軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

156:脱走

テンが自分の活躍をリリィンたちに話し気持ち良くなっていた頃、【ヴィクトリアス】の王城では、その地下牢で監禁されている《 魔人族直属護衛隊(クルーエル) 》の《序列三位》であるテッケイル・シザーは大きく溜め息を吐いていた。

「……そろそろ捕まっているのも飽きてきたッスね」

両手には魔法行使を封じる魔道具の手錠が嵌められてある。ヒンヤリとしたそれは、まるで自分が罪人になったとさえ勘違いさせられる。

先代魔王アヴォロスに捕まり、こうして長い間拘束されているが、さすがに狭い牢屋の中で暮らす退屈さに辟易していた。

魔法さえ使えれば、簡単に脱出はできるものの、魔道具が頑丈であり壊そうと思ってもビクともしなかった。

「今頃世界はどうなってるんスかね……陛下は無事なんスか……」

誰も答えてくれない問いを、こうして一日一回は口にしている。アヴォロスの目的が世界征服だと知ったが、その進行具合もここにいるので把握できない。

見張りの牢屋番はそれには答えてはくれないし、全く情報が入手できないのだ。

「そういや、勇者たちは無事なんスかね……」

ここに一緒に捕まっているはずの大志と千佳。初めて相対した【ヴィクトリアス】の王城でのことを思い出す。その時は王と王女の誕生パーティだった。

「けど先代魔王は何で勇者たちを捕らえたんスかね……」

殺すならまだ分かる。しかし捕らえて利用しようとしている意図が分からない。一体勇者を使って何をしようとしているのか……。

この【ヴィクトリアス】を乗っ取り、着実に力を蓄え続けている先代魔王が、一体何を思って勇者を手中に収めているのか謎だった。

いろいろ推論は立てられないでもない。しかしそのどれもが結局は真実がどうかが判断できない。

何とか先代魔王の企み全てを把握して現魔王イヴェアムに伝えたいと思うが、ここから出る秘策も思いつかないのが恨めしい。

仕方無く、いつものように壁を背にぼんやりと天井を見上げていると、ガタッと何か硬いものが動く音が聞こえた。

「……?」

自然と視線がそちらへと向く。すると壁を構成している煉瓦の一つがグラグラと揺れている。

(な、何スか……!?)

思わず立ち上がり警戒するように距離を取った。するとグラグラしていた煉瓦の動きが突然ピタリと止まった。

「……おい」

微かに壁の向こう側から声が聞こえる。テッケイルを呼んでいる声だ。格子の外側で見回っている牢屋番に目を向ける。牢屋番は今この近くにはいないようだ。

「おい、いるんだろ?」

段々鮮明に声が響く。そしてその声に聞き覚えがありハッとなる。

「ま、まさか…………ジュドムさんッスか?」

「あまり大きな声を出すな」

「あ、すんませんッス」

どうやら壁の向こう側にいるのはジュドム・ランカース、この国のギルドマスターのようだった。

テッケイルはゆっくり近づくと、煉瓦に生まれた隙間に顔を近づける。

「ど、どうしたんスか、こんなとこに来て。というかそれよりも今はマズイッスよ。ここは先代魔王に占拠されてしまったんスから」

「そんなことは先刻承知だ。俺がここに来た理由なんて一つしかねえだろうが」

「……ま、まさか」

「ああ、お前を助けに来た」

その日はいつも通り牢の中にいる『魔人族』の呟きが聞こえていた。

男は牢屋番になって先代魔王やその仲間が捕らえた賊などの見張りを任されていることに誇りを感じていた。

厳しく見張り、先代魔王の信頼を得てゆくゆくは高い地位を得ようと目論んでいた。いや男だけでなく、他の牢屋番も同じ思いのはず。

ここには貴重な人材も捕らえているということから、それを信頼されて任されているという自負もあったのだ。仕事をこなし続けていけば、牢屋番長に抜擢、そしてさらに先代魔王が認めた者だけに与えられる黒衣を身に纏えるかもしれない。

そう思うと一層仕事に身が入った。そして今日も普段と同じように巡回をこなしていると、独り言を呟いている声が聞こえる。

テッケイル・シザー。《クルーエル》の《序列三位》という輝かしい地位を持つ『魔人族』。その力も稀有なものであり、先代魔王も重宝していたという人物。

その彼は答えの出ない質問をいつも呟いていた。無論その答えを少なからず知っている牢屋番は、心の中で質問に答えていた。テッケイルは呟けば答えてもらえるとでも思っているのだろうか、男が近くを通る度に声を発しているようだった。

