軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

161:ノア・ブラック

ニッキたちが任務を終えた頃、日色も一つの仕事をすでに終えていた。海の上にぽつんと浮いているタコのモンスターであるカウントオクトパスを見下ろしている日色。

明らかに絶命している。しかもただ絶命しているのではなく、カウントオクトパスの大きな頭には綺麗な風穴が空いていた。それが命を失った原因だというのは一目見て分かる。

「……ふぅ、何とか上手くいったが、まだまだ集中が足りなかったな」

額にうっすら汗を浮かべながら、体に残る脱力感を感じて溜め息を漏らしていた。

「まあ、試す相手がいて良かったな。的もデカかったし」

そのまま動かないカウントオクトパスを一瞥すると、再度ハピネスシャークが浮上してくるはずの場所へと向かった。

しかししばらく待っていても全く音沙汰がないので、仕方無く日色は海へと潜ることに決めた。

海の底が全く見えない。まるで地獄にでも繋がっているのではないかと思うくらい目の先には漆黒の闇が広がっている。

どこまで繋がっているのか……この先には未だ見たことの無い生物や世界があるのかもしれないが、もしかしたらこの先には精霊や妖精の住む世界があるのかもしれない。

もしそうなら、なるほど、簡単に外へ出られないはずだ。普通の生物にとって深海は住むには難しい。

そんな深海に住むハピネスシャークが、海面に浮上してくるのはなかなかに勇気のいる行動だとも思えた。今回の日色のように狩ろうとする者もいるかもしれないし、自分を捕食しようとするモンスターと相対するかもしれない。

深海は深海で、環境のお蔭で守られているのだろうか。そこにも凶暴なモンスターだっているとは思うが、長年生き続けているということは、ハピネスシャークはそこでの生き方を獲得しているのだ。

(奴らが産卵の時期に海面に上がって来るのは、卵が深海の圧力に耐えられないからという説がある。なら何故上がって来ない? 絶滅した? もしくは環境を変えた?)

しばらく答えが見つからない質問を思い浮かべて海の中を漂っていると、闇の中に微かに気配を感じた。

それは複数のそれであり、日色は息を飲んでジッと見守っていた。

(…………来たっ!)

段々と日色がいる海面に向かってその桃色の体が浮き彫りになってくる。ハピネスシャークは群れで行動するというが、見ると十体以上は軽くいた。

頭には翡翠色した角を生やしている。日色は警戒させないように『隠密』と書いて、岩陰に身を潜めた。

それと同時に息が苦しくなってきたので、『呼吸可』の文字を使う。

すると日色の頭を覆うように泡が生まれていく。この泡の中では自由に呼吸ができるようになった。これで酸素補給に海面へ上がる必要は無くなった。

ジッと息を殺していると、ハピネスシャークの群れが一斉に海面へと浮上していく。思った以上に一匹が大きい。

一応ムースンからは、絶滅を危惧して狩るのは一匹だけにしてもらいたいと言われていたので、その中で一番大きいハピネスシャークを探す。

群れには長のように統一を任されている存在はいないようで、皆がバラバラに行動している。その中で一番大きなハピネスシャークは単独で日色のちょうど上にいた。

大きさは日色の三、四倍は軽くある。全身、歯も身も、その角も食すことができる完全食体と言われるモンスターなので、つい料理された姿を想像して涎が出てきた。

(悪いが、狩らせてもらうぞ!)

キッと敵意を漲らせると、『隠密』を使っていていたが、こちらの気配を敏感に感じ取ったのか、巨大なハピネスシャークが顔を向けてきた。

そしてすぐさま逃げるように深海へ逃げ込もうとする。見れば他のハピネスシャークも日色の存在に気づいたようで同じように逃げていた。

(ちっ、やはり危機感知能力はずば抜けてるってわけか!)

実際ハピネスシャークの戦闘力は大したことは無い。それなのにこうして危険な海で生き続けていられるのは、ひとえにその感知能力によるものだろう。

日色は設置文字の『加速』を使って近づこうとするが、ハピネスシャークが泳ぐスピードの方が速い。やはり海の中は勝手が違う。

このままではせっかく対面できたのに手ぶらで帰ることになってしまう。それに時間をかければ息ももたなくなる。

(逃がさんっ!)

