軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50 誘い(承前)

今日は、礼拝堂で大がかりなミサが開かれる日だ。

ガゼインの臨席する大がかりなミサ――ガナシュ爺の警告を思い出した俺は、ガナシュ爺から受け取った薬を希釈して、俺と少年班4人、それからネビル他数人の御使い(オロチ派とか言ってるらしい)とで飲むことにした。

【鑑定】によれば、この薬は幻覚剤の作用を魔法物質によって無害化するものだという。

礼拝堂では、おちょこくらいの小さな盃が配られ、その盃に「聖別された」とされる葡萄酒が注がれた。

この葡萄酒を【鑑定】すると、

《〔質のよい〕葡萄酒。幻覚剤メスカリンが混入されている。》

と出た。

メスカリン?

《メスカリン:異世界の知識を元に作られた幻覚剤。物質的な依存性はないが、中程度の精神的な依存性がある。シャルハ・ヴォークスの伝説級スキル【状態固定】により、抗劣化処理が施されている。》

シャルハ・ヴォークスとは、遺跡の主だったヘルムート・ハイドリヒ氏の今生(もう死んだが)における名前だ。

【状態固定】についても調べたかったが、葡萄酒>メスカリンと二重に【鑑定】を掘り下げたので、これ以上は掘り下げられないようだ。

ガナシュ爺の腕前を信じて、俺は幻覚剤入りの葡萄酒を飲み干した。

……うん、心身ともに変化はないな。

盃を回収しつつ、全員が葡萄酒を飲み干したことを確認してから、いよいよミサが始まった。

ガゼインは近々大規模な作戦が近づいていると話し、その後に、教主さまの「ご招聘」が行われた。

スモークの焚かれた礼拝堂に、巨大な人の顔が浮かび上がる。

頭の先から顎の先までだけで3メートルはある巨大な顔で、向こう側の祭壇が透けて見えている。

青白い、亡霊のような顔だが、歳は案外若いようで、まだ青年と言ってもいいような外見だ。

これが、教主グルトメッツァだというのか。

《――〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の子らよ……悪神の名を甘受された我らが神モヌゴェヌェスさまのご受難も、いよいよ終わりの時を迎えようとしている……》

グルトメッツァの声自体は透明感のあるものだが、時々もったいぶるかのように溜めが入る。

おっと、忘れずに【鑑定】を――

って、おい、これは……!

俺が驚きに固まっている間にも、グルトメッツァの話は続いている。

《――これまでに鍛え上げた後ろ暗い技を……悪神さまが悪と呼ばれるのならば、我らもまた進んで悪と呼ばれようと……その覚悟を持って背負った、暗殺の技を……来るべきその時に備えて、一層苛烈に磨き上げよ……繰り返すが、その時は近づいている……子らよ、ゆめゆめ怠ることなかれ……》

ゆっくりと謳いあげるように続くグルトメッツァの言葉に、幻覚剤を投与された御使いたちは徐々にボルテージを上げていくが、俺の方は完全に冷め切ってしまった。

教主グルトメッツァの【鑑定】結果を、お見せしよう。

《幻影。ガゼイン・ミュンツァーの伝説級スキル【幻影魔法】9によって生み出されたもの。》

◇◆◇◆◇◆◇◆

要するに、教主なんて いなかった(・・・・・) ってことだ。

教団を転覆するに当たって、教主の確保は重要な要素だったから、これまで最後の決断をできずにいたのだが、教主グルトメッツァ=ガゼインであるならば、話は早い。

耐性薬を飲んでいたおかげで、気分の高揚に見舞われなかった少年班4人が戸惑った表情を見せているが、事前に言い含めた通り、それで騒ぎ出すようなことにはなっていない。

この点は、ネビルたちも同様だ。

とくにネビルはなかなかの演技派で、シラフのはずなのに御使いたちを率先して教主にシュプレヒコールを上げていた。

……本当にシラフなんだろうな。

ネビルの奴は、基本優秀なのに、たまにポカをやらかすからな。

まあ、ウスサケ茸の件は俺のせいだが……。

ミサが終わり、皆が出て行った後に、エレミアだけが残っていた。

エレミアは祭壇の悪神像に向かって跪き、両手を組み合わせて祈りながら、

「悪神さま……悪神さま……」

と、神に向かって語りかけている。

気になるが、今は声をかけるべきじゃない。

俺は祈り続けるエレミアを尻目に、【隠密術】を使って礼拝堂の奥へと忍びこむ。

予想通り、そこにはガゼインがいた。

もちろん、教主グルトメッツァなんかがいるはずもない。

突然現れた気配に、ガゼインが鋭い顔で振り返る。

俺は、ガゼインに向かって手で挨拶しながら、皮肉な笑みを浮かべて言ってやる。

「で、教主さまはどこに消えたんだ、首領サマ?」

「……おまえか。脅かすな」

俺が現れても、ガゼインに動揺した様子はなかった。

むしろ、ふてぶてしい笑みを浮かべて、俺に向かって肩をすくめてみせる。

ガゼインは、俺が悪神なんて信じてないことを知っている。

それでも俺を泳がせているのは、一体何故か?

