軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

247:勝利と窮地

イヴァライデアが真の姿になる少し前、魔神とミュアたちの死闘も同じく繰り広げられていた。

それぞれの技や魔法を行使し、魔神に放って少しずつダメージを与えようとするが、大き過ぎる身体に本当にダメージが蓄積できていっているのか不安になってしまう。

(イヴァライデアさんは本物とは格段にレベルが下がってるって言ってたけど……)

威圧感や姿形までも以前対峙した本物と遜色ないのでとてもそうは思えられないのだ。

(ただ…………ノアさんだけはすっごく楽しそうなんだよね)

見ればスーと《合醒》したノアは、頬を緩めながら楽しそうに魔神と相対していた。以前は戦っていない彼であり、戦闘狂の彼なので、規格外の存在という相手と戦うのが面白いのだろう。

(けど、戦闘能力の高いノアさんでも、魔神が怯む様子は見当たらない。それどころか……)

ノアが魔法を放つと、それを大きく開けた口に吸い込んで吸収してしまうので、さらに相手の力が増すだけ。

(ヒイロさんが言ってた。魔神は魔力の塊のような存在だって。つまりは『精霊』とそう差はないってこと。『精霊』は魔法を無効化する能力を持ってるけど、魔神は魔法を吸収する効果を持ってるってことなんだ)

冷静な分析。ミュアにとってこれまで数多く戦いの経験から学んだのは、ただ真っ直ぐ突っ込むだけが戦いではないということ。一歩身を引いて、相手を観察し、状況を見極め、その都度効率的な戦略を立てるのも戦うということを学んだ。

(考えなきゃ。どうすれば魔神を攻略することができるかを。そのために培ってきた経験なんだから!)

日色の力になるために、彼を支える道を自ら選んだ。そしてその道を迷わずに進めるように力も得ることができた。その力を有効に活用するには、まずは考察すること。

それがミュアが得た、ミュアにとって最も強い力だった。

「――大分成長したようだな、『銀竜』の娘」

「っ…………アヴォロス……さん!」

不意に声をかけてきたのはアヴォロスだった。咄嗟に背後にいるミミルを数歩後ずらせて距離を取る。

「フッ、このような状況でそう身構えることもあるまい。何もせぬ」

「……信じられません」

「ククク、ずいぶんと嫌われたものだ。まあ、貴様は一度余が殺しているのだから当然か」

そう言いながら、ミュアとミミルを交互にジッと見つめるアヴォロス。

「な、何ですか?」

「……いや、やはり貴様らは似ていると思ってな」

「に、似てる? えと……誰にですか?」

「先代の『精霊の母』だ」

「「え……?」」

ミュアとミミルは同時に声を漏らす。

「『精霊の母』の転生体は、そこにおる『獅子族』の娘だが…………貴様も似ておる」

感慨深いものだなと一言添えて視線を切るアヴォロス。

「……あ、あの、ユウカさん……は? 一緒に来られてないんですか?」

ミュアの問いに毅然としていたアヴォロスの表情が一瞬陰りを帯びたように感じた。

「……アイツは………………ここにいる」

「え……む、胸?」

何故かアヴォロスが自分の胸に触れていた。そう言う彼の瞳は寂しげであり、見ているミュアも切なくなってくるような感じである。

「一緒に戦っている。……それだけだ」

「そう、ですか……」

これ以上は好奇心で踏み込んではならないということを直感し押し黙った。しばらく沈黙が流れる。そんな中、最初に言葉を発したのは、やはりアヴォロスだった。

「……よいか、今から余が力を溜める」

「ち、力?」

「そうだ。全力の力を魔神へと放つ。しかしそれには時間がかかる。それまで貴様は、魔神の手が余にかからないように守ることができるか?」

「…………あなたの力なら、魔神を倒せるのですか?」

「それは分からぬ。しかし突破口くらいにはなるであろう」

「…………」

「……ミュアちゃん」

「ミミルちゃん、どうしたの?」

クイッと服を引っ張られたのでミュアは、彼女が何かを言いたいのだと察する。

「信じましょう。この方を」

「…………」

「確かにミュアちゃんを一度殺めたこの人に気を許すことはできませんが、それでも今は同じ敵を討つ者同士ですから」

「ミミルちゃん…………うん、分かった」

ミュアはアヴォロスと目を合わせる。

「話し合いは済んだようだな。では守れよ」

アヴォロスがミュアの後ろへと移動すると、人差し指を噛み血を流した。そしてその血で日色のように空中に何かを描いていく。

「ミュ、ミュアちゃん、きます!」

アヴォロスの行為に意識を奪われていたので虚を突かれた。巨大な魔神の尾が頭上から叩きつけてくる。

「させませんっ! 《銀耳翼》っ!」

ミュアの耳が巨大化し、銀の粒子を振り撒きながら自分とミミル、そしてアヴォロスを包み込んでいく。全力を注いで防御に集中する。

翼に尾が叩きつけられとてつもない衝撃が翼を伝ってミュアに届く。大地は盛大に亀裂が走り、風圧で粉塵が勢いよく舞う。それでもミュアは歯を食いしばり防御態勢を崩さない。

