軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

162:目覚め

「どうやら終わったみてえだな」

海の向こうにいる海から顔だけを出した日色を見ながら言うのはテンである。

「な、何やったんやろ……?」

しのぶも、その隣にいる朱里もテンと同じように、先程まで日色が戦っているところを見ていた。そして日色が負けた形で終わった様子もだ。

「行かなくて良かったのですか?」

朱里が日色が契約した『精霊』であるテンに尋ねるが、テンは首を横振る。

「うん、ヒイロが殺されることはねえかなぁって思ったしな」

「え? そんなん何で分かんのん?」

しのぶが当然の如く疑問を吐く。

「相手にまったく殺気が無かったからな」

「殺気って……めっちゃ本気っぽかったけど……特に丘村っちは」

「え、ええ」

しのぶの言葉に朱里は同調する。お互いに刀を出して物凄い速さで鍔迫り合いをしていた姿を見れば、誰だってそう思うだろう。

「ヒイロはそれなりにやる気あっただろうけどな。けど相手は遊んでたみてえだし」

「あ、あれで遊んでたん?」

しのぶは頬を引き攣らせている。明らかに人外な動きを双方がしていたので、それが遊びと言われても現実感が無いのだろう。

「まあ、もし相手が本気になった時は、俺も行ったけどな」

「……テッチって泳げるん?」

「泳ぐ必要なんかねえさ。その気になったらヒイロのとこに転移できっからな」

「わ~テンさんて凄いんですね」

「ウッキキ! もっと褒めて褒めて!」

自慢するように胸を張るテン。

「せやけど丘村っち相手に遊んどったなんて、何者なん?」

「どうやら《マタル・デウス》って連中らしいさ」

「そ、それって大志っちらが捕まっとる?」

しのぶと朱里は吃驚している。

「おお、どうやらそうらしいさ」

テンは《絶刀・ザンゲキ》と繋がっているので、刀を通して日色の見ているものや聞いているものを把握できる。

また刀がある場所にすぐに転移することもできるので、もし日色が危なくなったら向かおうと決めていた。

しかし見るからに相手には殺意や敵意すらも感じなかった。相手の言う通り、ここにやって来たのはただの食事のためだったということだ。

日色の『超加速』に対応し、また攻撃を軽くあしらったことには驚いたが、どうやら相手も奇妙な魔法や、魔法具を持っているようだった。

特にあの赤いボール。魔法具の一種だろうが、恐らく《魔法無効化フィールド》を発現できる代物らしかった。

テンは刀を通して相手の動きや強さを分析していたが、さすがに魔法が使えない上、海に落とされた日色では、空を飛べる相手と戦うには分が悪かっただろう。

いろいろ対抗する方法も日色は備えているが、カウントオクトパス相手にも結構な疲労を催す業を使った後だし、海にも潜ってそれなりに体力も魔力も消費していた日色では、その方法を無理矢理使っても良いことはないとテンは思った。

そして日色もまたそれを実感していたからこそテンも呼び戻さなかったし、カウントオクトパスを仕留めた業も使用しなかったはず。

それはひとえに相手には殺意を感じられなかったからだろう。

(それにしても、まさか敵側に奴がいるなんてな……)

テンは空へと消えていった敵を思い出し逡巡した。

(けど、知らなかったといえ、相手も馬鹿な挑発したもんだな)

こちらへ向かって泳いでいる日色を見てテンは肩を竦めた。

(《マタル・デウス》のこと、あまり乗り気じゃなかったヒイロだったけど、今回のことで完全に眼中に入れてしまいやがった。知らねえぞぉ、ヒイロが本気になったら俺でも何するか分からねえしな)

