軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

248:驚愕の祝福

「そう、そんなことがあったのね」

ヒメは日色から何が起きて現況が出来上がったのかを聞いて難しい表情を浮かべる。

「師匠をこれほどにまで……」

ニッキもまた愕然としつつも、日色の気分を良くするためか背中を擦ってくれている。

今、リリィンがサタンゾアの動きを止めているが、実際のところ本当にリリィンが創り出した幻惑にハマっているのかも分からない。

これもまた奴が作り出している幻かもと思うと、下手に動くことができないのが悔しい。それに今は傷の手当てをしなければならない。

「イヴァライデアは……どうだ?」

「今、ペビン殿が容体を確認している模様ですぞ」

ニッキの言う通り、血塗れになったイヴァライデアに近づいて様子を見ているペビン。その表情は険しさを体現している。

本来ならあの程度の傷、イヴァライデアは魔法を使って治癒できるはず。日色がそうしているように。

それもできず倒れたままだということは、すでに限界に近い力を使っているかもしれないということだ。

(ならオレが……!)

回復薬も服用して、魔力を回復させてからイヴァライデアの傍に近づく。すでに《天下無双モード》は切れてしまっている。

(そういや黄ザルはどこに……?)

サタンゾアに吹き飛ばされた彼だが、まだ死んでいないことは何となくだが伝わってくる。これはやはり契約しているからなのだろうか。

(とにかく今はアイツを……)

イヴァライデアに魔法を使おうとした時、突如日色たちの周囲を青白いフィールドが覆った。

「これは……!」

それはベガの《静寂のクドラ》によって生み出されたフィールドと同格のもの。当然、その中にいる日色は、魔法を無効化されてしまう。

日色はこの状況を作り出した存在を睨みつける。リリィンは膝をつき、肩を上下させており、その相手であるサタンゾアは軽い溜め息を吐き出していた。

「ふぅ、アダムスの器め。少しばかり打ち破るのに面倒であったが、しょせんはその程度か」

どうやら身動きが止まっていたのは事実で、リリィンの攻撃はサタンゾアに通じていたようだ。しかしそれも打ち破られたみたいであり、リリィンは悔しげに下唇を噛んでいた。

「イヴァライデアの力を、今の幻術にすべて使い切ったようだな。あと数百年ほど研鑽を積めば、さらに高みには上れたやもしれぬな」

サタンゾアの瞳が怪しく光った瞬間、その瞳からビームのようなものが伸び、リリィンの左肩を貫いた。

「ぐぁっ!?」

ビームの勢いでリリィンは後方へと転がされる。岩にぶつかる直後、彼女の背後に水の塊が現れ、それがクッションとなって勢いを殺した。ニッキが慌てて駆けつけていく。

リリィンを助けた人物に日色の視線が向く。

「テンプレ……魔王」

「アヴォロスと呼べ、愚か者め」

見ればリリィンの方へ右手をかざして水魔法を使っていたアヴォロスが映る。彼はフィールドの外にいるので魔法を行使できているようだ。

「アヴォロスさん、サタンゾア様を攻撃してください! そうすればこのフィールドも失われるはずです!」

「余に指図するな、ペビン」

そうは言うアヴォロスだが、すぐに大地を蹴り出しそのまま翼を広げてサタンゾアに突っ込み、魔法を連発し始める。

するとサタンゾアはその場を動いて回避行動をとった。同時に日色たちを覆っていたフィールドが消失する。

「いくらベガさんの力を再現しているからといっても、それは完璧ではありません。彼女のように力を上手く操ることはできません。あの方の力のほとんどは無動でしか発動できないのです」

そういえば、サタンゾアが力を《再現のクドラ》を使用する時、ほとんどの場合は不動を保っていることを思い出す。

「なら、奴は動きながら他人の力を再現できないということか?」

「はい。ですがほとんど、という制限があるだけです。動かなくては発動できないものも中にはあります」

「判断は難しいな。だが動けば使えない力もあるってことは良い情報だ。もっと早く言えと突っ込みたいがな」

日色はすぐにペビンを問い詰めたいと思うが、それよりもまずはイヴァライデアを回復させる必要がある。しかし彼女の身体に触れた瞬間、彼女の全身が光に包まれ、元のといっていいのか分からないが少女の姿に戻った。