その時、ブシュゥゥゥゥッと尾が切断され、ミュアにのしかかっていた重圧が一気に霧散した。

尾を斬り飛ばしてくれたのはウィンカァだった。そのままミュアの目の前に下り立つ。

「……ウイさん!?」

「ん……どうして逃げないの?」

「この人を、ここで守ると約束しました」

ウィンカァが、ミュアが示したアヴォロスを見つめる。

「……ミュアは、この人を信じる?」

「完全には信じられません。ですが、この人の強さだけは、何よりも信じられます」

他ならぬその身で味わったのだから。

「……ん。ならウイも守る。ニッキたちにも協力を求める、から」

しかしアヴォロスの急激な魔力の高まりに気づいたのか、魔神が意識を完全にアヴォロスへと向けた。

触手のような尾を使い、アヴォロスを狙ってくる。ウィンカァが愛槍――《万勝骨姫》をブンブンと振り回すと、彼女の周囲を炎が埋め尽くし始める。

「ミュアたちは、ウイが守る。《五ノ段・火群》!」

ウィンカァを中心とした炎の塊。それが真っ直ぐ尾へと突っ込み、触れた部分から一気に燃やし尽くしていく。

「ニッキ! レッカ! リリィン! あと糸目と垂れ目の人! ミュアたちを守って!」

ウィンカァの叫び。ちなみに糸目はペビンで、垂れ目はノアである。皆はアヴォロスの様子を見て、何かするつもりなのだということを察知し、魔神の攻撃を自分たちに惹きつけようと攻撃を繰り出し始める。そしてニッキもまた

「何だか分からないですが、任せるですぞ! ヒメ殿!」

「分かっているわ、それにイヴァライデアから貰ったこの力があれば、アレができるはず!」

「むむ?」

「いい、ニッキ! 頭の中に浮かんだ言葉を放ちながらこうするのよ!」

ニッキの拳を纏っている白炎に宿ったヒメからの要求。

「ふむふむ。了解したですぞぉ!」

刹那、ニッキの右拳に巻き付けていたリボンがピンと張り、その周りを白い炎が覆っている。そしてニッキが驚くことに、リボンで自分の胸を貫いた。

――――――天下に 滾(たぎ) れ、クシナダヒメ!

刹那、ニッキの身体を中心とした白い火柱が天を衝くかのように昇る。

「こ、この力はっ!?」

ミュアもまた、ニッキの行為に目を奪われていた。膨大に膨らみ始めるニッキの力。

火柱が内側から弾かれるように一気に霧散すると、その中から現れたのは、先程とはうって変わったニッキの姿だった。

髪は白い炎で形作られているのか、ユラユラと揺れており、武道着と巫女服をブレンドしたような服を着込み、両拳には白銀のグローブが嵌められてある。

しかし何よりも驚くべきことは、十歳くらいにしか見えなかった小さなニッキとは違って、今は十四歳ほどに成長した感じの少女に変化していること。

どことなく見た目はヒメの人型とニッキが融合したような感じ。あれはまさに。

「……ニッキちゃんとヒメさんの…………《合醒》……っ!?」

まさしくミュアの言葉通りの現象をニッキとヒメが起こしたのだ。

「行くですぞ、ヒメ殿!」

「ええ!」

ヒメの声がグローブから響く。ニッキはそのまま大地を蹴り出すと、魔神へと詰め寄る。魔神の六つの鋭い瞳から、戦争時にも使用した《電紅石化》が放たれた。

掠りでもすれば即座に全身が石化してしまう恐ろしい技だ。

「ニッキちゃん、避けてぇぇっ!」

しかしミュアの叫びは通じず、ニッキは紅い光をその身に受けてしまう。全員が言葉を失い、彼女が石化されると思ったはず。

「――――――《 白蓮(びゃくれん) 》」

閃光に包まれたニッキの呟き。同時にすべての光が白く染め上げられ、蒸発したように消失した。

それとほぼ同時に両拳のグローブから溢れ出る白い炎。それがまるで両翼のように広がり、真っ直ぐ魔神の身体へと拳を突き出すニッキ。

「《白蓮地獄》――」

一瞬。ほんの一瞬だ。瞬きよりも短い時間で、突き出した拳から一気に白い炎が広がり、魔神の全身を覆った。

そして激痛に呻くように魔神が咆哮する。

「ボクはニッキ! 師匠の一番弟子! 覚えておくですぞっ!」

魔神に大打撃を与えたのは、新たな力を手にしたニッキだった。

「す、凄いよっ、ニッキちゃんっ!」

ミュアの心からの叫びにニッキは振り向いてミュアへピースサインを送ってくる。仲間たちもニッキの予想外の戦力アップに気分も高揚していた。

対して魔神は、全身を白炎に包まれ苦しそうに奇声を上げている。

(再現されてても、痛みとかは感じるんだ。それに今ので大幅に体力だって、削られたはず。そして――)