あのテッケイル・シザーを閉じ込めているという事実、そして彼が知らない情報を握っているという事実が、男の優越感を誘った。とても気分の良いものだった。

一回、二回、といつものように彼の呟きを見回り中に耳にし、今日も何事もなく仕事が終われそうだと思い、そして三回目の巡回、突然違和感を感じた。

いつも聞こえるはずの呟きが聞こえないのだ。しかし慌てはしない。別にこういうことも初めてではない。眠気と退屈に負け、睡眠に逃げ込んでいる場合も過去にはあった。

だからまた寝ているのかと勝手に決めつけ、涼しい顔で牢屋の前に通り、何気無く中を見て男は顔を絶句してしまった。

何故ならそこにいるはずのテッケイルがいなかったからだ。牢屋の壁には人が一人通れるほどの穴が開いていた。その穴を見て全てを察す。

そう、テッケイルは脱走をしたのだと。

牢屋番がテッケイルの脱走に気づいた頃、ジュドムに連れられたテッケイルは、すでに街中に出ていた。

建物の陰に隠れながら、テッケイルはジュドムの背中を追っていく。衛兵らしき人物を見かけて、即座に物陰に身を潜ませる二人。

テッケイルは厳しい顔で周囲を警戒しているジュドムの横顔を見る。

「……聞いてもいいッスか?」

「何だ?」

「何で助けてくれたんスか?」

するとジュドムはゆっくりと顔をテッケイルに向ける。

「大きな理由と小さな理由があるが、どっちから聞いたい?」

「…………んじゃまずは小さい方からお願いするッス」

「そうだな、小さい方は…………俺の目的にお前が必要だからだな」

「……目的?」

「そうだ」

「……なら大きい方は?」

ジュドムはニカッと豪胆に笑顔を作ると、

「お前は戦友だからな」

ジュドムの予想外の言葉にテッケイルは言葉を失って固まる。

「…………それが大きい理由ッスか?」

「ああそうだ」

「せ、戦友といっても一度、一緒に戦ったことがあるってだけッスよ?」

「ほら見ろ、立派な戦友じゃねえか」

「…………」

「歳は重ねちまったが、友を見捨てるほど、まだ落ちぶれちゃいねえよ」

ジュドムの剛毅さにさすがに呆れを通り越して頬が引き攣る。まさかたった一度、ともに戦った縁だけで、敵の真っただ中に単独で侵入し助けようとするとは、何て命知らずな男だろうか。

テッケイルだったらそのような無茶は決してしない。自分という存在の重要性を認識しているなら尚更だ。

ジュドムを慕う者は数多く、この国の王であるルドルフよりもカリスマに富み信頼が厚い。

人間の国を救える人物を挙げるなら、真っ先に彼の名前が浮かぶのは至極当然だ。それほどの大業を成し得る人物である。そして彼もまたそれを自覚しているはず。

それなのに命を惜しまず、大した情で繋がっていないはずのテッケイルを救いに来るとは、驚嘆を超すほどの所業だった。

「おっと、文句は言うなよ。ここに来る前にたっぷり言われちまったからな」

テッケイルがその行動を咎めようとした時、それを見越したようにジュドムが先手をうってきた。

「お前はただ助かった命にありがてえと思ってくれりゃいい。ああ、あとできればその力を俺に貸してほしい」

「…………はぁ、まったくあなたみたいな人は知らないッスよ」

溜め息交じりに肩を竦める。

「けど、助けてくれた恩は返すのがオイラの信条ッス」

「おお、それは良かったぜ。だが、まずはここを出るぜ。話はそれからだ」

「分かったッス。あ、その前に手錠どうにかなんないッスか?」

テッケイルは両手を差し出す。

「おお、そうだったな。ちょっと待ってろ」

ジュドムはノックをするような拳を作ると、その拳の周りの空間がユラユラと動き始める。そしてコツンと手錠に拳を触れると……。

バキッと一瞬にして強固なはずの手錠が粉砕した。

「……はは、さすがッスね」

幾ら壁に叩きつけたり擦り合わせても傷一つつかなかったのに、彼は何でもない仕草で破壊してみせた。

「《衝撃王》は健在ッスか」

「ば~か、こんなもん何でもねえよ。ほら、さっさと行くぞ」

「待ってくださいッス」

「は?」

「こっからは、もう隠れる必要ないッスから」

テッケイルの言葉に眉をひそめているジュドムを無視してテッケイルは歯で親指を噛んだ。そこから血が滲み出てくるのを見て、今度は髪の毛を軽い束にすると手刀を作り切断した。

