軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

竜の血の効果

アルマンが町に兵を配置している間に、瑠璃は自分の準備をしておく。

茶色のかつらに眼鏡をかけて、頭からすっぽりと隠せるローブを着ると、コタロウにもフードの付いたマントを着せる。

これはコタロウが霊王国の聖獣だと知っている人がいて騒ぎになったら困るので念のためだ。

瑠璃達の準備は整ったが、不満の声を上げたのが小さな精霊達だ。

愛し子だと一目で分かってしまうため精霊達はお留守番だと告げると、揃って嫌だ行きたいの大合唱。

お土産を買ってくるからとなんとか言い聞かせることには成功したが、行く前から少し疲れてしまった。

そうこうしている内に町に行くための準備が終わったということで、町に向かった。

同行者はコタロウ、リン、カイに加え、ヨシュアとユアンも一緒だ。

竜王国からの旅行者と愉快なペット達という体裁だ。

他の竜族はこっそりどこかで護衛の任に当たっているらしい。

どきどきしながら町へと入ったが、顔の知られているセレスティンと違い、瑠璃がいても特に注目が集まることはない。

どちらかというと、ヨシュアやユアンや、大きな体のコタロウの方が視線を集めているかも知れない。

今更ではあるが、竜族は総じて美形が多い。

それはヨシュアやユアンも例外ではなく、容姿の整った二人は周囲の女性達の視線を大いに集めている。

だが、その身から発する竜族の気配が人を寄せ付けづらくしているようで、二人を見て頬を染めた女性達が遠巻きにしている。

人間の場合は魔力を持っていなかったり弱かったりするので、魔力を感じ取る力が弱く、竜族を前にしても畏怖を感じ取る者は少ない。

だが、この獣王国はほぼ亜人の者が住む国。

ほとんどの者が竜の気配を感じ取っているのか、誰一人近付いては来ない。

というか、一定の距離を開けられている。

おかげで誰かが何かしようと近付いてきたらすぐに気付ける状況だ。

獣王国の王都と竜王国の王都との違いを挙げたらきりがないが、同じなのは活気に満ちていること。

やはり観光地というだけあり、どことなく旅行客が多いように見える。

お店でも土産品が多いように思うがその中でも特に目立つのが愛し子様御用達やご愛用の看板と登り旗。

服や装飾品は当たり前、好んで食べるパンやお菓子だとか、食器や化粧品まで、あらゆるセレスティンが使った物を大々的に売っている。

そればかりかセレスティンの顔を模した愛し子様クッキーだとか、セレスティンの色である緑色の愛し子様キャンディーだとかまで売っている始末。

そしてそれらを選んで買っていく人々。

「なんていうか、ここまでだとプライベート曝されてるみたいでなんか嫌かも」

一体どこから情報が漏れているのか、誰かが積極的にセレスティンの生活状況を話していなければ分からないようなものばかり。

その日の食事から日用品まで他人に知られるのは生活を見られているみたいだと少し忌避感を覚えた瑠璃に、ヨシュアは「仕方ないさ」と話す。

「獣王国は温泉と愛し子で人集めてるからな。

愛し子もそれで国が潤うならと、便乗品にも寛容だ。

特にこの国は精霊信仰が厚い国だから、愛し子への憧れが強いからな。愛し子の使ってる物は真似したがるんだよ。

瑠璃にも多少覚えはあるだろ」

「まあね」

以前に竜王国で王都を歩いた時に、瑠璃が食べた物を他の人がこぞって買い漁るというあの現象。

崇拝の対象だからこそのあの現象は、ここ獣王国ではきっと竜王国より激しいのだろうと思われる。

「獣王国ほど大げさにはならないだろうけど、竜王国でもその内便乗品が蔓延するだろうさ」

「複雑かも」

兆しはあった。

アマルナが売っていたお守りや匂い袋が良い例だ。

それなりに好評のようだったから、売れると分かれば商魂たくましい商人達はこぞって愛し子関連の商品を売り出していくだろう。

瑠璃にはセレスティンのような、国が潤うならそれでいいと許す心の広さが必要かもしれない。

その後ものんびりと町を散策。特に問題も起きず愛し子だとも気付かれていないようだ。

おかげでのびのびと観光を楽み、瑠璃の警戒心も次第に緩んでいく。

