軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23:ミュアの抱擁

「なっ!?」

手刀は間違いなく首筋に向かっていた。だが寸前のところでその動きを止められていたのである。

それを成しているのは、彼女の黄金のように煌めく尻尾だった。

三本の尻尾が突然大きく伸びて、彼女を守るようにアノールドの攻撃を防いでいたのだ。

それは彼らを見ていた日色とミュアの言葉を奪うほど信じられない事態だった。

日色たちもアノールドの攻撃は通ると思っていたのだ。

また日色はいつでも《文字魔法》を放てるように準備までしていた。しかしそれはどうやら失敗に終わったようだ。

ウィンカァは背後にいるアノールドの身体に、尻尾を一本だけ動かし巻きつかせる。

「ぐ……はっ!?」

巻き付く力が徐々に強くなっていく。

そして突然彼女はニヤッと笑ったと思ったら、右拳に力を込めていく。それを見た日色とミュアはそれぞれ叫ぶ。

「マズイッ!?」

「おじさんっ!?」

日色は瞬時にその場から動き、刀をウィンカァに向けて投げつける。しかし彼女は振り向きもせずに尻尾だけで飛んできた刀を弾く。

「ちっ、余裕だなアンテナ女! だがこれならどうだ!」

彼女がアノールドに攻撃を加える前に少し時間を稼げたお蔭で近づくことができ、彼女の後ろ首に手刀を落とそうとした。

しかしその手刀は空を切ることになる。ウィンカァはアノールドを尻尾で抱えたまま日色の背後へと瞬時に移動して、残っている尻尾が日色の首に巻きつき持ち上げていく。

「ぐ……が……っ!」

「ヒイロさんっ!」

ミュアは日色の名前を叫ぶが、尋常ではない力で締めつけられて全く呼吸ができないのか、彼は顔を青ざめさせていくだけだ。

何とか文字を書いて脱出を試みようとしているようだが、さらに尻尾に力が込められて、思わず両手で尻尾を外そうと掴んでしまって文字を書けないようだ。

少しでも力を緩めると一気に絞まって意識を奪われそうなのだ。

またアノールドも同じように苦しそうに尻尾から脱出しようともがいている。

そしてミュアは、楽しそうに笑っているウィンカァを見てゾッとする。

「ダメ……ダメですよウイさんっ! ヒイロさんもおじさんも敵じゃないですよ!」

するとウィンカァは、耳をピクリと動かして笑みを崩す。

「……ヒ……イロ……?」

その時ミュアの目にウィンカァの目から何か光るものが零れ落ちた瞬間が映る。

「え……? ウ、ウイ……さん?」

もしかして意識が戻ったのかと思い、

「そ、そうですよ! その人はヒイロさんです!」

「うぅ……」

まるで頭痛に悩まされているかのように顔をしかめるウィンカァ。そのまま痛みを振り払うかのように日色を掴んでいる尻尾を振り回し彼を吹き飛ばす。

「ぐわぁぁぁっ!?」

「ヒイロさんっ!」

吹き飛ばされはしたが、喉を押さえながら咳をしているということは命に別状はないということであり、彼が助かり本当にホッとした。

しかしハッとなってウィンカァの方に視線を戻すと、そこには更に尻尾の力を込めアノールドを苦しめている彼女がいた。

そして再び右手から軋み音が聞こえてくるほど握りしめている光景を目にする。

そんな全力の攻撃を無防備に受けたらアノールドは……。

「逃げてぇっ! おじさぁぁぁんっ!」

だが言葉も虚しく、ウィンカァは尻尾を振り回しアノールドを地面に叩きつけると、その右拳を思いっきり振り下ろした。

「ごふぁぅっっっ!?」

アノールドの身体を伝って、地面に盛大なヒビ割れが起こる。

瞬間、ミュアはアノールドの死を予感した。完全に無防備な状態で、超常的な一撃を受けてしまったのだ。同じ獣人だとはいえ、力に差があり過ぎる。

まさに会心の一撃を受けたようなものだ。しかも防御できずにだ。骨が折れるような音も聞こえたような気がしたが、聞き間違いではないだろう。

あんな凄まじい一撃を腹に受ければ骨が折れても不思議では無い。一瞬貫通するかとも思ったくらいだ。それほどの一撃だった。

だからこそ、最悪を予感した。

「い、いや……いやだよ……おじさん……おじさぁぁぁぁんっ!」

ミュアは我を忘れたようにアノールドの元へ駆けつけていく。日色から「あのバカ!」と叫ぶ声も聞こえたがそれどころではない。

ミュアは涙を流しながらアノールドに近づくが――バシッ!