面白がって、ということもあるだろうが、まさかそれだけではないはずだ。

その答えを、そろそろ引き出しておきたい。

リスクはあるが、俺が大人しくしている方が、こいつにとっては不気味だろう。

虎穴に入らずんば虎児を得ず。

こないだは虎穴どころか竜の巣にまで潜り込んだ。

今さらこの程度でビビったりはしない。

とはいえ、煙幕くらいは必要だ。

俺は、ここに来る前にちょろまかしておいた、葡萄酒入りの盃をガゼインに見せて、中身をその場で零してみせる。

「ちっ……手癖の 悪(わり) ぃガキだな。

飲まなかったってわけかよ」

ガゼインは、うまい具合に誤解してくれた。

「見事なもんだな」

「……何がだ?」

「この教団さ。

こそこそ隠れて人を殺して回るような連中の教えなんていい加減なもんだろうと思っていたが、なかなかどうして、立派に宗教してるじゃないか」

「相変わらず、ガキの感想じゃねーな。

だがな、そいつは逆なんだよ」

「逆?」

「ああ。

『こそこそ隠れて人を殺して回る』。

そんなことをさせるためには、生半可な教えじゃダメなんだよ」

「なるほどな。

そのためにこそ、欺瞞と詭弁に満ちた教義が必要だってわけか」

「宗教なんて、たいていはそんなもんだろーが。

いもしない神、ありもしない天国を信じさせて、目の前の辛い現実を忘れさせようってのが、宗教ってもんだろうさ」

とんでもない無神論者が、教団の代表をしてたもんだな。

……念の為に言っとくが、これはあくまでもガゼイン個人の見解だからな。

俺のばあちゃんはナムアミダブツの人だったが、俺にも優しかったし、イトコたちからも慕われていた。

俺自身に信仰はないが、そういう人たちを否定する気はさらさらない。

しかしそれ以前に、ここマルクェクトには、本当に神様がいる。

スキルやレベルという目に見える恩恵だってある。

「神様はいるだろ。

悪神だっている」

「あいつらは、俺たちなんて救っちゃくれねーよ。

やつらは単なる世界の管理者だ」

「……悪神もか?」

「さあな。

一説によりゃあ、悪神も昔は神々の仲間だったらしいぜ。

だが、神としての機能がぶっ壊れて天界を逐われたんだと」

「初耳だ」

「ぶっ壊れて天界を逐われたってのが、なかなかオツじゃねーか?

俺は、死んだら間違いなく地獄に落ちるぜ。

俺なんぞを神が救ってくれるわけがねえからな」

「悪神を信じれば救われるんじゃなかったのか?」

「けっ。白々しい。おまえはわかってんだろうが。

悪神は、俺のような悪党にも力を寄越してくれる、唯一の神だ。

悪人どもが悪神を崇めるのは、案外、伊達でも酔狂でもなく、マジな部分があるんだぜ?」

「……あんたもか?」

「まさか。悪神にはシンパシーを感じるけどよ。

俺は、俺を信じる。

たとえそれが地獄へ通じる道だろうと……俺は俺の力を頼りに、その道を切り開いていく」

悪神と取引をしても、だろうか。

「いいのか、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉首領ともあろうものが、そんなことを公言して」

「どうせ、おまえは信じちゃいねーんだろ?」

「…………」

「別に、咎めようってんじゃねえ」

ガゼインは、つかの間、言い淀んだ。

珍しいことだ。

しゃべるとなったらベラベラしゃべるのがこの男だと思っていたのだが。

そして、迷った挙句に口にした言葉は、まったく予想外のものだった。

「――俺と一緒に来ねーか?」

俺は、ポカンと口を開けてしまった。

ガゼインはさらに言い募る。

「俺は、こんなチンケな暗殺教団のボスで終わるようなタマじゃねえ。

いつかは国を奪って、王になってやるつもりだ。

それだけの力が、俺にはある」

ガゼインは、遠くを見るような目をしている。

しかしその目には、何かを夢見るような曖昧さはかけらもなく、むしろ、そこにある何かを見据えているような力強さがあった。

いつもどこか面倒そうにしている男の真剣な表情が、そこにはあった。

俺は、なんだか急に気恥ずかしくなって、ごまかすように皮肉な言葉を口にした。

「暗殺王、か?」

「茶化すなよ。俺は真剣なんだ」

「それだけのバックがあるってことか?

