確かに他人にごっつ厳しい人やけど、それだけやあらへんよ。もしそれだけなんやったら、あんだけ人に慕われへんしな」

「……そうだろうな。しのぶの言う通りだと思う。……そっか、アイツもこの世界に来て、多分……変わったんだろうなぁ」

日本にいた頃は絶対考えられない状況であることは確か。人との付き合いを積極的に避けていた彼から考えると、とても今の状況を予想することなどはできないはずだから。

日色もまた、この世界に来て、温かい人に触れて変わっていったのだろう。

「……俺も、もっと強くなる。いつか、この世界から元の世界に戻った時、胸を張れるように」

「せやな。リリスっちが、犠牲なしで送還できる魔法を研究してるらしいし、それまでは一緒に頑張ればええと思うよ」

「そうだよな! よぉしっ! んじゃ、ギルドへ戻ろうぜ、みんな!」

「「「おうっ!」」」

四人の勇者は艱難辛苦の末、自分たちなりの答えを見出した。いや、まだその答えは確立されているわけではないのかもしれない。まだ見つけている途中。

それを見つけるために、彼らはこの世界で、自分たちにできることを探し続けるのだ。