「きゃっ!?」

ウィンカァの尻尾で頬を打たれ弾け飛ぶ。その際に頭に被っている帽子も取れ、獣耳が露わになる。

「う……うぅ……」

地面に転がるが、それでも痛みなど気にせず立ち上がり、アノールドの状態を確認する。口から吐血し、顔も真っ青になって白目を剥いている。

まだかろうじて肩が上下しているので絶命には至っていないが、まさに虫の息と言う感じだ。しかしこのままでは間違いなく彼は死んでしまうだろう。

(おじさんが……死ぬ……?)

悲しみよりも先に恐怖が全身を支配する。アノールドが死ねば自分は一人になる。この世の中で自分のようなちっぽけな存在が、一人で生きていけるとは思えない。

(ちがうよ! そうじゃない! 一人とか……そういうんじゃない! わたしはただ……おじさんと一緒に生きていきたいだけ!)

いつも自分を守ってきてくれたアノールドに、まだミュアは何も返せていない。もっと強くなって、必ずアノールドに恩返しをしようと決意したのだ。

それなのに…………その機会を奪おうとしている彼女が憎いと思った。決してウィンカァが全部悪いわけではない。それでも、今のこの状況を生み出したのは彼女なのだ。

だからこそ許せず、ミュアはキッと彼女を睨んでしまう。

しかしそこでミュアは呆気に取られてしまう。何故なら――――ツー……。

ウィンカァの目から涙が流れ出ていたからだ。そこで思い出す。先程日色の名前を呟きながら何かを目から流していたように見えた。

やはりアレは涙だったのだ。彼女の意識はまだ完全に消えてはいない。

「ウイ……さん……」

彼女もまたこんなことを望んでいるわけがないのだ。少しの間しか接してはいないが、彼女が優しい人だということは分かっている。

(そうだよ……一番苦しいのはウイさんなんだ……。しっかりしてミュア! 憎むべき相手を間違えちゃダメなんだよ!)

本当に憎むべき相手、許してはいけない相手は、この施設を建造した者たちであり、彼女を狂わせた張本人たちだ。

ミュアは口を一文字に結ぶと、ゆっくり立ち上がり彼女を見つめる。

だがその瞳は先程のような憎しみの炎に包まれているものではなく、とても力強く希望の光を備えているかのような輝きを放っていた。

ミュアは意を決してゆっくりとウィンカァに向かって前進していく。

一歩一歩、自分の進む道を確かめるように。

無論ジッとしているウィンカァではなく、またも尻尾を動かしてミュアを弾き飛ばす。ドサッと地面へと転がるミュアだが、それでも必死で立ち上がりまた向かって行く。

何度も何度も弾き飛ばしても、表情一つ変えず向かって来るミュアに不気味さを覚えたのか、ウィンカァはジリッと後ずさりしてしまう。

「悲しいですよね、苦しいですよね、辛いですよね……ウイさん」

「……がぁ……」

初めてウィンカァの瞳に焦りのようなものが見て取れる。

それを払拭するかのように尻尾で攻撃するが、今度はその尻尾の動きがミュアの頬に当たる寸前で止まった。

ウィンカァが、ミュアが涙を流している姿を見て、思わず固まってしまったのだ。

その尻尾にミュアは優しく触れて、そして笑みを浮かべる。

「ぎ……っ!?」

身体が硬直したように動かないウィンカァ。その表情から完全に戸惑っている様子が分かる。さらに歩を進めて、近づいていくミュア。

「……大丈夫です。怖くありませんよ」

「が……」

ミュアに頬に触れられ、突然膝を折るウィンカァ。その彼女の頭をミュアは優しく胸元に寄せて抱きしめる。

すると驚いたことに、ミュアの獣耳からキラキラ光り輝く銀色の粒子状のものが、耳が動く度に花粉を蒔くかのごとく周囲に放出される。

そしてその粒子は二人を包むかのように舞い、優しい光を放ち続けていた。

「みんな待ってます。だから優しいウイさんに戻ってください」

ウィンカァはもう動かず、ミュアの成すがままになっていた。

「まさか、チビがここまでやるとはな」

いつの間にか近くに来ていた日色が、『元』という文字をウィンカァに向けて放つ。避けられることもなく、彼女の頭にピタッと付着する。

――ピカァァァァァ!