「う……っ」

今はリアクションより彼女を治すことを優先する。《文字魔法》を使って彼女の傷を回復させていく。

「……っ、ヒイ……ロ……!」

「動けるか、黒幼女」

「…………う、うん」

彼女の背中に手を入れて上半身を起こす手伝いをしてやる日色。かなり衰弱している様子であり、傷は治癒したが、かなりの疲弊感を漂わせている。

「今すぐ回復薬で魔力も回復しろ」

「……それはできない」

「どうしてだ?」

「わたしの力は、回復薬では回復はできないの」

「何だと? どういうことだ?」

「わたしの力は自然回復だけ。それにその自然回復も、衰えているから……」

「……あの姿はやはり無茶をしてたってわけか」

「……そうでもしなきゃ、勝てない……から」

だが命を燃やしたとしても、サタンゾアには届かなかった。

その時、近場にアヴォロスが落下してくる。

「ぐっ……!」

「どれだけ集まろうが、イヴァライデアがもう戦えぬ以上、うぬらに希望はない」

サタンゾアが地上を見下ろしながら右手を開いて日色たちへと向ける。

「――《滅却大砲》」

それは魔神の得意技。巨大なエネルギーの塊が放射された。すると咄嗟に日色たちの足元に水溜まりが広がり、全員が水の中に沈み込み姿を消す。

ターゲットを失った《滅却大砲》は、大地に突き刺さり周囲を焦土へと変化させた。

「ふむ、逃げたか」

しかしサタンゾアには気配を感じ取れているようで、顔を右側へと向けた。その先には、日色たちがいる。

日色たちもまた、時間稼ぎすらできていない事実に緊張が走った。

(奴はすぐにでもこっちに来る! けどどうすれば……!)

奴を倒せるのかビジョンが見えてこない。イヴァライデアを解放して一緒に戦えば勝率が上がると思ったが、結果的に追い詰められてしまっている。頼りのイヴァライデアも戦闘力がすでに皆無に近い。

そして思った通りに、サタンゾアが転移してきた。

「どのみち、逃げ場所もそうないぞ。そろそろ諦めよ。うぬらの命は我が上手く使ってやる」

「そんなことを言われてはいそうですかってなると思ってるなら、お前の思考回路は余程単純にできてるんだろうな」

この期において、まだ相手をなじる日色。だがサタンゾアはすでに虫とでも戯れているような表情で、余裕綽々だ。

「仕方なかろう。うぬら程度の実力で、我を本気にさせるなどできぬ。イヴァライデアでも、そうなのだぞ?」

彼女を指差して嘲笑しながら言うサタンゾア。

「ではそろそろイヴァライデアを頂こうか。――《氷瀑のクドラ》」

サタンゾアの足元から一気に広がる凍結。それに触れたリリィンが、瞬時に全身を氷漬けにされる。

「リリィンッ!」

叫ぶ日色。リリィンの傍にいたニッキは何とか逃げ回っているが、地面を凍結させている氷が伸びてきて、ニッキに襲い掛かる。

「にょわっ!?」

このままだと串刺しになってしまう。日色も助けようと大地を蹴るが、どう考えても距離があり過ぎて間に合わない。

尖った氷がニッキを貫こうとしたその時、彼女の腰に細い何かが巻き付いてググンッと加速しながら移動する。それを成したのはペビンだ。彼の指からは細い糸状のものが出ている。ペビンはその糸を引っ張り、ニッキを避難させた。

日色はホッとし息をつくが、すでに前方から凍結が迫って来ている。舌打ちをしつつ、イヴァライデアを抱えて『飛翔』の文字を使って空へと逃げた。他の者も何とか距離を取って回避することができたようだ。

ふと見れば、あたり一面は一気に氷結地獄が広がっていた。肌を刺すような冷気に、すべての生命すら凍りつかせる環境を創り出したサタンゾアの力に息を呑む。

「ヒイロ……ありがと」

イヴァライデアは日色の腕から離れ空に浮かぶ。

(リリィン……!)

