軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

獣王国へ

「何だかなぁ……」

憂鬱な気持ちでノアのいる牢から出てきた、ルリとヨシュア。

何とも後味の悪い気持ちが渦巻く。

「ノア君ってこの後どうなるの?」

「殺人の依頼に殺人未遂。町の放火に、兵士の食事に毒を混入、城内の破壊行為。

今上げるだけでもこれだけある。

これらにどれだけ関わってるかとか、余罪はこれから調べていくんだろうけど、偽死神の奴らも合わせて重犯罪者の監獄に送られて、もう外の世界には出られないだろうな」

許されるとは思っていなかったが、この先の人生を牢の中で過ごさなければならなくなるノアを思うと可哀想になる。

「少年法とかないの?」

「なんだそれ」

「成人を迎えていない子供の更正の可能性に期待して刑を減刑したりするみたいな?」

瑠璃も人に説明できるほど詳しいわけではないが、簡単に言うとそんな感じだ。

「ふーん、ルリの世界にはそんなのがあるのか。

この世界では聞いたことないなそんなの。大人も子供も同じだ。

だいたい、未成年って言っても種族によって成人する年齢は違うからなあ。

多種族のいる竜王国じゃ無理な話かもな。

人間の成人は十五歳で、竜族なんかは百歳。

人間に合わせたら竜族は子供だし、逆に竜族に合わせたら人間なんてほとんど減刑されることになるしな」

それを聞いた瑠璃はぎょっとした。

「成人が百歳って、皆何歳なの!?」

「城で働いてる奴らは皆成人してるぞ。

竜族は成長が遅いから成人も遅いんだよ。

まあ、それだけ寿命も長いんだけど」

と言うことは、横にいるヨシュアも、瑠璃と同じ位に見える皆の弟的な扱いのユアンですら百歳は越えているということだ。

「ってことはジェイド様も……」

この世界に来てから幾度感じたか分からない、瑠璃の中の常識がガラガラと崩されていくのが分かる。

竜族は長命だとは聞いていたが、まさか祖父より年上とは思わず、衝撃を受けた。

ショックから抜けると、頭に浮かぶのはノアのこと。

やはり重罰は避けられないのだろう。

明らかに両親の思いを利用されてしまったらしいノアに、何かできることがあればと考えるが、瑠璃には何も思いつかない。

竜王国で決められた法に、この世界の常識にはまだ疎い瑠璃が口を挟んで良い問題ではない。

愛し子の我が儘を行使したら、減刑させることはできるのかもしれないが、瑠璃の我が儘で竜王国の法をねじ曲げるようなことをして良いはずがない。

愛し子などと言われても瑠璃にできることなど少ないのだ。

意図せず重い溜息が出た。

そして浮かぶのは、あんな子供の気持ちを利用した神光教という宗教への怒り。

ジェイドがその実態を調べさせているらしいが、早くとっ捕まえて欲しいと強く願った。

今のままではノアが捕まっただけ、トカゲの尻尾切りだ。

ふと思い出したようにヨシュアが口を開いた。

「そうそう、ルリが言いだした偽死神達のお仕置きだけどさ。

あれできなくなったみたいだぞ」

「えっ、なんで?」

「ネズミにしてから檻に入れるって話だったけど、腕輪をつけてもネズミにならなかったらしい」

「どういうこと?