日色は『交代』という文字を書いて、深海に逃げ込もうとしているハピネスシャークとそれぞれの位置を入れ替えた。

ハピネスシャークは突然変化した景色に、戸惑っているようで動きを止めた。何故背後にいたはずの日色が目の前にいるのか驚愕しているのだろう。

(動きは速いが、これで……)

日色は動きを止めている相手を見てしてやったりと思い、人差し指を動かしていく。しかしその様子を見たハピネスシャークはビクッと体を震わせると、その場から猛スピードで逃げ出した。

日色がハピネスシャークの進む先に『氷壁』という文字を放ち発動。すると相手の目の前に突然分厚い氷の壁が生まれて、その壁に勢いよく激突するハピネスシャーク。

かなりの水を凍らせて壁にしたというのに、そこに凄まじい亀裂が走っているのを見て、相手の突進力が苛烈なものだったということを知る。

しかしその反動は全部ハピネスシャークに向かい、どうやら意識を失ったようで動きを止めてそのまま海面へ浮き上がっていった。

(よし、上手くいったな)

これで目当てのものが手に入ったと思い、思わず頬を緩ませながらハピネスシャークを追うように浮上していく。

だが先に浮き上がったハピネスシャークの体に触れようとした時、一瞬何が起こったのか分からなかった。

何故なら突然目の前にいたはずのハピネスシャークの巨体が消失したのだ。

(な、何だっ!?)

慌てて海から飛び上がると、頭を覆っていた泡は弾けて消失した。そんなことよりも、目的のものを探すために必死で顔を動かす。しかし確認できる範囲にはハピネスシャークの存在が見当たらない。

「どういうことだ……?」

空から海を見下ろし、何が起こったのか分からず固まっていると、日色が影に包まれる。上空に雲ではない何かがあると判断した日色はサッと視線を向ける。

そこには巨大な黒鳥が先程のハピネスシャークを嘴に挟んでいた。しかもよく見ると、その黒鳥の背には見たことのある黒衣を纏った人物が日色を見下ろしていた。

「あの黒衣……《マタル・デウス》か」

日色は自身の上空で飛んでいる黒鳥の背に乗っている黒衣の人物を見て、その黒衣が以前見たことがある《マタル・デウス》のものと酷似していると思った。

だがたとえ先代魔王の配下だとしても、今はそれよりも追求すべきことがあった。

「おい、それを返せ」

黒鳥の嘴に挟まれたハピネスシャーク。それは日色が仕留めたはずの獲物だった。だが手に入れようとした瞬間、ハイエナのように横取りされたのだ。

しかし次の瞬間、日色の言葉を完全に無視して黒鳥がパクッと口の中にハピネスシャークを流していった。

「なっ!? お前っ!」

日色は思わず刀を抜いて、黒鳥に向かって飛翔した。刀でその長い首を斬り落とそうとしたが、スカッと空を切る。

仕留めたと思ったが、残像だったようだ。相手のスピードは予想以上のものだった。日色は電光石火な動きで背後へと回った黒鳥に振り返り、『加速』の文字を使って劇的に飛ぶ速さを向上させた。

そして目まぐるしいスピードで、黒鳥へと向かっていく。黒鳥もその場から逃げるように動くが、日色はその動きにしっかりとついて行く。

「……っ!?」

黒鳥も驚いたように日色のことをジッと見つめている。

「逃がすかっ!」

日色は相手との距離を詰め、刀を振り下ろす。しかしその刹那、斬ったのは空に舞った黒い羽だけだった。

またも目の前からいなくなった。

(ちっ、速い!)

今までは全く本気の動きではなかったようだ。ヒュンヒュンヒュンヒュンと風切り音を響かせて、残像を幾つも残し動き回っている。

「……舐めやがって」

日色は呼吸を整えるように息を吐くと

『超加速』

と書いて発動。瞬間、その場から日色が消える。いや、消えたように動いたのだ。日色の目は、残像ではなく本物を見抜いている。その本体に向かって、凄まじい速さで間を詰めると、

「はあぁぁぁっ!」

力一杯《絶刀・ザンゲキ》を振り下ろした。今度こそ捉えたと思ったが、

――キィィィィィンッ!