被害に遭ったリリィンを心配する。その視線に気づいたのか、サタンゾアの瞳が冷酷に光り輝く。彼が日色と同じようにリリィンに視線を向け、明らかな殺気が彼女に走る。

「アイツ、まさかっ!?」

トドメを刺すつもりなのかと察し、即座に『転移』の文字を書いて発動してリリィンの前へ現れる。そして慌てながら『火』の文字をリリィンを覆っている氷に書き発動。

だがゾクリと背中に走る寒気。

「ククク……引っ掛かったな」

振り向くと、エネルギーを凝縮させて作ったであろう剣が日色に向けて発射されていた。

「ちィッ!?」

氷から解放されたリリィンを突き飛ばし巻き添えにならないようにしてから大きくジャンプする。

(何とかかわして……っ!?)

回避成功。その文字が頭の中に浮かんだ直後、避けたはずの剣がグインッと方向転換して日色の胸へと吸い込まれていく。

「しま――っ!?」

――ドンッ!

日色が感じた衝撃は誰かに身体を押されるものだけだった。

だが血がピッピッと日色の頬に飛びつく。しかし痛みはない。つまり日色の血ではない。

ならば……誰?

日色の視界に映る光景。その光景に言葉を失った。

「がふっ…………し……師匠……!」

目の前にいたのは……日色の身体を押していたのは――――ニッキだった。

その小さな身体を貫く剣から滴り落ちる鮮血。

「良かった……です……ぞ……」

「ニッキィィィィィィィィィィィィィィィッッッ!」

ニッキのお蔭で九死に一生を迎えた日色だが、助けてくれたニッキの身体にはサタンゾアの凶刃が突き刺さっていた。

日色はニッキを抱えたまま大地に落ち、彼女の苦悶の表情を見て慌てて魔法を使って彼女を癒すことに努める。

しかしニッキを貫いている剣からどす黒いオーラが出現し、彼女の身体を覆い始めた。

「な……んだ……っ!?」

彼女の身体に文字を書いた瞬間、その文字が何もしていないのにキャンセルしたかのように消失する。

「どういうことだ?」

周囲には《静寂のクドラ》で作ったフィールドはない。なら魔法は使えるはず。それなのにニッキに魔法を使うことができない。

日色たちのもとへ、ヒメたちが集ってくる。

「ニッキ! ニッキ! しっかりしなさい!」

ヒメが彼女を抱えながら名を呼ぶが、ニッキは口から血を吐きだし辛そうに顔を歪めている。だがすぐに笑みを浮かべながら、

「だ、だい……じょうぶ……ですぞ」

「全然大丈夫ではないでしょっ! すぐ治して上げるから待っていなさい」

そう言いつつヒメがまずは剣を抜こうとするが、触った瞬間にバチィッと弾かれてしまう。

「っ!? な、何なの……!?」

日色も無論見ていた。恐らく魔法が効かないのもすべてはその剣のせいだと推察することができた。

(ならこの剣を早く!)

抜いてやろうと思い『破壊』の文字を剣に向けて放つが、

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

突然苦しそうに悲鳴を上げるニッキ。慌てて文字をキャンセルすると、悲鳴が収まった。

「……ダメ、ヒイロ」

そこへイヴァライデアが空中から降りてきた。深刻そうな表情だ。

「それは魔力を蝕み痛みに変える効果を持ってる」

「何だと?」

「だからいくら理を歪める《文字魔法》でも、魔力を使った力だから逆効果なんだよ」

「そんな……! だったらどうすればいい?」

「そうよ! 教えて!」

ヒメも嘆願する。しかしイヴァライデアは難しい顔のまま。

「……サタンゾアの力を上回るほどの質を持つ魔力なら多分、何とかなると思うけど」

「……それ以外は、ないのか?」

沈黙。それは“無い”ということを意味していた。

するとニッキが自ら身体を起こして、日色の顔を見つめる。

「……師匠…………師匠は……生きてくださいですぞ」

「なっ、何を言ってる! 何とかするからお前は黙ってろ!」

必死で思考を回転させる。だがそれもさせてくれない状況が起こった。

「よもや、我が大人しくしているとでも思うか?」

サタンゾアの声が空から降りかかる。同時に無数の火の玉が、まるで隕石のように降ってきた。

「くそがっ!」

日色は咄嗟にニッキを抱えてその場を脱出し、降り注ぐ火の玉を回避していく。

(どうする! どうする! どうすればいい!)

今の自分の魔法ではニッキを助けられない。刻一刻と、ニッキの命のタイムリミットが迫ってくる。自分の腕の中で砂時計の砂がゆっくりと落ちていくのを感じた。

それはアヴォロス戦での、ミュアの死を想起させる。

(またか……! またオレは救えないのか!)