青白い魔力が文字から放出され、彼女の身体を覆っていく。

獣耳と尻尾、体に巻き付いていた長い黄金の髪が元に戻っていく。

光が消え、彼女は閉じていた目を静かに開けると、また涙を流す。

そしてゆっくりと口を動かす。

「……ゴメン……みんな」

「あ~死ぬかと思った。いや、マジ思った。今回ばかりはさっすがに覚悟したなぁ~」

先程まで死の世界を彷徨っていたアノールドが何故今こうして平然とお茶らけた言葉を吐けるのかと言うと、あれから正気に戻ったウィンカァとミュアに、アノールドを治してほしいと日色は嘆願されたのだ。

対価が必要なら何でもするからと言って。しかし今回の場合、日色は対価無しで彼を治した。何故なら今回の作戦は日色が立てたものだ。

彼に暴走しているウィンカァを一人で足止めしろと言った。それが限りなく無茶な注文だとは、彼女の戦力を知っている日色も把握していた。

だからこそ今回で負った傷は自分のせいでもあるので治そうと思っていた。それにこんなところで貴重な情報源兼料理人を失うのはもったいなかったのだ。

「ゴメン……ほんとにゴメン」

アノールドは『治』の文字で治ったのだから気にしなくてもいいと、本人も言っているのだが、やはりそうはいかないようだ。

「だから気にすんなってウイ。俺も無事だった。まあ、ちょっと死にかけはしたけどよ、こうして笑い合えてんだ! いつまでも過去のことをグチグチ言うのはもったいねえぜ!」

「……でも」

シュンとなって明らかに元気の無いウィンカァ。

「そうですよウイさん! あの時、もし本当にウイさんが《獣覚》で完全に意識を奪われていたのなら、きっとおじさんは……」

「……ああ、ミュアの言う通りだ。ウイは必死で抵抗してたんだろ? だから最後の攻撃、アレにもウイの心が現れたお蔭で、俺はこうして生きてるんだしよ」

ウィンカァは心の奥底に閉じ込められていても、必死で自分を取り戻そうとしていたらしい。

日色たちを傷つけてしまい、辛くて苦しくて、何とかしたくて、そういう思いが涙となって現れた。

ミュアはその涙を見て、彼女が完全に正気を失っていないことを知ったのだ。

「戦ってる時……ウイは感じたよ。ヒイロやミュア、アノールドの思い」

胸に手を置き目を閉じながらウィンカァは喋る。

「だから、みんなを傷つけたくなかった。でも身体が言うことを聞いてくれなくて……頑張ってたけど止められなくて」

悲しそうに眉を寄せる。

「だけどあの時、ミュアの目を見た時、ここがドクンってなった。そこでようやく少しだけ体を動かせた」

ミュアに対して尻尾で攻撃した時、寸前で止めたが、どうやらそれはウィンカァの意識がさせたようだった。

「ミュアにギュッてされてる時、いっぱい温かかった」

「ウ、ウイさん……」

少し恥ずかしげに戸惑いを見せるミュア。

(そういや、あの時のチビは一体何だったんだ? アイツの耳から光の粒子が出てたが……)