刀は同じ材質の何かに阻まれたような音を響かせた。

日色の攻撃を受け止めたのは黒鳥ではなく、その背にいた黒衣の人物だった。

(……これは刀っ!?)

相手が持っていたのはまさしく造形は刀だった。しかしクリアな刀身を持つ《ザンゲキ》とは違って、相手の刀身は赤黒い色をしていた。

「……ふわぁ~」

刀にも驚いたが、もっと驚いたのは相手の態度だった。片手で日色の攻撃を防いだのもそうだが、そのままの状態で眠たそうに欠伸をしているのだから。

(オレの攻撃をこうもあっさり!?)

しかもビクともしない。とてつもない力だと感じた。

「……あれ? 君……誰?」

……は? コイツは何を言ってる? 何故今まで対面していた相手を見て、まるで初めて見たような問いをするのだろうか……。

声からすると男のようだが、男はまたも欠伸をすると、

「……まあいいや。ところで食事は済んだ?」

どうやら黒鳥に聞いているようで、尋ねられた黒鳥はキィッと鳴く。

「そっかぁ、んじゃ帰るよ。よっと」

男が軽く腕を振っただけで、日色は押し負けて後ろへ吹き飛ばされる。

(コ、コイツ……何て力だ!?)

まるでハエでも払うかのような微々たる動きで、自分を吹き飛ばした相手に愕然とした。好奇心に突き動かされ、『覗』の文字で相手の《ステータス》を調べようとするが、

(……あの時と一緒か)

初めてアヴォロスと出会った時、その時もこうして調べようとしたが『覗』の効果が全く効かなかった。

だが男は確かに強さを調べることができなかったが、黒鳥の方の《ステータス》は日色の目に映った。

そしてその種族を見て吃驚して自然と目が大きく見開く。

(まさかコイツが……?)

ジッと《ステータス》と黒鳥を見比べていると、その黒鳥が動き出そうとする。

「ま、待てっ!」

「……へ?」

男は間の抜けたような声を出し振り向く。

「何?」

「何じゃない。よくもオレの獲物を横取りしてくれたな。その罰は受けてもらうぞ!」

「……え、そうなの? 取っちゃったの?」

男は黒鳥に聞いているようだが、本当に寝ていたのか、一部始終を把握していないようだ。

(ということは、オレの攻撃を寝ながら防いだってのか……?)

それはとても信じられないことだった。全力ではないものの、『超加速』の勢いのついた攻撃を寝ながら防いだということが驚きだ。

「そっかぁ、でもまあ、横取りされるほど弱い君が悪いってことで」

「……何だと?」

日色は男の言葉に怒りを覚える。

「ん~だってこの世は弱肉強食だろうに。この子に獲物を奪われたってことは、君が油断してたから、もしくは弱かったから」

「…………」

「自然界じゃさ、それが命取りになるよね。だから諦めてよ。まあ、獲物はまた君が頑張って捕まえたらいいんじゃない?」

「お前……ふざけてるのか?」

「ふざけてる? えっと……何か間違ってる?」

何とものほほんとした様子で喋る男につい苛立ちを覚える。

「……お前、あのテンプレ魔王の仲間だろ?」

「てんぷれ?」

「《マタル・デウス》だろって言ってる」

「うん、そだよ。え、なに?」

黒鳥が男に顔を向けて嘴を動かしている。恐らく会話でもしているのだろう。

「ふぅん、君、名前は?」

「名乗るつもりなど無い」

「あ、そうなの? んじゃ別にいいや」

いいのかよと心の中で突っ込む。

「けどこの子が興味を持つなんて珍しくてさ、君、少しはやるそうじゃない」

「少しかどうかは……これで確かめてみろ!」

先程の『超加速』の効果はまだ続いている。日色は苛烈なスピードで間を詰め、男に向かって 再度(ザンゲキ) を振る。だがまた男が赤黒い刀身を持った刀で苦も無く受け止める。