地面に落下した火の玉が爆発して、その余波を受け日色はニッキを抱えたまま吹き飛んでしまう。

「ぐわぁぁっ!?」

少しでも自分の身体で彼女を守ろうと抱え込みながら大地を転がる。

「奴に好き勝手させるでない! ペビン、貴様も手を貸せ!」

「仕方ないですね」

アヴォロスとペビンが、二人してサタンゾアへと突っ込んでいく。

日色は寒気を覚えるのか、震えるニッキを全身で感じながら、何か手が無いか考察していくが、何も思いつかない。

そもそも自分から魔法を奪われれば、結局何もできない。それがどれほどの無力感か日色は情けなくなってくる。

「何でだ! 何でオレはいつもこんな……っ!」

小賢しい頭をフル回転させても、現状を打破する方法などまったく浮かんでこない。苦しそうに呼吸をする愛弟子の一人すら助けることができない……。

「くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉっ!」

何度も何度もニッキに対して文字を放つが、その都度、彼女に触れた瞬間に弾け飛んでしまう。

「またかよっ! またなのかよっ! またオレは……何も……できないのか……よぉ」

悔しくて悔しくて、何もできない自分が恨めしい。一撃で大地を破壊できる力があっても、天候を操る力があっても、失った腕を復元できる力があっても……。

ただ一人……、ただ一人救いたいと思う者を救えない。

「何のための……魔法なんだ……っ」

全身を震わせ、拳を地に突き立てていると、その手に優しく何かが触れる。

「……ダメです……ぞ。師匠の手が……壊れてしまい……ます」

「……ニッキ」

それはニッキの手だった。自分が一番苦しいはずなのに、日色に対し安心させるように笑みを浮かべている。

「お前……何で……」

「ボクは……師匠を助けることが……できた……ですぞ。それだけで……嬉しい。……師匠…………ごめんなさい」

彼女の瞳から涙が零れ出たその時、日色の中である光景がフラッシュバックした。

『ずっと……守ってあげられなくてごめんね』

それは日色が初めて消える命を目の当たりにした時。

世界で一番大切な人を救えなかった時。

自分の無力感に苛まれた時。

初めて…………神という存在に祈った時だった。

日色が幼い頃、交通事故を経験し、父親は即死。そして母親は自分を庇って、車を突き破った鋭い枝に身体を貫かれていた。

その時のことがフラッシュバックする。何故だろうか。ミュアの時も、こんなに鮮明に思い出したことはなかった。

それなのに何故……?

困惑しながら日色が固まっていると、そこへイヴァライデアがやって来た。

「このままだと、この子はもう限界を超えてしまう」

何を思ったのか、イヴァライデアは目を閉じて、ニッキの額に触れた。

「ほんとは、こんなことするべきじゃないんだけど……けど、約束でもあったから」

「や、約束……?」

日色は彼女が何を言っているのか分からなかったが、突如、ニッキの顔色が平常に戻り、どことなく大人びた雰囲気を醸し出す。

そして日色の顔を見た彼女が、溢れるように涙を流し始める。

「……え?」

彼女から流れる涙は、痛みや苦しさで流れているものではない。何というか、叶わなかった想いが奇跡的に通じた時のような、そんな言葉にできない想いを表していた。

「…………日色」

優しく紡がれる声。しかし違和感がある。何故ならニッキは日色のことを呼び捨てでは呼ばないからだ。しかも何故か……

(とても懐かしい感じだ……!)

