軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55 通り魔の正体

俺たちの前に現れたのは、50インチくらいの大型ディスプレイだった。

女神様がもう一度指を鳴らすと、そこに映像が流れ始めた。

『皆様、見えますでしょうか、閑静な高級住宅街の一角に佇むこの邸宅が、現代の 死霊術師(ネクロマンサー) ・ 杵崎亨(きざきとおる) の実家であります!』

それは、日本のワイドショーだった。

見覚えのある中年の女性レポーターが、小鼻を膨らませた厚化粧の顔をカメラに向かって近づけている。

その奥には、俺でも名前を知っている高級住宅街の光景が写っている。

その中でもひときわ大きな邸宅の前に、マスコミらしき人々が群がっているのがわかる。

「わわっ! 何これ!?

ただの板の上にどこかの風景が写ってるの!?」

ようやく硬直から立ち直ったメルヴィが、ディスプレイの裏側に回ってのぞきこむというお約束の行動を取った。

その様子を微笑ましそうに眺める女神様に、

「……これって、例の通り魔の?」

「ええ。

ちょっと低俗な番組だけど、これがいちばん詳しかったものだから。

これから先、杵崎亨を相手にするにあたって、プロフィールくらいは知っておきたいでしょう?」

女性レポーターは、一軒の邸宅のインターホンのボタンを押した。

そのインターホンの隣には、高価そうな石材の、「杵崎」と書かれた表札がかけられている。

『――はい?

どなた様でしょうか?』

『ワタクシ、扶桑テレビの二階堂と申しますが、』

『――恐れ入りますが、取材の方はお断りさせていただいております』

『それじゃあ世間は納得しませんよ!

息子さんがあんな事件を起こしたことについて、生みの親としてどう思って――』

ブツン、と音を立ててインターホンが切られた。

その後もレポーターは執拗にインターホンを鳴らすが、応答はない。

カメラが最後に邸宅のカーテンで締め切られた窓を写して中継が終わった。

今度はスタジオで、訳知り顔のコメンテーターが、パネルを使って事件の経緯を説明する。

杵崎亨は、事件当時34歳。

俺より4つ年上だが、広い意味では同世代と言えないこともない。

が、その経歴となると、俺とは住む世界が違ったと言うほかない。

製薬会社の重役を父に、大病院経営者の娘を母に持つ杵崎は、典型的な医学エリートだった。

東都大学医学部を首席で卒業した後、アメリカの大学病院で臨床経験を積み、帰国後は天才外科医としての名声を 恣(ほしいまま) にしていた。

しかし、華々しい表の顔の裏側では、悪魔崇拝のカルトサークル〈ベルゼブブ〉を主宰していた。

その秘密主義は徹底したものだったが、近年になってサークル内から失踪者が続出したことから、密かに警察は彼をマークするようになったという。

だが、頭が切れ、各界に広い人脈を持つ杵崎は、なかなかその尻尾を掴ませようとはしなかった。

その状況が動いたのが、まさしく「あの日」だった。

杵崎は、離縁した旧妻を惨殺した後、マークしていた刑事を拳銃で射殺、その後、俺の馴染みのゲーセン前の路上に現れ、通り魔殺人に及んだ。

杵崎は路上で3人を殺害した後、居合わせた民間人の男性(俺のことだ)ともみあいになった。

そして、恐怖で動けなくなっていた女子高生をかばったと思われるこの男性によって、杵崎は持っていたナイフで心臓を刺されて死亡する。

――この男性が、その後駆けつけた警察官によって、通り魔の汚名を着せられたまま射殺されたことは、何度となく報道されたとおりである。

しかし、3人――杵崎の旧妻と尾行していた刑事、及び刑事の巻き添えとなったマンション管理人を含めれば6人――もの人命が失われたこの通り魔事件は、この後に発覚する事態の、ほんの端緒に過ぎなかった。