しかしその時、ある一定の距離を開けられてしまっている瑠璃達の元へ、いや正確にはユアンの元へ女の子が一人歩いてきた。

竜族の気配にあてられているのだろうか、少しの怯えが表情に浮かんでいる。

それでも何かを決意したかのような眼差しをした少女は、ユアンの目の前に立つ。

それを黙ってみていた瑠璃達だが、次の瞬間少女は自身の持っていた斜め掛けのバッグから銀色に光る短剣を取り出し、ユアンに向かって振りかぶった。

竜族であり竜王国の兵士でもあるユアンが、小さな女の子の攻撃一つかわせぬはずがなく、難なく自分に向かってくる短剣の刃先を避け、少女の短剣を持つ方の手首を持ち軽く捻ると、少女は痛そうに顔を歪め短剣を取り落とした。

「なんのつもりだ」

ユアンは鋭い眼差しで少女を見下ろす。

その迫力にひっと小さく声を上げた少女は、次第に瞳が潤んでいき耐えられなくなった涙が決壊、ぽろぽろと涙を流し「ふえぇーん」と声を上げて泣き始めた。

襲われたのはユアンの方なのだが、一見するとユアンが少女を虐めているようにも見える。

「あ~あ、泣~かせた~」

「いけないんだ~」

瑠璃とヨシュアからからかいを含んだ非難が向けられ、ユアンはたじろぐ。

「俺か!?俺が悪いのか!?」

少女を見ながらおろおろするユアンを見かねて瑠璃が少女に近付き、慰めるように背を撫でていると、慌てたように女性が飛び込んできた。

「あ、あの、この子が何か?」

「襲ってきたんだよ、その短剣でな」

ユアンが指し示す先には、証拠の品である短剣が落ちている。

それを見た女性は大きく目を見開いてわななく。

そしてユアンの前に膝をつき頭を下げた。

「申し訳ありません!」

「お前母親か?」

「はい、この子の母親です」

我が子がしでかしたことに顔を青ざめさせながら頭を下げ続ける母親。

「謝って済む問題ではないだろう。俺だから良かったものの、一つ間違えば大怪我ですまない。どういう教育してんだ。初対面のやつを殺そうとするなんて」

そのユアンの言葉に「違う!!」と大きく否定の言葉を上げたのは涙を流す少女だ。

「違うもん。殺そうとしたわけしないもん。

ほんのちょっとだけ血が欲しかっただけだもん」

「ちょっとだけって、お前な……」

「ユアン、待って」

怒りと呆れを滲ませるユアンの言葉を遮り、瑠璃は待ったを掛ける。

「場所移した方が良いかも」

ここは往来のど真ん中だ。

周囲からは何ごとかと注目が集まっている。

「続きは静かな所に移動してからにしよう」

周囲を見回したユアンも否やはないようだ。

すると少女の母親が「では、我が家へお越し下さい」と立ち上がった。

ぐずぐずと泣き続ける少女の手を引く母親の後に付いていき辿り着いたのは、獣王国では一般的な平屋の建物だ。

「お客様にお茶を用意してちょうだい。私はお父さんの様子を見てくるから」

そう言いおいて、母親は家の奥の扉へと消えていった。

少女がお茶を入れているのを座って待ち、しばらくすると母親が戻ってきた。

そして再び頭を下げて謝罪をした。

「この度は娘が大変申し訳ありませんでした。

償いは私がいたしますので、どうか娘のことはお許し頂けませんでしようか。

娘はただ父親を救いたい一心だったんです」

「どういうことですか?」

瑠璃が問い掛けると、母親の表情が曇る。

「この子の父親は大工をしているのですが、先日高いところから落ちた上木材の下敷きになってしまったんです。

瀕死の重傷を負って、いつどうなるか……」

「そんなことが」

「医師にも手の施しようがないと言われた時に医師がぽつりとこんなことを呟いたんです。

竜の血であれば何とかなったかもしれないがなと」

凄まじい回復力がある竜の血。

その血で作った薬にはたちどころに傷を癒す力があると瑠璃が聞いたのは最近のことだ。

「もちろんそんな物が手に入るはずがありません。

竜の血は門外不出でどんな権力者が頼んでも竜族は渡さないと聞いていますし。

そんな時に竜族の旅行者が来ているみたいだという近所の人の立ち話を聞いて、この子はいても立ってもいられなくなったんでしょう。竜の血さえ手に入れば父親が助かると思い、それで……」