――――――よく時間稼ぎをした、褒めてやろう。

ミュアはチラリと視線を後ろへ向けると、そこには周囲を自身が描いた血の文様で覆われたアヴォロスが立っていた。

そのまま彼は血の紋様とともに翼を広げて浮かんでいく。

「『銀竜』の娘、奴らに離れるように言っておけ」

その言葉を受け、これから彼が行う攻撃が範囲攻撃だということを知り、

「みんなぁっ! 今から極大魔法が放たれます! 今すぐ魔神から距離を取って防御姿勢を整えてくださいっ!」

ニッキもまたミュアの忠告により、魔神から離れて様子を見待っている。他の者も同様だ。

「さて、ニッキとやらのお蔭で身動きまで拘束された魔神。……好都合だ」

アヴォロスが右手をサッと天に向かって掲げる。すると前方にあった血の紋様が彼の頭上へ移動し、一気に広がりを見せる。そしてそのまま真っ直ぐ紋様だけが天を衝くような勢いで昇っていく。

シーンとまるですべての音が消えたように静まり返る。それはほんの一瞬。

空に昇った紋様がそれこそ空を覆い尽くさんばかりに広がった。アヴォロスは空から魔神を冷たい瞳で見下ろしながら静かに唇を震わせた。

「――――コズミック・ドラゴン」

空に広がった紋様から、ズズズズズズと異様な物体が姿を見せ始める。体中が血のように真っ赤に染まった長躯の生物。それはまさにドラゴンと呼べる外見をしている。

ただその大きさは異常としか言いようがない。まさに魔神と対を成すといっても過言ではないほどの大きさ。

ドラゴンは眼下にいる魔神をターゲットと定めたようで、その獰猛で一睨みするだけでミュアたちを委縮させるような瞳を怪しく光らせる。赤々としている身体をクネクネと動かした直後、一気に滑空し、魔神へと迫っていく。

「み、みんなぁっ! もっとここから離れてくださいィィィッ!」

ミュアも叫びながらミミルを抱えて即座にその場から離れる。範囲攻撃は範囲攻撃だろうが、ミュアの予想を遥かに上回るスケールの大きさであった。

コンマ数秒で魔神に激突する瞬間、ドラゴンが鼠を一飲みする時に開く口のように大口を開けて魔神を大地ごと削り取ってしまう。そのまま土の中を移動しつつ、すぐに大地から跳び出し再び天へと泳いでいく。

先程魔神がいた場所は、巨大な隕石が大地を貫いたかのように底すら見えない状態になっていた。

「あ、危なかったよぉ……。もしあの近くにいたら……!」

ミュアたちは間違いなく一緒に呑み込まれていたはず。

呆気に取られているミュアたちをよそに、アヴォロスは空に浮かんでいる自身が生み出したドラゴンを睨んでいた。

「おい貴様、魔神をやったのだろうな?」

彼に近づいて問い質したのはリリィンである。

「…………やはり神と名がついているだけはあるということか」

「何?」

リリィンが眉をひそめると同時に、上空にいるドラゴンの魔神を呑み込み膨らんだ部分から、どす黒いオーラが滲み出始める。

ドラゴンは苦痛の声を発しながら空を飛び回る。グググと広がり始めるドラゴンの身体に対し、ドラゴンもこのまま消化してやると言わんばかりにとぐろを巻いて力を込めている様子。

しかしドラゴンが断末魔のような悲鳴を上げた瞬間、溶けるようにしてドラゴンの身体が形を失っていく。その光景に、堪らずリリィンが、

「おい! どういうことだ、コレは!?」

「……魔神の方が一枚上手だったということだ」

アヴォロスの言葉が示すように、液体のようになったドラゴンの身体を弾き、中から魔神が姿を現す。

「そ、そんな……今のでもダメだなんて……!」

ミュアだけでなく、他の者(ノア以外)も愕然とした面持ちだ。

(今の攻撃は、魔神が放つ攻撃にも勝るとも劣らない威力だったはず……。それでも倒せないなんて……)

だがその時、少しの光明が見える。

何故なら、現れた魔神の身体は傷つき、大量にあったはずの魔力もずいぶんと消失していたからだ。

(そうだよ。ムダなんかじゃない! わたしたちの攻撃は相手に届いているんだから!)

ならばもうやることは一つしかなかった。

「みんなっ、魔神は消耗しています! 今の内に一斉攻撃でトドメを刺しましょう!」

魔神は放っておけば自然と身体を回復させてしまう。そうなる前に仕留める必要がある。

「同感だな。だが今のでイヴァライデアにもらった力は使い切ってしまったようだ」

アヴォロスがドラゴンを呼び出せたのは、イヴァライデアにもらった力の恩恵によるものだったらしい。

「しかし魔力もまだ有り余っておる。ここからが本番と心得よ、魔神よ」

アヴォロスの身体から溢れ出る大量の魔力。

「かつて貴様を使った者として、余の手で黄泉へ送り返してやろう」

アヴォロスがさらなる攻撃を加えようと動き出そうとした時、魔神の身体から無数の触手が伸び出てきて、敵を貫かんばかりに迫ってきた。

また六つある瞳からも《電紅石化》が放たれ、巨大な三本の尾も無茶苦茶に振り回し始めた。

その行動から分かるように、魔神も必死でミュアたちを倒そうと躍起になっていることが分かる。

(向こうも追い詰められてるんだ! だけど負けない! わたしたちは勝って、【イデア】に帰るんだっ!)