杵崎の死後、警察は杵崎の暮らしていた都内の邸宅を家宅捜索した。

天才外科医としての名声を忍ばせる、時価5億とも言われる邸宅には、設計図にはない地下室が存在した。

鉄格子の嵌った監禁用の檻などは、まだかわいいものだった。

地下には、檻の並ぶ一室の他に、いくつもの拷問器具が置かれた「拷問部屋」と、さながら魔女の研究室といった趣の「黒魔術部屋」(いずれもマスコミの用語だ)が用意されていた。

そして、黒魔術部屋のさらに奥、徹底した捜索によって発見された隠し扉の中には、巨大な「冷凍室」が存在した。

そして、その冷凍室の中には、おびただしい数の――人間の生首が、臓物が、革のようになめされた皮膚が、剥き出しの筋肉が、ガラス瓶に保存された血液が、血肉のこびりついた白骨が、几帳面に分類整理された上で、厳重に保管されていたのである。

しかも、生首の多くは苦痛や恐怖に満ちた表情のまま ミイラ化(・・・・) していた。

警察によると、発見された遺体は、 最低でも(・・・・) 百。

現在、DNA鑑定が進行中で、その結果次第ではさらに増えると発表された。

『現代の 死霊術師(ネクロマンサー) ・杵崎亨のいわゆる「黒魔術部屋」から発見されたノートによりますと、杵崎は悪神モヌゴェ…… スエ(・・) スと名づけた架空の神を――』

『モヌゴェヌェス、ですね』

『ああ、そう、モヌゴェヌェス。

そう名づけた架空の神に、杵崎はそれらの血肉や臓物を捧げていたというんですね。

――これが、先日公開された、杵崎のノートのコピーです』

そう言ってコメンテーターがスタジオのパネルをタップする。

そこに写ったノートには、医師らしい正確なデッサンで贓物が描かれ、その周りに細かな文字でびっしりと、何事か注釈のようなものが書き込まれていた。

が、俺の注意を引いたのは、そこではない。

「――魔法文字!」

そう。ノートには、魔法文字が書き付けられていた。

ところどころ不正確だが、マルクェクト共通語で『悪神モヌゴェヌェス』と読める文字もある。

その隣にはカタカナで『モヌゴェヌェス』の注記がある。

『室木さん、この見慣れない文字は何でしょうか?』

アナウンサーがそう尋ねる。

『杵崎の注釈によると、悪神モヌゴェヌェスの住む異世界マルクェクトの文字だということになりますな』

『異世界、ですか……』

アナウンサーは、笑おうとして笑えなかったような顔をした。

『もちろん、杵崎の妄想です。

いつから杵崎がこのような妄想に囚われたのかは不明ですが、ネット上では杵崎のノートを解読したと称する匿名の投稿があって、話題になっています。

投稿によると、杵崎の妄想した言語には、言語として十分成り立ちうるほどの一貫性が見られると』

『それは……どういうことでしょう?』

『犯罪心理学の専門家として言わせていただければ、そのことに特段の意味はありませんな。

単に、杵崎の知能が高かったことを傍証しているだけのことであり、妄想の中身に意味などありません。

そこに意味を見出そうとすることは、杵崎の囚われた妄想の世界に足を踏み入れることであり、ことに精神的に不安定な方ですと、一時的に精神病様の観念に取り憑かれる恐れもあります。

事実、インターネット上では、杵崎のことを異世界からの交信を受けた預言者であるなどと発言する者が増えているようですな』

『無責任な話ですね』

と、無責任に杵崎のノートを放映しているアナウンサーが言った。

そこで画面が切り替わり、カメラを前にイヤホンの具合を確かめている男性レポータが映し出された。

その背後には大きなビルが映っている。

『――おっと、ここで、杵崎の父親が取締役を務める大昭和製薬前で何か動きがあったようです。

――古橋さん!』

『はい、古橋です。

ただいま、大昭和製薬本社ビルから、杵崎亨の父親である杵崎 啓(ひろむ) 氏が出てこようとしているところです!