ニッキもまた懐かしそうに笑みを浮かべて膝をつくと、短い手を伸ばして日色の頬に触れてきた。

「……ニ、ニッキ……?」

「…………ずいぶん、逞しくなったわね、日色」

「な、何でいきなりそんなこと……?」

「ふふ、相変わらず鈍感ね。そんなところばっかりお父さんに似て」

「……!? ……う、嘘……だ。そんな……だって……!」

「まだ、信じられない? 私は、あなたの母――――丘村日向よ」

まさに驚天動地とはこのことなのだろうか。

自分の中であらゆる常識が崩壊していくような感覚。夢も幻も現も、すべて混ざり合ったような不思議な感動が日色の心を掴んでいた。

「か、母さん……?」

目の前に現れたのが、かつて自分の目の前で死んだ母親なのだから、思考が停滞するのも当然だろう。

「ホ、ホントに母さん……なのか? いや、だけど……何で?」

直感的にいえば、ニッキであるはずの彼女から、かつての母の面影を感じて、彼女が自分の母である可能性が高いと思っている。

しかし母は死んだ。自分の目の前で。こんなところにいるわけがない。それでもニッキの手から伝わる温もりが、何となく懐かしいと思わせてくる。

そこへすべてを説明できる者が口を開く。

「ヒイロ、その人は間違いなく、ヒイロのお母さんだよ」

「黒幼女……。説明しろ。一体どういうことだ?」

「こらヒイロ。女の子に何て口のきき方してるの? それに黒幼女なんて、ちゃんと名前で呼びなさい」

「え……いや、それは」

「名前で呼んで、そしてもっと優しく聞きなさい」

「優しくって……」

「お母さんの言うことを聞けないの?」

物凄い威圧感を感じる。それは小さい頃、悪いことをして怒られた時に感じていたものと同格だった。

「……はぁ、イヴァライデア、聞かせてほしい。どういうことだ?」

「……意外。ヒイロにも苦手なものがあるんだね」

「っ!? いいからさっさと教え…………てくれ」

教えろと言おうとした時、ニッキ……いや、母親である日向に睨まれたので咄嗟に言い方を変えた。

「ヒナタのことを説明するには、少し昔の話をしないといけない。でも時間がないから、こうする」

パチンと指を鳴らしたイヴァライデア。すると目の前の景色が移り変わり、以前初めてイヴァライデアと出会った時のような、真っ白の空間の中に日色はいた。

「ここは……っ!?」

「……ヒイロ」

「母さん……」

目の前に立っていたのは、ニッキではなく丘村日向そのものの姿だった。隣にイヴァライデアもいる。

「ここなら誰にも邪魔はされない。といっても少しの間だけだけど」

彼女が言うには、ここは精神世界で、夢の中のようなものだということ。

イヴァライデアは静かに口を震わせ説明してくれる。

「アダムスから、わたしがシンクの魂を地球という星に解放したことは聞いてる?」

「ああ、お前が自分の魂の一部を異世界……地球へと流し、リンクを作り、強い存在を生み出すため。そしてその存在に神王を倒してもらうために」

イヴァライデアの魂を受け入れるほどの大きくて強い器を持つ者を探し出し、【イデア】に召喚させ救ってもらおうという、イヴァライデアがアダムスとともに立てた計画だった。

「だがシンク・ハイクラは結局敗北し、お前はその魂を地球へと還した。もう二度と巻き込まないようにって、アダムスは言ってたな」

イヴァライデアは目を伏せ悲しみに彩られた表情を浮かべている。日色は続けた。

「だが、【イデア】の戦乱は収まることはなく、『神人族』の支配もどんどん広がる。お前は再度、シンクの魂を探した。そして見つけたのが、オレだったんだろ?」

「うん。それで間違いない。わたしがシンクを殺してしまった。わたしが【イデア】に呼びつけたために。だからせめて、シンクの生まれ変わりの子だけは幸せに暮らしてほしいと思った」