皆が強く思うこと。それはこの戦いに勝利し、自分たちの星へ帰ること。

「皆さん、確実に攻撃は避けてくださいね。一撃でも当たるとジ・エンドと思ってください」

ペビンの忠告が飛ぶ。言われなくても、一撃一撃が即死に近い威力を持っているので、直撃を受けるわけにはいかない。

しかし相手の猛追は物凄く、その攻撃の鋭さと数の多さには、徐々に避け切れずに掠める者が出てくる。

大地を軽く潰せるほどの一撃がミュアたちを襲ってくるので、掠っただけでも体勢を崩されるのみならずダメージを受けてしまうのだ。

新たな力を手にしたニッキも、避けている途中で、ニッキの身体が光ると、二つに分かれて

「にょわっ!? も、元に戻ったですぞぉ!?」

「くっ、やはり初めての《合醒》ではこれが限界ね!」

人型のヒメは悔しげに下唇を噛みながら、小さくなったニッキを抱えて、触手の群れを軽やかにかわしていく。

「レッカくん、気をつけて! 左から来てるっ!」

ミュアの注意に、レッカは咄嗟に左を警戒するが、すでに尾が迫っていた。地面ごと薙ぎ払うようにして迫る尾に対し、レッカは大きく空を跳んでかわす……が、跳んだ場所には触手がレッカの身体を鞭のように襲いかかり、彼を地面へと叩きつける。

「レッカくんっ!?」

「ミュアちゃん、こちらも来ますっ!」

ハッとなって、ミミルが促す方向を見ると、何本もの触手がミュアたちを貫こうと突っ込んできていた。

「《銀耳翼》っ!」

耳を巨大化させてミミルと自身を守る。幸い防御力はミュアの方が上のようで、触手を弾くことは可能だが、さらに上空から最大級の攻撃力を備える尾が降ってきた。

散々今まで力を使い防御をし続けてきたので、体力も落ちてきている。このままでは完全に防御をすることはできないかもしれない。

「ミミルちゃん、ここから逃げるよ!」

ミミルの身体を抱えて、その場から脱出することに決めたミュア。しかし素早く移動するために動かしている《銀耳翼》。尾から逃れられても、その隙をつくように、今度は紅い光が迫ってくる。触れれば石化してしまう。

「くっ! させないんだからぁっ!」

翼をおおきくはためかせ、銀の粒子を前方へと撒く。紅い光は銀の粒子に触れた瞬間に霧散し、ミュアの身体へと吸収される。

(これで少しだけ魔力と体力は回復できたけど……)

それでもこのままではジリ貧である。相手は攻撃しながらも徐々に傷ついた身体が癒されている。

やはり決定的なダメージを与えるためにも、いつまでも守勢に回っていては仕方がない。何とかこの攻撃の雨を搔い潜り、重い一撃を与える必要がある。

(けど、突破口が……!)

その時、イヴァライデアに力をもらった者たちの頭の中に、彼女の声が響いた。

――――――自分の力を信じて。わたしはそのためのきっかけを与えた。

「イヴァライデア……さん……っ」

すると金色の光が胸の部分で灯り始める。それはミュアだけでなく、ノア、ウィンカァもほぼ同時に同様の現象が起きた。

「ミュアちゃんっ、上ですっ!」

ミミルの声。迫り来る巨大な尾。しかしミュアは、それよりも自分の中から膨れ上がる力に驚嘆していた。そして――。

尾がミュアたちに向けて叩きつけられた。

「ミュアァァァァァッ!?」

叩き潰された光景を見ていたリリィンが叫ぶ……が、すぐに言葉を失うことになる。

何故なら、地面を叩いた尾の下から、膨大な銀の粒子が放射され、尾を一気に弾いた存在がいたのだから。それは――――ミュア。

ただし、普段の姿から一変し、銀色の竜と化したミュアだった。

そしてウィンカァも、ノアも、それぞれ金色の狐と虹色の鴉へと変貌を遂げている。

――――――そう、それがあなたたちの真の力。

そんな声がミュアたちの頭を掠めた。

かつて、アヴォロスが復活させた魔神ネツァッファ。その魔神と対峙した一人であるクゼル・ジオ。

彼は『金狐』という種族であり、その身に強大な力を有していた。山と見紛うほどの大きさである魔神に対抗するために、クゼルは人という姿から巨大な獣の姿へと変貌を遂げて、魔神と相対した。

