軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

92 王位継承権者たち (1)イルフリード第一王子

王の意を受けた文官が、俺とデヴィッド兄さんを連れて、イーレンス第二王子のもとへと向かう。

アルフレッド父さんはそのまま残り、 王室騎士団(ロイヤルガード) としての職務に戻るという。

それから、アスラが眠いと言い出したので、ジュリア母さんとエレミアが連れて帰ることになった。

というわけで残ったのはデヴィッド兄さんと俺だけだ。

案内役の文官は、王城の中を幾度となく曲がって、王族の住処へと向かっていく。

必要以上に曲がることに内心で首を傾げていると、

「王族の安全対策だよ」

とデヴィッド兄さんが見透かしたように教えてくれた。

「……顔に出てた?」

「顔というか、視線だね。頭の中で地図を描いているように見えた。その上で首をわずかに傾げていたから、自然にわかろうというものだよ」

簡単なことだよ、ワトソン君、とでも言い出しそうな感じで兄さんが言う。

「ほら、あそこに竜騎士団の厩舎が見えるだろう? 城の外れにあるはずの厩舎が見えるということは、かなり大回りをしているということさ」

「ほっほっほ。ザフラーン殿には敵いませんな」

と、先を行く文官が振り返り、苦笑しながら言う。

「しかしできれば、王族の住居への経路は覚えないでいただけると助かります。混乱した頃を見計らってお連れする規則なのですが、このままではいつまで経っても着きませぬ」

文官に苦言を呈され、兄さんは肩をすくめた。

「努力いたしましょう」

それからしばらくは、回廊に俺たちの足音だけが響いた。

王族の住居のそばだけに人通りもあまりない。回廊は大理石などの石材で組まれているから、音が実によく響く。これがもし、王族の住居へ近づこうとする者を緊張させるために計算された仕掛けなのだとしたら、それは十分に成功しているといえそうだ。

そのまま5、6分も進んだだろうか。回廊の奥から見覚えのある人物が2人、連れ立ってやってきた。

文官の合図で、俺とデヴィッド兄さんは2人――のうちの1人に道を開ける。

その人物は、そこで俺たちに気づき、声をかけてきた。

「おまえは……たしか、護国卿の息子だったな。ベルハルトの弟の」

声をかけてきたのは、イルフリード第一王子だった。

190センチを超える体格と燃えるような赤い髪が、見る者に鮮烈な印象を与える美丈夫だ。年齢は、たしか25歳だったと思う。

俺が王子の姿を見るのは、アルフレッド父さんとの親善試合以来だから、実に4年ぶりにもなる。

デヴィッド兄さんはその間も何度か顔を合わせることがあったのだろう、ついさっきの王子の言葉も、兄さんに向けられたものだった。

「おひさしぶりです、イルフリード殿下」

デヴィッド兄さんが実に如才なく挨拶する。

「うむ。それから、隣にいるのが噂のエドガーか。こいつ経由で依頼した、魔物の群れの件ではご苦労だったな」

イルフリード王子が俺へと目を転じてそう言った。

王子は「こいつ」と言いながら、もうひとりの連れを親指で示している。

その親指の先にいるもうひとりは、俺とデヴィッド兄さんの兄であるベルハルト兄さんだ。ベルハルト兄さんはイルフリード王子の従士だから、一緒にいるのはむしろ当然だ。王子の口ぶりからするとかなり親しいようでもある。

騎士としては小柄なベルハルト兄さんは、王子の横に立つと頭ひとつ分以上身長が違う。

ベルハルト兄さんは職務中に弟たちに出くわして少し居心地が悪そうだ。

……おっと、王子に返事をしなければ。

「いえ、結局はかばかしい報告ができず、申し訳ありません」

俺はそう言って小さく頭を下げる。

「いや、たしかにあのような群れが生まれた原因はわからなかったが、おまえたちが魔物の群れを掃討してくれたおかげで、無辜の民が奴らの餌食とならずに済んだのだ。十分すぎる成果だと思っている。竜騎士団長としては、竜騎士団で始末しきれなかったことが心残りではあるがな」