違う腕輪つけたとかじゃなくて?」

「あいつらに聞いたら、腕輪には回数制限があるとか言うんだよ。

ノアってのの腕輪でも試してみたが無理だった。

まあ、だから逃げなかったんだな」

ジェイドに捕まってから、腕輪の存在を知り、ノアから腕輪を取り上げるまで時間があった。

その間、その気になればネズミに変化して牢の中から逃げることもできたはずなのだ。

それをしなかったのは、回数制限を越えていたからしたくてもできなかったのだろうと、ヨシュアは言う。

「回数制限?」

「ルリの腕輪にそんなのあったか?」

瑠璃は首を横に振る。

「ないと思うけど……。

今まで何度も猫に変化してるけど、なれなかったことなんてないし。

これからはどうか分かんないけど」

「奴らが使ったのは数回だ。

それで使えなくなるんだから、奴らが持ってたのはルリのに比べて粗悪品か模造品なのかもな」

「これはリディアの所から持ってきたものだから、リディアに聞いたら分かるかも」

「まあ、どっちにしろこんなのが沢山あって悪用されるってなら問題だ。

早いとこ神光教なんて過激な思想の宗教なんて潰した方が良いな」

「異議なし!」

瑠璃が激しく同意したその時。

『……異議、大ありよ!!』

突然瑠璃とヨシュアの目の前に立ちはだかったリンに、二人は足を止める。

「どうしたの、リン?」

『どうしたのじゃないわ。

あいつらをネズミにできなくなって、どうやってお仕置きするのよ』

確かにそうだ。

ネズミできなくなった以上、ルリの考えたお仕置きはもうできない。

『もういっそ、ひと思いに……いや、それでは軽すぎるか。じわじわと生き地獄を味わわせてから止めを……』

コタロウから不穏な言葉が飛び出したので、慌てて止める。

「それは駄目だって。ジェイド様が法に従って罰するって言ってたでしょう」

『だってだってぇ』

『むぅ』

不満大ありな様子のリンとコタロウ。

瑠璃としては、もう関心は別の所にあり、彼らがどうなろうともうどうでもいい、というのが素直な気持ちだった。

しかしそれに納得しなさそうなリンとコタロウに、どうしたものかと思っていると、ヨシュアが口を開く。

「わざわざ何かしなくっても、他の奴らが報復してくれるよ」

「どういうこと?」

「愛し子の存在はその国皆の慶事だ。

そんな愛し子に危害を加えるのは蔑視されることだし、信仰の厚い者からしたら罰当たりだ。

看守だけじゃなく信心深い囚人からも、ねちねちといびられるだろうさ、死ぬまでな」

それは何ともご愁傷様だ。

しかし自業自得なのだからいい気味である。

っと、思ったものの、愛し子に害を与えようとしたのはあの二人だけではない。

「って、それノア君もいびられる可能性あるんじゃないの!?」

「大丈夫だろ。ガキだし、利用されただけだしな」

「それならいいけど……。

まあ、そういうことだから、リンとコタロウも今回は我慢してね」

『むぅ、分かった……』

『……分かった』

不承不承ながら、肯くリンとコタロウにほっとする。

***

ヨシュアと別れた瑠璃は第二区へと向かう。

本来なら用のない場所なのだが、偽死神達を捕まえる時に誤って第一区を半壊させてしまったので、一時的にジェイドの執務室や寝室を第二区に移しているのだ。

廊下を歩いていると、背後から「愛し子様!」と呼び止められた。

振り返った先にいたのは、アゼルダと共に竜王国にやって来た侯爵の子息だとかいうアゼルダの取り巻きだった。

「何か?」

思ったより低い声が出た。

自身の中にある苦手意識がどうにも止められなかったようだ。

そんな瑠璃に気付いていないのか、青年は切迫した表情でにじり寄ってくる。

「愛し子様、どうかお助け下さい」

「はっ?」

「我が国の愛し子が、突如として力を失い、精霊の加護を受けられなくなってしまいました」

色々あってすっかり忘れていたが、アゼルダがコタロウによって愛し子の力を失ったのは最近のこと。

セルランダの国の者にとっては神光教や死神などよりはるかに問題だっただろう。

「このままでは、我々は帰国次第処罰されてしまうっ」

アゼルダの取り巻きとしているようだが、愛し子の監視という役割も持っていたのかもしれない。

愛し子の能力を失ったというのは、きっと国にとっては緊急事態なのだろう。

側にいながら回避できなかった彼らにとって失態のはず。

「で、どうしろと?」

正直瑠璃に助けを求められてもできることはない。

コタロウに取り消すように頼めるには頼めるが、また同じように精霊を使い人を傷付ける可能性があるのでできればこのままにしておきたい気持ちが強い。

簡単には反省しなさそうな性格だったし。

「どうか我が国にいらして下さい」

「はっ?」

瑠璃は一瞬何を言われているのか理解できなかった。

「あなたが代わりに我が国にいらして下されば問題は解決だ。

セルランダは愛し子を失わずにすむ。

むしろあんな我が儘娘より、我々は歓迎致します」

「ちょ、ちょっと待って。

私はこの国の愛し子なのよ。

それにジェイド様の番いだし、セルランダなんかに行けるわけないじゃない」

「あなたは人間でしょう!