どうやらそれに気づいているのは日色だけのようだ。ミュアでさえ、自分が何をしたのか理解していないような感じだ。

気にはなったが、アレのお蔭でウィンカァが大人しくなったのなら、今はそれでいいと思った。

「ヒイロの優しいニオイも感じたよ」

恐らく『元』の文字を使った時だ。

「気持ち良い風に包まれてる感じだった。そしてね、その風がこう言ってた。『疲れるから早く戻れ』って」

アノールドはジト目で日色を見つめるが、ミュアはクスッと笑って、

「ふふ、ヒイロさんらしいです」

「ん……だから戻れた。アノールドには、ほんとにゴメンだったけど……」

もう一度、アノールドの方に顔を向けて頭を下げる。

「だからもういいっての。そんなに謝られると、逆にこっちがソワソワしちまうしな!」

「そうだな。それにオッサンはこう見えてもタフだ。少々のことじゃ死なないだろう。気にするだけ無駄だし、あまり構い過ぎると調子に乗るだけだ」

あまりにも日色の突き放したような言葉に、さすがのアノールドもギリッと歯を噛む。

「お前な! 治してくれたのは正直に言って嬉しいけどよ、俺だって死ぬ時は死ぬわい!」

「嘘をつけ。昔から変態キャラは長生きすると相場は決まってる」

「何の相場だよぉ!」

漫画やアニメだとは言わなかった。大きく溜め息を吐いたアノールドはやれやれと頭をかき、ウィンカァの頭に手を置く。

「ま、今日のことを忘れろとは言わねえ。それどころか今日のことはしっかり覚えておけよウイ」

「……?」

「お前さんの力はすげえ。一度暴走したらこうなっちまうってことだけは忘れちゃなんねえ」

「……うん」

「これも経験だ。今回のことを反省し、二度と暴走しないように努めりゃいいだけだ」

「…………それでいいの?」

「もちろんだ! あと、そうだな。何かを言いてえってんなら、このミュアに、感謝してやってくれ。実質お前さんを止めたのはミュアだ」

「ええっ!? そ、そそそんなのいいよぉ!」

急に話を振られて慌てるミュア。ウィンカァは普段通りの無表情の顔で、コクッと丁寧に頭を下げる。

「ゴメン……それと、止めてくれてありがと」

「ウイさん……ううん、わたしたち友達なんです。助け合うのは当たり前です」

「……友達?」

「はい」

「……ウイの友達になってくれるの?」

「はい」

「…………う、嬉しい……」

頬を染め上げながら微かに笑みを浮かべる。

「もちろん俺もだぜウイ!」

「ん……ありがとアノールド」

するとウイは日色に視線を向けた。無論言いたいことは把握してはいる。だが素直に認める日色では無かった。

「…………下僕としてなら認めよう」

「おっまえなっ! 何でこんな空気でそう自分を貫けられんだよ! ここは素直にオレも友達だと言えんのか!」

「黙れ、瀕死だったオッサン」

「そうでしたけど何かっ!」

いつものやり取りを見て、何だかホッとするミュア。

「ミュア、ゲボクってなに?」

「え? あ、えっと……け、家来って言えばいいのかな……」

ミュアは困ったように眉を寄せる。

「そう……家来。……分かった。ウイはヒイロの家来」

「「「え?」」」

思わず日色を含めた三人がハモる。

「あ、あのウイさん? 家来って意味分かってますか?」

「ん……ヒイロはウイの王になるという……こと?」

「えっと……う~ん……間違ってはいないんですけど……」

何だか王となると壮大過ぎる感じがするのだ。確かに仕えるという意味では同じなのだが。

そして日色もまた、ノリで出した言葉だったので、まさか彼女が認めるとは思っておらず内心では動揺していた。

「それと、ミュアは女王?」

「ふぇ?」

変な声がミュアから出る。

「ミュアは温かかった……だからミュアも王。だけど女だから女王。ウイはミュアの家来にもなる」

「え……え……ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

日色は会った時から気に入られていたし、ミュアには自身を止めてもらった大恩がある。だからその恩は仕えることで返そうと思ったのか。

「あれ? でも王は一人だね。そうするとミュアは…………王妃?」

「お、おおおおお王妃ってそそそそそれってヒイロさんの……」

何を考えたのか、プスプスと頭から湯気を出すミュアを見てアノールドはムッとなり、

「おほん! ウイ、なら俺は俺は!」

期待の込められた瞳を放つ。ウィンカァはコクンと首を傾けてしばらく考えた後、

「ウイたちの……………………専属料理人?」

「俺が一番身分が低いだとぉぉぉっ!?」

まさに驚愕すべきウィンカァの格付けだった。

「おお、ピッタリだな。よきに計らえよ料理人」

「うっせえよヒイロてめえ! つうかウイよぉ、何で俺だけそんなぁ……」

悲しそうに言うが、無表情で答える。

「食べ物とても大事。だからアノールドは大事」

「へ? あ…………はぁ、まあ別にいいやもう」

ウィンカァに反論したところで意味が無いと気づいたのか彼は諦めたようだ。

そして意図せず、少し沈黙が流れる。

「けどよ、スカイウルフたちを救えなかったのは残念だったよな……」

アノールドの言葉でウィンカァの表情は暗くなる。

「ん……ウイはハネマルたちのお墓を作ってあげたい」

「ハネマル?」

アノールドが聞くと、彼女は日色たちと出会ったスカイウルフにハネマルと言う名前を付けたことを教えた。すべて……この施設で何があったのかも。

アノールドとミュアはもちろん、日色までもが気分の悪さを抱えていた。

「……なあヒイロ、この施設、ぶっ潰してえんだがいいか?」

「奇遇だな。オレも少し暴れたいような気分になっているところだ」

せっかく自分が治したハネマルを無残にも殺されたことに、さすがの日色も機嫌が悪い。

「いいや、暴れるのは止めてほしいのね」

しかしそこへ突然、日色たちの耳に何者かの声が聞こえてきた。