王子は鷹揚にそう言った。

「そうだ、ここで出会ったのも何かの縁だ。せっかくだから、竜騎士団の厩舎を見ていかないか? おまえの兄の働きぶりを観察するいい機会だぞ?」

いたずらっぽく笑うイルフリード王子に、俺とデヴィット兄さんは互いの顔を見合わせる。

そんな俺たちを見て、ベルハルト兄さんが、

「殿下、弟たちも用もなくこんなところをうろついてるわけではないでしょう」

「それもそうか。デヴィッドとエドガーは、どうしてここに? 図書館の仕事か?」

「いえ、実は……」

デヴィッド兄さんは、かいつまんで 切り裂き魔(リッパー) 事件の捜査を手伝うことになった経緯を説明した。

「ほう、イーレンスが捜査を指揮するというのか。それはいいことだな。あいつは昔から病弱で、王族として必要な経験をあまり積むことができなかった。だが、頭が切れるってことでいえば、俺なんかは足元にも及ばん。経験が伴えば、一躍次期国王候補になってもおかしくないくらいだ。イルバラも頭はいいが、あいつは呪術バカだからな……」

イルフリード王子は、弟と妹のことを、愛おしむようにそう言った。

ちなみに、サンタマナ王国の王位継承は、よくある長子相続ではなく、継承権者のうちもっとも王にふさわしい者を現国王が選ぶという方式だ。

「イーレンス様が 切り裂き魔(リッパー) 事件を解決したら、殿下もうかうかしてられなくなりますね」

ベルハルト兄さんがからかうように言った。

……こんなきわどい冗談を飛ばせるところを見ると、この2人は本当に仲がいいようだ。

「ハッハッハ! それは構わんよ。むしろ、これまでライバルがいなくて寂しかったのだ。イルバラは有能だが、王位にはまったくと言っていいほど興味がないようだしな。王位継承権者が互いに競争しあうことで、王位を継ぐに足る実力を身につけるというのが、王室制度の趣旨なのだ。ライバルがいなければ、俺も王にふさわしいだけの力をつけられないかもしれないじゃないか」

あいかわらずからっとした人だ。

それに、現国王ヴィストガルド1世と気性がよく似ている。王からしても、自分とよく似た息子が可愛くないはずがないだろう。下馬評では次期国王はイルフリード第一王子でほぼ決まりだと言われていた。

もっとも、うがった見方をすれば、それゆえの余裕と取れなくもないが。

「たしかに、俺が次期国王になる見込みはかなり高いのだろうがな。イーレンスが相手では最後までわからんと俺は思っているよ。なにせ、向こうには俺にはないものがある。こいつだよ」

こいつ、と言いながら王子は自分の頭を人差し指で突いてみせた。

「その点では、うちの兄弟と、おまえら兄弟はよく似てる。長男は脳たりんで、弟は飛び抜けて賢いってところがな」

そんな自虐をされても、俺とデヴィッド兄さんは返事に困る。

ベルハルト兄さんが苦笑いして言った。

「たしかに、僭越ながらウチも、王子のところと同じようですな。俺の分の脳ミソは、母さんの腹ん中でデヴィッドに吸い取られちまったらしい」

「それでは順序が逆ですよ。兄さんが置き忘れて来たんでしょう」

「ハハッ、 違(ちげ) ぇねえ」

ベルハルト兄さんの軽口にデヴィッド兄さんが応じて笑い合う。

場が明るくなったところで、イルフリード王子がこう言った。

「じゃあ、こうしよう。イーレンスには俺から使いを出しておくから、ちょっとだけ厩舎を覗いていけ。兄貴の仕事を見るいい機会だぞ? エドガーも、騎竜を近くで見てみたくないか? 貴族のガキどもが見せろってんでよくやってくるんだぜ?」

デヴィッド兄さんは、その申し出に少し迷う様子を見せたが、文官が頷くのを見て心を決めたようだ。

「……それでは、ご厄介になりましょう。ベルハルト兄さんの仕事ぶりは気になりますしね」

というわけで、俺たちは竜騎士団の厩舎へと向かうことになった。

連れて行かれた竜騎士団の厩舎は、「厩舎」という言葉から想像されるものより相当に大きい。前世の動物園にあったゾウやキリンの住居をいくつも連ねたような巨大な建物だ。

それも当然といえば当然で、厩舎の内部には20体以上の竜騎士団の騎竜が入っている。

俺たちは両サイドに騎竜が並ぶ壮観な厩舎の中を見て回ることになった。

「おい、なんか黒竜王に怯えられてないか、エド坊?」

少し気安くなったイルフリード王子が聞いてくる。

俺が厩舎の中の騎竜に手を伸ばすと、なぜか騎竜が身を震わせて、その場から退いたのだ。

しかもこの騎竜は、ここにいる中でも最も大きい個体――竜騎士団長であるイルフリード王子の乗騎「黒竜王」だった。真っ黒い身体のブラックワイバーンで全長が3メートルを超えている。

