軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ノアの理由

ノアと会ったその日の夜、瑠璃はすっきりとしないもやもやとした気持ちを消化できず、クッションを抱き抱えたままベッドの上をごろごろと転がっていた。

頭の中を占めるのはノアのことだ。

そんな様子を見て苦笑を浮かべるジェイドが、ベッドに腰掛ける。

「気になるか?」

「……ノア君はこの後どうなっちゃうんですか?まだ子供ですよ」

「子供でも、引き起こした罪は重い」

「でも、事情があったんですよ。

お父さんとお母さんに会いたいとか言っていたし」

「だからといって、罰を軽くするわけにはいかない」

瑠璃もそれは分かっている。

法律のある国である以上、それに従った罰を受けるしかない。

しかし、まだ親に甘えているような年齢だということが気に掛かる。

「どうしてそこまであの子供を気にするんだ。

あの子供はルリを殺そうとしていたんだぞ」

「それはそうなんですけど……まだ小さな子供だから……」

町で無邪気に笑っていたノアを知っているからか、未だノアが自分を殺そうとしたのだとどうにも思えないのだ。

あんな子供が人を殺そうと考えることに実感が湧かない。

「ジェイド様、もう一度ノア君と話してみたいです」

結局、あの後ノアからは詳しい経緯は聞くことができなかった。

何故まだ子供のノアがこんな大それた事件を起こしたのか、何故そうせねばならなかったのか、それが知りたい。

「どっちにしろ事件の詳細を調べ終わるまで明日もあの者には話を聞かねばならないからな。

ルリも横で聞いていれば良い。

だがな、あの子供にどんな事情があろうと、ルリがそれに同情しようと、罪を軽くすることはない」

ジェイドの眼差しが鋭く光る。

今にも溢れ出しそうな感情を押し殺しているのが窺え、瑠璃は目を見張る。

「ジェイド様、もしかしてむちゃくちゃ怒ってます?」

いや、これまで気付かなかったが、もしかしなくとも、かなりお怒りの様子だ。

「当然だ。正直言うと、ルリがあの者を気に掛けることすら気に食わない。

番いを傷付けられた雄竜がどれだけ凶暴になるか、あの子供にも偽死神にも味わわせてやりたいと思っている。

だが、相手が子供だから、私は王だから、必死で自分を押し殺しているんだ。

一度この感情を出してしまったら、あの者達を殺してしまうまで止まりそうにない。

だが、王としては法で裁く前に殺すわけにはいかないから」

怒りに燃えるその瞳。

それまでいつも通りのジェイドだったので全く気にしていなかったが、相当お怒りだったようだ。

竜族の中で最も強いジェイドが暴れては抑えられる者はいない。

だから必死で荒れ狂う感情を抑えているのだろう。

瑠璃は起き上がると、理性と衝動の間で戦うジェイドをいたわるように、ジェイドの背に手を回す。

「ルリに何かあっていれば、確実に私は暴走していた。無事だったから、今も落ち着いているように取り繕えているんだ」

「心配掛けちゃってすみません」

「本当に無事で良かった……」

ジェイドも無事を喜ぶように瑠璃を抱き締めた。

***

翌日、瑠璃はノアのいる牢に向かった。

「にしても、あんなガキが神光教の手先だなんて、神光教も何考えてんだか」

そう不快感を表すのはヨシュア。

ヨシュアも共に町を歩いたので、その時の串焼き屋の少年であるノアのことは記憶していた。

それで気になって付いて来たのだ。

「ガキが考えるようなことじゃない。

きっと裏で誰かに操られてるんだろうな」

それには瑠璃も同意見だ。

だが、既に起こってしまった今となっては、何を言っても仕方がない。

牢屋の奥、ノアのいる牢の前では、ユークレースが尋問しているところだった。

騒動の後なので、忙しい宰相であるユークレースがわざわざ尋問をすることに疑問を感じたが、相手が子供なので女性的なユークレースの方がノアも喋りやすいのではないかとこの人選になったようだ。

幾度か問い掛けるが、返ってくるのは沈黙。

ユークレースもお手上げだった。

これが死神の名をかたっていた二人組だったなら、ユークレースも厳しい尋問をしていただろうが、子供相手にそれもはばかられる。

視線すら合わせないノアの前に瑠璃が歩み出た。

「ねえ、ノア君」

声を掛けると、ノアは顔を上げ瑠璃の顔を見た。

「あなたみたいな小さな子がこんなことするなんて、何か事情があったんでしょう?

話してみてよ、何か力になれるかもしれないし」

こんな子供がこんなことをしでかしたのだ。

きっと並々ならぬ決意と事情があったはずだ。

自分を殺そうとした相手だが、昨日両親にごめんと謝ったノア姿が憐れに映り、怒りよりも同情が勝った。

だが、ノアから返ってきたのは非情な答え。

「だったら死んでよ」

「っっ!」

瑠璃は言葉を返すこともできず絶句する。

「愛し子を殺したら、教主様が僕の願いを叶えてくれるんだっ。

父さんと母さんを生き返らせてくれる!」

「生き返らせる?