――杵崎さん! 今回の息子さんの事件について、何か一言!』

古橋と呼ばれたレポーターが、杵崎亨の父親だという60前後の固太りの男にマイクを突きつける。

……前世でも思ってはいたが、よくこんなことができるもんだよな。

杵崎の父親は、渋面のままカメラから顔を背けつつ、足早に黒塗りのハイヤーへと歩いて行く。

テレビカメラが杵崎の父親の乗ったハイヤーを見送ったところで、スタジオに画面が戻った。

『杵崎亨の父親である杵崎啓氏は、大昭和製薬の取締役を辞任するつもりはないと、以前の取材では明言しています。

医療に携わるものとして、このような事件を起こした息子について、謝罪の言葉ひとつないのはいかがなものでしょうか』

とアナウンサーがコメントした。

画面下の視聴者の反応欄には、「30超えた大人のやったことで親が責任を問われちゃたまらんだろ」「いくつだろうと関係ない、こんな怪物を育てた責任を取れ!!」など人ごと感丸出しのコメントが流れている。

今度は、コメンテーターの犯罪心理学者が口を開く。

『まったく、天才外科医と呼ばれた生粋の医学エリート・杵崎がやっていたことはおぞましいと言うほかありませんな。

それに対し、せっかくの休日だというのにデートもせず、昼間からゲーセンに入り浸るようなオタク青年が、このような英雄的行動を取ったことには、驚きを禁じえません』

「やかましいわ!」

ほっとけよ!

「この発言はネットで問題になって抗議が殺到したみたいよ。

このコメンテーターは番組を降ろされたとか」

「ざまぁ」

これを言うのもひさしぶりだな。

『――さて、話題は変わりまして、米検索大手グリンプスが主催する世界最大のゲーム大会REVOLVEにおきまして、日本の女子高生が――』

「……もういいわね」

女神様は再び指を鳴らす。ディスプレイの映像が一時停止した。

ちょっと気になるニュースだったんだが……転生した以上、もう関係のない話だな。

「元の世界では、あなたはいろいろに呼ばれているわよ?

マルクェクトだったら二つ名が1ダースはつきそうね。

せっかくだから、ひとつだけ、こちらの世界の二つ名に変換してあげるわ。

《加木神》、《勇者トモノリ》、《オタクの英雄》、《オタク青年》、《ネ申》、《悲劇の英雄》、《リアルスラムファイター》――さあ、どれを選ぶ?」

判断に困るフリが来たな。

「いや、せっかくだけど……」

「えええ? ノリが悪いわね。

じゃあわたしが選ぶわよ?

そうね、《勇者トモノリ》か《オタクの英雄》がいいかしら?」

「いや、そこは一番ないとこだろ!」

「じゃあちゃんと選んでよ。

もうギフトを一枠使っちゃったから、あげないってことはできないわ」

「ぐ……じ、じゃあ、《悲劇の英雄》で」

《リアルスラムファイター》も気になるが、版権だし。

マルクェクトの誰かに見られても違和感のないものといったら、これくらいしかない。

勇者とか明らかにマズいだろ……。

「それは、海外メディアが一連の事件を報じた時のタイトルね。

日本国内ではもっぱら 英雄(ひでお) だけれど」

「それは聞きたくなかった」

「他にも、あなたに国民栄誉賞を贈るという話が閣僚から出ているわね。

あなたの事件への対応がマズかったせいで、閣僚が何人か更迭されて政権の人気が落ちているのだけれど、その浮揚を狙ったものらしいわ。

案の定、ネットでは叩かれてるみたいだけれど。

ま、もし贈られるようだったら、記念品くらいは回収してあげるわ」

「……いろいろつっこみたいところはあるが、とりあえず女神様ネット見すぎだろう」

「あなたのための情報収集で始めたのだけれど、面白くて、つい……。

最近、ブログも始めたのよ?」

「知らねえよ!」

女神様は俺のつっこみを無視して、大型ディスプレイをどこへともなくしまった。

食い入るようにディスプレイを見つめていたメルヴィが、「ああっ……」と名残惜しそうに手を伸ばす。

「さて、これでこちらの用件は済んだわね。

少しは参考になったかしら?」

「ああ、助かるよ。

じゃあ、今度はこっちから質問していいか?」

「ええ、もちろん」