それで人を傷付けようとしたのだから短慮にも程があるが、同情心が芽生えてしまい怒るに怒れなくなってしまった。

「本当に申し訳ありません」

懸命に頭を下げる母親の姿に、ようやくことの重大さが理解できたのか、少女は母親と同じように深々と頭を下げ「ごめんなさい」とか細い声で謝った。

頭を下げる母子を前に、瑠璃はどうするのかとユアンに視線を向ける。

狙われたのはユアンなのだから、決めるのはユアンが相応しいだろう。

瑠璃としては反省しているようだしもう良いのではと思っていたが、どうやらユアンも同意見のようだ。

その表情に怒りの感情はない。

「もうこんなことをしないと誓えるなら許してやる」

下げていた頭を上げた少女は「誓い……ます。ごめ……なさい」としゃくりを上げながら何度も頷いた。

「そもそも竜の血は強すぎてそのままでは使えないんだ。薬として加工しなければならないし、その方法は竜族しか知らない。

手に入れたとしても使うことはできなかったぞ」

自分のしたことが全て無意味であったことを知った少女は意気消沈した様子だ。

そんな少女を哀れみの目で見ていると。

「……ルリ、頼みがあるんだが」

「よしきた!」

ユアンが言わんとしていることを理解した瑠璃は空間の中に手を突っ込んで例の物を取り出した。

それは獣王国に来る前にジェイドからもらった竜の血を使った薬の入った瓶。

たちどころに傷を癒すというこの薬ならば父親の怪我も治すことができるだろう。

「怪我人は奥ですか?」

「ええ、そうですが……」

困惑した表情を浮かべる母親を置いて無遠慮に奥の扉へと進んでいく。

部屋の中にはベッドがあり、その上に包帯でぐるぐる巻きにされた傷だらけの男性が寝ていた。

意識はなく、呼吸も浅い。危険な状態だいうことは一目見て分かった。

「酷い怪我」

瓶の蓋を開け、男性の口に近付けていくと、ヨシュアから注意がある。

「ルリ、一滴だけだぞ。それで十分治るはずだ。それ以上飲ませると逆に体に毒だから」

「分かった」

飲ませすぎないように慎重に瓶を傾け、口の中にぽたりと一滴赤い液体を落とした。

効果はすぐに現れた。

見えている傷が見る見る癒えていく。

包帯で巻かれた所は見えないが、同じく塞がっていっているのだろう。

母親に許可を取り、試しに腕の包帯を取ってみると、完全にとはまだいかないが傷が癒えていっているのが目に見えて分かった。

しばらく男性の様子を静かに見守っていると、わずかに瞼が震え、ゆっくりと目を開いた。

「あなたっ」

「お父さん!」

まだ反応は薄いが目を覚ましたことに母親も少女も喜びの涙を流す。

薬の効果を疑っていたわけではないが、本当に傷を癒してしまった竜の血に瑠璃は感嘆する。

「凄いね、この回復力」

たった一滴でこの効果。

改めて竜族の回復力を見せつけられたようだ。

「一滴でこの効果だったら、この瓶一本飲んだらどうなるんだろ。死人でも生き返りそう」

軽い冗談ではあるが、あまりの効果に少しの本気が混じった言葉を聞いたヨシュアは小さく笑う。

「さすがにそれは無理だって。効果が強すぎて逆に死んじゃうからな。

だからルリも取扱いには気を付けろよ」

「うん」

薬の瓶を空間の中に戻し、ベッドへと視線を向けると、目を覚ました父親に縋り付き泣く少女の姿があり、その光景を瑠璃達は微笑ましげに見つめた。