「……けど、お前はオレを召喚することを決めた」

「……うん。……わたしはね、ヒイロは気づいてないだろうけど、ずっとあなたを見守ってきたんだよ」

「見守って……きた?」

「うん。シンクの魂が、ある女性の身体に入ったその時から……」

「それって……」

日色はゆっくりと視線を日向へと向ける。彼女もコクリと頷くと、イヴァライデアが続けて言う。

「うん、それがヒナタ。あなたのお母さん」

「まあ、私にとってはただの息子だったけどね」

日向が苦笑を浮かべる。それはそうだろう。自分の息子が、異世界で活躍した勇者の生まれ変わりだと、誰が想像できようか。

「ヒイロが生まれて、あなたが幸せに暮らしている姿を見てホッとした。これで良かったんだって。だけどある日……あの事故が起きた」

それは日色が六歳の頃。久しぶりの家族旅行で、父の運転する車で山の上にある温泉に向かっていた最中のことだった。

山道でのカーブ。居眠り運転をしていたトラックが突っ込んできて、日色たちが乗っている車は弾き飛ばされ谷底へと落下してしまう。

「いやぁ、あの時はホントにビックリだったわよね、ヒイロ」

「……何でそんなに明るいんだよ」

快活に喋る日向に呆れてしまう。

「わたしが意識を【イデア】から地球に移した時は、もうすべてが起こった後だった。すでにヒイロのお父さんの魂はすでになかったし」

即死だったからなのだろうか。

「けどまだ、ヒイロとヒナタは生きてた。ヒナタはもう……助からなかったけど」

悲しげに目を細めるイヴァライデア。

「わたしが何とかして救ってあげたかったけど、もう事故は起こった後だった。それがとても悔しかった」

「イヴァライデア……」

「せっかくこれからヒイロは……シンクの魂は幸せになれると思ったのに。それがとても……やり切れなかった」

涙を流し始めるイヴァライデアをそっと抱きしめたのは日向だった。

「……私もね、その話を初めて聞いた時は信じられなかったけど、ここでいろいろ見せてもらったのよ。あなたの魂が背負ってきた運命をね」

「母さん……」

「私が死んで魂だけになった時、この子……イヴちゃんがここへ連れてきてくれたの。謝りたいっていう理由でね」

そうだったのか。すでに日向は、すべてを理解しているということなのだ。【イデア】という異世界があって、日色が一体何者なのかということも。

「この子はずっと謝っていたわ。助けられなくてごめんなさいって。もしかしたら、自分の魂の一部を持つ者は、幸せになれない運命なのかもしれないって言ってた。ヒイロもイヴちゃんの魂を受け継いでる。だから事故は起こるべくして起こったのかもしれない。だったら自分のせいだって」

イヴァライデアは、日色の不幸は自分のせいだと考えていたようだ。

「でもね、私はイヴちゃんに感謝してるのよ。真紅くんがいたから、イヴちゃんがいたから、日色……あなたを生むことができたんだもの」

「母さん……」

「でも正直に言えば、最後まであなたを見守ってあげたかった。たった六年間だけってのは正直辛かったからね。そこで私はある提案をしたのよ」

「提案?」

「そう。私の魂を【イデア】で生まれ変わらせてほしいって」

「な……何だって?」

聞き逃せない言葉が聞こえ、思わず目を見張って固まってしまう。

「ちょっと待て……いや、つまり何か…………母さんは【イデア】で生まれ変わったってのか? それが…………ニッキ?」

「まあ、記憶とかはないけどね。でもイヴちゃんはそれを受け入れてくれた」

「……待ってくれ。そもそも何でそんなことを?」

地球で生まれ変わるなら分かる。元々そこにいた存在なのだから。だが彼女が選んだのは見たことも聞いたこともないはずの異世界だ。

「それはね、こっちの世界であなたに会うためよ」

「オ、オレに?」

「うん。イヴちゃんにはもう一つお願いをしたの。それは日色をいつか【イデア】に呼ぶこと」

「はあ? そ、それじゃオレを【イデア】に呼ぶことを決めさせたのは母さんだったのか?」

「ええ」

「で、でも何でそんなことを?」

「……イヴちゃんの力になってあげたいって思ったのがきっかけかな」

「……つまり【イデア】を救う手伝いをしてあげたいってことか?」

「うん。けど、一番は大きくなった日色と一緒に、旅とかしてみたいな~って思ってね。ほら、私ってばRPG好きだし」

「は、はぁ……」

そういや彼女が三度の飯よりもゲームが好きだったことを思い出す。専業主婦だった彼女は、家にいる間は、いつも日色と一緒に様々なゲームをして遊んでいたのだ。

まあ、日色も楽しかったから良かったが。

「冒険とかしてみたいよね~って、いっつも話してたでしょ?」

確かに大人なのに、子供のような趣向を持っているのが日向だった。すると急に真面目な顔になった日向が語る。

「けどね、真面目な話、あなたが【イデア】に来れば、きっと戦いに巻き込まれることは分かってた。これはゲームじゃなくて、本当に命のやり取りになるような戦いにね」

イヴァライデアから話を聞けば、そうなるのは必然だろう。

「それでも、私は日色に【イデア】を見せてあげたかった。イヴちゃんに、ここでいろいろ見せてもらって、本当に素晴らしい世界だって知ったから」

「戦争ばかりだったはずだろ?」

「うん。だけど、とても美しい世界よ。危険は日本の比じゃないけど、それでもこの美しい世界を、日色に見せてあげたかったの。きっとあの子も気に入るからって」

「……わたしは反対した」

日向の腕の中で喋り始めるイヴァライデア。

「だってヒイロがこの世界に来れば、きっと辛い思いをしてしまう。戦いに明け暮れるような人生になってしまう。そうなるなら、たとえ両親がいなくても、平和な地球にいてほしいって」