「《精霊化》……と呼ばれているわ」

「《精霊化》……ですかな?」

ヒメの呟きを聞き取ったのはニッキだった。

「ええ、伝説の種族と呼ばれている《三大獣人種》のみに許された究極の技法でもあるわ」

「ミュア殿は以前にもあのような銀のドラゴンになりましたぞ」

そしてアヴォロスを討とうと向かって行った。

「ええ、けれどあの時のミュアは不完全な《精霊化》よ。その証拠に、あの時と比べても身体の大きさがまったく違うのではなくて?」

「そ、そういえば……!」

アヴォロス戦の時は、魔神の顔程の大きさだったはず。だが今のミュアは魔神の三分の一ほどの大きさを有している。

「あれが本来、《三大獣人種》に備わっている力なのよ」

さすがに魔神並みほどはいかなくとも、それでも大きい。しかもそれがミュア、ノア、ウィンカァと、三体いるのだ。

銀、金、虹と、それぞれの光を纏い、魔神と対峙している。

「あの子たちはまだ若いし、イヴァライデアの力ありきで変化しているだけだから、あれでまだ成長途中なのよ。本当に信じられないわよね」

「ヒメ殿もあんなふうになれるのですかな?」

ニッキの問いはもっとも。彼女もまた『精霊』なのだから、同じことができるように思えるのだ。

「そうね。できなくはないけれど、私もまだ『精霊王』のお爺様のように使いこなせないわ。悔しいけれど、もともと『精霊』は戦いに特化した種族ではないもの」

「なるほどですぞ。なら、ミュア殿たちは新たな力を手にしたということですな!」

「ええ、見なさい。魔神もミュアたちの変化に戸惑っているのか、警戒したまま動かないわ。先程まで行っていた攻撃も止んでいるでしょう?」

確かにあれほど雨のように繰り出していた攻撃が、今はピタリと停止している。

まず先に動いたのは、ノアだった。

虹色の羽毛に包まれた巨大な鳥が大空を翔けながら、

「――《虹吹雪》っ!」

虹色の光が螺旋を描いて魔神へと迫る。魔神は回避しようと空を移動していくが、虹の光が幾つにも分かれて、雪の結晶のように細かくなりそれぞれが意志を持つかのごとく動き魔神を追随した。

結晶に触れた部分がむし取られたように一瞬にしてこの世から消える。周囲から襲い掛かる虹色の吹雪が、魔神の身体を蝕んでいく。

「ウイも……いる! 《 九羅(くら) 斬り》っ!」

九尾を持つ金色の狐と化したウィンカァ。九つの尾が天を衝くように伸び、真っ赤な炎を帯び始める。そのまま九本の尾が音速を超えるような勢いで動き、魔神の身体を斬り飛ばした。

激痛を感じているのか魔神が悲鳴をあげながらも、攻撃をした二人に対し大口を開けて、

「あ、あれは《滅却大砲》ですぞ!」

ニッキの叫び。その威力は以前の戦争で嫌というほど味わっている。

山を一瞬で消し飛ばすほどの規格外の威力。《精霊化》したクゼルでさえ一撃で瀕死に追い込まれた。

魔神から放たれる膨大なエネルギーの塊。しかし突如としてノアとウィンカァの周囲を銀色の光が覆う。また彼らの前方には、銀色で構成された盾が何重にも出現し、まずは盾が《滅却大砲》の威力を削いでいく。

そして最後に残った銀の防護壁が、小さくなった《滅却大砲》をあっさりと弾いた。

「……わたしがいるのを忘れないでください。――――《銀星の守護》」

ミュアの力だった。魔神が再び《滅却大砲》を撃たんがために力を集束させ始める。

「させませんっ! 《超・銀転化》っ!」

銀色の翼をはためかせ、そこから溢れ出る銀色の粒子が、大量に魔神の身体を包み込む。すると魔力の塊である魔神の身体は《銀転化》の能力で削られ、ミュアの力へと変換されていく。

「あなたの力、お返ししますっ! ――――《銀河大砲》っ!」

名前こそ《滅却大砲》と似通っているが、形は似て非なるものだった。ミュアの身体から発せられた光が河の流れのようにうねりながら魔神へと放たれる。

その威力は恐ろしく、魔神の身体を真っ二つにし、半分を一気に霧散させるほどの効果を発揮。

そして残り半分を照準に入れたのは、ノアとウィンカァだった。

「《虹吹雪》っ!」

「《九羅斬り》っ!」

二つの攻撃が致命傷を受けたと思われる魔神に追い打ちをかける。

成す術なく二人の攻撃を受け、魔神はとうとうその身体を維持できなくなり、巨大な爆発を引き起こした。即座に周りにいる者たち全員の周囲を銀色の防護壁で守護するミュア。

凄まじい爆煙が周囲を漂い視界を覆い尽くす。しかし誰もが一貫して思った。

勝った、と。

その証拠に、魔神の魔力が一切感じられなくなっていた。

同時にミュア、ノア、ウィンカァの身体がそれぞれ光り輝き、小さくなっていく。

「「「はあはあはあ……」」」

すでにミュアたちの全身は疲労感で支配されていた。そのままゆっくりと地上へ降りて膝をつく。無理もない。いくらイヴァライデアの力を借りたとはいえ、魔神を一掃するほどの力を行使したのだから。