そうは思うものの、日色がこれから相手に対して何をしでかすのか楽しみではあった。

「ま、今回はヒイロが一本取られたけどさ」

「へ? どうしたん急に?」

テンは尋ねてきたしのぶを無視するように、

「先代魔王にはご愁傷様って言っとくか」

敵に回せば日色ほど厄介な存在はいないとテンは思っている。

「……なあ、どうしたんテッチ?」

「ん? たださ、《万能の者》を怒らせた相手が可哀相って話さ」

「万能? 何なんそれ?」

「……さあ?」

しのぶと朱里は互いに顔を見合わせながら首を傾けていた。

大分泳いだお蔭か、身体から魔力を放出できる感覚が甦ってきた。

すかさず『飛翔』と書いて海から飛び上がり浜辺へと帰っていく日色。

ポタポタと滴が服から海へと落下していく。十分に水を吸った服の重さに辟易しながらも不機嫌な面持ちでようやく浜辺に足を着いた。

「師匠ぉぉぉ!」

ニッキが不安気な表情で駆け寄ってくる。隣にいるカミュもまた日色を気にしているような様子だ。二人も先程の戦いを目にしたのだろう。

日色はとりあえず『乾燥』という文字を発動させて服から水気を一掃する。傷などはないので体に痛みはないが、ムカムカと精神的にきていた。

「し、ししょ……」

さすがのニッキも、今の日色に容易く声をかけられないのか押し黙った。

だがカミュは、日色の傍まで来ると、

「無事? ヒイロ?」

「あ? ……ああ」

ぶっきらぼうにだが確かに返答した日色を見て、ニッキも、

「し、師匠……」

まるで捨てられた子犬のような瞳で見上げてくる。

思わず怒りのままに彼女を睨みつけてビクつかせてしまうが、日色は目を閉じ大きく息を吐くと、そっとニッキの頭に手を置く。

撫でるわけではないが、こうして肌を触れさせることが何となく一番良いと感じた。

「し、師匠?」

声に若干安堵感が含まれている。やはりこうして正解だったようだ。

「安心しろ。次は勝つ」

そう言うと、しばらくキョトンとしていたニッキはパアッと満開の花が咲いたように破顔し、

「はいですぞ!」

嬉しそうにそう答えた。

ニッキの頭から手をどけると、彼女は「あ……」と少し残念そうな声を漏らすが、すぐに笑顔を作る。

「師匠! 師匠に言われた通り、いっぱいイロボシ貝を獲ってきたですぞ!」

見るとそこには色とりどりの星型の貝が山積みしてあった。

「よくやったぞお前ら」

ニッキとカミュが褒められたと二人して喜ぶ。

「弟子と部下が仕事をしっかりこなしたのにオレは……ちっ」

自分の不甲斐無さに腹が立つ。のらりくらりとしていたノア・ブラック。あの男のことを思い出し、また怒りが込み上げてくる。

しかしいつまでも引き摺っているわけにはいかない。任務失敗は間違いないのだ。

あれだけ暴れたらもうハピネスシャークは姿を見せないだろう。ムースンには申し訳ないが、また今度時期が来た時に必ず捕まえて調理してもらおうと決心した。

そこへテンがニヤニヤしながら歩いて来る。

「おおヒイロ、遊ばれたな」

「黙れお喋りザル」

「ウキキ! けど借りは返すんだろ?」

「当然だ。あのタレ目はもちろん、《マタル・デウス》も一泡吹かせてやる」

恐らくこれを聞けばイヴェアムたちは大手を振って喜びそうだが、あくまでも日色は誰かの手を借りようとは思っていなかった。

この怒りとストレスの分は、きっちり個人で仕返ししてやろうと決意した。

テンが心配して付き添ったしのぶたちの漁は上手くいったようで、兵士曰くいつも任されているハーブリード隊と遜色ない働きができたとのこと。

何でも海に潜って、しのぶや朱里は、索敵能力を備えていたようで、いつもより仕事が捗ったと兵士は言っていた。

用意した大きな網には多種多様な魚介類が山ほど入れられてあった。それを空馬車に積み込み、日色たちは再び【魔国・ハーオス】へと帰還した。

【ハーオス】へ帰って来て報告を受けたシュブラーズは、見事仕事をこなしたしのぶたちの褒章として、イヴェアムにそのことを告げると、イヴェアムから兵士たちにその旨が伝えられた。