ご両親は亡くなったの?

お父さんって、前に会った串焼き屋のおじさん元気そうだったけど」

事故でもあったのだろうか。

いや、そもそもここがファンタジーな世界と言えど、生き返らせるなんてことはできるのだろうか?

「違う、あの人は父さんじゃない。

神光教の幹部で、俺を拾って世話してくれた人だ。

一年前に父さんと母さんが殺されて、それで教主様なら生き返らせることができるって教えてくれて。

愛し子を殺す手伝いをしたら生き返らせてくれるって教主様が言ったんだ」

「そんなことできるの?」

瑠璃は足下にいるコタロウに問い掛ける。

精霊であるコタロウならば真偽が分かるはず。

『いくら精霊と言えども万能ではない。

死者を生き返らせる方法はない』

やはり魔法があると言えど死者を生き返らせるようなことはできないようだ。

「騙されたのね」

ユークレースの憐憫を含んだ声がノアに届くと、

「う、噓じゃない。

教主様は本当に死者を生き返らせることができるんだ!」

「じゃあ、聞くけど、捕まった後はどうするつもりだったの?

こんな牢の中に一人、あなたはもう一生外に出ることは叶わないわ。

それでどうやって生き返ったご両親と会うの?そもそも生き返ったことを確認できないじゃない」

「それは……」

ノアの瞳が不安に揺れる。

「あなたを拾ったっていう男もどこに行ったの。

あなたのような小さな子にさせて、本人は高みの見物ってわけ?」

「おじさんは教主様から頼まれて、他にやることがあったんだ。だから仕方なくて……」

「子供に捕まる可能性の高いことを頼んでおきながら、その男は何を頼まれたのよ?」

「知らない……。

ただ、僕はおじさんの言われた通り動いただけだから」

これまで頑なに口をきかなかったのに、いつの間にかユークレースの問い掛けに答えてしまっていることに気付かないほど動揺しているノア。

「ほら見なさい。

何も聞かされていないんじゃない。

そんなので、本当に信用できる相手だって言えるの?

死者を生き返らせるなんて現実離れしたこと、約束を反故にする可能性があるかもしれないのに、何にも知らないまま言うなりになるなんて馬鹿げてる」

呆れたようにノアを叱咤する。

一瞬言葉を詰まらせたノアが叫ぶ。

「そんなことない!

本当に死者は生き返るんだ。ちゃんと見たんだからっ!」

ノアは瑠璃に縋るような眼差しを向ける。

「だからお願い。僕、何でもするから。

愛し子様、手伝ってくれるって言ったよね」

「それは瑠璃に死ねと言ってるの?」

ユークレースが地を這うような怒りの籠もった声を出す。

眉間にしわを寄せノアを睨め付ける。

「そうすれば教主様が願いを叶えてくれる、お願いだよ。

父さんと母さんを助けてっ!!」

ノアは必死なのだろう。だがそのために簡単に人の死を願ってくる自分勝手なノアに、それまであった同情心が薄れ、呆れが浮かんでくる。

瑠璃にできる人助けならしたいとは思う。

だが、そのために自分の命を差し出すようなことはできない。

瑠璃は声色を強く、ノアに告げた。

「それは無理よ、ノア君。

ノア君にとってご両親が大事なように、私にも大事な人達がいる。

その人達を悲しませるようなことはできないし、したくない」

誰かを犠牲にしてまで助けたいと。

両親を大事に思っている気持ちは同情する。

だが、そんな自分勝手なことが許されるはずがない。

「死んでって言われて、はいそうですかって、簡単に引き受けるわけがないのは分かるよね。

ノア君だって、私の大事な人を助けるために死んでなんて言われて、引き受けたりしないでしょう?

ご両親のことは残念だと思うけど、ノア君に人殺しをさせて生き返らせられたご両親は本当に喜ぶの?」

「それは……」

これだけ両親を思っているノアだ。

きっと愛情いっぱいに育てられたのだろう。

我が子が自分のために人を殺そうとしたと知って悲しまないはずがない。

そもそも、世界の全てを知る精霊が生き返らせるのは無理だと言っている。

ノアのやっていることは全て無駄なのだ。

「だって、仕方ないんだ……。それしか方法がないから、父さんと母さんに会いたくて、なのに……」

ノアの目からボロボロと雫が落ちる。

そして、決壊したように、うわあぁぁぁんと声を上げ泣き崩れた。

牢に捕らえられてから初めて、子供らしい反応を見せた。

必死だったのだろう。

両親に会いたいがため、そのために善悪の区別なく言いなりになった。

だが、その代償はとても大きくなった。

うずくまるノアを見て何とも言えない気持ちとなった。