煙が晴れていき、皆に緊張が走るが、やはりそこには魔神の姿はない。完全に消失したようだ。

「……や……った……っ」

ミュアの呟きがきっかけとなり、

「「「「やったァァァァァァァァァァァァァァァッ!」」」」

ミュアたちが魔神に勝利を手にした瞬間だった。

その声を聞き、魔神に吹き飛ばされ意識を飛ばしていたレッカもまた覚醒する。

「う……ぁ」

「ようやく目を覚ましたか」

レッカの視界に飛び込んできたのは、腕を組んだ状態のアヴォロスだった。

「え……あ、ま、魔神は?」

「倒した。あの者たちがな」

彼の視線の先には喜んでいるミュアたちがいる。

「そう、ですか……結局、自分は何もできなかったです……」

「そう落ち込むこともあるまい。貴様の存在があってこその結果でもある」

「……え?」

「教えたはずだぞ。貴様はまだまだこれからだと」

「……!」

「力に溺れるな。いずれ貴様は強くなる。何故なら、アイツの……シンクの血を引いているのだからな」

「……ま、まさかあなたは……!?」

「わけあって素性は教えられなかったが、よくぞそこまで鍛えた」

「せ、先生っ!? うぐっ!」

「まだ身体を動かすでない」

「っ……す、すみませんです」

悔しげな表情をするレッカに対し、アヴォロスは回復薬を取り出し服用させる。

「んぐ…………ふぅ」

「しばらくは休息しておけ」

「は、はい、先生。先生は?」

「まだ戦いは終わってはおらぬ。いや、むしろここからが本番だ」

遠くから聞こえる戦いの音。それは日色たちが奮闘している証拠。

アヴォロスはその場にいる全員に声をかける。

「貴様たち、魔神討伐ご苦労だった。しかし戦いはまだ続いておる。浮かれるのもそこまでにしておけ」

偉そうな物言いではあるが、彼の言うことは正論だ。

「フン、貴様に言われなくとも理解しているわ。ヒイロのところへ急ぐぞ」

「そうですね。ですがミュアさんたちは大丈夫ですか?」

リリィンとペビンがそれぞれ口を開くが、ペビンの懸念通り《精霊化》の消耗は思った以上に激しいのか、いまだ辛そうに呼吸を繰り返すミュアたち。

「ミュアたちほどではなくても、私たちもかなり消耗しているわよ」

ヒメの言葉は的を射ている。あれほどの死闘をしていたのだ。消耗していないわけがなかった。

「このような状態でヒイロくんたちのところへ向かっても足手纏いになるだけかもしれませんね」

「で、でも……ペビンさん……わた……しは……」

「ミュアさんの気持ちは痛いほど分かりますよ。ですがあなたはヒイロくんの期待に十分応えました。魔神を打ち倒したのですから。これでこの戦いの間はサタンゾア様も再び再現することはできません。そういう制限がありますから」