「……へぇ、良い刀ぁ。おれと同じな感じ?」

日色はその場から素早く動くと、男の背後に回る。このまま隙を突こうと刀を突き出そうとするが、

「 其(そ) は盾、万象を弾く 五(ご) の 青(あお) 」

刹那の間に日色は確かに男がそう言うのを聞いた。すると日色は何かに弾かれたように背後に吹き飛ばされた。

「ちぃっ!」

態勢を整えると、何が起こったのか把握するために男に視線をぶつける。男の周囲には日色が『防御』の文字を使って魔力壁を作った時のような青いバリアーが彼の周囲を覆っていた。

「うん、確かにこの子の言った通り、ちょっとやるね」

ちょっとだとと思い睨みつける。

「あ、今思ったけど、君、何で飛んでるの? 人間って飛べたっけ?」

独特な雰囲気を持った男だが、無論その質問には日色は答えない。

「魔法使えば飛べる人いるけど……ん? 君のそれももしかして魔法?」

じ~っと日色を観察するように見つめる男。するとガッカリした感じで肩を落とす。

「な~んだぁ、そんじゃあ……」

ゴソゴソと懐を漁る男を見て日色は何をするのかと警戒する。男が取り出したのは卓球の球くらいの大きさの赤いボールだった。

(何だ……?)

怪訝に思いながら身構える日色。

「そろそろ帰ろっかぁ」

そう言うと、男はボールを空に高く放り投げた。するとボールは弾かれたように霧散して、赤い粒子が雨のように降り注いできた。

突然、日色は体から放出している魔力が消失したことに気づく。それと同時に、感じていた浮遊感も失われ、日色は海へと落下していく。

「なっ!?」

見ると男がバイバイと言いながら手を振っていた。

(ま、まさかさっきのは魔法無効化する何かか!)

そう思いながらも大きな衝撃音を立てながら海へと落ちた。

「ぷはぁ!」

慌てて海面に顔を出すと上空にいまだいる黒鳥を睨む。そして再び魔法を使って飛翔しようと思うが、やはり魔法が使えない。

よく見ると周囲にはまだ先程の赤い粒子が舞っている。苦々しく思いながらも、追いかける手段を失った日色は、黒鳥がどこかへと飛んで行く姿をただ睨むしかできなかった。

だが突如、黒鳥が動きを止めたと思ったら、何を思ったのか引き返し日色のもとへ向かってきた。

(……何だ?)

トドメでも刺しにきたのかと思い刀を握る手に力を込める。しかし黒鳥は日色から一定距離が離れた場所に止まる。

「君、ちょっと面白かったから」

男がフードを取ると、そこからは灰色のボサボサ頭をした眠たそうな目を持つ少年の顔があった。年頃は日色と同じ。

「おれはノア。ノア・ブラックなんだぁ。この子はスー、まあ覚えても覚えなくてもいいけど」

だったら何故わざわざ自己紹介なんかしにきたんだと心の中で突っ込む。

「同じ刀を持つ者同士、仲良くできたらいいけど……まあ無理だったらいいけど」

「お前さっきから何言ってる?」

「んん? いやね、うん、何言ってるんだろおれ?」

「オレに聞くな」

「あ、それもそうだね。まあちょっと気になったから名前言っただけだし、気にしなくていいから」

話していると肩透かしを食らっている感じだ。しかしこの者たちが日色の楽しみを奪ったのも確かだ。だから日色は鋭い目つきをぶつけると、

「オレはヒイロ、ヒイロ・オカムラだ」

「ふぅん、教えてくれるんだぁ。けど覚えられるかどうか自信ないなぁ」

「覚えていろ。オレの楽しみを奪った礼は必ずしてやる」

するとキョトンとしたノアは、またも眠そうに「ふわぁ~」と欠伸をした。

「なら次会った時は、もうちょっと楽しませてよ。魔法が使えなくてそれじゃ、つまんないからなぁ」

海に浮きながら日色はギリッと歯を噛み締める。確かに今、魔法が使えない状態で空に浮かぶ相手を倒す術は無いに等しい。

「んじゃ、もう眠いから行く……わ……ぐがぁ~」

喋っている途中で眠ったノアを乗せて黒鳥はそのまま上に舞い上がる。そして風のような速さで去って行った。

(……《マタル・デウス》……ふざけた連中のようだな)

日色の怒りのボルテージは明らかに高まった今日だった。