そして切断した髪の先に血液を染み込ませていく。そこでようやくジュドムもテッケイルが何をしようとしているのか理解したようで一度頷くと静かに見守っている。

テッケイルは髪束を右手に持つと、建物の壁にまるで筆で何かを描いていくように動かした。

一瞬にして描き終えたそれは、大きな鳥の絵だった。

「さあ、出てくるッスよ」

テッケイルの言葉が発せられた瞬間、赤い血で描かれた絵が動き出し、壁から生まれてくる。その体は平面に描かれたと思えないほど、リアルな質感を持った立体的な鳥だった。

「久しぶりに見たな――《 絵画魔法(ペイント・マジック) 》」

「さあ、乗るッスよ。これで一気にこの国から出るッス」

「助かるぜ!」

そこへ二人の姿を見つけた衛兵が、その怪しさから声をかけてくるが、二人はすでに鳥の背に乗っていた。兵からは制止の声が放たれるが……。

「行くッスよ!」

大きな翼をはためかせ、二人を乗せた鳥は大空へと舞い上がる。そして瞬く間に国から脱出した。

まんまとテッケイルに逃げられた牢屋番は、真っ青な表情のまましばらく固まってはいたが、正気に戻ったらすぐに上の者に報告した。

報告を受けたヒヨミはすぐに地下牢へと向かった。

そして壁に穴が開いた牢を見つめながら「やられたな」と小さく呟く。

(恐らく手引きした者がいるはずだが……何者だ?)

この国にいる不穏分子は粗方アヴォロスが始末したはずだった。国民も洗脳済みのはず……ならば一体誰が危険を冒してまで『魔人族』であるテッケイルを助けるのか……。

そもそもここにテッケイルが捕らえられていることを誰が知っているのか……。

次々と生まれてくる疑問だが、答えに辿り着けない。するとそこでハッとなって思い出す。ここには同志であるカイナビも収監されている。

彼女は先代魔王への想いから同志に手を上げようとしてしまった経緯で、しばらく頭を冷やすようにここに閉じ込められていた。

無論他の囚人と違ってここにある唯一のVIP専用の牢とでも言おうか、部屋もなかなかに広く、ベッドやトイレなどの備品なども他の部屋と比べて上等なものである。

何か知らないかと思い、ヒヨミはカイナビが閉じ込められている牢へと向かう。少し離れてはいるのだが、もしかしたら何か知っているかもしれない。

牢に辿り着き、格子ではない扉を鍵を使って開く。そこには本を片手に暇を潰しているカイナビの姿があった。

少し目の下に隈が確認できるが、至って体調が悪そうには見えない。

「……あ? 何だ、もう出してくれるのかよ?」

「そうだな、十分反省もしているようだし、もう二度と同志に手を上げないと誓うのならば出してやる。その権限は陛下から頂いているからな」

「…………イシュカは絶対ぶん殴る」

彼女の物言いにヒヨミは「愚かな」と呟くと、琴線に触れたようでカイナビが睨みつけてくる。

「イシュカさえ陛下のお傍にいたら、陛下がお倒れになることなんてなかった! それをアイツは……」

「何度も言っているだろう。それは陛下の命令だったと」

「それでも陛下のお命を最優先するのが当然だろうが!」

「それが命令違反だとしてもか?」

「ああ、陛下さえ生きてくれればアタシはどうなったっていい」

これほどの忠誠心は目を見張るものがある。

「アタシは陛下に命を救われた」

「…………」

「家族を殺され、体を弄り回され、挙句の果てに用済みだと言って捨てられた。アタシは生きる意味も価値も失っていたよ。けどそんな時、陛下は手を差し伸べてくれたんだ! 必要としてくれた! こんなアタシが自分に必要だって!」

カイナビの顔が苦笑から嬉々としたものへと変わっていく。

「あの方はアタシの親であり大切な方だ。だからそんな陛下を守れなかったイシュカがアタシは許せないんだ!」

彼女の優先すべきものはただ一つ、それはアヴォロスの命。その一択しか目に映っていない彼女には、イシュカが当然だと判断した行動が裏切り行為のように思えているのだろう。