「ペビンの言う通りだ。『銀竜』の娘……ミュアといったか。貴様はヒイロの役に立った。だがこれ以上無理をすると、以前の二の舞になりかねぬぞ?」

ミュアはハッとなってアヴォロスの言葉を受け止める。弱った状態でサタンゾアと戦っても、すぐに殺されてしまう可能性の方が高い。そうなればまた日色は悲しむことになる。

「貴様たちはしばらく休息しておればよい。まだ戦えるのは……」

「フン、ワタシは行くぞ」

「ボクも行けるですぞ!」

「ニッキが行くなら私も、ね」

「当然僕もですね」

リリィン、ニッキ、ヒメ、ペビンがそれぞれ名乗り出る。ミュアたちと比べて軽傷で消耗率は少ない。

「だがニッキは大丈夫なのか? 《合醒》をしたばかりだろ?」

「大丈夫ですぞ、リリィン殿! 十分休みましたから!」

元気よくその場で一回転して、自分がまだまだ戦えることを示す。

「ならさっさと向かうぞ。ここからが本番なのだからな」

アヴォロスの言葉にムッとなるリリィン。

「――――――我はここに残る。ノアの面倒を見なければならぬのでな」

スーがノアを見ながら喋る。気づけばノアは静かに寝息を立てていた。このような状況で寝れるとは本当にブレない人物である。

「なら一度船に戻ればいいだろう。あそこには食糧も治療道具もある。そこで回復させろ」

リリィンの提案にスーが「そうしよう」と頷く。

そしてリリィンたちは日色のもとへ駆けつけることに。

だがそこで彼女たちは、悲惨な光景を見ることになる。

リリィンたちが日色のもとへ向かうと、そこには血だらけで倒れているイヴァライデアの前に立って、同じく無数の傷を身体に刻んでいる日色がいた。

すでに《合醒》と《天下無双モード》を同時に使用しているようだが、明らかに日色の目前に立っているサタンゾアの方がダメージ量は少ない。

「ククク、ほれ」

サタンゾアがさっと手を振ると、波打つ細い煌めきが走る。日色はハッとなって、イヴァライデアを抱えてその場から逃げようとしたが、

「があっ!?」

《金剛如意》を持っている右腕が切断されてしまった。

「アレは!? 僕の《絶》と同じです!」

ペビンがサタンゾアの攻撃を解説する。つまりエネルギーを糸状に変化させて放ったということだ。その糸で軽く日色の腕を切断した。

その衝撃により、抱えていたイヴァライデアと一緒に地面に倒れる日色。追い打ちをかけるように糸が日色を襲う。刹那、《合醒》が解けて、日色の前にテンが人型で姿を現す。

そのままテンが両手を前にかざし、光の壁を作り糸を弾く……が、

「小癪な、『精霊』ごときが」

「ぐあぁぁぁぁっ!?」

糸が突然太くなり、テンを防御壁ごと吹き飛ばした。

「終わりだ、《文字使い》」

日色は必死で文字を構築しようとするが、とてつもない痛みのためか集中することができない。サタンゾアの糸が日色へと迫る。

「ヒイロォォォォォッ!」

我を忘れて彼を助けに向かうリリィン。サタンゾアも彼女の存在に気づき「む?」と眉をひそめる。

「貴様ぁぁぁぁぁぁっ!」

彼女の瞳が黄金色に染まり、サタンゾアの動きが止まる。その光景を見たペビンがハッとなり、

「今の内にヒイロくんたちを回収しましょう!」

慌てて行動に移す。

ニッキとヒメがヒイロとイヴァライデアを抱きかかえる。

「うぅ~師匠ぉ~」

泣きそうなニッキ。

「うぐ……っ、ニッキ……か」

「だ、大丈夫ですかな師匠!」

「くっ……だ、大丈夫に見えるなら、お前の目は狂ってるぞ」

「それだけ憎まれ口が聞ければ大丈夫ね」

ヒメがからかうように言うが、日色はかなり辛そうである。彼の頭上の『天下無双』の文字も、すでに『天』だけになり消えかかっていた。

「とりあえず今の内に回復なさい。魔力は貸してあげるから」

ヒメはそう言いながら日色の身体に触れて自身の魔力を日色へと流し始める。

「はあはあはあ…………っ」

日色は瞼を閉じて歯を噛み締めながら集中する。そしてようやく『超回復』の文字と『復元』の文字を発動させることができた。

《赤気》が切断された部位へと集まり、腕の形へ変化していく。そのまま徐々に腕が再構築されていく光景は、いつ見ても息を呑んでしまうものだ。

傷だらけだった身体も、次第に回復していく。

「イヴァライデアは……無事……か?」

「瀕死のようだけど、命は取りとめているわ。一体何があったというの?」

そして日色は語る。

少女の姿から大人の女性へと変貌したイヴァライデアが、サタンゾアと対峙する。

「――《灼熱のクドラ》」

「……凍って」

目で追えないほどの速度で文字を書き発動させるイヴァライデア。サタンゾアの右手から噴出したマグマのような物体が、一瞬のうちに凍結した。

即座にイヴァライデアが指を動かした直後、サタンゾアの身体中に様々な文字が浮かび上がる。

「させぬわ! ――《拒絶のクドラ》」

イヴァライデアが刻みつけたはずの黄金文字が一気に弾かれる。

「……アルタイルの力まで。……なら」

すぐに新たな文字を起こす。

「こ、これは……!」

日色の眼には驚愕すべき光景が映し出された。サタンゾアの逃げ場を無くすかのように、彼の周囲に無数の文字が出現。

「あなたは同じ《クドラ》を連続して再現できない。その隙を突く」

これだけの文字を次々と放たれれば、さすがに相手も疲弊するはず。しかし奴の能力は万能。

「このようなもの、…………っ、転移できぬだと!?」

どうやら《転移のクドラ》を発動させてその場から脱出しようと試みたようだが、発動しないらしい。

「転移封じの文字も書いて発動してあるもの」

なるほど。この無数の文字列の中に、転移自体を封じる効果のある文字があるということか。

「ククク、なら――《不動の構え》」

「今度はシリウスの技……? それもムダ」

突如、不動を保っているはずのサタンゾアの身体が動き始める。

「何だと!?」

「強制に行動させる文字も織り込み済み。まあ、あなた相手じゃ、少し身体を動かせることしかできないけど、それで十分」

確かにそれだけで《不動の構え》の効果は打ち破れる。

「諦めて。あなたはわたしを怒らせた。ここですべてを終わらせる」

急に顔を伏せ、黙り込むサタンゾア。

(諦めた……のか?)

いや、そんなはずはない。こんな簡単にサタンゾアが支配を諦めるわけがないことは直感で分かる。その証拠に……。

「…………ククククククククク」

静かな笑い声。ゆっくりとサタンゾアが顔を上げて、イヴァライデアに不敵な笑みをぶつける。

「よもやこれで勝ったと? この程度で我が敗北するならば、とうの昔に死んでおるわ」

その言葉をきっかけにして、イヴァライデアが空中に浮かんでいる文字を次々と時間差でサタンゾアに放ち始めた。

「……のクドラ」

「っ! ムダ。どれも想定済み――」

イヴァライデアの文字が次々とサタンゾアに触れ、効果を発動させていく。一体どの文字がどんな効果があるのか分からないが、恐らく一つだけでも常人なら即死に近い効果を持つものばかりだろうことは分かる。

すべての文字効果を受け、サタンゾアは身体を炭のように真っ黒にして倒れた。

「はあはあはあ……」

先程の文字の連撃は、イヴァライデアにとってもかなりの力を消耗するようで肩を激しく上下させている。サタンゾアはピクリとも動かない。

日色は「やった……のか?」と思った直後、黒々となったサタンゾアの身体が急にヒビ割れを起こし始め、その隙間から光が溢れ出てくる。

「はあはああはあ……う、嘘……っ!?」

イヴァライデアが眼下で起こっている光景に歯噛みしながらも、再び文字を光を放っている物体へと放つ……が、殻を削ぎ落すように、サタンゾアを覆っていた黒が地面へと落ち、中から青白い半球状のフィールドが現れる。

「あのフィールドは!? ……《静寂のクドラ》!?」

そう、それはまさしく日色も目にした、今は亡きサタンゾアの姉であるベガの力だ。

フィールドに触れた文字が全て消失。

「くっ!?」

イヴァライデアが一旦そこから距離を取ろうと後方へ移動しようとしたところ、サタンゾアが急に姿を消し、彼女の背後へと現れる。そしてハンマーを叩きつけるような勢いで拳を振り下ろす。