「でもそれを私が拒否したの」

「母さんがしたのかよ」

「だって、私一人だけ【イデア】を堪能したって面白くないもん! 日色と一緒がいいんだもん!」

「いや、もんって……子供か」

本当に死んでも生まれ変わっても性格は変わってないみたいだ。

「それにね、日色ならどんな運命だって乗り越えられるって信じたから」

「母さん……」

「【イデア】なら、イヴちゃんの加護も強く得られるって言うからね。すっごいじゃない、《文字魔法》! それがあるなら日色は、こっちの世界で自由に幸せを掴めるって思ったの」

「ずいぶん強引な話だよな。本音は?」

「息子と一緒に異世界探検とかい~っぱいしてみたいから!」

「やっぱりそれが本音か……」

「大丈夫って思った。安易すぎる考えだって分かってる。息子のことを考えれば、地球にいた方が平和だってことも。だから一度この考えを保留にした」

「保留にした……だって?」

「うん。あなたが日本で幸せになっていくのなら、そのままの方が良いと思ったから。けどね、数年経っていく度に、あなたはどんどん一人になっていってた」

「…………」

「たまにこうやって、この世界でイヴちゃんに話を聞いてたの。日本でのあなたのことを」

「……そうか」

「あの事故から、あなたは児童養護施設に預けられて、少し明るさを取り戻したけど、周りと壁を作ってあえて一人になろうとしてた」

……その通りだ。大切な者を失う苦しみに気づいてから、日色はわざと親しい者を作らないようにしてきた。失った時、また心が張り裂けそうな思いをするくらいなら、そんなものはいらない……と。

「だから私はイヴちゃんに再度頼んだ。あなたをこの【イデア】に呼んでほしいって。そしていつか、私と会わせてほしいって。記憶はないけど、私の生まれ変わりなら、あなたを気に入り、ずっと一緒にいてあげられるって思ったから」

「っ! それじゃ、オレがニッキと出会ったのも……?」

「うん。必然だよ。わたしがそうなるように世界の流れを操作した。お蔭で残されていた力をかなり使ってしまったけど」

イヴァライデアの計らいで、日色は母と対面することができたというわけだ。

「だけど驚いたわよ。私と会う前から、あなたはいろんな繋がりを持ってた。ミュアちゃんにイヴェアムちゃんだっけ? あの子たちのこと、好きなんでしょ?」

「……別に嫌いじゃない」

「ふふふ、やっぱりこの世界にあなたを呼んで正解だと思ったわ。あなたは自分の道を真っ直ぐ突き進んでる。少しひん曲がった部分もあるけど、それでもあなたは人生を楽しめてる」

それは否定しない。この【イデア】に来て良かったと心の底から思っているから。だからこそ、一度日本に戻った時も、思い残すことなく【イデア】に舞い戻ることができたのだ。

「……日色、あなたに課せられた運命は重いと思う。今だって死んでもおかしくない戦いを続けてる。けれど、逃げ帰る道だってあったはず。あなたは……後悔してないのね?」

「後悔などしない。オレは自分の選んだ道を後悔なんてしない。苦しくても、辛くても、間違ってても、それがオレの選んだ道だから」

「…………本当に強くなったわね」

日向がイヴァライデアから身体を放し、一歩一歩日色に近づいてくる。手を伸ばせば触れられる位置で対面する両者。

「あなたの人生を勝手に選択したことを許してね」

「別にいい。母さんはオレのために選んでくれただけだろ」

「ふふ、生意気に育っちゃって。もう少し柔らかくいかなかったのかしら」

「これがオレだ」

「みたいね。ううん、あなたが立派に成長してくれて嬉しい。きっとお父さんもどこかでそう思ってるはずよ」

「だといいがな」

「…………あのね、イヴちゃんと一つだけ約束してたの」

「約束? ああ、そういやそんなことをここに来る前にイヴァライデアが言ってたな」

ニッキの身体にイヴァライデアが触れる前に確かに言っていた。

「それはこの場所で、あなたと会うこと。本当はダメなんだって。ニッキちゃんはもうニッキちゃんの人生があるから。もし会えば、あなたのニッキちゃんの見る目が変わってしまうかもしれないから。けれど、イヴちゃんはそれを叶えてくれた」