ならば人間の国で愛し子となった方が、あなたにとっても幸せなはずだ。

亜人なんて化け物と結婚するなどおぞましいとお思いにならないのか」

その声色からは亜人に対する侮蔑が含まれており、どうやら彼は亜人に対し差別を持っている人間なのかもしれない。

追い詰められた者が見せる、切羽詰まったような眼差しにぞくりとしたものが走る。

「私がずっとお側におりますから」

「いや、あなたにいられても困るから」

ねっとりと絡みつくような眼差しに嫌悪感が沸き上がる。

そして瑠璃に手を伸ばしてくる青年に、側にいたリンとコタロウが動こうとしたその時。

「何をしている」

はっと後ろを振り返ると、ジェイドと数人の兵が険しい表情で立っていた。

「ジェイド様……」

ジェイドは瑠璃を引き寄せると、青年から庇うように瑠璃を背後に隠す。

そして、目の前に立った青年をぎろりと睨み付けた。

「ひっ」

まるで蛇に睨まれた蛙のように、顔面を蒼白にし硬直した。

「私の番いに何の用だ」

「あ……それは……」

はくはくと口を開閉するだけで言葉にならない青年を目を細め見下ろすと、ジェイドは一緒にいた兵に「連れて行け」と命じる。

両腕を掴まれずるずると引きずられていく青年が見えなくなると、瑠璃はほっと息を吐いた。

「大丈夫か?」

「はい」

瑠璃が頷くと、ジェイドはぽんぽんと頭に手を置く。

そして、青年が連れて行かれた方を睨み、息を吐いた。

「愛し子を狙った賊の件が片付いたから、早急にセルランダへ帰還させる準備を進めたんだ。

明日にも発つから、何か行動を起こすだろうと思っていたが、こんな強引に動くとはな」

何のことか分からず首を傾げる瑠璃にジェイドは説明する。

「諜報員にセルランダを調べさせていたんだ。

竜王国の方が安全だからという話を聞いて、竜王国に来たいというアゼルダの我が儘で竜王国へ来させたということに疑問を感じてな。

あの世間知らずなあの者なら、国はいくらでも言いくるめられるだろうに」

「確かに」

「まるで竜王国に何かがあるかのように。

それで調べさせたら、案の定。

セルランダは竜王国に現れた愛し子が人間と聞き、自国に連れて来られないか考えたようだ。

あの我が儘放題のアゼルダに嫌気がさしていたのだろう。

それで新しい愛し子を望んだようだ」

「まあ、気持ちは分からなくないですね」

アゼルダを思い浮かべ、瑠璃は思わず納得してしまった。

「だが愛し子に会うなど簡単ではないからな。

自国の愛し子を理由に竜王国の城内に入り、その時に見目の良い男を同行させ、その者に愛し子の勧誘を命じていたようだ。

まあ、惚れさせれば簡単に連れて行けると考えたのだろう。

アゼルダがそうだったようだからな」

先程連れて行かれた侯爵の子息は確かに見目は良かったなと思い出す。

だが、美形の集まる竜族の中で飛び抜けて美形なジェイドを毎日見ているのだ、瑠璃がその辺の男に目を奪われるはずがない。

「けど、私はジェイド様の番いなのに、よく竜族の番いに手を出そうと思いましたね。

馬鹿なのか勇者なのか」

「それは知らなかったようだ。

この国に来て初めて知ったのだろう。

竜王国内では周知だが、まだ他国までは話が回っていない。

ましてや、セルランダとはそれほど国交も盛んではないからな」

なるほど、と瑠璃は納得。

「セルランダも連れて来られたら僥倖ぐらいのものだったようだな。

どの国もそう簡単に愛し子と接触などさせないし。

とりあえず試してみるだけ試してみようと思ったのだろう。

だが、そこで不測の事態が起きた」

「彼女がコタロウを怒らせて精霊の力を借りられなくなったことですね?」

「そうだ。

愛し子を失い、明日にも国に帰らなければならなくなり、ルリを連れて帰らなければと急いたようだな。

アゼルダが力を失った経緯は抗議と共にセルランダに書簡を送った。

コタロウ殿の怒りが収まるまで、精霊の加護はなくなるだろうと」