獰猛そうな顔つきに若干引きながら頭を撫でようと手を伸ばしたのだが……。

「……まさかと思うが、エド坊、おまえ竜とやりあったことがないか?」

「あります……」

「その時に二つ名がついたりしてないか?」

「そういえば、《 竜を退けし者(ドラゴンバスター) 》って二つ名がありましたね」

「そいつだ……詳しくは知らんが、バスターだとかキラーだとかスレイヤーだとかがつく二つ名があると、その種族のものから警戒されるようになるらしい」

へぇ……そうだったのか。

竜なんてめったに出くわさないから気づかなかった。

あれ? でも、アスラを守ってるニヴルドラゴンは怯えてはいなかったな。それだけアスラを守るという気持ちが強かったんだろうか。

「そういや、例の魔物の群れまで送った時も、1体調子の悪い騎竜がいたって報告があったな。あれもおまえのせいか。

まったく、黒竜王までビビっちまいやがって。噂通りとんでもない幼児みたいだな」

あの時騎竜の調子がおかしかったのは、ジュリア母さんの《ワイバーンスレイヤー》の二つ名も関係してると思う。べつに俺だけのせいじゃない……よ?

そんなわけで、俺が近づくとどの騎竜も怯えてしまうので、俺は騎竜たちを遠巻きに眺めているしかなかった。

一方、

「う、うわっ! 噛み付くな!」

デヴィッド兄さんは、餌をやろうとした腕を甘噛みされて悲鳴を上げていた。

「あー、デヴィッドはあれだ、竜に舐められるタイプなんだな」

「そんなのがあるんですか?」

苦笑しつつ言う王子に俺が聞く。

「ああ。どういうわけか竜に舐められやすい性格ってのがあってだな。そういう奴は竜騎士にはしないんだ。俺の弟のイーレンスなんかも、デヴィッドと同じく舐められるタイプでな。騎竜に乗せてやろうとしたらすぐに振り落とされてしまったよ」

「見た目が細っこいと舐められやすいみてぇなんだわ。人間の頭のよさなんて、騎竜にはわからねぇからな」

王子の言葉に、ベルハルト兄さんが補足を入れる。

「だから、宮廷魔術師なんかはたいてい竜がダメなんだ。竜にあいつらを乗せられりゃ無敵だと思うんだがなぁ」

「あいつらの場合は、横柄そうに見えるのも問題だな。竜はその辺敏感な生き物で、強く見えない奴が偉そうにしてると突っかかってくるんだ。反面、一度力を認められりゃあ、惜しみなく力を貸してくれるぜ」

なるほど、思った以上に敏感な生き物なんだな。

騎竜は飼い馴らされ、世代交代を経て従順になったワイバーンだと聞いている。ワイバーンを従順な騎竜に仕上げるには膨大な手間とコストがかかるらしい。乗り手の訓練だって必要だ。たとえていうなら、前世の戦闘機みたいなものだろう。税金をバカスカ食うが、仕上がってしまえば強力極まりない兵器となる。