教団の教義は、正直あんたの現実的な脳ミソから出てくるようなもんじゃないからな」

「……相変わらずガキとは思えねえ発想だな。

だが、それがいい」

「おいおい……気持ち悪いな」

「ガラじゃねーことはわかってるけどな。

おまえは、異質だ。

おまえの力は、おまえのまわりにいる奴らを危険に晒す。

過ぎたる力を持って生まれたおまえは、そのままじゃ、まともに生きちゃいけねーぞ?」

「……家族を人質に脅迫してきた男とは思えないセリフだな」

「ふん。

物分かりの悪いフリはよせ。

わかってんだろーが。

おまえの力を欲しがるのは、何も〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉だけじゃねえ。

俺たちみたいな社会の『裏』に狙われるだけなら、たしかに力をつければ跳ね返せるかもしれねーな。

おまえが分厚い面の皮の裏で考えてるとおりによ。

だが、いちばんタチが 悪(わり) ぃのは、むしろ『表』の方だぜ?

力ある者には義務があるとかなんとか、正論めいた脅しすかしでおまえを利用しようとする。

おまえがそれを拒絶すれば、即座に危険因子と判断されて、殺されるか逐い出されるかだ」

「…………」

ガゼインの言葉に、俺は口をつぐまざるをえなかった。

そうした危険があることについては、考えたことがないとは言わない。

ガゼインの言うことが、あながち誇張でもないことは、前世の歴史知識を掘り返せばすぐにわかる。

「――俺は、おまえに居場所を作ってやることができる。

たしかに、この暗殺教団は、世間的には悪だろうよ。

いや、世間的と言わず、客観的に見て、悪そのものだ。

欺瞞に満ちた、暗殺のための自動機械だ、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉はよ。

――でもな。

勝ってしまえば、こっちのものなんだよ。

俺はサンタマナを潰し、俺のための王国を打ち立てる。

国教は悪神教さ。

〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の御使いたちは、暗殺者から聖職者へと生まれ変わる。

その頃にはおまえも成人してるだろう?

聖なる教団となった〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉を、まるまる、おまえに預けてやってもいい。

俗世の権力の方がいいってんなら、侯爵にでも叙してやろう」

「……空手形もいいところだな」

「おまえが俺につけば可能だと、俺は踏んでるよ」

「何故だ?

俺はたしかに異常だろうが、戦えばあんたには敵わない。

いや、そもそも個人の戦闘力だけで、国が建てられるはずがない」

ガゼインは、俺の言葉にすぐは答えない。

ガゼインの宙を見る目が、ひときわ険しくなった。

まるで、その視線の先に、誰かの姿が見えているかのようだ。

「――おまえみてーなガキを、もう一人だけ、知ってる。

そのガキに対抗するためにも、俺はおまえの力がほしいんだよ」

「――俺みたいなガキ、だって?」

「ほう? 興味ありか。

それなら、この情報は交渉材料にさせてもらおうか。

おまえが俺につくなら、そいつについての情報をくれてやる」

くそっ。

食いつきすぎたか。

「この世界にはな、裏よりも深い、『闇』とでも呼ぶしかねえような世界があるんだよ。

俺はその世界を、少しだけだが覗いてきた。

覗いた結果として、連中に目をつけられることになっちまったがな。

だから、わかるのさ。

道理を超えた連中を相手にするには、こちらも道理を超えた存在を持ちださなくちゃならねえ。

おまえがそうかどうかはわからねーが、かき集めてきた中ではおまえがいちばん有望なんだ。

一時期は、エレミアがそうかとも思ったんだが、あいつは特殊ではあっても特別ではねえ。

特別だと思ったのは、結局おまえだけだ」

「……ずいぶんあやふやな話に聞こえるな」

「実際、あやふやな話さ。

俺は俺の嗅覚を信じてる。

それだけのことだ」

「俺のことを恨んでないのか?」

「恨む? どうしてだ?」

「俺は、ここに来るまでに、〈 八咫烏(ヤタガラス) 〉の御使いをずいぶん殺している」

「愚問だな。

人の恨みを買うようなことをやってんだ。

俺に人を恨む権利なんざ残ってるわけがねえ。

恨むとしたら、おまえのことを過小評価して、戦力を小出しに投入しちまった、過去の俺のことを恨むしかねえ。

ま、俺はいつだって最善を尽くしてる。

反省はしても、後悔はしねえ。

常に前へ前へ、だ」

「疲れそうな生き方だな」

疲れない俺が言うのもなんだが、ついそう言ってしまった。

「後ろに下がってダレるよりはマシだろ?」

「前へ前へと進んでいくあんたの後ろには、屍の山ができてるんだろうな。

敵だけじゃない、味方のはずも御使いも、あんたにとっては前に進むための道具なのか?」

「なに、あいつらは自分は天国に行けると信じこんで死ねるんだ。

それだけでも、地獄行きが確定してる俺よりかは幸せだろ。

俺のことなんざ、救ってくれる神様はいねえ。

だから、俺は俺の力だけで、楽園を手に入れなくちゃならねーんだよ」

ガゼインはそう言うと立ち上がった。

そして、俺の方を振り返ることなく歩いて行く。

「お、おい……」

「ふん。考えておけ。

おまえだって、いつまでも暗殺者ごっこに付き合わされるのはうんざりだろう?」

立ち去るガゼインを、俺はただ呆然と見送った。