それは逆を言えば、コタロウの怒りが収まれば、また愛し子として精霊の加護が受けられるかもしれないというようにも取れる。

きっとアゼルダがセルランダに戻ったとしても、急に扱いが疎かになることはないだろう。

また愛し子となる可能性があるから。

かと言って、アゼルダも今までのような我が儘放題はできなくなるはずだ。

精霊の加護を失い、愛し子ではないのにこれまで通り愛し子として扱わなくてはならない国と、我が儘放題ができなくなったアゼルダ。

欲を掻いた代償としては軽い方だろう。

「もうセルランダが手を出してくることはないだろう。

今回のように城に招くこともない」

「とりあえずこれで一件落着ですか?」

「まあ、そうだな。

だが、全て終わったわけではない。

愛し子を襲った賊は捕まえたが、その裏にいる神光教をどうにかできたわけではないからな。

また、ルリ達愛し子を狙ってくる可能性がある」

まだ狙われるのかと、瑠璃は憂鬱な気持ちになる。

「それでだ、ルリ。一度獣王国に行ってみるか?」

「獣王国に?」

「ああ。今、第一区が壊れていて、再建を始めるところなんだが……」

お守りの力により半壊させたのは瑠璃だ。

罪悪感を覚えてしまう。

「うっ、すみません」

肩を落とした瑠璃に、苦笑を浮かべるジェイド。

「終わったことだ。それはもういい。

今回の事件を教訓に、ついでに城の守りを見直すことになったから、良い機会だ。

また侵入されないように、色々と対策を取る。

だが、そのために普段第一区に入ることのない者達を多く入れることになる。

そうすると警備が甘くなり、ルリの守りが疎かになるかもしれない。

そこで、城が再建できるまでの間、獣王国に行かないかと思ってな」

「別に大丈夫ですよ。コタロウ達がいるし」

「念のためだ。またルリが消えたなんてことになったら、私の心臓がもたない。

獣王国が嫌なら、チェルシーの所でも構わないぞ。

ただ、良い機会だと思っただけだ。

瑠璃はナダーシャとこの国しか知らないだろう?

他の国を見てみるのもいいかと思ってな」

確かに、瑠璃はその二国しか知らない。

せっかく異世界に来たというのにだ。

「獣王国は保養地としても有名だ。

王都は荒野にあるオアシスで、温泉なども有名だな」

温泉、と聞いて瑠璃の目が輝いた。

「行きます!!」

むしろ行くなと言われても行きたい。

温泉などいったい何年ぶりだろうか。

竜王国ではお風呂すら一般的ではないので、チェルシーの家に行った時に、以前庭に作ったお風呂に入る時ぐらいしか入っていない。

それ以外は浄化の魔法ですませているのだ。

「そうか、ならアルマンに伝えておこう」

「お願いします!」

もう瑠璃の頭の中は温泉に支配された。

そんな瑠璃の前に、ジェイドは懐から鎖を取り出す。

その鎖の先には、ジェイドの瞳の色と同じ緑青色の竜心が輝いている。

「あっ、それ」

「ルリが消えた後、部屋に落ちていた」

ジェイドは瑠璃の首に腕を回し、竜心を瑠璃に掛けた。

それだけでは終わらず、瑠璃の左の手を取ると、ジェイドのもう片方の手が瑠璃の指に触れ、何か冷たい物を感じた。

ジェイドが片手をどけると、瑠璃の薬指には、きらりと輝く指輪が指にはまっていた。

驚いたように指輪を凝視する瑠璃。

「これ……」

「プロポーズする時と、結婚する時には指輪を贈るものなのだろう?

急いで作らせたから気に入るか分からないが、我慢してくれ。

式の時はもっと立派な物を用意する」

以前ユークレースと話していたことをジェイドは覚えていたらしい。

まさかもらえると思っていなかった瑠璃は感激した。

「これで十分です!嬉しいっ。

ありがとうございます、ジェイド様」

満面の笑みを浮かべる瑠璃を、ジェイドは満足そうに見下ろす。

そして、瑠璃の額に軽く口づけを落とした。

「気を付けて行ってくるんだ。

できるだけ早く城は直すから」

「はい」

瑠璃はジェイドにぎゅうっと抱き付いた。