イヴァライデアは咄嗟に防護壁効果を持つ文字を発動させるが、

「――《通過のクドラ》」

まるでそこに防護壁などなかったかのように、するりと拳がそのままイヴァライデアの身体を打つ。

彼女はそのまま凄まじい勢いで大地へと落下して大ダメージを……と普通ならそうなっていただろうが、大地に突き刺さったはずのイヴァライデアは、少なくとも激突のダメージはなかった。

何故なら日色が地面に向けて『軟』の文字を放っていたからだ。

「ふぅ、危機一髪だ」

しかし地面に落下し、トランポリンのように跳ねたイヴァライデアの身体が硬直する。

「何だ!?」

日色は何が起きているのか分からず凝視して彼女を見るが、何か細いものが彼女をがんじがらめにしている様子が見て取れた。

「……糸?」

すると彼女を拘束している糸に力が加えられ、透き通るような彼女の肌を傷つけていく。

「うっ、あぁぁぁぁぁぁっ!?」

相当痛いのか悲痛な叫び声を上げるイヴァライデア。血が周囲へ飛び散り、糸が彼女の首も絞め始める。

「が……っ、ぐ……ふぅ……っ!?」

苦悶の表情を浮かべる彼女。

「ククク、さすがのうぬも《再生のクドラ》の存在だけは知らなかったようだな」

「さ……い……せ……っ!」

「発動してから一分の間ではあるが、どのような攻撃を受けたところで再生することが可能。無論致命傷すらもな」

「そん……な……っ」

「まあ、一度しか使えんものだが、もう必要あるまい。うぬはもう……戦えぬ」

「っ!?」

するとグインッと身体を上空へと引っ張られるイヴァライデアを、大きな手が掴もうとする。

しかしすんでのところで、日色が転移して糸を断ち切り彼女を救い出した。

「げほげほっ、げほっげほっ!」

日色の腕の中で咳込むイヴァライデア。

「ククク、ナイト気取りか、《文字使い》」

怜悧に響く声音が背後から襲う。

ほとんど見えない糸が死角から迫ってきているのが分かった。すでに《合醒》と《天下無双モード》は発動してあるので、すぐに『超加速』と『大防御』の文字を使って離脱する。

しかし急激に身体が重くなった。まるでこれは……。

「どうかね、《重力のクドラ》の力は」

何でもありかコノヤロウと思いつつも、距離を取ることに専念する。三文字の効果が発動しているのにこの影響力だ。もし発動していなければ、すぐに大地に突き刺さっていることだろう。

だが失念していた。そもそもサタンゾアにとって、防御壁など無意味だったということを。

それは先程彼が使用した《通過のクドラ》。恐らくあらゆる壁を通過することが可能なのだろう。それがたとえ魔法で生み出したものでも。

サタンゾアの放った拳が背中に突き刺さる。大地へ落下し、そのまま抱えていたイヴァライデアが地面へと転がった。

「くっそ……っ」

「ほう、立ち上がるか」

「諦めは悪い方なんでな」

「ふむ、それは良いことだな」

日色は『転移』の文字でサタンゾアの頭上へと移動。そのまま真っ直ぐ《金剛如意》を振り下ろす。しかし野生の勘もあるのか、大きな手がそれを阻む……が、再度転移。

今度は背後。しかしこれもまたジャンプをされて回避される。

だがこれは日色の狙い通りだった。そもそも日色はイヴァライデアの近くから動いてなどいなかったのだから。

すべては『幻惑』の文字で作り出した虚構。サタンゾアが相手にしているのは、すべて幻。

『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』『爆発』

爆発一点集中。幻と戦っているサタンゾアに向けてすべての文字を放つ。

さらに『必中』の文字も加える。これで大ダメージを与えることが可能。

と、思いきや……。

「うぬだけが幻術を扱えるとでも思うたか?」

冷えた声が頭上から響いた。見ればそこにはサタンゾアの姿が。

「バカなっ!? ならアレは!?」

それまで少し先で幻と戦っていたサタンゾアはいなかった。

「ククク、ご愁傷様よ」

見えない何かが左側から殴ってきた。弾かれた場所でも同じように何かが殴る。いや、切り傷も生まれているから、殴っているというよりは切っているのかもしれない。

(う……これは……っ!?)

それはイヴァライデアを拘束していた糸のようだった。限りなく細いせいでとても見難い。

「がはっ! ぐはっ! ごほっ! ぶふっ!」

何度も何度もピンボールを弾くかのように弾き飛ばされる日色。《赤気》を纏っているからまだこれだけのダメージで済んでいるが、通常だと恐らく全身が刻まれていることだろう。

上空へ弾き飛ばされた日色を再びハンマーのようなサタンゾアの拳が襲う。咄嗟に『防御』の文字を使うが、威力を押さえ切れずにそのまま地面へと突き刺さる。

そして転がった先にはイヴァライデアが倒れていた。

「ま……だだ……! こんな……ところ……で……っ!」

日色は歯を食い縛り立ち上がる。何とか最後までイヴァライデアを守り切らなければすべては終わってしまうのだ。《合醒》しているテンの力も大分弱まっている。同じダメージを受けているのだから当然だろう。

しかしまだ……立てる。

日色はイヴァライデアの前に立つ……が、次の攻撃により、右腕を切断されてしまった。