これで少しはしのぶたちを見る兵士たちの目が変化するかもしれないが、まだまだただの一度だけで信頼を得られるとは限らない。

しかしそれでも第一歩にはなったとしのぶと朱里は喜んで、今後も精進しようと互いに決意を胸にしていた。

その中で日色が狩りに失敗したという情報も届いたが、ほとんどの者は信用しなかった。きっと日色のことだから何か理由があって諦めたのではという勝手な解釈が流れた。

これが英雄と敵国の勇者だった者の差かとしのぶたちは嘆いた気分を持っていたが、真実を知っているニッキたちは空笑いを浮かべていた。

日色が失敗したという話を聞き、やはり食いついてきたのはリリィンとイヴェアムだった。詳しい話が聞きたいと本人に問い詰めたが、

「話す義務は無い」

と冷たくあしらわれた結果、仕方無く事情を知っている者に尋ねることにした。

そこで白羽の矢が立てられたのは……

「あの時のヒイロってばよぉ、まんまと相手に遊ばれてさ~」

もう日色の中で口から先に生まれた畜生として位置付けられたテンだった。二人の前でまるで物語を語るようにスラスラと話すテン。

話した場所は客室だったわけだが、その時、日色はというと、珍しくカミュを連れてある場所まで来ていた。

そこは一面砂に埋もれた大砂漠。そう、ここはカミュの故郷である【ラオーブ砂漠】である。

別にカミュの里帰りの為にここにやって来たわけではないが、カミュは『アスラ族』の住むオアシスへと日色とともに向かった。

突然のカミュの帰郷に長代行のジンエや、リリィンの旧友であるカミュの祖父シヴァンはもちろん、『アスラ族』全員が驚いていた。

しかも結果的に『アスラ族』を救ってくれた日色の登場ともあれば、もう気分は完全に歓迎ムード一色だった。

子供たちや、以前日色に傷を治してもらった者たちが率先して歓迎の宴を開いてくれた。質素なものではあったが、用意してくれた食べ物は美味しく頂いた。

「ところで、一体ここには何しに来たんじゃ?」

シヴァンがそう日色に尋ねると、

「ここなら修練するのに一番適してるからな」

「修練?」

「ああ、ここなら二刀流が地の利を活かせるし、下手に誰かに見られることもないしな」

ここでなら思い切り暴れても被害も少ないし、修練相手であるカミュもいつも以上の力を使える。それにここには旅人も皆無だし、修練を誰かの介入で邪魔される可能性も低いと踏んだ。

「ほほう、もう十分強いはずじゃが、まだ上を目指すか」

「……死にたくないんでな」

日色は先日のノアとの邂逅を思い出す。もしあの時、ノアが本気で殺しにきていたら相当危なかったに違いない。

確かに日色も全力をまだ出していなかったが、それでもノアの強さは常軌を逸しているような感じがした。しかもあの黒鳥……。

(《ステータス》が正しいなら、あの黒いのはアイツらと同じ……)

誰かのことを思い出し目つきを鋭くさせる。その目を見たシヴァンは、

「ふむ、どうやらまだまだ越えるべき壁があるようじゃな。うむ、カミュよ」

「何?」

「力を存分に貸してやるんじゃ」

「……そのつもり」

カミュは力強く頷いた。

「ならさっそくやるぞ二刀流」

「うん」

二人は砂漠の奥へと消えていった。

そこには青白く光る巨大な宝石のような石が壁に嵌め込まれていた。

周囲には岩壁が広がり、まるで地面を掘って作ったような空間が広がっている。

そしてその石の下には魔法陣が描かれており、その上にはロウソクの火が円の周りを覆っている。まるで何かの儀式のようだ。

その石が埋め込まれている壁と魔法陣を挟んで、一人の人物がジッと何かを待つように佇んでいる。

その人物が何かに気づいたように石に注目した。

ピキ……ピキキ……。

石に短い亀裂が走る。すると石全体に細かい亀裂が幾つも生まれた。

そして――――――パリィィィィィンッ!

石は粉々に砕かれ、破片が魔法陣へと落ちていく。しかし魔法陣に落ちたのは石の破片だけではなかった。

小さな何かがちょうど魔法陣の中心に降り立ち、ゆっくりとそれを見つめていた人物のもとへ歩いて行く。どうやら人のようだ。

「……おはようございます……陛下」

それは金髪の少年。

一糸纏わぬ姿の彼に、声をかけた人物はローブのようなものを彼の肩にかける。少年はそのままペタペタと裸足のままどこかへ向かう。

その先には黒衣を纏った人物がおり、少年が黒衣の者の傍で立ち止まると、突然彼らの足元に水溜まりが広がっていく。

そこにいた三人はその水溜まりに吸い込まれるようにして沈んでいった。

【ヴィクトリアス】の王城、その《玉座の間》では多くの者たちが顔を並べていた。黒衣は身に纏ってはいるが、フードは取ったままでありそれぞれの表情が確認できる。

しかしその誰もが膝をつき臣下の礼をしていた。するとその者たちの中心に水溜まりが突如として出現し、その中から三人の人物が姿を現す。

そこから現れた金髪を宿した少年は、静かに玉座に向かい腰を下ろし、ニッと口角を上げた。

「諸君、おはよう」

少年の名はアヴォロス・グラン・アーリー・イブニング。

現魔王であるイヴェアムの兄であり、今は【ヴィクトリアス】を乗っ取ったヴィクトリアス王だ。

彼は魔界の【シャンジュモン洞窟】に隠されていた《初代魔王の核》を手に入れるために、自らの生命力を対価として力を発揮する《サクリファイス》という剣を使用し、その《反動》で寝込んでしまっていた。

「陛下! お目覚め、お待ちしておりました!」

黒衣の羅列の中から、一人の少女が前に出て嬉々とした表情で叫ぶ。

「やあカイナビ、心配かけたようだね。でももう大丈夫さ」

「へ、陛下ぁ……」

カイナビに笑みを向けたアヴォロスは、自分の目前に集まっている黒衣を見回し、満足気に小さく顎を引くと、

「さあ、始めようか」

アヴォロスが意識を失って一か月、世界は再び動き出そうとしていた。