「安心してくれ。ニッキはニッキ、母さんは母さんだ」

「日色……」

「ニッキはオレのバカ弟子で、放っておけない大切な存在だ」

その時、フワリと優しい香りに包まれた。日向に抱きしめられたのだ。

とても懐かしいニオイ。思わず目頭が熱くなってくる。二度と味わえないはずの温もり。こうしてまた感じることができる奇跡に酔ってしまう。

「…………ありがとう、日色。……大好きなんだからね」

日色も彼女の背に手を回して抱きしめ返す。

「……一つ聞いてもいいかな?」

「……何?」

「オレは…………真っ直ぐ生きられているかな?」

「安心なさい。誰よりも真っ直ぐよ。あなたはそのままでいいの」

「……そっか」

すべての不安が一気に消し去っていき、穏やかな時間が日色の心を包んでいく。

すると淡く日向の身体が光始める。そっと彼女の身体を離す。

「…………もう、逝くのか?」

「ええ、約束を果たしたら、こうなる決まりだったから。でも安心して、私の魂は、いつもあなたのことを見守っているから」

「…………もう一つ、いいか?」

「もちろんよ」

「……勝てると、思うか?」

今もまだ戦場の上。これから先、本当にサタンゾアに勝てるか分からない。絶望だけが今、戦場にあるだけなのだ。

トン……と、日色の額を日向が人差し指で突いた。そして満面な笑みを浮かべながら言う。

「あなたなら勝てるわ。仲間と自分を信じなさい。最後に勝つのは決まって、ヒーローなのよ」

彼女の言葉が心に染み渡る。

「すべての悲しみはあの時、私が死んだ場所に置いておけって言ったわよね?」

「……!」

「だったら、今度は不安をここに置いていきなさい。そうすれば、あなたはもっと強くなれる。だって、私の自慢の息子なんだもの」

「母……さん……っ」

涙が自然と流れる。その涙を拭ってくれる日向。

「あなたが大好きな世界を……人を……守りなさい。そしてまた冒険しましょう! もちろんニッキちゃんの身体を通して見ているからね」

「……分かったよ、母さん」

「じゃあね、日色」

「……また、会おうね……母さん」

キラキラと光る粒子状に消えていく日向。その粒子が日色の身体に降り注ぎ、言葉にできない力が湧き出てくる。

そしてハッと閉じていた目を開けると、そこはもう真っ白の空間ではなく戦場だった。戻って来たようだ。

見れば、腕の中でニッキがすやすやと寝息を立てている。彼女の身体を貫いていた凶刃は姿を消し、傷も塞がっていた。

(まさかコイツが母さんの生まれ変わりだったとはな……。そういや、コイツの歳って確か十一歳だっけか? 母さんが死んだのも十一年前……そういうことなのだろうか)

地球と【イデア】の時の流れが一致しているとは思えないが、イヴァライデアが意図して操作したのかもしれない。

やって来たヒメにニッキを預け、もう戦えないであろうリリィンも連れて船へ戻るように指示をする。

ヒメも了承して、ニッキと、気絶しているリリィンを連れてその場から離れていった。

日色はペビンとアヴォロスの二人と戦っているサタンゾアを一瞥して、視線を近くにいるイヴァライデアに移す。

「……ありがとな、母さんに会わせてくれて」

「……謝るのはこっち。あなたのお母さんまで巻き込んでしまったから」

「いや、それでもオレは感謝してる。母さんに力をもらった。だからこそ、この戦いは負けるわけにはいかない」

改めて戦う覚悟を強くした日色。

しかしその時、イヴァライデアが血を吐いて膝をつく。

「イヴァライデア!」

「はあはあ……だい……じょう……ぶっ。はあはあはあ……少し力を……使い過ぎただけ」

突如、彼女の右足に糸のようなものが巻き付く。イヴァライデアはそれがサタンゾアの仕業と思ったようで、険しい顔つきをした後、日色に向かって跳んだ。

そして、その小さく薄い唇を、日色の唇と重ねた。ほんの一瞬の出来事だったため、日色も彼女の行為に避けることができずに受けてしまう。

だがすぐに彼女は糸に引っ張られてサタンゾアの手に捕まってしまった。