アヴォロスが傷つくことを何よりも痛むカイナビ。

彼女が同志を、いやアヴォロスを裏切ることは決してないだろう。しかしアヴォロスを守るためなら、その牙すら平気で同志へと向ける狂気も備えている。

(どうしたものか……)

彼女の気持ちも分からないでもないが、陛下の目的に賛同して集まった者たちの中には、陛下に心酔している者は少ない。ただ利害の一致が重なりともに行動をしている者もいるのだ。

そんな者たちは一応王としてアヴォロスを優先事項においてはいるが、カイナビと違って彼らのほとんどはアヴォロスの命ではなく命令を重んじる。

故にアヴォロスの命令には逆らわない。それがたとえ今回のようにアヴォロスの命に危機がある内容だとしてもだ。

想いの強さ、そしてベクトルがそもそも違うカイナビには、同志の考えを受け入れることは難しいのかもしれない。

「……しかし同志は同志だ。仲良くしろとまでは言わんが、妥協するべきところは妥協しろ」

「……ちっ」

「お前が陛下の命令より命を優先するならそれでもいい。だが皆がそうではないことを知れ。そしてそれは決して裏切り行為ではないこともな」

「…………分かってるよそれくらい」

ブスッと明らかに納得していない面持ちだが、ヒヨミはそのまま続ける。

「ならば同志に手を出すのは止めろ。そんなことをすれば、陛下だって良い顔はしない」

「…………でもイシュカはムカつく」

口を尖らせながら小さな声で言う彼女は子供だった。

「別にムカつくならそれでもいい。ただ揉め事はこれ以上起こすな。陛下が目を覚ましていない状況でこう何度も問題が起きるのは面倒だ」

「わ、分かったって言ったろクソ! あ~もう……ん? 今何度もって言ったか?」

「ようやく本題に入れそうだな」

「どういうことだ? そういやさっきから妙に慌ただしい雰囲気だったけど」

ヒヨミはテッケイルの脱走について話した。

「ふ~ん、アイツも元は陛下の部下だったくせしやがって……」

カイナビからまたも怒りのオーラが滲み出ている。

「何か知らないか……と聞きにきたがどうやら知らなさそうだな」

「しょうがないだろうが、アイツの牢とこことじゃ距離離れてんだから!」

「それもそうだな」

「あ、けどちょっと前に嗅いだことがあるニオイがしたぞ」

「ニオイ? 何だ?」

「あの何だっけ……陛下がここを獲られる前に王の代理してた奴」

「……ジュドム・ランカースか?」

「ああ、そんな名だっけか? そいつのニオイがさっきしたぞ?」

「…………そういうことか」

彼女は嗅覚が極めて優れている。もしジュドムのニオイが地下牢でしたというのなら、それは気のせいではないだろう。

そして彼ならばここに侵入できてもおかしくはないと思う。強さに加え、ルドルフ王と仲の良かった彼ならば、王城の構造も知り尽くしているかもしれない。

どういった経緯でテッケイルの居場所を突き止めたのかは知らないが、ジュドムがテッケイルを助けにきたという説が最も可能性が高い。

(やはり殺しておくべきだったな。奴の存在が後々厄介にならなければ良いが……)

ジュドムの強さはあのアヴォロスが認めるほどだ。油断できない相手である。この国から追い出すことには成功したが、やはり追及して殺しておくべきだったと後悔した。

「……とりあえず出ろカイナビ」

「え? いいのか?」

「ああ、この城を調べ尽くして綻びを埋める。二度とネズミが侵入できないようにな」

「げっ、それをアタシがするのか?」

「いや、お前はビジョニーとともにジュドム・ランカースの行方を探れ」

「……嫌だなぁ、またあのクソメンと組むのか……」

相当《麗しの美ジョニー》とコンビを組むのが嫌なのか、目に見えてガッカリしている。

「とにかく支度を整えたら動け」

「……ま、退屈してたとこだしいいか。あ、その前に陛下に会って来てもいいよな?」

「好きにしろ」

その言葉でカイナビは嬉しそうにニカッと笑う。こういう表情をしていると普通の女の子のようだとヒヨミは思う。

カイナビを連れだって牢から出て行く。

(ジュドム・ランカース……要注意だな)