「そういえば、兄さんの騎竜は?」

ふと思いついて聞いてみると、ベルハルト兄さんは厩舎の奥へと連れて行ってくれた。

そこにいたのは、

「……竜の子ども?」

厩舎の奥には、人とそう変わらないくらいの大きさの騎竜がいた。

他の騎竜と違い、1オクターブくらい高い声で鳴く。もっとも、俺が手を伸ばしたらびくっと震えて逃げてしまったが。

「こいつはまだパピーなんだ。というか、こいつが生まれてくれたおかげで、竜騎士団に空きの席ができて、俺は念願の竜騎士になることができたってわけだ」

「ベルハルトのことは前から取り立てたいと思ってたんだが、騎竜がいなくちゃ、いくら騎士を増やしたってしょうがないからな。結局5年も待たせることになっちまった」

「最終的に取り立ててくれたんだから、十分ですよ。他にもなりたい奴は山ほどいるんだから、申し訳ないくらいです」

「実力があるから取り立てたんだ。気にすることはない。それから、騎竜は本来人には懐きにくい生き物なんだ。だからこうして幼いうちから一緒に過ごさせる必要がある」

兄さんと王子がそう解説してくれる。

「ナリは小さいが、脚に捕まって飛ぶくらいはできるんだぜ? おかげでよく新市街までおつかいに行かされるんだ」

「偵察にはかえって都合がいいくらいだな。ま、すぐに大きくなってしまうから、パピーでいるのは2、3年の間だけだ」

「偵察ということなら、殿下の黒竜王も夜間は目立ちにくいでしょう」

「たしかにそうなんだが、こいつは気性が荒いからな。あんまり荒ぶってる時はレプチパ草を使って大人しくさせるくらいだ。だが、レプチパ草は稀少な薬草だから高くつく……」

王子がそう言ってため息をつく。

「レプチパ草なら、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉のアジトから持ってきたものがありますよ」

「何っ! 本当か!」

俺の言葉に王子が飛びついた。

「市価より高く買うから、まとめて譲ってくれないか?」

「ええ、いいですよ。危なっかしくて、うかつなところには売れませんし、スキルのレベル上げに使うにしてもこんなにはいりませんからね」

俺と王子がレプチパ草についての商談にふけっていると、コンコンと硬いものを叩く音が聞こえた。

俺たちは音の方を振り返る。

「――失礼するよ」

厩舎の開いた扉を叩いた姿勢で、二十歳くらいの線の細い男が立っていた。

衣装と肩から下げられた金モールを見れば、その人物が王族だとわかる。初めて見る顔だが、この人がこの国のもうひとりの王子――イーレンス第二王子なのだろう。王子は、細い金髪を丁寧に櫛づけて、上側だけを後頭部で結んでバレッタで留め、残りは背中に流している。儚げな煙るような灰青色の瞳と相まって、どこか女性的な印象を受けた。が、切れ長の目とすっと伸びた細い眉からは意志の強さも感じられる。繊細で身体が弱そうな印象と、それに屈するまいとする強い意志とが同居しているように見えた。王からは病み上がりと聞いているが、目の前にいる王子の様子を見ると納得だ。

「遅いから様子を見に来たら、まだ兄さんに捕まっていたのか」

イーレンス王子の言葉に、デヴィッド兄さんが苦笑で答える。

今度はイルフリード王子が口を開いた。

「おお、イーレンス。具合はどうだ?」

「おかげさまで、このところは調子がいいですよ」

「そりゃよかった。 切り裂き魔(リッパー) 事件の捜査指揮を取るんだって? 病み上がりで、大丈夫か?」

イルフリード王子は心配そうに言ったが、イーレンス王子はやや辟易したように見えた。

「ええ、医師からも問題ないと言われていますので」

「そっか。だが、人を指揮するってのはなかなか大変なことだからな。もし困ったことがあったら――」

「ええ、ええ。相談させていただきますとも」

「それでいい。俺も竜騎士団を任されたばかりの頃はへまばっかやってよ、当時の副団長に頭を下げて、どうか王族としてではなく新米の竜騎士団長として扱ってほしいって言って、ガンガンしごいてもらったんだ」

「そうですか」

「デヴィッドを補佐につけるんだって? いい判断だと思うぜ。毎度こいつの頭のよさには舌を巻かされてばかりだからな」

「……ありがとうございます」

親身になるイルフリード王子に対して、イーレンス王子は少し引いた対応をしている気がするな。ひょっとすると、イーレンス王子はイルフリード王子が苦手なのかもしれない。たしかに、線の細いタイプのイーレンス王子は、よく言えば豪放磊落、悪く言えばがさつなイルフリード王子みたいなタイプは苦手そうだ。

それは周囲の人間も同じ感想らしく、ベルハルト兄さんが咳払いをして言った。

「殿下、そろそろ定期哨戒の準備をしなくては」

「おっ、そうだったな。いや、元気になって本当によかった。ようやく兄らしいことがやってやれるようになったから、ちょっと浮かれてるのかもしれんな。気を悪くするなよ、イーレンス」

「いえ、とんでもない。ご親切、痛み入ります」

「うん、それじゃあ――」

イルフリード王子が会話を切り上げようとした、その瞬間のことだ。

厩舎の外、王族の住居の方から、ものすごい爆発音が聞こえてきた。